第28話 「己が最強の技で」



































パァン!!

シオンは晃也の行動を予測しながら、最適と思われる場所に銃弾を打ち続ける。

接近戦に持ち込まれると厄介なので、常に間合いを広めに取る事も忘れない。

月宮晃也と言う男は、強い。

一瞬でも隙を見せれば、そこで終わらせる事が出来るのが容易にわかるほど、晃也は強い。

――――だが、私に隙は無い。

高速ではじき出される計算。

幾つもの思考が最適なものを選び出す分割思考。

その2つが、シオンの自信を形成している。

だが、その2つを以ってしても、晃也には銃弾が当たらない。

それだけで誰でも殺せそうな絶対の殺気を纏いながら、無駄な動きを一切省いた効率的な

動きでシオンの銃弾をかいくぐって行く。

――――シオンは判っていなかった。

――――晃也もまた、予測により相手の動きを読み取る事が出来る事を。

シオンのような特殊な脳の構造をしているわけではない。

それでも、視える。

次にどのような行動(アクション)を行うのかが、瞬時に判断できる。

もはや未来予知に近いような、晃也の先読み。

それがシオンの銃弾を全て回避させていた。

「…その程度か、錬金術師。」

もう何発目になるかも判らないほどの銃弾を避けつつ、晃也が静かに尋ねる。

侮辱の色は、珍しく感じられない声色。

ただ、本当に疑問だけだった。

その程度の実力で、『魔族』最強の護兵を気取っているのか、と。

その晃也の思考さえも読めるのか、シオンは悔しげな表情を見せる。

確かに、今のシオンは最強の状態では無い。

だが、最強の自分を解放させてしまえば、後は何も残らない。

血に飢えた、殺戮の吸血鬼となってしまうだけ。

だから、躊躇ってしまう。

シオンは、今の冷静な自分を好いていたから。

「そんなに本気が出しにくいと言うのなら…、俺が出させてやる…。」

パァン!!

ギィン!!

眉間に飛んでくる銃弾を小太刀で弾くと、そこで初めて『天魔(てんま)』を抜いた。

漆黒の闇の中で、輝く黒の刀身。

同じ黒だと言うのに、夜空よりもさらに眩い輝きを放っている。

それは美しくもあり。

また同時に、どうしようもなく恐怖を催した。

「今の貴様に、この刀から逃れる術は無い…。 舞え…、『天魔(てんま)』。」

漆黒の刀身が、あっという間に増えていく。

中空に漂う黒の刀身は、見るだけで嫌悪感を感じる。

「く…。」

勝てない。

このままでは、確実に殺される。

――――思考展開。

――――分析開始。

――――検索終了。

――――実行承認。

頭の中で弾き出された計算。

それは、満場一致で自分を解き放つと言う事だった。

「…殺せ。」

静かに響く晃也の声。

その声に呼応するように、『天魔(てんま)』の刀身がシオンに襲い掛かる。

ガチン…!

その瞬間、頭の中でスイッチが入った。

「……カット。」

静かな、本当に聞こえるかも怪しいほどの小さな声。

そして、その声と同時に腕を振るう。

ガギィ!! 

金属と金属がぶつかり合い、ひしゃげるような音が響く。

…それは、真空波に近いものなのだろうか。

幾本もの刀身が、衝撃で弾かれていた。

異質すぎる攻撃。

正体を見極める為にも、『天魔(てんま)』への魔力供給を止める。

「…臆したか、『亜族』。」

「お前の好きに判断すればいい。 俺はまだやるべき事が残っているのでな、貴様如きに

傷を負っていられる余裕はない。」

シオンの挑発に、晃也も挑発で返す。

交わされる視線と視線。

どちらからも発される、射抜くような視線は、それだけで殺せそうなほど圧倒的な殺気。

「私に本気を出させた貴方に敬意を表して、確実に殺してあげます。」

「…やってみせろ、それが貴様に出来るのならな…。」







































「消えなさい…!」

秋葉の手から炎が生み出され、その炎たちは意思があるかのごとく、お嬢に襲いかかってくる。

その炎を、避ける事無くお嬢は魔術で弾き、消し去る。

コンマ数秒の中での攻防。

もしお嬢の防御が少しでも遅れれば、その時点で戦いは終わる。

もし秋葉の攻撃がお嬢に隙が出来ていない時に放ったのなら、反撃(カウンター)でやはり戦いは終わって

しまうだろう。

お互いがお互いに最大限の集中力で、殺しあう。

普通の実力の持ち主であれば、1分も持たないような張り詰めた雰囲気の中。

お嬢と秋葉は、自分たちの身を切り裂いていく。

お互いに致命傷を負わせることのないまま、時間が過ぎていく。

両者の実力は、完全に拮抗している。

故に戦いはどうしても長引く。

もう何合目になるかも判らない攻防を繰り返した時、不意に秋葉が間合いを開けた。

「こんな事では、いつまで経っても決着がつきません。 そろそろ、勝負を付けさせていただき

ます。」

蒼碧の瞳から、明らかな殺意が漏れ出ているのがわかる。

本当に決着をつけるつもりのようだ。

チリチリと焼けるような殺意の波動が、お嬢の体を撫でるように蠢く。

その嫌悪感は、半端ではなかった。

『死』と言うモノには、誰もが嫌悪感を抱くものだ。

だが、これはそんな概念で括れる様な甘いモノでは無い。

明確な『死』のイメージが、自分の目の前に何度も何度も映し出されている様な。

圧倒的な明確さを持ってお嬢を飲み込んでいく。

――――いけない、意識を冷静に。

魔術師である以上、心が乱れている状態での魔術行使は難しい。

だからこそ、嫌悪感の塊を受けても冷静でいなければならない。

その精神力の高さは、とても14歳の少女が持てる様なものではない。

その強さが、10年前の戦争の業の深さを感じさせる。

――――どうする?

