第22話 「終わりと始まり」






































先程の戦いの姿は何処へ行ったのか。

泣きそうな表情で、必死に晃也を治療するお嬢。

徐々に痛みが消えていくのがわかる。

そんなお嬢の必死な姿を見て、晃也は少し微笑んだ。

一時は諦めた―残り僅かとはいえ―仲間と過ごす事。

それを失わなくて済んだのは、目の前のこの少女の頑張りのおかげなのだ。

「よく…、頑張ったな。」

意識を完全に取り戻した晃也が、お嬢に労いの言葉を掛ける。

その行為でさえ、まだ体は痛むのか、表情は険しかった。

まだ逆方向のままの両手足のせいで動けない、そんな程度の動きなのにも関らず。

「晃也…、あんまり喋っちゃだめだよ。 もう、体力も魔力も限界なんだから。 いくら今の 

晃也が『覚醒』してても、回復が追いつかなくて、死ぬ可能性だってまだあるんだから。」

回復を施しながらも、心配そうな声で晃也を諌めるお嬢。

それでも、晃也が構ってくれるのが嬉しいのか。

優しい声で、労ってくれた事が嬉しいのか。

――――晃也が、生きていてくれた事が嬉しいのか。

心配そうな声とは裏腹に、表情は明るかった。

徐々に体の自由が戻ってくる。

疲労は流石に取れないし、魔力も回復したとはいえない程度だが、それでも痛みだけは凄まじい

勢いで引いていく。

晃也は1つ大きく息を吐くと、ゆっくりと上を見上げた。

――――あぁ、空が蒼(あお)い。

神秘的と言ってもおかしくないほど、深い蒼(あお)に包まれている。

今までは、どうしても好きになれなかった青空。

それを見るだけで、今はこんなにも心が落ち着く。

それは1段落ついた事への喜びなのかもしれない。

だが、そんな事は関係ない。

今、月宮晃也と言う存在が生きてこの空を欲していると言う事実だけが愛しい。

お嬢と晃也の心が同調し、語るべき事はもう無くなる。

晃也は、お嬢の姿を捉えながら飽きる事無く空の蒼(あお)を見つめていた。





































『高月(こうづき)』をゆっくりと鞘に戻す。

…これほど、自分が弱い存在だとは微塵も思っていなかった。

失くした過去にしがみつき、あるべき現在(イマ)を見ようとしない。

失くした過去に想いをはせすぎるが故に、今生きている最も大切な人たちを見なかった。

未練だけを、大切な、最も大切な人に見せてしまった。

――――晃也に敵わない筈だ。

自重めいた笑いを、祐一は漏らす。

こんなにも弱い信念(ココロ)しか持たない自分が、本当に、ただ真っ直ぐな信念(ココロ)を

持った晃也に勝てる筈がない。

あの瞬間、確かに祐一は『未来(まえ)』ではなく、『過去(みれん)』を選んだ。

あの瞬間、晃也は『過去』でもなく『未来』でもなく、それら全てを捨て去って『仲間(しんねん)』を貫いた。

最も難しいであろう選択を、あの一瞬でやってのけた。

この差は、果てしなく大きい。

『強くなりたい…、もっと…もっと!!』

鞘に戻した『高月(こうづき)』を、固く握り締める。

あまりの圧迫感に掌が耐え切れず、血がぽたぽたと流れる。

あの時、全てを失ったあの時、3人で誓った事。

あゆを守るために交わした事なのかもしれない。

自分の目的の為だけに交わした事なのかもしれない。

でも、それを晃也とお嬢は信じてくれた。

その信頼を、裏切ってしまった。

…情けない。

あゆが心配して出てきたのも、良くわかる。

だが、もう心配は要らない。

もう会えないとわかってはいるけれど、もう心配なんかさせない。

今度こそ誓う…、『過去』も『未来』も守る事を。

血が流れ続ける右手を、高く、高く空に掲げる。

それはまるで、腕を空に届かせようとしている様な感じで。

鞘を伝う紅。

空を塗る蒼。

その美しさ、その広大さ、そして今感じている痛み。

それらの全てを以って、誓いを空に告げた。

「見守っていてくれよ、あゆ…。」

決して大きな声ではない。

でもそれは、本当に空高くまで響いたような気がするような。

限りなく優しい声。

そんな声が自然に出た事に驚いたのか、祐一は少し微笑った。

もう、言葉にするべき事は何も残っていない。

祐一は晃也とお嬢の元に向かって走り出した。

全てを振り払うように、全力で。


















































「………ふぅ。」

ようやく自由に動くようになった体の器官の動きを確かめる。

やや筋肉に固さが残り、痛みもあるがほとんど違和感なく動かせる。

