第33話 「『神盾・空魔障壁』」








































「祐一に代わって、貴方を殺してあげる。」

その言葉を告げた人物は、志貴の目には別の人物のように見えた。

姿形が変わったわけではない。

ただ、その雰囲気がまったくの別物となっていた。

「…貴様、完全に『覚醒(めざめ)』たな…?」

硬い声色で、お嬢に問いかける志貴。

その問いに、お嬢は答えない。

ただ静かに微笑うだけ。

『もう、貴方たちと話すことはない。』

その目が、そう語っていた。

「…ふん。 どちらにせよ、俺たち(まぞく)の役割は貴様ら(あぞく)を殺すことだけ…!」

完全に回復しきっていない体も気にせず、ナイフを逆手に持ち、一気にお嬢との距離をつめる。

直死の力をフル稼動させ、お嬢の『死』を読み取る。

一閃。

確実に、お嬢の命を穿つ一撃は。

「…『Patels Wall(花弁の城壁)』」

絶対の防御の前に、たやすく弾き飛ばされた。

「ぐっ…!」

不意を突かれた分衝撃は大きく、5メートルほどの距離が出来る。

「今のボクは、優しくないよ。 祐一をここまで痛めつけたんだから、それなりの覚悟は

出来てるよね?」

自らの体を魔力で淡く発光させつつ、お嬢が言い放つ。

いつもの少女らしさは完全になりを潜め、一人の魔術師として立っている。

それは、間違いなくお嬢の本気の証。

びしびしと突き刺さる殺意の波動が、お嬢の決意を感じさせた。

「…いいだろう。 相手をしてやるよ、魔術師(メイガス)。」

唇の端を歪め、ナイフを握りなおす。

本気になった志貴の目が、蒼く発光する。

己が最高の力をもって、お嬢の『死』を読み取るために。

『…視えた!』

瞬間、志貴の体がぶれる。

スローモーションのように映る、周りの景色。

それを振り切って、一気に疾走する。

展開されているお嬢の『Patels Wall(花弁の城壁)』の『死』の線を一気に断ち切る。

驚愕に染まる、お嬢の表情(カオ)。

いや、驚愕に染まるはずだったお嬢の表情(カオ)。

明確な『死』が目の前にあるというのに、お嬢は眉一つ動かさないまま、志貴を−半ば睨む

ように−見つめていた。

あとコンマ一秒で届く、『死』の福音。

だが、それは届く事無く、第二の『Patels Wall(花弁の城壁)』によって防がれていた。

完全に予想した範疇を超えている、魔術詠唱の速度。

いや、あの瞬間、お嬢の口は動いていなかった。

「貴様が…、『Recite Canceller(詠唱を必要としない究極の魔術師)』だとでも

言うのか…!」

いまだにフル回転し続ける『直死』の目で睨みながら、苛ただしげに呟く。

『Recite Canceller(詠唱を必要としない究極の魔術師)』。

いまだかつて存在を許されなかった、究極の魔術師の称号。

上級魔術以上の魔術を、詠唱を完全に消去して呼び出すことの出来る魔術師。

もはや、これは魔術師の枠では括りきれない。

完全に、魔法使いの域に到達している。

「これは、昨日までのボクには出来なかったコト。 人間の枠を超え、魔族の枠を超えた、

第三の種族である『亜族』だからこそ、たどり着けた聖域。」

志貴の思考を読んでいるかのように、言葉を紡ぐお嬢。

「ボクは、許さない。 ボクの仲間を、傷つけるモノを…。」

瞬間、お嬢の体が輝きはじめた。

大量に動いている魔力の軌跡が、お嬢の体を包んでいく。

「決着をつけよう、『魔族』。」

表情を変える事無く、お嬢は冷たく言い放ち、

「望むところだ…、忌むべき『亜族』の生き残り…!」















































「…閃(せん)!!」

「白鳳翔(はくほうしょう)!!」

同時に交差する、二つの剣戟。

お互いの武器が光を灯し、辺り一面を輝かせる。

―――――静寂。

本当に一瞬の静寂の後、立っている影が一つということを視認できた。

一本の剣を持つ女が倒れ、二つの刀を持つ男だけが立っていた。

舞い上がる鮮血。

それはさやかの胸と、晃也の肩から同時に噴出した。

「かはっ…!!」

大量の血液とともに薄れていく、目の前の景色。

明確な『死』が、すぐ目の前にある。

だと言うのに、

「速度は、ほとんど同じだったはずなのに…、何で…?」

自らの命を憂うわけでもなく、届かなかった最強の一撃のことを思っていた。

「…同じだったのは、初めの部分だけだ。 『神速』の4段階目の領域には、

『死を司る黒(白河さやか)』と言えど、ついてこれる速度ではなかった、ということだ。」

そういって、地面に視線を向ける。

そこで、理解した。

速度を出すための衝撃で穿たれた地面は、明らかに晃也のほうが大きかったと言うことを。

そしてその代償に、晃也の足から血が流れ出している事に。

「そっか…。 まさか、17歳の子供に負けるなんて、思わなかったな…。」

悔しそうと言うわけでもなく。

悲しそうと言うわけでもなく。

どこかさっぱりとした表情で、さやかはそう呟いた。

