第24話 「第二の幕開け」







































それからの1ヶ月は、本当に平穏そのものだった。

『Kanon』をほとんど壊滅させたとはいえ、痛手を負った『亜族』の3人も

動く事はなく、『魔族』側もまた晃也の提案どおり動く事はなかった。

静かに、確実に流れていく時間。

着実に迫る、戦いの時。

もう『人間』に戦えるだけの力を持った者はほとんどいない。

いたとしても、3人の実力を知った以上、逃げ回る以外に選択肢は残っていないのだから。

戦力を持つのは、『魔族』のみ。

体が回復していくにつれて、沸きあがる相手への憎悪。

過去に行われた惨劇を止められなかった自分たちへの嘆きと、やっと復讐を成せる所まで来たと言う高揚感。

それらを押さえつけて、ただ1月を待ち続ける。

誓った約束は、もう5合を上り終えた。

残りの5合に、全てを賭ける為に待ち続けた。

永劫とも思われた、長い時間。

それが、終わりを告げる時。 

漆黒の闇に閉ざされる、午前0時。

祐一たちは、闇に同化する様な漆黒のコートを着て、静かに相手を待っていた。

…徐々に姿を見せ始めた『魔族』。

姿はそう『亜族』や『人間』と変わらない。

ただ尖った長い耳が、自らが『魔族』だと言う事を示している。

空気に乗って感じられるのは、明確なまでの殺意。

『魔族』にも願いはあった。

この世から『魔族』以外の種族を消し去る事。

それを邪魔する最大の壁が、目の前の3人だと言う事も判っている様だった。

突き刺さる様な殺気を体中に浴びながら、3人は笑った。

――――ようやく、始める事が出来る。

――――ようやく、終わらせる事が出来る。

――――ようやく、願いをかなえることが出来る。

「祐一、お嬢、遠慮はするな。 『魔族』は耐久力が高い、核(人間で言う心臓)を確実に貫け。」

「ああ、わかっている。」

「りょーかい。 じゃあ、がんばっていこっか。」

その言葉で、3人は動き出した。

開始の合図のような、綺麗な物は無い。

殺し殺される間柄に、綺麗な物など存在しない。

そう言わんばかりに、祐一も、晃也も、お嬢も疾走する。

辺りに響き渡る、金属音。

『魔族』特有の長い爪と、刀が交錯する音。

「はぁぁぁっっ!!!」

一閃。

充分に体を癒した、今の祐一の攻撃は、1ヶ月前とは比べ物にならないほど鋭かった。

ザシュゥ!!!

魔族の体を真っ二つにする。

心臓の形が残ったまま半分になっている光景は、おぞましくもあり、美しくもあった。

「こんな所でてこずる訳には行かなくてね、俺達の誓いの邪魔を出来ると思うなよ。」

笑みを浮かべながら空魔を振る祐一の脇を抜けるように、

「…遠慮はしない…。 ただ、我が誓いの為に…!」

『神速(しんそく)』を放ち、音も無く『魔族』を殺していく晃也。

2刀の小太刀が舞うたびに、銀の刃が紅く輝く。

『亜族』最強と称される男は、やはり何処までも強かった。

「面倒な事は嫌いだから、手早く行くよ…。」

静かな、だが体の奥底に響くような冷たい声で、魔術を詠唱するお嬢。

魔力を持たない『魔族』は成す術もなく、お嬢の魔術に巻き込まれていく。

ある者は切り刻まれ、またある者は潰されていく。

出来上がるのは死体の丘。

『亜族』の3人は、自分の持つ力を最大限に使用し、『魔族』を殺していく。

30分後、『魔族』の第1陣は、全て死んでいた。

無傷の祐一達だけを残して。



































小太刀に付着した血糊を、刀を振るい取り払う。

そして

「何時までそこに隠れているつもりだ。」

誰もいない場所に向かって、晃也は静かに告げた。

その声に反応したのか、漆黒の闇が少しずつ形を纏っていく。

出来上がったのは、

「へぇ、流石だね。 気付いてたんだ。」

軽い口調で話しかけてくるカノンだった。

続いてアイズ・理緒も現れる。

空気は、限りなく重い。

それもその筈、アイズたちは前回の様に伝言を伝えに来たわけではない。

殺し合い。

それをする為に、今、この場に現れたのだ。

だが、その程度の殺気で3人が怯むはずも無く、静かに自分の相手を選定する。

アイズの前には晃也が。
 
カノンの前には祐一が。

理緒の前にはお嬢が、それぞれ立っていた。

「今日は何の制約もないからね。 本気で殺しに行くから。」

「出来るか? それがお前に。」

挑発するアイズに、挑発で返す祐一。

―――― 一瞬訪れる静寂。

たった2秒の静寂のあと、3対の戦いが始まりを告げた。





































ドォン! ドォン!!