『神速(しんそく)』は使えそうにないが、それでも充分すぎるほどに回復した。

晃也は礼の言葉は告げずに、お嬢の頭を優しく撫でた。

――――それは、言葉以上に何かがこもっていた様な気がした。

お嬢はくすぐったそうに、だがとても嬉しそうな表情で、晃也の行為を受け入れた。

流れていくのは、優しい時間。

先程まで此処を支配していた殺伐とした雰囲気は、もうなくなっている。

たっぷり5分は撫でた後、晃也は静かに歩き出した。

向かう先は、ただ1つ。

自らの誇りである長槍を決して離す事無く逝った、美坂香里の元へ。

晃也は香里のすぐ傍で歩を止め、胸に手を当て、静かに眼を閉じる。

誇り高き戦いが出来た相手に捧げる、僅かながらの敬意を込めた黙祷。

1分ほどそれを続け、今度は静かに

「貴女との戦いは、決して忘れない。 ありがとう、『人間』の騎士…。」

そう、もう2度と動く事は無いだろう誇り高き少女に告げた。

晃也が香里に背を向ける。

…その瞬間だった。

「…ッ!」

一瞬感じられた、自分たちとは違う魔力の気配。

それを察知し、距離をとった事が幸いした。

2秒前まで晃也がいた場所は、深く抉り取られていた。

「…茶番は、もう終わりか?」

冷たい声が場に響き、少年が2人、少女が1人現れた。

年齢は祐一や晃也と変わらない程度だろう。

幼さを幾分残した、その表情。

だが、そこに生気は感じられなかった。

精巧な細工人形に、声帯をどうにかして付けた様な、そんな違和感。

祐一とお嬢が感じた、目の前に現れた相手の第1印象はその程度のものだった。

だが、晃也は違った。

自分の持っている知識を検索し、それを確認していく事に専念していた。

つい先程、奇襲を喰らったと言うのに。

――――相手は恐らく『魔族』関係。

――――『魔族』には使えないはずの魔術を使いこなしている。

――――と言っても、『魔族』の頂点に立つあの姫ではない。

――――検索、終了。

「…なるほど、貴様らはBlade Children(刃となるべき子供たち)か。」

目の前に現れた人形のごとき存在に覚えがあったのだろう。

確信めいた口調で、誰にでもなくそう言った。

「どういう事だ、晃也。 Blade Childrenとは一体…?」

事情を知らない祐一が晃也に問う。

言葉にはしないが、お嬢もその存在の詳細を知りたがっている様だった。

敵対しているであろう相手が目の前にいると言うのに、随分と余裕のある行為。

侮辱にしか過ぎない様な行為。

しかし、それは今回に限って当てはまらない。

目の前の相手は、殺気はおろか闘気も感じられなかったのだから。

先程のは試しただけ。

今は戦う気はないと、暗にそう告げていた。

だからだろうか

「Blade Children(刃となるべき子供たち)…、魔族によって作られた存在。 『魔族』の

盾となり『魔族』の刃となる為に作られた人形だ。 作られたが故に、『魔族』には使用できない魔術

行使が可能なのだがな…。 俺が知っているのは、その程度だ。」

静かな声で、祐一達に説明したのは。

―――――――――全ては語らずに。

「随分な言い方だね。 確かに僕たちは作られた存在かもしれないけど、ちゃんと意思は

持っているのに。」 

やや不服そうな表情だが、軽い口調でくるくると銃を回しながら少年が言う。

相手が傍にいて、なおかつ戦闘行為に入るわけでもないのに自分の獲物を見せる所から見て、

自分の実力に自信を持っている事は、すぐにわかった。

「ほーんと。 私達はちゃんと意思があるんだから、人形は酷いよ。」

続いて発言したのは小さな少女。

さっきの少年よりも、遥かに不機嫌そうだった。

そして最初に喋ったきり、何も話そうとしない少年。

――――どこか、自分たちと似ているような気がした。

外見は、似ても似つかない。

だが、それぞれの持っている何かが似ているのだと思わせた。

「でもまぁ、名乗らないのは失礼だしね。 僕の名前はカノン、カノン=ヒルベルト。」

「…アイズ=ラザフォード。」

「私は竹内理緒って言うんだ。 よろしくね。」

飄々とした様子で、自己紹介を始める3人。

その余裕振りが、どこか心を苛つかせる。

祐一は、いつの間にか歯を噛み締めていた。

「だからどうした? 俺たちはそんな事が聞きたいわけじゃない。 何の用だ?」
 
不機嫌そのまま、祐一が問う。

その問いに返って来た答えは、驚きに値する内容だった。

「伝令さ、僕たちのお姫様からのね。」

「これから1月後、『魔族』はあなたたちを殺しに来るって言う事を伝えに来ただけ。

だって現在(イマ)のあなたたち、危険だもの。」

何でもない事のように、理緒はそう3人に告げた。