第31話 「死を司る黒」








































秋葉の全てを賭けた『炎』が、お嬢の体を飲み込んでいく。

さすがのお嬢も、この攻撃までは予測していなかった。

ほとんど不意打ちのような状態で、真正面からダメージを受ける事になってしまう。

この事実に、秋葉は安堵した。

自分はこの先を生きる事が出来なくても、自分の仕事は果たしたから。

だが、秋葉は理解していなかった。

『亜族』の血を。

『亜族』が、一体なんであるかを、秋葉は理解できていなかった。

燃え盛る炎。

普通の人間であれば、いや魔族であっても相当の実力を持っていない者なら、即死という攻撃。

それを受けて。

防御も何もなく、完璧に喰らったのにも関わらず。

お嬢は、生きていた。
 
黒いコートのほとんどを燃やし、体中に火傷の痕が残っている。

それどころか、右半身が使い物になっていない状態だ。

だが、それでもはっきりと生きている。

お嬢の眼は、確かに生きていた。

まだ炎が残っているのか、お嬢の体からパチパチと焼ける音が小さく鳴っている。

そんな状態で。

満身創痍と、間違いなく形容できる状態で。

お嬢は、見事なまでの笑みを浮かべた。

「ここまでやるなんて、思ってもみなかった。 でも、そのおかげでボクも目覚めたみたい。 

『亜族』としての血が。 貴女は、ボクを起こしてしまったんだよ。」

笑顔を崩さないまま、言葉を紡ぐお嬢。

だが、表情とは違い、殺気はどんどんと膨らんでいく。

「ボクは、これで戦う為の人形と言われてもおかしくない状況になっちゃった。 だって、見てよ。」

そういって、右腕を掲げる。

――――完全に動くようになっているだけでなく、火傷の痕までが消えていた。

――――まるで、最初から何もなかったように。

「これが覚醒した『亜族』の力。 『魔族』と『人間』の良い所だけの血を受け継いだ、

『亜族』の力。」

そこで初めて、お嬢は表情を変えた。

その表情は、『憎しみ』。

ただ純然たる『負』の気配だけを、秋葉にぶつけていた。

「これでボクは、もう戻れない。 祐一と晃也とは違う場所に立っちゃったから。 だから…。」

お嬢の右手に、魔力が収束していく。

それは、先程よりもさらに高密度な、魔力の塊。

小さな球体。

その球体は、暴れだしたがっているのか、内からバチバチと叫び声を上げていた。

その球体を、ゆっくりと秋葉の顔に近づける。

――――近づいてくる音が、やけに遠くから聞こえているような気がした。

――――『死』ぬって、こういう事だったんだ…。

「姿形も残らないように、殺してあげる。 私を覚醒させた、『魔族』に敬意を表して…ね。」

ぞぶり

そんな音を立てて、球体は秋葉の体の中に入っていった。

そして

「さよなら、『紅の主(あかのあるじ)』。」

バァン!!!

