第27話 「『直死』の力」










































ヒュンッ!!

シオンの放つ糸が辺りを舞う。

極限までに細く出来ている糸は、肉眼で捉える事はほぼ不可能なほど。

それを晃也は紙一重ながらも確実に避ける。

ただ無傷ではない。

糸が掠める度に、その部分からうっすらと血が流れる。

だが、そんな程度で晃也が動揺するはずもない。

晃也は、測っているだけ。

速度・伸縮・そして何より空気の振動を。

その晃也の意図に気が付いているのか、シオンも出来る限り不規則に糸を操る。

しかし、意識的に不規則にしようとしても、やはりどこかに規則性が生まれる。

それを晃也は見逃さない。

その隙を縫いながら、徐々にシオンとの距離を詰めていく。

中・遠距離戦闘を得意とする相手には、寄れば良い。

その事を、晃也は理屈ではないところでわかっていた。

「…捉えた…!」

ギィン! ギィン!!

シオンの糸に、晃也の小太刀がぶつかる。

激しい金属音を鳴らし、シオンはまさか弾かれるとは予測していなかったのか、衝撃でほんの少し

体勢を崩す。

「…その隙…、いただく…。」

…ドクン!!

すかさず『神速(しんそく)』を発動し、一気に距離を零にする。

目の前に見えるシオンの首。

それに小太刀を差し出す。

パァン!!

ギィン!!

「ふっ!」

乾いた暴力の音。

晃也は飛んでくる銃弾を、シオンの首を狙った小太刀で弾く。

無表情だが、やや焦りを感じさせるものを見せつつ、再び距離をとる。

その晃也の無駄の無い行動を、シオンは止めて見せた。

体勢が崩れたように見えたのはフェイク。

そもそも、極限まで細くなっている鋼糸を捉えただけでは、体勢は崩れない。

シオン側に関しても賭けのような動きだったが、分の悪い賭けが見事に成功したのだ。

ほとんど不意打ちのような一撃を受けきった晃也もたいしたものだが。

「…貴様、銃使いか…。」

「ええ。 私の本分は鋼糸よりも銃。 そしてさらに言うなら、私は戦闘よりも思考で相手を

倒す事を得意としているのですが。 あなたの動きは、手に取る様に見えますしね。」

余裕のこもった笑みで、晃也に笑いかけるシオン。

その行動が、何より晃也に火をつけた。

「分割思考(ぶんかつしこう)か…、なるほど厄介な能力を持っている。 ただ…。」

「ただ、何だと言うのです?」

晃也が微笑う。

先程シオンが見せたような、余裕のこめられた微笑みで。

「俺以外になら、通用したのだがな。 いや、先程の俺になら通用する可能性はあった。 お前は

選択肢を間違えた。 『亜族』を侮辱した者は、必ず殺される運命にあるからだ。」

微笑う晃也。

だが、表情とは裏腹に流れている殺気は、何処までも大きかった。

「出来ますか? それが、あなたに。」

「…それは自らの体を以って試してみるが良い…。 『死』が貴様を狙い打つ事になるがな…。」

氷の様な殺気を叩きつける晃也と、それを平然と受けているシオンの殺気。

あと1秒後には確実に死合いが始まろうとする雰囲気。

パァン!!

ギィン!!

その雰囲気を違える事無く、再び2人の戦いが始まった。

















































「あはははっっ!! さぁ、避け切れるかしら!?」

秋葉が愉悦に溺れた様な表情で炎を操り続ける。

あらゆる方向から襲い掛かってくる、灼熱の炎。 

「ボクを包んで…、『Patels Wall(花弁の城壁)』…。」

その攻撃を花弁たちが優しく守る。

だが、今まで完璧にお嬢を守護してきた花弁たちは、軋み声を上げる。

遠野秋葉が『紅の主(あかのあるじ)』と呼ばれる理由、炎を誰よりも操る能力を持って生まれた

事が原因だろう。

そもそも、この炎は魔術では無い。

魔力反応は、一切含まれていない。

普通の人間が攻撃するのと同じ様に、秋葉は簡単に炎を生み出す事が出来る。

それは『魔族』の中でも特異な能力だった。

直接攻撃が強力な上に、中・長距離にも対応できる炎を持つ。

それが遠野秋葉を最強の存在に至らしめているのだ。

ミシミシと悲鳴の声を上げる花弁たち。

だが、その状況の中でもお嬢は慌てる事はなかった。

「全てを、凍らせるよ…、『Freeze Cradle(凍結する楽園の揺りかご)』。」

お嬢の声に呼応して、周りの大気が凍っていく。

それは秋葉の炎も例外では無い。

お嬢の周りにあるもの全てを、否応なく凍らしていく。

氷は、ただ術者だけを癒す揺りかごの様に、お嬢の周りを凍てつかせる。

お嬢の周りを包んでいた炎は、全て凍る。

その状態になって、お嬢はゆっくりと花弁たちを霧散させる。

「『紅の主』遠野秋葉さん、あなたは間違っちゃったんだね。 ボクとあなたじゃ、相性は最悪

だって事に気付かなかったの?」

いつもの雰囲気とはまるで違う、蔑む様な声色で問いかける。

その光景は美しくもあり、また酷く歪なものでもあった。

「これだから『亜族』は。 私と戦う事は、相性なんかは全て意味を持たなくなるの。 だって、 

私と戦うと言う事は…死ぬと言う事だもの。」

赤い髪を揺らして、秋葉が笑う。

自分の言葉に、何一つ疑問を持っていない、確信めいた口調。

だがその話し振りをもってしても、お嬢は感情を乱さない。

ただ冷静な瞳のまま、秋葉を見つめている。

「そう…、じゃあそれも今日で終わりだね。」

「…どういう事かしら?」

「わからないの? あなたは今日この場で、ボクに負ける事になるんだよ。」

にっこりと、いつものお嬢の笑みで。

――――コロシアイの幕開けとなる言葉を告げた。

ゴウッ!!

