第32話 「己が最強の一撃で」








































「…ふっ!」

晃也の鋭い斬撃が、縦横無尽にさやかの命を狙いに来る。

上下左右、ありとあらゆる方向から、晃也の小太刀が踊るように襲い掛かってくる。

「さすが、最強の名を欲しいままにするだけはあるね…!」

ギィン! ガッ!! ガギィ!!

だが、その隙の無い完璧な斬撃さえ、白河さやかは弾き、受け流す。

コンマ1秒ずれていれば、間違いなく即死が確定する位置に晃也の小太刀が襲い掛かってくるのを。

その瞬間だけ時を止めるかのごとき速さで、自らの剣を割り込ませてくる。

――――錬金術師(エルトナム)とは、次元が違う。

晃也の、戦いの中で培われてきた意思が、そう頭の中に告げてくる。

油断をすれば、痛い目を見るのは間違いなくこちらになる。

それは、間違いなく警笛。

小太刀を振るう両腕が。

地面を蹴り上げる両足が。

目の前に居る、『死を司る黒(しらかわさやか)』に対して、何かを感じ取っていた。

その直感を信じながら、最大限の警戒をしつつ、小太刀をさやかの急所に目掛けて振るい続ける。

「ねぇ、何をそんなに躊躇って(ためらって)いるの?」

打ち合いを始めて、はや数十合を数えた時、不意にさやかがそう漏らした。

自分が戦いに来たのは、この程度の相手ではないはず、と。

目の前で『死』を踊りあう相手にそう告げた。

「…済まなかったな、『死を司る黒』。 俺にも今はまだ仲間がいる。」

――――無意識のうちに無事かどうかを心配していたんだろう。

――――戦いの最中だと言うのに。

――――目の前で起こっている事から目を背けてしまった。

そう静かに言って

「では、ここからが本気の戦いだ。」

「ええ。 そうでなくちゃ、私がこっちに来た意味が無くなっちゃう。」

その言葉に、晃也は笑みを浮かべた。

それは侮蔑を含んだものではなく。

ただ純粋に可笑しいと思って出てしまったものだった。

そして、それを隠そうとする事も無く

「では、俺が満足出来るほどの踊りを見せてみろ…。 舞え、『天魔(てんま)』。」

晃也の言葉に反応した『天魔(てんま)』が、刀身を増殖させていく。

大気中に蠢く様に佇む『天魔(てんま)』は、さやかの目にはまるで悪鬼のように見えた。

「ふふっ、やっぱり戦いはこうでなくちゃいけないね。」

それでも笑顔を崩す事無く、静かに『天魔(てんま)』と対峙する。

今までに、幾多の強者を葬ってきた最強の魔力刀を

「舞い踊るは剣の音…『赤武天叉(せきぶてんしゃ)』…!!」

己の洋刀一本だけで、

ガギィ!! ギィン!! ガッ!! ギィン!!!!

第1陣を全て弾ききった。

舞うように、踊るように、軽い身のこなしから生まれ出づる剣閃(けんせん)。

直線が基本である太刀筋を、完全に曲線にして縦横無尽にやってくる死の風を潜り抜ける。

そして、さらに一歩踏み込む。

――――さやかは無意識に気付いていた。

――――『天魔(てんま)』の唯一の弱点を。

迷う事無く、荒れ狂う『死』に向かって突き進んでいく。

ガッ!! ギィ!! ギギャッ!!

無茶苦茶とも言える剣筋に耐え切れず、さやかの洋刀が悲鳴を上げる。

だが、それを無視して、さらにさやかは前に進み続ける。

「チッ…。」

さやかが『天魔(てんま)』の穴を見つけた事を察知したのだろう。

晃也は『天魔(てんま)』を止め、再び距離をとる。

「さすがは『死を司る黒』の名を持つだけはある。 『錬金術師(エルトナム)』とは比べ物にならない。」

そう、素直に褒め称えた。

目の前の剣士が『魔族』である事を関係なく、ただ一介の剣士として褒め称えた。

その晃也の言葉に、静かな笑みだけで答えるさやか。

それで終わり。

その一瞬だけで、そのやり取りは終わり、

ギィン!!!

