38話 「絶望の真実」





































吹きぬけた一陣の風。

その正体は、

「おぉぉぉぉっっっ!!!!!」

己の限界の速度を以ってアルクェイドに肉薄する祐一だった。

これで手詰まり。

祐一の一撃に気を割けば、お嬢の一撃が間違いなく命を穿ち。

お嬢の攻撃に耐えたままなら、祐一の一撃がアルクェイドの首を刎ねる。

勝負は、間違いなく決着がつく。

―――――その筈なのに。

祐一の刀がアルクェイドの首に届くほんの僅か手前で、祐一の腕は静止した。

いや、祐一の体ごと静止した。

ありえないほどの圧迫感で、全く動く事が出来なくなる。

「貴様…、『魔族』でありながらなぜ魔術が使える!?」

締め付けられる体の痛みを堪えながら、憎悪の篭った叫びを上げる。

ありえない事。

『魔族』は『魔術』が使えないと言う事は、常識ですらあるのに。

祐一の言葉にアルクェイドは薄く微笑み、

「お前達にそう思わせるようにこの500年、私が『魔族』の魔力を搾取し続けていただけの事。」

本当に何でもない事のように、そう答えた。 

―――――それは、何処までも驚愕に値する言葉だった。

簡単に言葉にされた、その行為。

『人間』よりは少ないとはいえ、『魔族』の数も少ないわけではない。

それだけの数から、魔力を搾取し続けてきたと言うのだから。

殺さないように、違和感が出ないように、ただ静かに。

最初は戸惑った筈の『魔族』も、使えないと言う事実に慣れてしまった。

その長命さ故に、年月がその原因をぼやけさせていた。

「理由は簡単だ。 我々『魔族』は、『人間』や『亜族』に比べ思考力が低い者が多い。 圧倒的な

寿命を持つと言うのに、その特質を生かせるだけの頭脳を持ち合わせている者が少なかった。」

風に乗せるような静かな声で、アルクェイドが語りだす。

「改善策を考え、その結果行き着いた答えが魔術を封じるという事。 戦闘能力において『人間』と

同等にさせる事によって、考える事を促した。 目標に到達するまでこれだけの時間がかかってしまった。

短命な『人間』と、族として日の浅い『亜族』は我々が魔術を使えないと勘違いするまでな。」

その言葉は、祐一とお嬢の戦意を確実に削いでいく。

あれだけの力を持ちながら、魔力をフル稼動されたら、間違いなく勝ち目はない。

「そもそも、『魔』の文字がつく力を我々『魔族』が使えない筈がないだろう? お前達『亜族』は

別として、『人間』が使っていたのは魔術ではなく、『法術』。 大気に満ちる『魔』の力を使えなかった

『人間』が、体内で生成される僅かな力を物質化させたものだ。 お前達や私達が使っている『魔術』の

足元にも及ばん弱い力でな。」

だからこそ、お前たちは人間に勝てたのだがな、と加えて。

祐一の手から、刀が滑り落ちた。

もう、刀を持つ力さえ抜けてしまい、膝は地面についている。

精神力の高いお嬢でさえ、呆然とアルクェイドを見つめている。

「あと数ヶ月で、封印を解くつもりだったのだがな。 その点では礼を言おうか、『亜族』。 お前達のおかげで

真の意味で強い者以外は、皆死んだ。 残った強き者を支配する事が、私が理想とする『魔族』の形だ。」

アルクェイドの腕に魔力が満ちていく。

大気に満ちている魔力の全てを奪わんとする勢いで、アルクェイドの右腕に収束されていく。

その力は、間違いなく『亜族最強』の魔術師であるお嬢を越えていた。

「さて、話は終わりだ。 忌むべき『亜族』の者達よ、此処で死んでもらおうか。 『魔族』を束ねる私の眼前で。」

圧倒的な死の気配を漂わせ、アルクェイドはそう言った。







































見渡す世界は、鏡の如く。

景色などは無く、ただ己の姿がすぐ傍にある。

魔力は感じない。

先ほどまで目の前にいた筈の黒白の夢魔の気配さえ感じない。

明らかに作り出された世界。

それこそが、白の夢魔の持つ固有結界『コチョウノユメ』。

万華鏡のように多方面から映し出される、自らの姿しか見えない歪な世界。

その世界の中心に立ちながらも、晃也は表情を崩さない。

ただ静かに、在るべき事として事実を捉え、

「…ふっ!!」

何処からか飛んで来た、魔力の球体を一刀の元に切り捨てた。

音も無く、魔力によって編みこまれた球体は真一文字に切り裂かれその存在を消滅させた。

瞬間、晃也は頭に疾走(はし)った直感を信じ、その場から一歩下がった。

コンマ何秒かの差で、晃也が立っていた地面が球体によって抉られる。

次は2撃だった。

外の世界に細心の注意を払いながら、思考をこの世界の解読に努める。

−透視−、開始。

晃也の脳髄に、今まで知らなかった筈の情報が次々と書き込まれていく。

情報は淀み無く追加されていき。

様子がおかしいと感じ取った白の夢魔の攻撃は、書き込まれていく情報が増える度、その精度が

下がっていく。

−全情報完全解読−、−透視−終了。

「固有結界『コチョウノユメ』。 鏡で出来た世界を作り出し、術者の気配を完全に遮断させると

