第17話 「4人目の『亜族』」





































「グッ…!」

胸に深々と突き刺さるHあゆの腕を、痛みなんぞ無視して引き抜く。

大量の血液が、祐一の胸から流れ落ちる。

「ぐっ…あっ…。」

湧き上がる痛みを堪え、転がるようにHあゆから距離をとる。

祐一は、Hあゆが人間でない事を失念していた。

そして、似すぎているが故に、あまりにも『亜族(本当)』のあゆを幻想しすぎていた。

その結果が、この状況。

人間なら、あの一撃で間違いなく死んでいた。

だが、Hあゆは違う。

Hあゆは、やはり人工生命体(ホムンクルス)なのだ。

普通の人間とは、死の概念が異なる。

それこそ、存在全てを破壊しないと、Hあゆは死んだ事にはならない。

心臓を貫いたところで、心臓など存在していないのだから。

「げほっ…。」

喉にせり上がって来る血が、器官の働きを損なわせる。

思わず咳き込む祐一。

その咳と共に、血液が飛び散った。

『人間』と『亜族』、そして『魔族』の全てが唯一共通している、紅い色をして。

「はぁはぁはぁ…。」

『空魔(くうま)』を杖代わりにして、ようやく立ち上がる祐一。

もし、あの一瞬でHあゆの殺気に反応できていなかったら、立つ事は愚か、命さえも

落としていただろう。

Hあゆは、祐一の明らかな弱体化を勝機と見たのか。

左胸に大きな穴を開けたまま、祐一を殺すために腕を振り上げる。

先程攻撃した時よりも、さらに一回り大きい刃(ブレード)を携えて。

「ぐ…おぉぉぉっっ!!!」

ギィン!!