お嬢の言葉によって、魔力の球体は弾け飛んだ。

…秋葉の体を、全て巻き込んで。

飛び掛ってきた、大量の血液。

顔面にかかったものだけを軽くぬぐうと、お嬢はその場を後にした。

残ったものは何もない。

血塗れた荒野と化した場所を背にして。

「…ボク、2人とは違う所に立っちゃったよ…。」

…悲しそうな、声を残して。 










































晃也は、ゆっくりと最初の場所へと戻っていた。

人の力を借りなくても、祐一とお嬢が勝利する事を確信しているからだ。

それでも、一応不安はあったのか。

擬似神経であるシオンの持ち物、エーテライトは持ち帰る事にしていた。

さくさくと音を立てながら、地面を歩いていく。

月光が、静かに晃也を照らしている。

この優しい光を浴びる事の出来る、夜が好きだった。

こんな優しい時間を、ずっと過ごしたい。

だから

「茶番はもういいだろう? そろそろ出てきたらどうだ?」

相手がいるであろう場所を見る事無く、前を向いたままそう告げた。

この優しい時間を過ごすのに、お前は邪魔だから。

そう言わんばかりに、その声は冷たかった。

「気付かれてたんだ。 さすがだね、『亜族最強』の剣士、月宮晃也。」

闇が溶けて行くように、晃也の後に姿が映し出されていく。

その姿は、またも少女だった。

長い黒髪を持った、一見では普通の少女にしか見えない様な。

ただ、腰に差している剣だけは、それを否定していた。

細長いサーベルのような形状の剣。

その剣からは、圧倒的な血の匂いが感じられた。

「まさか4人ともこの場に出て来るとは思わなかった。 『死を司る黒』白河さやか、次の相手は

おまえか?」

さやかに背を向けたまま、晃也が問う。

「うん。 と言うか、本当は私が君の相手だったんだけどね。」

さやかは、笑ってその問いに答えた。

黒い長髪が、風にたなびく。

「…そうか。 あれは使い捨ての駒だったのか、貴様の。」

表情(カオ)は無表情(うごかない)まま。

だが、その背中からは、『怒』の感情がはっきりと感じ取れた。

「うん。 だって私、あいつの事嫌いだったし。 頭でっかちで、講釈ばっかりたれるわりには

弱いんだもの。」

「なるほどな…。」

『怒』の感情を消す事無く、晃也はゆっくりと振り向いた。

「ならば貴様もここで殺すだけだ。 貴様は、『錬金術師』の様な下手なダンスは踊ってくれるな。 

『魔族』も『人間』も抹殺の対象だが、俺は意思を持つ者を駒のように使う相手が嫌いでな。」

ゆっくりと小太刀に手をかける。

もう言葉はない。

交わされるのは、お互いの刺す様な殺気だけ。

「そんな程度の殺気じゃ、私は怯んだりしないよ。」

「…この程度が本気と思っている時点で、お前の底が知れる。」

お互いがお互いを罵り合うと、

ギィン!!

息を吐く間もなく、また戦いは始まった。




































刀を振るう。

片腕となった筈なのに、その軌道は狂う事無くまっすぐに志貴の方に向かう。

ギィン!!

その一撃をナイフで弾き、

「……。」

己が持つ最強の手札、『直死の魔眼(ちょくしのまがん)』を発動させる。

「な…。」

――――視えない。

――――『死』の線が、全く見えない。

――――相沢祐一の体には、あれほどはっきりと映っているのに。

――――あの刀には、一筋たりとも線がない…。

その一瞬の動揺。

それが、志貴のナイフの切れを鈍くさせた。

ブゥン!!

この戦いで初めて、志貴は攻撃を外す。

その致命的とも言える隙を、今の祐一は見逃さなかった。

「おおおおおおっっっ!!!」

渾身の力を込めて刀を振り下ろす。

唸りを上げて迫っていく刀。

ザシュっ!!!

この戦いで、ようやく祐一が志貴に一撃を入れた。

「ぐっ…!」

思わぬ一撃を喰らい、左肩を庇いながら距離をとる。

どくどくと血が流れる志貴の肩は、先程までの余裕を吹き飛ばすほどの傷だった。

――――傷が深い。

だらりと垂れ下がった左腕は、もう真紅に染まっている。

これで、ようやく形勢が互角になった。

「これで勝ったと思うなよ…、『亜族』。」

「…当然だ。 こっちもそろそろ限界でな、時間が無いのはお互い様ってところだ。」

そういって小さく笑みを浮かべる、祐一。

――――その余裕が、何よりも気に障る。

「…その余裕、今すぐに消してやる…!」

動かない肩の事は全く考えず、『直死(ちょくし)』を発動させる。

確かに前回で発動させている、『直死(ちょくし)』。

だがそれでも。

相沢祐一が作り上げたあの刀には。

―――――『死』の線は、一筋たりとも視えなかった。

分かっている。

そんな事は、先程の一瞬でもう理解している。

動揺は、無い。

もとより、考える事を許さない状態なのだ、今の七夜志貴の体は。

ただ『死』を内包する体を、粉々に切り裂くのみ。

「これで、終わりだ。」

「その台詞、そのままそっくりお返しする…!」

お互いが、お互いの武器(エモノ)を、

「…『閃鞘(せんさ)・迷獄沙門(めいごくしゃもん)』…!!!」

「鼓動よ…、応えろぉ!!!」

お互いに向けて、振り下ろした。