同時に鏡に姿が映っている者に対し、自動で魔力弾が放たれる自動型の固有結界か。」

僅か20秒。

その20秒と言う時間で、白の夢魔は完全に余裕と思考力を失った。

自らの持つ最大の切り札を、こうも簡単に見破られたのだ。

それも、完膚なきまでの正確さで。

もう白の夢魔には、残された手は一つしかない。

それはただ、魔力が続く限り『コチョウノユメ』の能力を継続させ続ける事だけ。

響く音は、爆発音のみ。

時が刻まれる度に作られた世界の地面は穿たれ、その形状を変化させていく。

放たれる魔力弾の数は、全方位から撃たれ、その数は数える事さえ不可能。

最強だと信じる自らの切り札を使いきり、固有結界はその姿を現実の世界から失う。

残ったのは、魔力を使い切った白の夢魔。

ただ呆然とその様子を見ている黒の夢魔。

そして、降り注ぐ魔力弾を一撃たりとも浴びなかった晃也。

ここで、勝敗は決した。

もう何をした所で、黒白の夢魔は晃也を上回る事は無い。

「…所詮、操られる人形では俺には勝てない。 俺の信念を越えるだけの意思を持たない者は、

全て俺の前にひれ伏すだけだ…!」

戦意を喪失した二人に向けて、静かに魔力刀を向ける。

「これが終極の鐘代わりだ…、舞い散れ『桜花・守影』。」

静かな声で解放を促し、黒の桜が空を舞う。

後はただ、時間が刻まれるのを待つだけ。

生命の鼓動が消えた瞬間を確認するだけ。

倒れ伏す、黒と白の生命。

その姿を確認する事さえせず、

「…まだ、俺の願いは叶っていない。 俺の誓いを叶える為なら、俺は悪鬼にでもなってみせる。」

そんな言葉を残し、ゆっくりと姫が待つ舞台へと歩き出した。







































バチバチと弾けるアルクェイドの両腕。

人間には長すぎる時間溜め込まれてきた魔力が、アルクェイドの腕に収束していく。

魔力の量は、もはや誰が感じ取らずとも理解できるほどの、圧倒的なもの。

お嬢が持つ『花弁の城壁』でさえ、数秒もてば良い所だと考えられるほどに。

「終わりだ、『亜族』。 私の手で、その歴史を閉じるがいい。」

風を切るように、アルクェイドの腕が振り下ろされる。

近づいてくる、絶対の『死』。

避ける事も出来ない、防ぐ事も出来ない。

ただ、呆然と『死』へ続く時間を見つめる事しか、今の祐一には出来なかった。

「『Patels Walls(花弁の城壁)』っ!!」

それでも、圧倒的な差を感じながらも、お嬢は祐一(なかま)を護る為に言葉を紡いだ。

一瞬で罅割れていく、祐一を包んでいる花弁たち。

秒単位で消え去っていく花弁は、ただ悲鳴を上げ続けている。

その声を聞きながら、祐一を護りながら、

「Heretical talent borne by magic
 魔力から生まれた、異端の才   」

絶対に失いたくない『亜族(もの)』を護る為に、言葉を紡ぐ。

唯一勝てる可能性を内包した、自らの世界に誘う為に。

「It was afraid in all and all were loved.
 全てを恐れ、全てを愛した

 In the inside of the big prairie like it cannot finish catching
 捉えきれぬほどの大きな草原の中で

 I consider the name of only one person and a darling person.
 ただ一人、愛しき人の名を思う

 The prairie which shines with gold
 黄金に光るその草原は

 Although it is immeasurable therefore, it is the fresh ground of lonesomeness.
 広大無辺であるがゆえに寂しさの境地

 Nobody follows and sticks to the place.
 故に誰もその場所には辿り着けずに

 The solitary sanctuary of me only
 今もずっと私1人の、聖なる世界                        」

瞬間、音が消えた。

あれほど鳴り響いていた魔力がぶつかり合う音さえも。

無音の中で聞こえるのは、かすかに風に揺れる黄金のススキたちの声。

いまだ呆然としている祐一を護る為に、あえて現実の場に残しお嬢は自らの世界の中心に立つ。

「祐一は…、ボクの仲間は絶対に殺させない。 たとえ、誰が相手でも…!」

悲壮とまでに感じる強い決意をその眼に宿して、アルクェイドを見据える。

「ほう…、流石に侮れんな、お前は。 そこで戦意を失った小僧とは、一味違うと言うことか。」

だが、相手の『固有結界』に入り、不利になったはずのアルクェイドは微笑っていた。

そんな世界(もの)は自分には通用しないと言うように。

「その余裕の眼…、ボクが吹き飛ばしてあげるよ…!」

「やれるのならばやって見せよ。 私を失望させるような戦いではない事を望むぞ。」

その言葉が引き金。

お嬢の『世界』がアルクェイドに向かって牙を剥いた。