爆発したような音を立てて、秋葉が迫って来る。

その速度は『神速(しんそく)』1段階目と相違ないほど。

これだけの速度を持って、渾身の一撃を振るう。

腕の動きに合わせて炎が舞い上がり、その炎がお嬢に迫る。

「くっ…!」

いくら『詠唱加速』を持つお嬢と言えど、この距離、この速さでは対応しきれない。

それを冷静に分析したお嬢は、その一瞬で『海魔(かいま)』を取り出し、炎を切り裂いた。

秋葉の炎は物理攻撃と同じなので、魔力を込めずとも切れる。

その一撃で出来た僅かな空間に入り込み、

「振り払って、『Raging Storm(荒れ狂う風の舞)』!!」

自分を中心とした台風を作り出す。

荒れ狂う風が、炎を巻き込み弾き飛ばしていく。

風では炎を消す事は出来ない。

だが、圧力によって炎を弾き飛ばす事は出来る。

消す労力と弾く労力、両方を天秤にかけた結果だった。

だが、無傷ではない。

少しだけ焼け焦げた黒のローブが、それを証明している。

あと1秒半遅ければ、お嬢は炭になっていたのだろう。

「この程度なの? 魔術師。」

「その程度の炎であんまり調子に乗らないほうがいいよ、『紅の主』。」

互いが互いに辛酸な言葉を吐くように言うと、

ドォン!!!

再び戦いは始まった。








































魔力がこもっていく『空魔(くうま)』。

どんな事態が起こるのかをわかっていながら。

七夜志貴は、動こうとはしなかった。

「その余裕、全て消してやる…。 射殺せ…『空魔(くうま)』!!」

『絶対(ひっさつ)』の攻撃が、放たれた。

それでも志貴は笑みを崩さない。

祐一はその志貴の姿に、どこか恐ろしさを感じた。

『空魔(くうま)』の能力は、恐らく知っているはず。

――――ならば、何故ここまで落ち着いていられる?

――――回避できるとでも言うのか?

その自問が終わらないまま、『空魔(くうま)』は的確に志貴の心臓目掛けて飛んでいく。

「貴様は『直死の魔眼』を侮った。 その罪、万死に値する…。」

志貴の銀の瞳がさらに輝く。

「極彩(ごくさい)と散れ…!!」

刻一刻と迫ってくる『空魔』。

その刀身にナイフを突き立てる。

ずぶり、と。

静かに刀身の中にナイフが食い込み、

バキィン!!

刀身を切り裂いた。

「な…。」

開いた口がふさがらない。

命を狙いつづける『空魔(くうま)』の能力ごと、志貴は殺したのだ。

行き場を失ったように、『空魔(くうま)』が元の日本刀の長さに戻る。

魔力で編み上げられた刀身だから、壊された所で本当の刀身は傷つかない。

だが。

動揺は、どうしようもなく激しかった。

今まで『空魔(くうま)』をまともに防いだのはたった2人だけ。

それも、ここまで鮮やかに防がれたのは初めてだった。

足が1歩分、勝手にあとずさる。

――――これが、『直死の魔眼』。

――――これが、魔族最強の護兵、七夜志貴。

突き刺さるような殺気が、祐一の心の中に入り込んでくる。

恐怖。

いつもは味合わせる側にいる筈の祐一が、真正面からその恐怖を受けていた。

「言っただろう? お前は俺の魔眼を侮りすぎた、とな。 絶望の表情は堪能させてもらった。

あとは…、貴様を斬刑に処す。」

志貴の眼に、再び殺意の色が灯る。

――――黒い線が、体中に走っている。

――――俺はただ、それをなぞってやればいい…。

銀のナイフを掲げながら疾走する志貴。

逆手に構えた銀のナイフは、血を、紅を欲しがっている様に見えた。

「弔毘八仙(ちょうびはっせん)、無常に服す…!」

志貴のナイフが、今度こそ祐一の体を目掛けて迫ってくる。

それを、祐一はどこか人事のように見つめていた。

スローモーションで、目の前にナイフが近づいてくる。

――――死ぬぞ。

死ぬのは、嫌だ。

――――このままでは、死ぬぞ。

死ぬのは、嫌だ。

――――動かねば、死ぬぞ。

死ぬのは、嫌だ。

まだ、俺には果たしていない約束があるんだ。

――――ならば、動いて見せろ。

「あああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

気が付くと、体が勝手に動いていた。

『空魔(くうま)』が名を叫ばぬままなのに、勝手に発動する。

心臓だけを狙う、呪いの刀。

「くっ!」

ギィン! ぞぶり

ほとんど不意打ちの一撃をナイフで弾き、2撃目で確実に魔力ごと断ち切る。

「へぇ…、まだ動けるのか。」

「俺は、まだ死ぬわけには行かない…!」

お互いがお互いの獲物を持ち直す。

そして、間髪置かずに戦闘は再び始まった。