第34話 「誓いと終焉」








































祐一の言霊に応えて、『空魔』が形状を変化させる。

変化した刀は、志貴のナイフに立ち向かうように動き、

ガギィッ!!!

己が主の命を、相手の最強の技から守りきった。

心臓を穿つだけの刀が、主人の命を守る『盾』へと昇華したのだ、この一瞬で。

「チ…!」

予想外の展開に、一つ舌打ちをして志貴は距離をとる。

この一瞬で、祐一の『空魔』に何が起こったのかが理解できない。

一方通行の攻撃のみの刀が、己が操者の命を守ったという事実が。

「はぁはぁ…、射…殺せ、『神槍(しんそう)・空魔絶影(くうまぜつえい)』…。」

その志貴が見せた隙を、祐一は見逃さなかった。

ぼろぼろの状態で、今すぐにでも倒れそうな状態で、再び言葉を紡ぐ。

その、一撃必殺の攻撃に、志貴の本能が反応した。

『空魔』が来るであろう軌道めがけて、ナイフを構える。

しかし、

「何…!?」

志貴のナイフは空を切り、

ザシュッ!!!

新たな『空魔』が、志貴の肩を貫いた。

新たなる『空魔』は、そのまま勢いをとめる事無く、突き進んでいく。

「がぁぁぁっっ!!!」

肩の一部分だけで、体重全てを支えきることなど、出来るはずも無く。 

志貴の肩は、ざっくりと裂けてしまっていた。

「ぐぅ…がっ…!」

走る激痛。

白くなっていく、目の前の景色。

並の魔族ならば、確実に行動不能になっているであろう攻撃。

現に志貴も、膝を着き動く事が出来ないでいる。

だが、意識までは手放さなかった。

白くなっていく自らの視界を、裂帛の気合だけで乗り切った。

今の一撃を受けた事が、途方も無く解せなかったからだ。

刀の軌道は、混乱はしていたが完全に予測出来ていたはず。

自分のナイフは、予測を立てた地点からミリ単位での誤差も無かったはず。

それだと言うのに。

「なぜ、俺を貫く事が出来た…? 答えろ、相沢祐一!」

今まで以上に感情を剥き出しにして、志貴が吼えた。








































晃也は至高の戦いが出来た相手には、常に敬意を払っていた。 

例え、それがどんなに憎い相手であっても。

一人の戦士として戦った相手を、今までの感情ではくくり切れないからだ。

だから、白河さやかの身体を、丁重に燃やし尽くした。

死してなお、利用される事の無いように。

己が妹、月宮あゆのようには、絶対にならないようにと。

「……。」

少しの間だけ、目を閉じる。

月宮晃也という武人を満足させる事が出来た相手を、もう一度だけ瞼の裏に思い描く。

それで終わり。

呆気無いほどあっさりと、晃也はその場に背を向けた。

『あと、一人…。 魔族の姫さえ殺せば、俺の復讐の第二幕が終わる…。』

浮かび上がる、あの日の光景。

助ける事が出来なかった、大切な人達。

その無念だけを頼りに、懸命に走り続けてきた人生(いままで)。

だが、それが褒められるべき事ではないと、晃也は理解っている。

きっとこの場に皆がいれば、自分達を怒るだろう。

それでも、止める事が出来なかった、煮え滾るほどの憎悪。

その憎悪に身を任せて、戦うことを決意した。

そして、その終焉まで、もう少し。

終わりの形は、もう決まっている。

『俺達は生き残る…、次の戦いまでは。 終わりを告げるのは…、俺で無ければならない。』

ゆっくりと『天魔』に手を添え、揺ぎ無い決意を誓う。

誓った約束。

祐一が、あゆの為に戦う事を誓ったように。

晃也は、全てを終わらせる事を誓った。

――――そう、全て終わらせる事を。

「そろそろ、決着もついた頃か…。」

戦いの気配が薄くなってきた事を、己の身体が感じ取る。

黒衣が揺れ、晃也の身体が動き出す。

「まだ、殺されるなよ…祐一。」

そう呟いた晃也の瞳は、凍えそうなほど冷たかった。


































 









