第15話 「死神の少女」







































爆発音が、絶え間なく黄金の世界に響き渡る。

ススキの胞子が風に舞うたび、途切れる事無く爆発する。

この黄金の世界では、風が止む事は無い。

緩やかに吹く風は、無限。

そして、その風に舞う胞子も、無限だった。

これが、お嬢の『世界』の、最も判りやすく、されど最も威力の高い攻撃だった。

なぜなら、この黄金の風景こそが、お嬢の原風景だったから。

お嬢には、なぜか前世の記憶がはっきりと残っていた。

お嬢の前世は…、『死神』。

人間が思い浮かべるような、命を奪うと言うわけではなく、ただ運ぶだけしか出来ない

出来損ないの『死神』。

死に近いものにしか視えない、そんな出来損ないの『死神』。

そんな出来損ないでも、いや、出来損ないだからこそ、お嬢は常に『死』と共にあった。

…心が、痛かった。

たとえ知らない者でも、『死』を見届けるのは辛かったから。

…心が、消えそうだった。

自分が悪いわけじゃないのに、誰からも拒絶されるから。

…肉体と精神が、本当に別々になっていくようだった。

どれだけ好きでも、自分を見てもらうには『死』に近くないといけない。

どれだけ好きでも、その人は離れていく事に。

そんな、苦しすぎる日々がようやく終わった日。

お嬢は赤ん坊の姿で−『死神』の記憶は残ったまま−黄金の草原の中に居た。

0歳の状態に戻っているのに、言語が理解できる状態で。

父も母も、周りには誰もいない場所に、自分はいた。

自分が、何から生まれたかも判らない。

でも、自分が『死神』だった事は覚えている。

…あぁ、これは贖罪(しょくざい)なのかもしれない。

誰も自分を知らない、誰も気付かない。

こんな寂しさを纏ったまま、赤ん坊のまま『死』を迎えるのだろう事が。

しかし、そんな悲しい幻想は、打ち砕かれた。

その翌日、お嬢は祐一と晃也に出会ったから。

これが、お嬢にとっての、最大の幸運。

何も判らない自分を『亜族(なかま)』として受け入れてくれたから。

纏わりついた『死』が、根こそぎ飛んでいくような心地だった。

それからの4年間は、とても幸せだったから。

今までの悲しみが、全て癒されるほど、幸せな毎日だったから。

ようやく手に入れた、目に見える、自分の幸せ。

守りたい、そう思えた日々。

だが、それもあっけなく壊れてしまった。

『人間』と、『魔族』の暴挙、戦争によって。

自分達が始めたわけじゃない。

自分たちに原因があるわけじゃない。

だがその結果、自分たちの大切なモノは、全て消え去った。

お嬢は、憎んだ。

殺した相手だけではなく、何より自分を。

弱かった自分を、ただ憎んだ。

だからお嬢は、祐一と晃也に比べると、恨みは少なかった。

恨みよりも、自責が大きかったから。

殺す事を、娯楽として考えるようになったのは、そうでもしなければ、自分の心が壊れて

しまいそうだから。

爆音は、止まることなく鳴り続ける。

全ては、お嬢の意思一つ。

そして、今のお嬢の意志は、名雪を殺す事だけ。

それは『娯楽』なんかじゃない、本当の『殺意』で。

だからこそ、名雪の周りだけは爆発が止まる事は無い。

『狂気』の力に囚われ、自分たち『亜族』の全てを否定した名雪を、許す事は出来ないから。

自分の、皆の幸せを奪った思想を、絶対に許せないから。

…ようやく、爆音が止まる。

鳴り続けた時間は、およそ3分。

その、たったの3分間で、名雪の姿は人として見れるモノではなかった。

顔は半分以上が焼け爛れ、青い髪は殆ど焼け落ちている。

右肩は完全に吹き飛び、左腕は、肘から先が無い。

左足はなくなっており、右足1本で立っている。

その右足ですら、繋がっているのがやっとの状態でしかない。

そんな、人間としての機能の大半を失っている状態で。

「あははははっ!! それで終わり!? 痛くも痒くもないよ!!」

名雪はそう言って、狂った笑いを浮かべていた。

『狂気』によって力を得た名雪は、もう『人』ではなかった。

名雪の姿は、『人間』ではなく、『悪鬼』となったと言っても、大袈裟では無いほど。

「愚かな人…、完全に飲み込まれてしまったのね。」

哀れむような声で呟くと、お嬢は目の前に陣を描き始める。

だが、どれだけ哀れみの感情があっても、許す事は無い。

それだけの言葉を、目の前の愚物(にんげん)は言葉にしたのだから。

自分の事はどうでも良い。

あれだけ、仲間を侮辱した事だけは許せない。

お嬢の指が動くたび、中空がぼんやりと発光し、神秘的な美しさを表現している。

「それ以上生きていて欲しくないから…、此処で完全に…、消してあげる。」

完全に描かれた魔方陣。

