第30話 「あの大木の下で」


































出来上がったのは、小高い丘のような景色。

そして、その丘にたたずむ一本の大木。

その根元に、静かに突き刺さっている一振りの刀。

その他には何もない。

晃也のような無限の剣達があるわけでもなく、お嬢のような派手さもない。

ただそこにあるだけ。

その表現が最も似合うような、そんな穏やかな場所。

その『世界』に2人は立っていた。

「貴様が『固有結界(こゆうけっかい)』を使いこなせるとはな…。」

驚き、そして忌々しげに呟く志貴。

それもそのはず、『魔族』のデータの中に祐一が『固有結界(こゆうけっかい)』を使えるとは、

載っていなかったからだ。

だが驚いているのは志貴だけではない。

満身創痍の祐一もまた、この事態に驚いていた。

限界ギリギリの所で聞こえた、あの不思議な声。

どこか自分達が失った、あの黒が好きな剣士の声と似た声。

あの声のおかげで、思い出した大切なモノ。

消えかけていた自分の意識が、目の前の世界と同化していくような感覚。

自分が『世界』と一つになるような感覚。

そんな感覚を感じながら、祐一は大木の根元に突き刺さっている1振りの刀を手に取った。

…重さは感じない。

感じるものは、鼓動。

力強く脈動する生命が、この刀の中に存在している。

「…これが、俺の『世界』…。 俺がただ1人、愛した奴との、思い出の場所…。」

右腕一本だけの痛々しい姿で、祐一は呟くように言う。

だが、そこに稀薄感(きはくかん)はない。

存在は、確固として感じられる。

――――以前までの祐一よりも、遥に大きく。

「たった1本の木と、たった1振りの刀しかない、出来損ないの『世界』。 だが、俺にとっては

何にも変えがたい、真実(ホントウ)の『世界』だ。 七夜志貴、お前にこの『世界』が殺せるか?」

チャキ…

構えを取ると、静かに音を立てる刀。

名前などない。

ただそこにあるだけの刀。

――――だが、その刀のなんと美しい事か。

吸い込まれるような、深い深い空の色。

全てを包み込んでもなお足りぬと言わんばかりの、深さを以って。

祐一の手の中に、ゆっくりとおさまった。

「面白い。 ようやく殺しがいのある相手となった。 相沢祐一、お前はここで殺してやろう。」

「この『世界』にいる俺を、簡単に殺れると思うなよ…。」

両者の殺気が膨れ上がり、

ガキィ!!

再び戦い(コロシアイ)が始まった。

















































エネルギーの塊が、晃也の腹部を完全に貫通する。

それでも足りぬと言わんばかりに、晃也の体を蹂躙していく。

腕・足・下半身、そして上半身を、粉々に打ち砕く。

シオンは、ようやく銃を下ろす。

「はぁはぁはぁ…。」

血に飢える自分の意識を、何とか集中させる。

禁断症状のように、手足ががくがくと震える。

――――血がホシイ。

――――アビルホドノ、チヲ。

そこで、ようやく気がついた。

1人を完全に殺したはずなのに、空から一滴も血液が落ちてこない事に。

空を見上げる。

そこには、何一つ形あるものは存在していなかった。

「…言ったはずだ。 自己を保てぬ錬金術師に興味は持てない…と。 この程度の空蝉に気づかな

いで、何が錬金術師か。 笑わせてくれる。」

後ろから聞こえる声。

後を振り向くと、嘲笑する晃也の姿。

あの一瞬、シオンは状況が見えていなかった。

吸血鬼化する事によって得た力のせいで、理性が飛んでいたからだ。

『ブラックバレル・レプリカ・フルトランス』を発射した瞬間、晃也は『神速(しんそく)』3段階目を

発動させ、一気にシオンの後ろに回り込んだのだ。

一瞬の攻防。

だが、その攻防で、はっきりと勝負は見えた。

優劣が、いったいどちらにあるのかという事が。

「終わりだ、錬金術師。 貴様は俺を、侮りすぎた。」

晃也の姿が掻き消える。

もう、一歩たりとも動こうとはしないシオン。

一瞬の静寂が辺りを包み、

「消えろ、『薙旋(なぎつむじ)』…!」

ザシュ!!

