第25話 「圧倒的な強さ」






































「はぁはぁはぁ……。」

恐怖のあまり、呼吸が上手く出来ない。

こんなにも実力の差が有るとは思っていなかった。

強い事は、とうに知っている。

だからこの1ヶ月間も、訓練を絶やす事は無かった。

――――なのに。

今までの行動全てを否定される様な強さを持つ存在が、今、眼の前にいる。

カノンは今まで、格上との戦闘をした事が一度も無かった。

だからこそ、勝機がないと悟れば、体はまともに動いてくれない。

だが祐一は違う。

祐一は、常に自分より上の実力を持つ者と戦ってきた。

いまだ越えられない最強の壁、月宮晃也と。

その相手と、毎日の様に死闘を繰り広げてきたのだ。

差が出ない筈がない。

――――だが、それ以上に。

全てを失った時に誓った約束があるからこそ、祐一は強いのだ。

他の2人とは、意味合いが異なっているかもしれない。

だが、何を捨てても守り抜かねばならない事があるから。

たやすく折れてしまいそうなカノンの信念。

絶対に曲がる事のない祐一の信念。

その差は、あまりにも大きすぎた。

「どうした…、もう動けないのか?」

『高月(こうづき)』を鞘に戻しながら、祐一が問いかける。

戦闘を止めようとしたのではない。

普通に切ると言う選択を捨て、抜刀術で殺す事に決めただけだ。

はっきりと判る、祐一の殺意の波動。

それは、眼にも見えそうなほど、膨大なものだった。

「う…、うわぁぁぁっっ!!!」

ドォン!! ドォン!! ドォン…………!!
 
『フォルトゥナ』と『セルシウス』を狂ったように乱射するカノン。

持っている魔力をありったけ注ぎ込み、ひたすら放ち続ける。

地面が砕け、空気が凍り、空が燃える。

凄まじい轟音と共に広がる、大量の煙。

その中に、祐一は立っていた。

一撃たりとも体に当たる事は無く、ただ静かにカノンを見つめていた。

「…興醒めだ。 カノン・ヒルベルト、貴様は此処で、逝け。」

呟く様に言って、『神速(しんそく)』を発動させる。

景色が白黒に変わり、ゼリーの中を進んでいる様な感触の中で走り続ける。

15メートルほどあった距離は、一瞬でゼロになり

「…斬っ…!!」

ザシュッ!!!

静かにカノンの体を切った。

徐々にずれていくカノンの体。

心臓を的確に半分に切り裂いた一撃は、確実にカノンの命を奪った。

「………。」

最後に、風に消える様な小さな声で何事かをカノンは呟いた。

それを最後、カノンの体は地面に付した。

出来上がるのは血溜まり。

生命活動を停止した生物から、飽きる事無く流れ続ける紅。

ブンッ!

血糊を払う為に刀を一振りし、静かに鞘に戻す。

『僕たちには勝てても、『紅い月』の姫には勝てないよ。』

カノンの最後の言葉が、頭の中で反芻する。

その言葉に、祐一は微笑った。

「勝つ事を放棄したお前では判らないだろうよ。 それほどまでに強い奴と戦えると言う、

この高揚感は。 どちらにせよ、晃也に勝つ為にも、どんなに強い奴にも挑んで行くつもりだ。

むしろ、大歓迎というところだな。」

そう動かなくなったカノンに告げ、祐一はその場をあとにした。








































「くっ…!」

転がる様に、晃也から距離をとるアイズ。

いつもの冷静さは何処にも無く、ただ痛みを堪えるのに必死だった。

此処まで深い傷を負ったのはいつ以来だろうか。

勝てる気がしない戦いをするのは、いつ以来だろうか。

――――生まれてすぐに、あの人と戦った時以来か。

目の前に存在している晃也が、違う人物に見え始める。

血に染まった様に紅く濁る景色の中に、確かにあの人が立っているように見える。

…だったら、期待に応えなければ。

…応えなければ、廃棄されてしまう、俺も、カノンも、理緒も。

3人しか存在しなくなった、『BladeChildren(刃となるべき子供たち)』が本当に

消えてしまう。

――――それだけは、絶対に嫌だ。

いつの間にか、痛みは引いていた。

――――これなら、行ける。

アイズは再び剣を持つ右手に力を込め、晃也に向かって剣を振るう。

ブゥン! ブゥン!

だが、その剣戟も空を切るばかり。

当たり前だ、痛みは引いたのではなく、感じなくなっているだけなのだから。

流れ出ていく大量の血液は、同時に体力までもを流している。

アイズの剣閃には、もはや鋭さは皆無。

「俺を誰とダブらせたのかは知らないが…。」

鞘に戻してある『雪虎(ゆきとら)』と『銀牙(ぎんが)』に手をかける。

繰り出す技は決まっている。

復讐の狼煙を上げる技は、この技しか考えられない。

かつて師匠の高町恭也が、もっとも得意だったこの技しか。

「貴様が考えている人物より、俺は強い。」

そう言って、アイズの一撃を避けた瞬間に、『神速(しんそく)』を発動させた。

狙いは先程と同じ。

攻撃の後で隙だらけになっているアイズ目掛けて、剣技を放つ。

それは、刹那の瞬間。

奇しくも祐一が『神速(しんそく)』を放ったのと同じタイミングで、晃也もモノクロの世界を進んでいく。

…此処まで来るのに、本当に時間がかかった。

誰にも負けない実力を手に入れるまで、復讐を始めるまでに10年もかかった。

ようやくこれで、終わりを告げる物語が始まる。

始まりを告げる物語は、もう全て終わらせた…、『Kanon』の崩壊と言う事実によって。

『人間』の、戦力壊滅と言う事実を以って。

鐘を鳴らす。

全てを終わらせる為の、鐘を。

「…『薙旋(なぎつむじ)』!』

ザシュッ!!!