2人の剣が、再びぶつかり合った。








































極死の一撃と、祐一の最強の攻撃がぶつかり合った。

時が止まったような静寂が、辺りを包む。

だが、それは一瞬。

「く…そ…。」

右手に持った武器(エモノ)が、力なく抜け落ちる。

右肩から胸にかけて、大きな一筋の傷が出来ていた。

その傷は、明らかに致命傷。

流れ出る圧倒的な血液は、倒れた少年の命を容赦なく奪い取っていく。

祐一の作り上げた『固有結界(こゆうけっかい)』が、徐々に消えていく。

術者の、魔力提供が完全に消えたからだ。

そう、つまり。

―――――倒れたのは、祐一の方だった。

あの一瞬の交差で、『死』をもたらしたのは極死の一撃だった。

と言っても、志貴とて無傷で済むはずが無い。

祐一と同じように、その胸は大きく穿たれていた。

「ぐっ…、はぁはぁ…。」

痛みを堪えて、倒れ伏した相手を見る。

これまでに戦った相手の中では、最強に近い部類に入るほどの敵。

それも、その実力は未だ成長している。

――――惜しいと思った。

――――何よりここで戦いを終わらせてしまう事が。

だが、志貴にとって、倒すと言う事は殺すと言う事と同義。

今まで地に伏した相手は、例外なく殺してきた。

慈悲も容赦も無く、『死』の点を一突きして。

そして、それは今回も成さねばならない事。

いや、今回だけはそれを逃す事は出来ない。

自分が唯一、絶対に勝てない相手と悟った、あの『姫』からの勅令なのだから。

右手を振り上げる。

そして、全てを終わらせる為の、一撃を、放った。

ガギィィッ!!!

「っ!!」

――――しかし、それは届く事は無かった。

ぼろぼろの体のまま、志貴は自分の邪魔をした人物がいるであろう方向を見る。

そこには、1人の少女が居た。

空に浮かぶ様に。

黒のコートをはためかせながら。

静かに、その場を見下ろしていた。

「貴様…!」

殺意の波動が、再び広がっていく。

怒りが治療の妙薬だと言わんばかりの速度で、傷口が少しずつ塞がっていく。

生気を増していく殺意の中、少女は一言。

「祐一に変わって、貴方を殺してあげる。」

抑揚の無い、機械の様な声でそう呟いた。









































「…ふっ!!」

「はぁっ!!!」

ギィン!!

裂ぱくの気合の乗った声と共に振るわれる剣戟が交差する度に、悲鳴を上げる武器。

響き渡る鋼の音色は、益々冴え渡る。

互いが繰り出す技の速度は、一合毎に増していく。

今の速度は、光にも追いつこうかと言う速度。

お互いの閃光と化した一撃が、的確に急所を狙ってくる。

それを寸分の狂いも無く、弾き、避け、反撃を仕掛ける。

今の状態で、さやかと晃也の剣技はほぼ互角だった。

さやかは素直に感心した。

これ程の若さで、これ程までの剣技を身に付けた晃也を。

さやかは、外見は若く見えても、その実300年と言う長きを生きた魔族。

それ故に手に入れた部分と言うのも、強さの一部を占めている。

だが、晃也の強さはそれとは全く違う。

たった17年。

『魔族』の寿命で言えば、まだ赤ん坊にも等しい様な年齢で。

おそらく全ての力を出せば、今の自分を遥かに凌駕するであろう実力を持っている事に。

「…どうした、黒の姫。 剣戟(けんげき)が鈍っているぞ?」

思考の渦に身を任せた一瞬を、晃也が見逃す筈が無い。

すかさず懐に潜り込み、小太刀を振り上げる。

ビュンッ!!

目の前を、自分の髪が数本舞っていく。

もし反応が後少しでも遅れていれば、その瞬間に勝負は付いていただろう。

額が割れている。

僅かながら、そこから流れ落ちる紅い雫。

「流石だね。 まさかこれほどまでとは、思っても見なかったよ。」

そう言って、構えを解く。

戦意を失った様子は見えない。

むしろ、ますます殺意の波動は膨れ上がっていくばかり。

「…貴様。」

「うん、その推測は正しいよ。 これから見せるのが、私の最強の一撃だから。」

さやかの周りの空気が、渦を巻く。

禍々しいと感じるほどの、収束感。

一部分だけが、濃密になっていく空気。

その濃密な空気に反応したのか、さやかの姿が変化していく。

流れる様な漆黒の髪が、見る見るうちに色を失い。

瞳の色が、血を流した様に緋色に染まり。

『魔族』の象徴である長く尖った耳が、白くなった髪から覗く。

どこか、気まぐれな、猫の様な雰囲気を持っていた今までとは、全く違っていた。

―――――まさに、『死』を司るモノへと変貌していた。

「…この姿を見て、生き残ったのは『姫』様だけ。 それ以外は、みんな殺してきた。 貴方の

運命もこれまでの哀れな羊達と同じだよ…。」

鋭利さを感じさせる殺気をバシバシと晃也に叩き付ける。

しかし、晃也は全く動じない。

こんな所で躓いている余裕なんて無いから。

「では、俺が2人目となってやる。 …来い、白河さやか。 全てを、終わらせてやる…!」

小太刀を逆手に持ち、静かに構え直す。

相手が最強の一撃で来るのなら、こちらも最強で迎え撃つ。

そう言わんばかりに、静かな殺気が晃也を包んでいた。

――――――一瞬の静寂。

時間が止まってしまった様な、何も聞こえない時間が、少しだけ流れる。

時間に直せば、10秒にも満たない時間。

それを、惜しむような素振り一つ見せず。

「…閃(せん)!!」

「白鳳翔(はくほうしょう)!!」

ドォン!!!!!

地面が爆発するような音を上げて、2人は最強の一撃を撃ち合った。