鈍い肉の裂ける音が、辺りを支配した。

「がっ…、はぁぅ…。」

灼熱の如き熱さを前面と後面から受け、足が思うように動かない。

地面に片膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。

だが、死なない。

こんな程度の傷では、シオンは死なない。

『魔族』の耐久力は、人間の比ではない。

おまけに、今のシオンは吸血鬼化をし、さらに耐久力を増している状態だ。

数分もすれば、傷は完治するだろう。

だが、そんな甘さを晃也が見せるはずもない。

「これで、この戦いも終わりだ。

 It eliminates with all the beliefs.
 信念の全てをもって排除する。 」  

必勝を誓った戦いには、どこにも隙を見せないと言わんばかりに、最強の唄を謳う。

それは、己が心を謳う剣の唄…。

「Since all it was not able to protect.
 守れなかった全ての為に。

 Since all it was not able to tie.
 繋ぎ止める事が出来なかった全ての為に。

 One's language promised on that day.
 あの日に誓った自らの言葉は。

 Oneself is poked and moved as a belief.
 信念として自らを突き動かす。

 In order to kill people, to kill an evil spirit and to kill everybody.
 人を殺し、魔を殺し、皆を殺す為に。

 As the revenge song to those who took,
 奪った者への復讐歌として

 As the requiem to those who were taken.
 奪われた者への鎮魂歌として

 It does not matter that there is nothing as being understood by whom.
 誰に理解されなくとも構わない。

 Even if it falls to hell even if,
 たとえ冥府に落ちようとも、

 Just it took an oath on the young day.
 それこそが、幼き日に誓った

 −an eternal regret−
 −永遠の慟哭− 」

映し出される世界には、無数の剣が。

己の心を表すその風景は、どこまでも一筋であり、どこまでも悲しい。

その『世界』を背に、

「…消えろ。」

パチン…

ザンッ! ザンッ! ………………!!!!

無限の剣たちが、容赦なくシオンの体を貫いていく。

命を欠片も残さないように、徹底的に。

動くことも出来ないまま、絶望の中、シオンは死んだ。

役目を果たした『世界』は、ゆっくりと消えていく。

残ったのは、シオンの体と、晃也のみ。

「愚かすぎる結末だな、シオン=エルトナム=アトラシア。 貴様が『開放』しない戦いを

選択していれば、もう少し『戦い』にはなったっだろうがな。」

もう動く事のないシオンを見下しながら、そう言うと。

静かにその場を後にした。







































紅の光と、閃光のような眩しい光が激突する。

燃え盛る炎と、それすらを飲み込んでしまいそうな眩い光。

交錯し、悲鳴を上げ続ける紅と白の光。

周りの景色後と巻き込んでいく2つの力は、とどまる事を知らない。

渦の中にいる2人を残して、全てのモノを消し去っていく。

永劫に続くように思われた、力と力のぶつかり合い。

しかし、それは呆気なく幕を閉じる。

白が、紅を飲み込み始めた。

全てを奪う『略奪』の炎が、全てを包む『光』の前に屈していく。

「ああ…、あぁぁぁぁっっ!!!」

最後の力を振り絞るように。

獣のような叫び声を上げて、秋葉は目の前の『光』に対抗する。

バヂバヂバチッ!!!

激しい音が、辺り一面に広がる。

だが、秋葉の最後の力を以ってしても、白の『光』は止まらない。

拮抗を保っていた先程までが見る影もなく、白が紅を押していた。

「これが…、覚悟の差だよ、『紅の主(あかのあるじ)』さん。」

にこり、と。

戦い(コロシアイ)の場にそぐわない笑顔を見せて、

「さよなら。」

ガガガガガッッッ!!!

お嬢の言葉に呼応して、さらに『光』が力を増していく。

もう紅は、1割も残っていない。

あと数秒もすれば、完全に白に飲み込まれてしまうだろう。

――――そんな簡単に、勝負を決めさせない。

――――『死』は見えているけど、貴女にも『死』を届けてあげる。

――――それが、『紅の主(あかのあるじ)』遠野秋葉の役目…!!

『檻髪(おりがみ)』の力を緩め、その力を全て自分の防御に回す。

その瞬間、光が秋葉の体全てを包み込んだ。

「あぐっ…いぎっ…!!!」

体全てが、蝕まれていく。

紙に書かれた字を、消しゴムで消すように、体の細胞が消えていく。

自分の体を見る。

もう右半身は消えかかっていた。

だが、ここで意識を失うわけにはいかない。

耐えて見せる。

『紅の主』として、やるべき事は全うしなければならない。

それが、人の上に立ったもののやるべき努め…!

耐え難い痛みの中、必死に意識だけをとどめる。

そんな地獄のような時間が流れていく。

たった何十秒かの時間が、本当に永く感じられた。

ようやく、外部からの痛みがなくなっていく。

少しずつ白の光が収束していく。

全てを包み込んだ白の光は、周りの景色ごと秋葉を飲み込み、辺りは荒野となっていた。

「終わりは…、呆気なかったかな。 でも、なかなか楽しかったよ。」

右半身を完全に失い、力なく倒れている秋葉に声をかける。

そして、止めを刺そうと右腕を振りかざした。

瞬間、

「考えが…、甘かったわね…!!」

秋葉の左腕から、炎が吐き出された。

命全てを燃やしつくさんとする勢いで。

お嬢の体を飲み込んだ。