「…貴女は強かった。 ただ…、」

「…ただ?」

「貴女では黒になりきれなかったと言うだけだ。 『黒』の文字を纏いながら、貴女は『白』

の姿で俺に挑んできた。 『白』は強い色だが、『黒』を薄くする事は出来ても消せるわけ

ではない。 『黒』はたとえ『白』でも塗りつぶすことが出来る、と言うだけだ。」

「…そうだったんだ。 私は、『黒』に相応しくなかったんだね。」

あーあ、と続けて、さやかは体から力を完全に抜いた。

もう、抵抗するだけの力はないと、自分で認めたのだ。

即死するほどの傷ではない。

事実、さやかの再生能力を考えれば、10分もすれば回復するだろう。

だが、目の前の相手と戦うには、絶望と言う言葉さえ遠すぎるほどの時間。

これまでの戦闘経験と、自分自身の勘が、そうさやかに言っていた。

その心を感じ取ったのか、晃也はゆっくりと『天魔』を抜き放つ。

「良い、戦いだった。 貴女は今ここで消えるが、俺の心の中には、ずっと生きるだろう。」

「ありがと。 キミにそういってもらえれば、私も満足だよ。」

にっこりと笑う、さやか。

その笑みに応えるように、晃也はそっと微笑み

「…良き、死を。」

心臓の中心に、自らの刃(ちかい)を突き立てた。

溢れる紅い血とともに、失われていく一つの命。

それを目前で見つめながら

「…あと、もう少し。 この為だけに、全ての屍を乗り越えてきた。 もう少しだけ…。」

一瞬、泣きだしそうな表情を見せ、その場を後にした。














































血が足りなくて、頭がくらくらする。

目の前で起こりそうな戦いを見ながら、考え付いたのがまずその事だった。

ぶつかり合う、二つの純然たる殺気。

それを浴びながら、おちおちと寝る事が出来る筈も無かった。

痛みはもちろんだが片腕が切られてしまったせいか、酷く視界がぼやけている。

それら全てを堪えながら、『空魔』を杖代わりにして立ち上がる。

今にも始まりを告げそうな戦いを、止めるために。

「待て…よ…。」

俺の声に、二つの殺気が、ようやく俺の存在を確認したのか。

殺気はそのまま、二つの視線が俺の方を向いた。




































「祐一…!? だめだよ、そんな状態で無理したら!!」

先ほどまでの『死神』然とした雰囲気を一気に消し去り、祐一に駆け寄っていくお嬢。

お嬢が慌てるのも仕方が無い。

祐一の目は、お嬢や志貴を捉える事無く、いまだ虚空を彷徨っているのだから。

先ほど切り裂かれた腕からは、止まる事無く血が流れ出続けている。

そんな状態で。

満身創痍をはるかに越えた、致命重傷である状態で。

祐一は、お嬢の助けを求めようとはしなかった。

何をしたというわけではない。

ただ、お嬢は自らの腕を祐一に届かせる事が出来なくなってしまった。

―――――その、圧倒的な闘気の前に。

「さがっててくれ、お嬢…。 まだ、俺は、勝負を降りてない…!」

ふらふらになりながら紡がれるその言葉。

だが、その言葉は何よりも力強かった。

片腕が無いまま、視界が戻らぬまま、祐一はゆっくりと殺気だけを頼りに志貴に向かって剣を出す。

「終わりには…させない…! 俺は、もう、負けるわけには、いかない…!」

言葉を発するたびに溢れてくる血液を、無理やりに飲み込む。

鉄のにおいは、自分の意識をいくらか鮮明にしてくれた。

「貴様との戦いは、もう終わっている。 惨めな姿を、見せるな…!」

苛立った様子で言葉を放つ志貴。

戦いの中で認めた相手の、こんな姿は見たくないと。

言葉の中に、その意思がはっきりと出ていた。

それでも、祐一の剣は下りる事は無く。

むしろ、さらに闘気が膨れ上がっていった。

その、先ほどを上回る闘気を前に

「いいだろう、今度は確実に仕留めてやろう。」

ゆっくりと、ナイフを構えなおした。

祐一には、その姿が見えているわけではない。

だが、嬉しそうな笑みを浮かべた。

戦いを受け入れてくれた相手に、感謝を示すように。

「射殺せ…、『空魔』…!」

『固有結界』を使う事無く、祐一は『空魔』を発動させる。

既に種は割れ、打ち砕かれたはずのその剣を。

「…微温い!!」

その祐一の攻撃を、一太刀の下で切り裂く。

何も変わることは無く、魔力を失った『空魔』は元の形状へと戻り、祐一の手の収まる。

勝負がついた後に起こっている、戦いと呼ぶことさえ出来ない争い。

志貴の眼に映っているのは、祐一という戦士ではなく。

もはや負け犬としか形容できない、失望の塊でしかなかった。

「…終わりに、させてもらうぞ。」

その姿を見ていることが苦だと言わんばかりの勢いで、志貴が地を蹴り穿つ。

瞬時に二人の距離はゼロに変わり、

「『閃鞘(せんさ)・迷獄沙門(めいごくしゃもん)』!!」

己が持つ最強の一撃を、祐一の心臓目掛けて放つ。

それが届く直前、祐一は

「絶対の防御を…、『神盾(しんじゅん)・空魔障壁(くうましょうへき)…。」

今までとは違う言葉を、その口で紡いだ。