第35話 「月宮晃也−真実−」







































血が、止まらない。

何とか勝つ事はできたが、薄氷にも程がある内容。

腕は一本持っていかれ、体中から血が流れ出ている。

直死によって穿たれた致命傷に近い傷たちは、容赦なく体温を奪っていく。

戦いの時にはあった高揚感が全て消え去っているせいか、今の状況が苦痛で仕方ない。

先程までは、痛みも寒気も感じなかったというのに。

「…大丈夫、祐一?」

今の状況が、魔力の乱れが見えているのか、お嬢が心配そうに声をかける。

「…正直、キツい。 下手すりゃ、これで終わるかもな。」

隠すことは出来ないと判断したのか、祐一は素直に自分の現状を告げた。

いくら魔族の血を引いているとは言え、片腕が無い状況は辛すぎる。

人間の血を引いているが故に。

『亜族』は最強の反面を持つ一方、最弱の面も常に孕んでいる。

優性のものばかりが残るとは限らないのが、世の常であるように。

『亜族』は、『人間』と『魔族』の悪い点もまたどこかに内包している。

祐一の場合は、常温保持と血液の保持。

この二つのバランスが完全に崩れた時、祐一は呆気無くその命を終えてしまう。

その事実を理解しているからこそ、祐一は何時に無く弱気だった。

その時、一陣の風が吹いた。

その風に乗せたように、

「…諦めが早い。 一縷の可能性を残したまま、安易な『死』に縋るにはまだ早いぞ、祐一。」

―――――声が、聞こえた。

それは、知っている声。

それは、何よりも高みにいる声。

そして、この世の誰よりも信頼している者の声。

「…晃也?」

もう視界は暗くなっていて、殆ど何も見えない。

だが、間違いようの無い声と、その存在感がそこに晃也がいると確信させた。

安堵に緩む、自分の何か。

それが、保っていた意識の糸が切れていく瞬間だったと言うことを理解した。







































「お嬢、手伝ってくれ。 これで祐一の腕を繋ぎとめる事が出来る。」

そう言って晃也が取り出したのは、細い細い糸のような物体。

ボクも知らない−あえて言うなら、晃也達が持っている鋼糸に近い−物で、祐一の腕を繋いでいく。

その動きは、淀む事は無く。

10分もしないうちに、祐一の腕は完全に復元された。

まだ動くかどうかは判っていないのにそう思えた。

神経系にまで繋がっている事が、ボクの本能が感じ取った。

――――少し、怖くなった。

晃也が、ボクよりも遥かに多くの知識を持っている事に。

確かに現在の年齢で言えば、ボクの方が下だ。

でもそれは、この『亜族』として生きた年月に過ぎない。

ボクは『死神』として生きた、数百年があった。

その中でも得る事が出来なかった知識を、晃也が知っている。

偶然かも知れない。

偶々、晃也が知っていた事をボクが知らなかっただけかもしれない。

――――でも。

今まで共に過ごしてきた10年間が、それを否定させる。

僻地にこもり、死ぬような鍛錬の日々の中には、そんな知識を得る事が出来るものは無かった。

あったのは、魔術を得る為だけの書物が少し。

それなのに、どうして?

