第26話 「直死と紅と錬金術師」






































一方的な−戦闘と呼ぶには相応しくない−戦いを終え、3人が再び集まる。

Ifの話があるのならば。

『人間』たちとの戦いが終わる前までの祐一たちになら、充分に戦えたはずなのに。

ほんの短い時の間に、驚くべき差がついてしまった。

祐一たちは、人形と称された3人にはない、重要な物を持っていたからかもしれない。

――――信念。

命すらも捨てて、なお護ろうと思うモノがある。

それが、ここまでの差を生み出したのだろう。

「…もうここで待っている必要は無い。 今度はこちらから攻めるぞ。」

晃也が静かに告げる。

無表情なのは相変わらずだが、あまりにも呆気ない展開に少々辟易としているのかもしれない。

第一陣は完全に殲滅したが、そう時間を置かずに第二陣が来る筈。

それを無視して、敵陣のど真ん中に突っ込もうという作戦だ。

雑魚相手に体力を割く必要が無い事を、晃也は誰より判っていた。

少なくとも、『魔族』の上にいる連中は、簡単に勝てる相手ではない。

全てを統治する姫に、その直属の4人。

4人が4人とも特殊な能力を持ち、魔術が使えないのを差し引いても余りあるほどの実力を持つ

最強の護衛。

それらを相手にするまでは、出来る限り無傷で行きたいのだ。

「突っ切るぞ。 『魔気』の反応が強い方に走れ。」

そう言って『神速(しんそく)』は使わずに走り始める晃也。

それに続く祐一とお嬢。

…さりげない優しさは、こんな所にも現れていた。

『神速(しんそく)』を使わない事。

確かに『神速(しんそく)』は体力を消費するが、1段階目では走っている速さよりやや大きい程度の

消費でしかない。

だが晃也は、走る事を選択した。

…お嬢は『神速(しんそく)』を使えないからだ。

『神速(しんそく)』1段階目までなら、魔術による脚力向上で何とかなる。

だがそれでは体力と魔力、どちらも消費してしまう。

その上、お嬢は『神速(しんそく)』の速さに慣れていないから、思った以上に体力を削られる。

そうなれば、これからの戦いは確実に不利になる。

2手3手先を読みながら、最善の策を尽くす晃也。

それは無表情に隠された、優しさと言う感情から生まれたものなのかもしれない。






































走り続ける事10分。

『魔族』の第二陣が『Kanon』に辿り着いた頃だろうか。

ようやく『魔気』の反応が著しく大きい場所に辿り着いた。

「…ここか?」

祐一がお嬢に尋ねる。

魔術師であるお嬢が、この中ではそう言った感触を見極めるのに長けているからだ。

「…うん。 間違いないよ、此処に…いる。」

闇の中、紅の瞳を輝かせながらお嬢が言う。

気配は完全に消えているが、『魔気』だけが漏れている状態。

長時間ここに居続けたのか、充満しきっている。

その中から探し出すのは言葉で言うのとは違い、相当に難しい。

「…そこ!!」

だがお嬢は的確に相手のいる場所を確定し、牽制程度にしか使えない炎を放った。

「……斬っ!!」

お嬢の炎が、判別のつかない声の主によって消される。

お嬢の判断は正しかった。

先程まで確かに見えなかったのに、その場所に男が1人立っている。

銀のナイフを手にした青年。

目つきは鋭く、瞳の色はナイフと同じ銀。

滲み出る殺気は、明らかに強者と言う事を示していた。

「…よく気が付いたな。 たいしたものだ。」

お嬢を見下しながら、静かに告げる青年。

銀の瞳が、妙に恐怖を煽り立てる。

「だが、残念だったな。 もし見つけないでいれば…いや、俺に見られた時点で遅いか。」

チャキ…

ナイフが小さい音を立て、逆手に持ちかえられる。

いつでも戦闘に入れる。

そう言わんばかりの構えだった。

「…なるほど。 貴様は『魔族』の姫の護衛の1人か。」

相手の殺気をまともに受けながらも、全く動じずに相手に告げる。

晃也はまだ構えてもいない。

たとえ今の状態でかかってこられても、充分に対処できるからだ。

その意図を感じ取ったのか、青年も晃也との喋りに興じる事にした。

「なんだ、知っていたのかよ、アンタ。」

「ああ…。 ナイフを使う銀色の瞳を持った『魔族』。 それはたった1人しかいない…。

お前は七夜志貴(ななやしき)、最強の魔眼である『直死の魔眼(ちょくしのまがん)』を操る男。 

…違うか?」

そう青年に問いかける。

問いかけてはいるが、口調は明らかに確信しているものだった。

「ご名答。 お前たちの情報も大した物だ、まさかこれだけ詳しいとは思ってもみなかった。」

本当に驚いた、と言わんばかりのそぶりを見せる志貴。

ただ、その眼は変わる事は無い。

銀色の瞳は、変わらず祐一たちを捉えていた。

「ただ…、そこまで知っているのならこれから起こる事は予測できるよな?」

鋭い目つきをいっそう鋭くさせて、志貴が晃也を睨む。

晃也はそんな志貴を気にした素振りもなく、

「ああ。 殺し合いがしたいんだろう? お前とであった以上、殺し合いは避けられない。    

生粋の死神であるお前と出会った時点でな。」

「フ…、良く判っているじゃないか。 ならば、貴様はここで逝くか?」