それを、渾身の気合で体を動かし、刃を弾く。

そして再び、力が抜けていく体を無理やり奮い立たせて距離を取る。

だが、もう祐一に勝機は無い。

Hあゆの実力は、晃也にも及ぶ。

絶好調の状態でも晃也には勝てない祐一では、Hあゆには及ばない。

覚醒しかけていたからこそ、今までは勝っていただけで。

瀕死の傷を負った今の祐一では、間違いなく勝つ手段は無い。

そう、無いはずだった。

――――今現在の、祐一では。

「まだ…、あゆを…、利用するのか…。」

それだけは、許せない。

自分の事より、あゆを利用するのだけは許せない。

だから、祐一は詠唱した。

自分では使う事が出来ないのを判っていても、この唄を謳った。

謳うしかなかった。

たった1度だけでいい。

もう2度と、分不相応な魔術を使うつもりは無い。

この、たった1度に。

好きだったあの子に、これ以上恥をかかせたくないんだ。

今も好きなこの少女に、安らかな眠りを与えたいんだ。

――――だから。

叶ってくれと願いながら。

「It eliminates with murderous intention.
 殺意を以って排除する

 Since all it was not able to protect.
 護れなかった全ての為に

 Since all it has lost.
 失ってしまった全ての為に

 The easy heart pokes and moves self asan impulse.
 砕けた心は衝動として自身を突き動かす

 People are killd, an evil spirit is killed and allare killed.
 人を殺し、魔を殺し、全てを殺す

 To the revenge to those who took sake,
 奪った者への復讐の為に
 
 To the requiem to those who were taken sake.
 奪われた者への鎮魂の為に

 Therefore,it eliminates with murderous intention.
 故に、殺意を以って排除する

 Just it took an oath on the young day.
 それこそが、幼き日に誓った

 −an eternal regret−
 永遠の慟哭                           」

晃也が謳っていた、あの剣の唄を。

命を吹き込むように、一言一言に願いを込めながら。

自らの力と魔力、オモイの全てを込めて『固有結界』にいたる詠唱を唱える。

『応えてくれ…、この1度だけ…!!』

祐一の必死の願い。

だが、それも届かなかったのか。

景色は全く変化する事は無く、残されたのは血塗れた祐一とHあゆだけ。

祐一の決意の重さに、一瞬と惑っていたHあゆが、此処で行動を再開する。

祐一の命を散らせる為に。

刃(ブレード)に形状を変化させた手が、祐一の心臓へ伸びていく。

その瞬間だった。

ボッ

そんな火がつくような音が聞こえた。

「叶った…。 俺の声に…、応えてくれたか…。」

祐一の、安堵したような言葉が響き、それに呼応する様に『固有結界』が出来上がっていく。

Hあゆの刃(ブレード)は、剣によって防がれていた。

出来上がった世界は、全てを焼き尽くした草原のよう。

命を感じるものは何一つとしてない。

無骨な世界に佇むのは、無数の剣ばかり。

だが、その形状は全て不安定な物だった。

晃也と言う本物の前には、見せる事も失礼なほどの不安定な世界。

全てが一撃で消えかかるような薄れた剣。

霧がかかったように薄くしか見えない、異質の世界。

だが、そんな事は関係ない。

Hあゆを葬るには、今の祐一の手持ちの技では出来ないのだから。

もし、祐一の魔力刀が『天魔(てんま)』ならば勝てるかもしれない。

だが、祐一の手持ちは『空魔(くうま)』。

心臓を的確に貫く刀では、Hあゆと言う規格外には通用しない。

この世界が、自分に応えてくれた事に感謝して、Hあゆに視線を向ける。

「決着をつけようぜ…、お互い、時間は限られているだろ…?」

魔力の供給を失ったHあゆと、『死』が目前に見えている祐一。

おまけにこれだけ不安定な『世界』でも、祐一には5分と保つ事は出来ない。

それほどこの魔術は、祐一にとっては分不相応な物だった。

自分の意地の全てを賭けて。

自分の誇りの全てを賭けて。

自分が愛した、たった1人の少女の為に。

自分の命を賭して。

祐一は、右手をゆっくりと空に掲げた。






































傷が回復していく香里に投げかけた言葉。

それは、晃也でさえも半信半疑だった。

香里の見た目は、完全に『人間』。

それも、全く『魔気』が感じられないほどの。

と言う事は、間違いなく『魔族』ではない。

『魔族』には、身体的特徴が一つだけ付属しているから。

それは、耳。

『魔族』は、耳だけが以上に長く、尖っている。

それ以外は、『人間』とほぼ変わらないのだ。

だが今の香里からは、はっきりと『魔気』を感じられる。

身体的特徴が無いから『魔族』ではない。

ならば答えはただ一つ。

『亜族』であるとしか、考えられない。

それも恐らく、

「クォーター…か。」

クォーターと呼ばれる人種だろう。

クォーターとは、『亜族』と『人間』の親から生まれた子供の事だ。

これが『魔族』よりのクォーターだと、『魔族』特有の身体的特徴が付随される。

クォーターは、存在自体がかなり希少で、ほとんどが属性によって暮らす場所を

決めているので、『亜族』側としても、『亜族』としては見ていなかった。

本人たちも同じくである。

香里は、晃也の言葉を聞いて、先程聞こえてきた言葉に納得した。

力を与える代わりに、全てを失う事になる。

その答えが―――――これ。

自分が『人間』では無いという、絶望的な答えを貰い受けること。

そしてその代償に、大きな力を手に入れる事。

――――諦めよう。

あの暖かかった日々は、全て仕舞っておこう。

――――全て、忘れてしまおう。

その代わり、最後の置き土産に、貴方達の命は守って見せる。

――――自分の命と、引き換えになっても構わない。

香里は、ゆっくりと長槍を構える。

「私が人間を捨てたのは、あなたを倒す為…。」

「同じ『亜族』でも、容赦はしない…。 俺たちの誓いに、お前は必要かもしれない。

 だが、俺自身の誓いに、お前は必要ない…!」

晃也も『天魔(てんま)』を戻し、2本の小太刀を構える。

佐祐理は、先程の攻防で気を失っている。

完全な1対1。

小細工を用いる必要は、一切無い。

ただ、お互いの技術を競いあうだけ。

「感謝するぞ…、最後になるかもしれない戦いで、お前に出会えた事を…。」

「…悔しいけど、私もよ。」

「「良き、戦いを。」」

2人の言葉が重なり、同時に動く。

ガギィ!!

香里の長槍が晃也の小太刀と弾きあう。

「槍術、『五月雨(さみだれ)』!!」

香里はそう言って、高速の突きを繰り出す。

何度も何度も、乱れ撃つ。

早さ・重さ、どちらにも隙が無い。

覚醒した香里なればこそ、出しえる槍の速度。

その高速の突きを晃也は紙一重で避けていく。

勿論、全てを完璧に避けているわけではない。

香里の『五月雨(さみだれ)』は、少しずつ、だが確実に晃也の肉を削り取っていた。

だが、晃也はその程度の痛みでは怯まなかった。

時間が無いのは、お互い様。

徐々に距離を詰めていく。

決めるのは、最強の一撃で。

晃也が表情を変える。

『神速(しんそく)』3段階目のギアを、さらに上げる。

そして、禁忌の『神速(しんそく)』4段階目に突入した。

「があぁぁぁぁっっ!!」

体力が限界の中で発動させた『神速(しんそく)』は、明らかな痛みもついてきた。

筋繊維が、ブチブチと千切れていく音が聞こえる。

発狂死しそうな痛みの中、晃也は香里に向かっていく。

「ぐおぉぉぉぉっ!!」

体を捻り、師匠−高町恭也−から教わった技を。

俺たちの全てを、救ってくれたあの人の得意だった技を。

「…『薙旋(なぎつむじ)』!!」

繰り出した。

金属音と共に流れた肉の裂ける鈍い音。

視界が真っ白に染まるほど、お互いが、最高の力を込めた一撃。

――――その結果、音は消えた。

あれだけ、槍の音と、『神速(しんそく)』によって蹴られる地面の音が響いていた音が。

両者の立ち位置は逆になっている。

背中を向け合っている状態。

両者の間には紅い紅い、血液が。

だと言うのに、お互いが健在な状態だった。

ぐらり

体が、倒れていく。

それと同じ様に、心もまた、折れていく。

「く…あ…。」

――――あれだけ、覚悟したのに。

――――あれだけ、心を決めたのに。

――――やっぱり、自分の体が傷付いたら、痛い。

――――傷ついたら、立ち上がれない。

――――ごめん、みんな。

――――誓った事、もう守れそうに無い。

――――やっと、守りたいモノが、判ったのに。

――――見つかったのに…。

――――この一瞬に、満足したから…。

どさり

小さな呻き声を上げると、そのままゆっくりと地面に伏した。

変則的ではあるが、『亜族(てき)』と『亜族(みかた)』の戦いは、此処に勝負が付いた。