「チッ…。」

銃の放つ様な音にはとても聞こえない様な音を立てて、弾丸が祐一目掛けて疾走する。

魔力が込められた銃弾は、ダメージは大きいだろう。

それを理解している祐一は、無駄な隙を見せない程度にジグザグと横を使った動きで

カノンに近づいていく。

スナイピングする相手には、的にならないよう動き続ける必要がある。

加えてカノンの銃技の―ある程度の―凄さを考慮して、『神速(しんそく)』まで発動させている。

流石のカノンも、『神速』の動きに加えてジグザグに動かれては上手く狙いをつける事は出来ない。

「人形如きに…、手こずっていられるかよぉ!!」

裂帛の叫びと共に、『高月』を一閃。

高き目標に追いつく為にも。

その意思が備わった一撃は、常よりも遥かに重く。

「グッ…!!」

カノンも『フォルトゥナ』で何とか防御したものの、衝撃までは受けきれず大きく後ろに

吹っ飛ばされる。

斬撃を受けた『フォルトゥナ』も、大きな刀傷が出来ている。

――――実力が違いすぎる。

目の前の相手に恐怖すら覚えてしまうほど、カノンは実力差を感じた。

完全に覚醒していないとは言え、強さが向上している。

さらに『人間』との戦いで、死線を潜り抜けてきた。

2つの相乗効果は、カノンのデータを遥かに凌駕していた。

自分がかなわないと、あっさりと実感してしまうほどに。

「どうした? 所詮はクチだけか、貴様らの自信は。」

蔑む様な口調で、祐一が言う。

事実、祐一はカノンを蔑んでいた。

言動と行動の伴わない者を、祐一は誰より嫌っているからだ。

するべき事を怠り、その結果劣っている事を言い訳でしか返せない。

「だから貴様らは人形なんだよ…!」

祐一が忌々しげに言葉を吐くと、再び『神速』に入る。

この1ヶ月、無理をせずに体を休めた事で、より速さに磨きがかかっている。

その速さにカノンがついていく事が出来るはずも無く

ザシュッ!!!

「がっ…!!」

胸元に一撃を叩き込まれる。

思わず、膝が崩れてしまう。

殺気の方向だけを頼りに、後ろに少し体を動かしていなければ、確実に死んでいただろう一撃。

少し咳き込むと、喉奥からせりあがって来る鉄の味。

それを無理矢理に飲み込んで、祐一を睨む。

祐一はそれを見下しながら

「その程度かよ?」

冷たく言い放った。









































「はっ…!」

ブゥン!!

アイズの洋刀が静かに舞う。

一撃一撃が鋭く、無駄な動きもほとんどない。

簡単に言うと、間違いなく一流の剣技だった。

「………。」

その一流の剣技を、眉一つ動かさず静かに避ける晃也。

当たり前だ。

超一流という言葉でさえ霞むほどの実力を持つ晃也に、一流程度の実力では掠る筈もない。

でなければ、祐一もとっくに晃也から勝利を奪っている筈である。

アイズの剣技を全て予測し、見切る。

あとは予測どおりに体を動かすだけ。

晃也が思った通りに動くアイズの姿は、まるで道化(ピエロ)の様だった。

そんな事は、アイズ自身が一番判っている。

だから、表情こそ変えないものの、段々と手数を増やし始めている。

一撃も掠りもしない今の状況に、苛立っているようだった。

心の曇りは、剣の動きに現れる。

相手を倒す為に増やした手数のせいで、アイズの剣技のバランスが狂い、結果として余計に、

晃也に当たる確率が減っていくのである。

――――くだらない。

そう思いながら、晃也はアイズの攻撃を避け続ける。

それにさらに苛立ちを覚えたアイズが投じた一撃。

ブゥン!!

ザシュッ!!!

鈍い、肉の裂ける音が響き

「がっ…つぐっ…!!」

一拍遅れて、苦しげな人の声が響く。

静かに小太刀をしまう晃也。

あの一瞬、アイズの攻撃を避けた瞬間に『神速(しんそく)』を発動させ、間髪入れずに脇腹を

切り裂いたのだ。

完全なカウンター。

アイズとしてみれば、瞬間移動の如く思われたのかもしれない。

その尋常ではない動きが、晃也にとっては準備運動でしかないとも知らずに。

「…まだ続けるか、人形?」

無表情のまま、静かに晃也が呟いた。



















































「舞い踊るは、爆炎!! 『Flame Burst(炸裂する炎舞)』!!」

理緒の魔術が、お嬢を襲う。

前後左右から、資格を見せない様に炎が襲い掛かってくる。

普通の魔術師相手なら、間違いなく即死攻撃の魔術を

「『Patels Wall(花弁の城壁)』。」

たった一言で、その全てを消し去った。

魔力によって淡く輝く花弁に包まれるお嬢。

その姿は、どこか幻想的だった。

「くっ…、燃え出づるは炎の風! 『Flare Wind(疾走する炎風)』!!」

理緒はそれでも炎の魔術を行使続ける。

広範囲を炎の風が包む。

その炎が一ヶ所に集まり、形を形成していく。

出来上がった姿は、まるで炎の龍。

その龍が一気にお嬢の元へと疾走する。

だが、その魔術でさえも

バギィッッ!!!

花弁の城壁の前に、儚く崩れ去った。

最強の魔術師の称号は、半端じゃなかった。

どんな魔術を使った所で、消し去られ、無効にされ、飲み込まれる。

その圧倒的な魔力と魔術を目の前にすれば、後に残るは絶望のみ。

お嬢は、そんな理緒に向かって笑いかける。

「それで終わり? もしそうなら…。」

その笑いは、明らかに狂気。

それは死の匂い。

未来の『死』を確実なものにする様に、静かに理緒を包んでいく。

…体が、ひとりでに震える。

此処までの恐怖を、理緒は味わった事はなかった。

「此処で死んでもらうから。」

静かに、抹殺の意思を伝えた。