第37話 「舞い散るは、君を守る『桜の花』」








































文句無く最高のタイミングで放たれた、白の夢魔の攻撃。

幾重にも重なった氷の刃が、問答無用で晃也の心臓を穿つ為の軌跡を描く。

しかし、それは。

ガギィィッッ!!!

舞い散る黒い桜の花によって、その動きを止められてしまっていた。

「貴様らは、俺を侮りすぎた。 見せてやった勝機に、疑いを持たなかった貴様の負けだ。」

完全に氷を弾き飛ばした黒桜の花は、静かにその矛先を白の夢魔に向ける。

「舞い散れ、『桜花・守影』。」

今までとは違う名に反応して、黒桜はその場から姿を消し、

ザシュザシュザシュッ……!!!!!

聞くも無惨なほどの、斬撃の音が鳴り響いた。

もう、白の夢魔の眼に光は感じられない。

ただ虚ろに、自分が倒れそうになっていると判断するだけ。

それを堪える事が出来る筈も無く、静かに地面に倒れこんだ。

『桜花・守影(しゅえい)』。

魔力刀である『天魔』は、その銘を呼ばれる事によってその力を解放する。

だが、晃也は『天魔』の名を呼ばなかった。

一般的に扱われる魔力刀であれば、反応さえしない筈なのに。

それは、当たり前であり。

あまりにも非現実的な事実が、真実(ホントウ)を隠していた。

そもそも、魔力刀『天魔』はお嬢の発言(ワガママ)から付けられた銘であり、本来の銘ではなかった。

少なくとも晃也にとって、『天魔』という銘の刀ではなかったのだ、本来は。

その真名は、『桜花』。

舞い散る桜の花、己が最も大切だと判断した少女を守る為だけに付けた、そんな名前。

彼女が春の地に咲く『菜の花』なら、自分は天に咲く『桜の花』となりて、影ながら君を守ろう。

そんな願いと誓いを込めた刀。

それが、晃也の切り札である魔力刀『桜花』であった。

『天魔』と呼ぶだけで発動していた事自体が、そもそも奇跡的だったのだ。

それこそが、晃也の魔術師としての適正の高さを物語っていた。

感情を見せない冷たい瞳が映し出すのは、もう一人の敵。

黒の夢魔に向けて、ただ純然たる殺意を送りつける。

発狂しそうなほどの殺意の中、黒の夢魔は静かに晃也を見つめていた。

勝てる事など、あり得ないと理解しながら。

それでも、逃げるという選択肢は、彼女に残されてはいなかった。

遣わされた、人形でしかない。

『亜族』を倒すという役割しか与えられなかった白黒の夢魔には。

静かに、胸元に力を集中させる。

球状に固まっていく純粋な魔力の結晶は、脅威に値する威力なのは間違いない。

だが、それでさえ晃也の表情が揺らぐ事は無い。

静かに。

ただ静かに黒の夢魔の動きを見つめていた。

絶対の殺意と、必殺の誓いを備えたまま。

―――――それは黒の夢魔にとって、間違い無く最後の勝機だった。

きっと、目の前の男は自分の能力を読みきれていない。

故に、この一撃に全てを賭ける。

半身である白も、意識を取り戻しかけている。

この一撃は表裏一体。

白の力があってこそ、黒の力が生きる。

だから待つ。

魔力を溜めている様に見せて、祈るように白の回復を待つ。

「…茶番は止せ、人形ども。 互いの思惑は成功している。 白は意識を取り戻しているし、

黒の魔術の基盤は完了している。」

それすら見透かしていると、晃也は静かに二人に告げた。

もう、待つ必要はなくなった。

黒の夢魔が魔力の球体から手を離し、 

「……ホウマツノユメ…!」

そう呟いた。



































『神速』3段階目の速度、つまり祐一は自らの全速を以ってアルクェイドとの距離を詰める。

何倍にも重くなった景色の中を、無心で駆け抜けていく。

その後姿を見ながら、お嬢は即座に魔術を放つ。

「『Tremor Earth(揺れ動く大地)』!!」

「…!」

お嬢の言霊は、一秒のタイムラグさえなしに大地を振動させ、地柱を作り上げる。

これは攻撃ではない。

そうアルクェイドが本能で感じ取った時点でも、もう遅い。

避ける事の出来るスペースさえ無くなった地柱のリング内に閉じ込められたのだから。

出来上がるコンマ一秒差でそのリングに潜り込んだ祐一は、迷わず日本刀を振るう。

『高月』に変わる新たな愛刀『亜月(あげつ)』を。

同じ『亜族』であり、心の底から守りたいと願った月の名を持つ少女。

その二つを、銘としてもらった日本刀を。

「おおおおぉぉぉぉっ!!!!」

音速を遥かに凌駕する速度で、アルクェイドの首に刀が近づいていく。

―――――間違い無く、それは届いた。

―――――いや、届いたはずだった。