そんなのは決まっている。

最大の攻撃には、最大の魔術で対抗するだけ。

――――防御で?

それじゃ決着はつかない。

――――なら、攻撃で?

そう。

ボクが持っている最大の攻撃魔術で、相手の攻撃ごと、捻じ伏せる。

――――貴女にやれるの?

出来る。

この魔術は、ボクの大切な人のための魔術だから。

失敗するはずなんてない。 

だってこの戦いは、ボクの恩返しだから。

失敗できるはずなんて、ないんだから。

頭の中に浮かんでくる自問。

それら全てを追いやって、相手を見つめる。

…力が、はっきりと集まっているのが判る。

あと数秒後には。

あと数秒後には、確実にここは火の海になるだろう。

――――それごと、砕く。

覚悟なんて、とうに決まっている。

静寂。

どちらも動く事を見定めている状況。

この一瞬の静寂が出来る相手がいる事は、本来なら良い事なのに。

ライバルとして、切磋琢磨できるはずなのに。

だが、そんな選択肢は2人の間には無い。

ガギィィ!!!

少し離れた場所から金属と金属のせめぎ合う音が、一瞬聞こえた。

その瞬間、秋葉はお嬢の元に疾走する。

一瞬で10m近い距離がゼロになる。

「紅主(せきしゅ)…檻髪(おりがみ)!!」

秋葉の手が、お嬢の胸元へ近づいていく。

その光景がコマ送りの様な速さに見える。

「消し去るよ…、『Darkness Shinning(暗闇すら包む永久の輝き)』!!」














































『空魔(くうま)』を手にしながら、どう戦えばよいかをシミュレートする。

七夜志貴に、『空魔(くうま)』は通用しない。

普通に使っただけでは、確実に能力ごと殺される。

だが、もう『高月(こうづき)』は使えない。

刀身が根元から切り取られた『高月(こうづき)』は、誰の目から見ても使える状況には見えなかった。

「そうやって、俺の攻撃に怯えるだけか。 くだらん、その程度ならば、この戦いは早々に

終わらせてもらう。」

再び銀のナイフを逆手に握り直す。

『直死』の眼が、確実に祐一の姿を捉える。

眼に映るのは、無数の黒の線。

『死』を内包した、殺すためだけに存在する線。

あとはその線をなぞるだけ。

相沢祐一と言う存在が、明らかに強者に存在している事は、とうに理解している。

それでも、圧倒的にこちらの勝ちで終わりたい。

『亜族最強』、月宮晃也との戦いを楽しみたいから。

既に志貴の頭の中では、祐一の姿は消えかかっている。

怯えを覚えてしまった今の祐一に、何の感慨も感じないからだ。

「チ…。」

思わず舌打ちをする祐一。

まだ考えは纏まっていない。

壊された『高月(こうづき)』に変わる武器、その存在を求めているだけだ。

――――晃也の世界を呼び出すか?

無理に決まっている。

あの世界を呼び出せたのは、あの時の1回きり。

あの世界は、晃也が晃也であるからこそ呼び出せるモノ。

祐一が祐一であるが故の『固有結界(こゆうけっかい)』では無い。

『どうすれば、俺の『固有結界(こゆうけっかい)』を呼び出す事が出来る…?』

目の前から感じる圧倒的な『死』の匂いを感じながら、頭を回転させる。

だが、時間は祐一の都合で止まりはしない。

「極彩(ごくさい)と散れ…!」

志貴が『直死の魔眼』の力をフル稼働させて、祐一の元へ疾走する。

冷静とは言いがたい状況で、それを迎え撃つ祐一。

…その時点で、勝負は決まっていた。

志貴のナイフを何とか避けようと、祐一も体を捻るが

ぞぶり

「が…!!!」

志貴のナイフは、容赦なく祐一の腕に食い込んでいく。

そのあとは一瞬。

紙を切るような速度で、腕が切り取られていく。

「つ…ぐ…!!」

痛みを堪えながら、何とか距離をとる。

痛みの原因である左腕は、根元から抉り取られていた。

利き腕ではない。

それでもこの一撃は大きすぎる。

ただでさえ、今の祐一は志貴に劣っていると言わざるをえない。

その上、左腕の損失。

明らかに志貴の側に傾いた。

ぼたぼたと流れる血液。

壮絶なる痛みと、失われていく血液のせいで、今にも意識は飛びそうだ。

「…それで終わったと思うなよ。 貴様を肉片に変えるまでは、この戦いは終わらない…。」

「…上等だ。 やられっ放しは、性にあわないからな…!」

消えていきそうになる意識を、自らの殺気で叩き起こす。

重みの失った左腕を一目だけ見て、

「射殺せ…『空魔(くうま)』!!」

再び、自らの刀の力を解き放った。