綺麗な円を描いた太刀筋が、2対の烙印を体に刻み付ける。

御神流奥義、『薙旋(なぎつむじ)』。

師匠との思い出の技で、初めて師匠に一撃を入れた技。

これこそが、鐘。

――――この技に誓う、『魔族』を滅ぼす事を。

「ガッ…はっ…。」

先程からの出血と相成って、もう体を支えていられないのだろう。

崩れ落ちる様に地面に倒れるアイズ。

自らの流す紅が、自分を包んでいく様な感触。

体は冷えていくのに、その紅が温かいのは少し不思議だった。

「…安心しろ、貴様の仲間ももう逝った。 お前たちは、俺たちの始まりの鐘代わりに過ぎない。

…閉幕(カーテンフォール)だ。」

ザシュッ!!

そう言って、『雪虎(ゆきとら)』をアイズの心臓に突き刺した。

一度ビクンと体を大きく動かすと、そのまま動かなくなる。

『雪虎(ゆきとら)』に付着した血液を払う。

「これで、あちらの姫がどう動くか…、楽しみだな。」

最後の言葉を呟いて、晃也はその場を去った。
  
血溜まりの中で眠る、アイズを残したまま。



































「あ…う…。」

お嬢が発する圧倒的な殺気の前に、言葉を失う理緒。

――――唇が乾く。

――――冷や汗が止まらない。

――――これが、『亜族』の能力(チカラ)…。

硬直してしまう体をどうにか動かそうとするが、思うようには動いてくれない。

体が固い金属で出来てしまった様に、軋む音すら聞こえる。

「何だ…、そんなに死にたかったんだ?」

囁く様な声でお嬢が問う。

わざわざ何もしないで攻撃できる時間を与えたと言うのに、何もしようとしなかった理緒に

対して、どこか苛立っている様な感じも見られる。

その恐怖に、思わず体が動いた。

防衛反応。

それが、理緒に魔術を詠唱させた。

「全てを壊すは、悲恋の唄! 『Darkness Elegy(暗闇に捧ぐ悲恋の歌)』!!」

理緒の言葉と同時に現れる魔力の塊。

その姿は、俗に言う妖精の様なものであった。

その数はゆうに100を超える。

『Darkness Elegy(暗闇に捧ぐ悲恋の歌)』、人の持つ記憶や認識力、抵抗力などを壊す

精神異常系の魔術。

妖精1匹で1人の人間を廃人にする事も可能なほどの威力を持つ、完全な上級魔術である。

いくら『亜族』と言えども。

いくら最強の魔術師と言えど、精神異常には耐えられる筈がない。

混乱した頭で、即座にこの判断をした理緒はたいしたものだと誉めるべきだろう。

「お願い、みんな!!」

理緒が右手をお嬢の方向に向ける。

その途端、妖精たちは一斉にお嬢の方に向かって飛行した。

飛んでくる『死』の気配。

お嬢はそれに静かな笑みを見せた。

――――ようやく、こちらも相応の魔術が使える、と。

実力の半分どころか3割程度で戦っていたお嬢は、この戦いと呼べるかどうかも怪しい稚拙な

戦いに憤りを感じていた。

――――これで、ようやく半分の力が使える。

「黒き翼が全てを蹴散らす。 おいで、『Shade Wings(幻影の黒き翼)』。」

瞬間、お嬢の背に漆黒の翼が出来上がった。

飛んでくる妖精を嘲笑うかのごとく空高くに上がり

「おいで、ボクの前世…。」

静かに死神の鎌を呼び出した。

漆黒の衣を纏い、漆黒の翼を背にし、漆黒の鎌を操る。

黒衣の天使。

黒衣の天使であり、黒衣の死神。

その表現が最も近いだろう。

闇夜の中、月の淡い輝きで照らされるお嬢の姿は、幻想的だった。

お嬢は再び襲ってきた妖精めがけて、鎌を薙ぎ払う。

一閃。

立った一閃で、全ての妖精は消えて、いや飲み込まれてしまった。

漆黒の死神の鎌に。

静かな音を立てながら、ゆっくりと地上に戻るお嬢。

目の前には、戦意を完全に喪失させられた理緒。

当たり前だ、自身の最強の魔術をあれほどあっさりと消し去られたのだから。

最初から勝てるとは思っていなかったが、これで完全にチェックメイト。

もう、動く気力すら残っていない。

「じゃあ、おしまい。 面白くない戦いは、あまり長引かせたくないから。」

ズジャッ!!!!

理緒の体が紙の様に空に舞い上がる。

死神の鎌が、理緒の体を真っ二つに切り裂いた。

心臓すらも等分に切り裂いた鎌は、黒と紅が混ざり合う。

その紅を、鎌は喜んでいる様に見えた。

「これでおわりっと。 口ばっかりで、ぜんぜん面白くない相手だったよ。」

ぼやくように誰もいない虚空に呟くと、お嬢はその場を後にした。

『亜族』対『魔族』の前哨戦は、完膚なきまでに『亜族』の勝ち。

『人間』との戦いを経た『亜族』の3人は、もはや人形では追いつかない所にいた。