祐一の刃は、アルクェイドの首筋一mmも無い所で止まっていたのだ。

たった二本の、指によって。

「…その程度か? 私の精鋭を屠ったお前達の実力は。」

静かな声で、アルクェイドは二人に問いかける。

蔑むでもなく、嘲笑うでもなく、ただ純粋な疑問を。

ギリ…、と砕けそうな音が出るほど強く歯を噛み締める。

―――――それは、祐一にとって酷く屈辱的な事だった。

間違いなく全力で、かつ不意を突いた筈の完璧な一撃を完璧にいなされたのだ。

その苛立ちは見るまでもなく、祐一の雰囲気で見て取れた。

そんな状況の中を、

「祐一っ、下っっ!!!」

空気さえも切り裂くような通る声で、お嬢の声が響き渡った。

祐一とは違い、お嬢は冷静だった。

そもそも、相手の実力の高さは前もって知っているのだから、今更慌ててもどうしようもない。

魔術師の極みにいるお嬢は、目の前に映る光景を在るべき事として受け入れ、即座に最適な判断を下した。

「『Spiral Screw(二重の螺旋)』!!」

祐一がお嬢の言葉に反応してしゃがみ込むと同時に、祐一の僅かに上を通過していく魔力の螺旋。

その一撃は空気どころか、重力さえも切り裂きながらアルクェイドに向かっていく。

不利、と判断したのかアルクェイドは刀から手を放し、その場から2歩分だけ右に移動する。

コンマ0.0何秒かの差で魔力の螺旋はアルクェイドの頬を掠め、虚空へと消え去った。

―――――その結果は、理解(わか)りきっていた。

―――――故に、今の魔術は、あくまでもこの一撃の為の伏線…!

お嬢の周りの大気が収束する。

拡散されていた大気の魔力が一つに束ねられ、

「『Rage Deplore(荒れ狂う嘆きの雷)』!!」

強大な魔力の塊として、お嬢の両手から射出される。

神々しく輝くその雷は、一直線にアルクェイドに向かっていく。

その速度は、もはや眼で追えるモノではなく。

『神』の領域に突入したと思わせるほどの速度を以って、魔族最強の姫の命を穿ちにかかる。

その数は、10を越え。

避ける事など不可能だと言わんばかりに、時を刻んでいく。

その瞬間、アルクェイドの表情が変わった。

今までのような余裕が感じられない、真剣な眼でその一撃に対抗する。

「アルト…。」

両手に力を収束させ、

「シューレ!!!」

言霊を以って、最強の一撃と為す。

己の両腕を振り上げ、エネルギーの塊を射出し続ける。

絶対領域の速さを持つ『Rage Deplore』を、同じく絶対領域の技で鬩ぎあう。

ぶつかりあうエネルギー同士の激しい音が、静寂の場と化したこの場を支配する。

その音は、悲鳴のような咆哮にも聞こえた。

止まらない二人の攻防は限界を知らないとばかりに、更に上の領域に突入していく。

―――――その瞬間、一陣の風が吹いた。





































近付いて来る、漆黒の球体。

『ホウマツノユメ』、そう呼ばれた魔力の塊は、周りの景色ごと飲み込みながら晃也に向かっていく。

しかし、その速度は何処までも汎用。

常人相手なら当たるだろうが、晃也に当てるには到底不可能な速度。

「……下らん。」

その言葉で一蹴し、『雪虎』で縦に真っ二つに切り裂く。

―――――その行動を、黒き夢魔は何よりも望んでいた事も知らずに。

『ホウマツノユメ』は、晃也の一撃で静かに砕け。

瞬間、晃也の体は時を刻むのを停止させた。

体に力が入らないのは勿論、体の部位を動かす事さえ不可能。

動くのはせいぜい口だけと言う状況で、

「なるほど、『10秒の静止』と言うのは対象に当たれば発動ではなく、触れた瞬間に発動と言う事か。」

余裕さえ感じられる声で、そう呟いた。

晃也に見えていた『ホウマツノユメ』の能力。

その意味を履き違えてしまったという事だ。

「そして、相手をこの状態に陥らせると同時に白が瞬間契約(テンカウント)を発動。 この瞬間、合わせ鏡が

成立…という事か。」

目の前の状況を、あくまで冷静に読み取っていく。

だが、状況は絶望的。

まず体が動かない時点で、敵の良い的になる。

それを熟知している黒の夢魔は、

「…フルール・フリーズ…!!」

静かな声音で、静かに晃也の心臓を穿ちにかかる。

晃也は動けない。

いや、動く必要はなかった。

なぜなら、

「…『Patels Wall(花弁の城壁)』。」

言霊を紡ぐ事が出来ると理解していたからだ。

晃也を包むように現れた花弁は、絶対の防御。

今の状態の二人の夢魔では、打ち破る事が出来ないほどの強固な盾。

そう、今の状態ならば。

「…『コチョウノユメ』……。」

静かに、その声が響く瞬間までは。