どくどくと血が流れる。

志貴に一撃を返せた所で、自分が瀕死の状態である事は間違いない。

今、自分の意識が残っている事が不思議なくらいだった。

『神盾・空魔絶障』。

『神槍・空魔絶影』。

この新たなる力が使えた事だけでも、キセキだというのに。

こうやってまだ立っていられる事も、本当にキセキだった。

今の祐一の眼には、光が映っていない。

ただ、虚空を見続けているだけ。

ただ、『勝たなければならない』という思いだけで限界の体を支えていた。

「答えろ、相沢祐一!」

また、誰かの声が聞こえた。

それは、大切な人たちの声じゃない。

なら、殺さないと。

原点、幼い頃に誓った復讐の定義が頭の中を反芻する。

濁りきっていた祐一の目が、ゆっくりと光を灯していく。

ギリギリの身体から、信じられないほどの魔力が放出される。

その魔力は全て、『空魔』に向かって行き。

バシュッゥ!!!

先ほど以上に、強力な『空魔』を形成していく。

「存在さえ射殺せ…、『真槍(しんそう)・空魔幻蒼(くうまげんそう)』…!」

そして、祐一の言葉に呼応するように。

『空魔』は剣の形を捨て。

槍として、生まれ変わった。

禍々しいまでに神々しさを纏った、蒼い槍に。

「…この一撃で、勝負は終わる。 お互い、余裕は無いだろう?」

幾分の余裕さえ感じさせる、祐一の声音。

身体の状態からは考えられないほど、今の祐一の声は澄んでいた。

「…いいだろう。 殺してやるよ、お前の存在(せかい)を。」

ドォン!!

志貴の言葉が終わると同時に、二箇所の地が爆ぜる。

寸分違わず、祐一の身体と志貴の身体が動いた。

少しずつ、だが確実に近づいていく両者の距離。

そして、両者の武器(えもの)が互いの身体を貫いた。

避ける事は叶わぬと、理解していたように。

かわすという事を考えず、己が一撃を叩き込む事だけに極限まで集中したのだ。

突き刺さる銀と、突き刺さる蒼。

――――2人の眼には、はっきりと見えた。

――――『蒼』が、『死』を貫いている事が。

――――『銀』は、届かなかったという事実が。











































それは、一瞬の光景だった。

少なくとも、傍観していたお嬢の眼には一瞬にしか写らなかった。

蒼の槍が志貴の身体を刺し穿ち、銀のナイフが空を斬った。

ただ、それだけの事。

何でもない、凡庸な闘いの終演にしか見えなかった。

だが、それは違うのだと、経験と勘が告げているのも理解(わか)っていた。

風に乗って聞こえた、魔族(てき)の声。

その一言で、お嬢の思考が一本に繋がった。

――――特殊能力の模倣(コピー)。

――――いや、それだけでは説明が付かない。

――――それは、つまり。

――――特殊能力の、奪取。

目の前の存在から、能力を奪い取る悪魔の様な特殊能力。

それを、この至上の戦いの中で祐一は手に入れた。

ゾクリ、と身体の中の血液が冷たくなる感触がした。

戦いに身を置く者にとっては仕方のない、どうしようもないほどに疼く戦いの血が反応したのだ。

『今の祐一に、ボクの本気をぶつけたらどうなるだろ…?』

不穏になっていく、自分の思考。

それを抑え、ようやく祐一の元に駆け出す事が出来た。

「祐一…、だいじょーぶ?」

片腕が無く、全身に力がない。

そんなボロボロの身体で。

祐一は。

お嬢の言葉に、心の底からの笑顔で応えた。

「勝ったぜ…、ギリギリだけどな。」

本当に、子供の様な笑顔で。