それを口にしたい筈なのに。

でも、ボクの口がそれを言葉にする事は無かった。

目には見えない、ぼんやりとした恐怖感。

晃也は、ボクや祐一に何かを隠している。

それを聞いてしまったら。

その事実を告げてしまったら。

晃也がボク達の前から消えてしまいそうで。

だから、ボクは何も言えなかった。

ただ、祐一の腕が回復していく事に、喜んでいる様に見せながら。




































――――気付かれたか。

晃也は、静かに己が思考の中でその答えを出した。

今、自分が祐一に施している治療は、本来ならばシオンしか知らないであろう治療術。

そもそも、『エーテライト』といった特殊な物質は、普通に生きている限り目にする事は無い。

その筈なのに。

ろくに知識を得る事が出来る環境ではなかった筈なのに。

晃也は、全ての事を知りすぎていた。

それは、晃也の『真実(ほんとう)』の能力が関係していた。

お嬢も祐一も晃也の事を理解っている様で、理解っていなかったのだ。

『亜族最強の剣士』、その上辺だけの言葉を疑う事さえしなかったのだから。

称号自体は、完全に間違いな訳ではない。

確かに晃也は優秀な剣士だった。

筋力・敏捷・判断力・反射神経、そして直感の鋭さ。

剣士と必要な才能(もの)は全て揃っていた。

だが、それはあくまで『亜族』であったからこその運動能力の高さなのだ。

もし晃也が『人間』として生まれていれば、剣士としての実力は川澄舞と同等にまでしか

ならなかっただろう。

才能だけで考えれば、祐一のほうが晃也(じぶん)より上。

その言葉は、何よりも真実だったのだ。

なぜなら。

元々晃也は、『剣士』ではなく、『魔術師』としての力が上だったから。

お嬢が台頭してからは目立たなくなったが、晃也は魔術師としての才能は群を抜いていた。

お嬢の存在こそが、晃也という人物の力を見誤らせていたのだ。

『人間』も、『魔族』も、そして『亜族』さえも。

晃也の真実(ほんとう)の能力。

その一つが、『透視(スキャン)』。

相手をただ見るだけで、相手の情報の全てを手に入れる事が出来る、極めて稀少(レア)な能力。

だからこそ、晃也は知っていた。

いや、知る事が出来た。

刃となるべき子供たち(ブレードチルドレン)や、魔族最強の護衛達を。

手に入れる事が出来ない筈の、呪われた情報でさえも。

そして、それこそが。

それこそが奥底に、心の最深遠部にヘドロの様にこびり付いている晃也の憎悪となる。

感情を表に出さないのは、その為でもあった。

簡単にこの思いを前に出す訳にはいかないから。

周りにいる者全てを飲み込んでしまうほどの、絶望的なまでの憎しみを。

故に、無表情。

故に、無感動。

故に晃也は孤独になる事で、今の状態を保っていた。

だが、その封印を解き放つまで、あと少し。

全てを解き放つ瞬間が目の前に見えてきている。

その瞬間に、晃也は憎悪と絶望と憤怒の化身と化す。

そして、残された全てのモノを破壊しつくす。

それが、月宮晃也が描く最後のシナリオだった。

『だから、こんな所で死んでくれるなよ、祐一…。』

暗く染まった晃也の表情は、泣いているようにも見えた。

しかし、その口元は信じられないほどに歪んでいた。



 
































現在の『亜族』の能力値


相沢祐一 (完全覚醒・1歩手前)

筋力A+ 敏捷S 耐久A 魔力A 幸運A 切り札S+

解放武具名 空魔→神盾・空魔絶障or神槍・空魔絶影→真槍・空魔幻蒼→???

月宮晃也 (完全覚醒)

筋力S+ 敏捷EX 耐久S+ 魔力S++ 幸運S 切り札EX

解放武具名 ???(天魔)→???→???

お嬢=水夏 (完全覚醒)

筋力A+ 敏捷S+ 耐久S 魔力EX 幸運S++ 切り札S++

解放武具名 海魔→???

・祐一以外は、これが完全な能力値となっている。

・E〜EXまでを数値化すると、Eを1とした場合

 E-1・D-50・C-100・B-150・A-200・S-300・EX-450以上

 となる。 +がついている場合、基本能力値+50として計算する。
 
 (そうなればランクが上がる場合があるが、常時ではない上がり方なので+の表記になる。

 祐一の『切り札』の場合、神槍空魔の場合が+、真槍空魔の場合が++となる。)
 
・晃也とお嬢の『切り札』最終形がまだ出ていないが、本人の中で出来上がっている。

 (登場は、もう少し先となるが。)