「出来る物ならな。 …そろそろ、そこに隠れている奴らも出てきたらどうだ?」

志貴の後方を見ながら言う晃也。

その言葉に応じたのか、また2人が現れた。

どうやら2人ともが女性のようだ。

真紅の髪を持ち、蒼碧色の瞳を輝かせる女性。

漆黒の髪に、同じ様な漆黒の瞳を持つ女性。

「相当警戒されているな。 まさか『魔族』の姫の直属の兵士が3人もこちらに来るとは。

せいぜい1人と侍女の2人が来る程度だと思っていたのだが。 なぁ、『紅の主(あかのあるじ)』

遠野秋葉に『異端の錬金術師(いたんのれんきんじゅつし)』シオン=エルトナム=アトラシア。」

無表情を崩す事のないまま、静かにそう告げる晃也。

言葉とは裏腹に、全く驚いた様子は無い。

これも予測の範疇だったのか。

それとも、ただ在るがままの現実を受け入れただけなのか。

晃也は静かに小太刀を引き抜く。 

「…では始めるか。 お互いの存亡を賭けた戦い(コロシアイ)をな。」

その言葉が終わると同時に、6人は動いた。

3つの場所に2つの影が散る。

本当の意味での『魔族』との戦闘が、今始まった。















































静かに『高月(こうづき)』を抜刀する。

目の前から流れてくる殺気を、こちらから発する殺気で打ち消す。

――――強い。

理屈じゃない、本能でそれを判断する。

「何だ、こないのか? こっちは折角殺し合いが出来る所までやって来てやったのに。」

軽い口調で祐一を挑発する様に言う志貴。

だが、それは声だけの話。

油断を見せれば、その瞬間『死』が間違い無くやってくる。

それほどまでに、『直死の魔眼』は厄介なモノなのだ。

――――ならば、どうする。

相手を攻撃させずに、一撃で殺す。

――――出来るのか?

出来る。

やってみせる。

この1ヶ月、休んでいただけじゃない。

体の負担にならない様にしながら、技の研究もしてきた。

――――ならば、行け。

己が信じる技で、相手を貫いて見せろ。

ドクン…!

『神速(しんそく)』を発動させ、一気に志貴との距離を詰める。

「…『閃・解(せん・かい)』…!!」

今までに使った事のない技を繰り出した。

祐一の体がぶれていく。

いや、ぶれるなどと言う曖昧なものではない。

まるで祐一の前方の空気だけが歪んでいるかのごとく、祐一の体が歪んでいく。

その歪みは徐々に大きくなり、大気に溶け込むようにして姿が消える。

…影すらも見えない。

ただでさえ『神速(しんそく)』の速さで姿はほとんど見えないのに、『閃・解』の効果なのか

気配すら消えている。

それだと言うのに、志貴は全く慌てていない。

眼を閉じ、空気の動きを読もうとしている。

――――まさに、それが『閃・解』の弱点だった。

完成して間もなくの技。

祐一さえまだ完全に理解できていない部分。

姿が消え、気配までもが完全に消える。

普通の敵が相手なら、間違いなく動揺し、成す術も無く死んでいくだろう。

だが志貴は違った。

『動』に入っている者がいれば、必ず空気は振動する。

その動きだけをたどり、

「斬っ…!」

「なっ…!!」

ギィィン!!

祐一の技を―完全に初見なのに―完璧に防ぎきった。

「ちっ…!」

慌てて距離をとる。

一撃必殺を簡単に破られたのだ。

慎重にならざるをえない。

「やはり貴様が相手では、少々不満足だ。 早々にお前を殺し、『亜族最強』と名高い月宮晃也を、

ばらしに行かせてもらおうか。」

『七夜(ななつや)』のナイフを逆手に持ったまま、ゆっくりと構える。

銀の瞳が、獲物を見つけたと言わんばかりに見開き

「その魂…、極彩(ごくさい)と散れ…!!」

『神速(しんそく)』を思わせる速度で、祐一の懐目掛けて飛び込んでくる。

――――黒い線が見える。

――――あとはそれをなぞれば良い。

「させ…るかぁ!!」

志貴のナイフに向かって、祐一も『高月』を振るう。

…金属音がしない。

確かに『高月(こうづき)』とナイフがぶつかり合ったのに。

不可解に思ったその時には、『七夜』のナイフが祐一の体に向かってきていた。

「くっ…!」

『高月(こうづき)』を投げ捨てて、それをバック転で何とか避ける。

――――何故、攻撃がすり抜けた?

――――『貫(ぬき)』? 違う、あれは『貫(ぬき)』の雰囲気じゃない。

――――ならば、何故…?

事態を整理できない祐一の頭は、混乱を極めていた。

そのとき、地に放り出した『高月(こうづき)』の姿が目に入る。

「なっ…!」

『高月(こうづき)』は、刀身を真っ二つに切られていた。

切断面に淀みはなく、それが元の形であるように輝いている。

「何を驚く。 俺の能力は知っているんだろう?」

…その言葉で、ようやく気付いた。

「これが、『直死(ちょくし)』の力か…。」

忌々しげに舌打ちをして、祐一が呟く。

「ああ。 では、ここで貴様には退場してもらおうか。 その魂、斬刑に処す。」

唇の端を少しだけ歪ませる志貴。

志貴の能力(チカラ)は、この場を完全に支配していた。

不利を悟りながらも、祐一は『空魔(くうま)』を抜いた。

「どちらが退場するかは…、貴様の目で確かめろ…!」

そう言って、祐一は右手に握る『空魔(くうま)』に魔力を込めた。