その中には、漆黒の何かが描かれていた。

それは、忌むべき存在であった、『前世』の記憶の象徴…。

「おいで…、ボクの前世…。」

お嬢の言葉と共に姿を現したのは、巨大な鎌。

その何をも通さない漆黒の色は、まさに死神の鎌だった。

「いくよ。 もう、あなたが生き延びるような事は無いから。」

はっきりと、断言するお嬢。

その言葉と同じく、お嬢の眼もまた、迷いは一切なかった。

「うふふっ、出来るならやって見せてよ!! 出来なかったら、殺してあげるから!!」

およそ人間からかけ離れた姿の名雪が、そう叫ぶ。

2人の魔術師は、それぞれの攻撃態勢に移った。

2つの種族の娘が、それぞれの攻撃態勢に移った。

…全てに決着を付けるために。

己が言葉を、証明するために。

















































「はぁぁぁっっ!!!」

ブゥン!

裂帛の気合と、渾身の叫びを持って刀を振るう晃也。

『神速(しんそく)』の速さと相成って、見えるような速さでは到底無い。

北川は、それを風の乱れと殺気、そして直感だけで避けていた。

今の晃也には、以前までの冷静さは何処にも無い。

激情をあらわにして、刀を振るい続ける。

だからこそ、殺気・怒気が見えたので避ける事が出来た。

だからと言って、その太刀筋が乱れていると言うわけではない。

どれだけ感情を乱していても、体が覚えていたのだろう。

何千、何万、もう数え切れないほど刀を振るってきたから。

流した血と汗と涙は、軽いものじゃなかったから。

晃也が再び、北川に向かって刀を振るう。

何とか、その攻撃を双剣で防御した。

ザシュッ!!

「ぐっ…!」

その筈だったのに、晃也の刀は、北川の双剣をすり抜けた。

確かに、その鋭い剣閃と、圧倒的な速さの前に、ずっと避(よ)け続けれる筈も無い。

晃也の刀は、北川を的確に捉えて始めていた。

だが、今の一撃は完全に防御したはず。

北川は肩の痛みよりも、防御をすり抜けた晃也の攻撃が信じられなかった。

「おおおぉぉぉぉっっ!!」

その隙を狙いすました様に、晃也の突きが襲い掛かる。

今度も、北川は確かに防御できる位置に双剣をもっていった。

ぞぶり

だと言うのに、晃也の刀は再び双剣をすり抜け、北川の左肩を貫いた。

激情を晒しても、綺麗な型を保ったままの晃也の太刀筋。

これは、『貫(ぬき)』と言う技。

御神流の、基本剣技の1つ。

相手の視界を利用して、あたかも刀が消えたように見せる、そんな技。

感情は乱れていても、刀だけは、冷静なまま進み続ける。

…この剣だけは、自らが望んだ事だからと言う様に。

肉の中に、刀が進んでいく感触。

一瞬感覚が消え、少し遅れて痛みがやってきた。

「ぐあぁぁぁぁぁっっっ!!!」

先程の痛みと重なって、痛みを耐え切る事が出来なかった。

思わず、地面に膝をついてしまう。

目の前の最強の剣士に、隙を与える事になると判っていても。

遠慮容赦なく、その隙をついて迫ってくる晃也の刀。

もう、目の前に見える、間違いようの無い『死』の福音。

北川は、一瞬先の未来を自分の眼で見たくは無かった。

眼を瞑る。

1秒もしないうちに、自分は倒れる。

そんな未来が、明確に浮かんだ。

ガギィィッッ!!

その筈だった。

だが、『死』は目前で自分を受け入れなかった。

北川の首から5センチ程度の所で、晃也の刀は止まっている。

そのさらに内側には、長槍が。

「つぅ…。」

折れた指の痛みを堪えながら、必死で晃也の小太刀を防いでいる。

ギリギリと音を立てる、目の前の小太刀と槍。

「北川くんっ! 早くっ!!」

その言葉で、ようやく自分の体に力が入った。

…さっき、そう思ったはずじゃないか!

『守られる側には、もうならない』、と。

痛む肩を無視して、地面を転がるようにして、間合いを取る。

晃也は、慌てる様子も無い。

先程まであれほど激情を見せていたのに、もうそれは収まっていた。

槍の扱いだけに必死だった香里の、がら空きの腹に思い切り蹴りを入れる。

「がっ…!!」

香里は、その痛みと止まってしまう呼吸に顔を顰めながら、冷静な思考を保ったまま、

その場から離れ、間合いを取る。

4対1の状況が、再び出来上がる。

間違いなく、決着を付けるための構図が、出来上がった。

晃也は、少しだけ微笑った。

ここまで自分を本気にさせ、自分の感情を引き出した4人に敬意を払う様に。

「もう、話は終わりだ。」

誰にでも譲れないモノがある。

誰にでも引けない場所がある。

今、譲れば、ここから全てを失う。

今、引けば、自分の意義を失う。

それは、死ぬ事と変わりない。

失うならば、お前たちからも奪って失う。

手に入れるなら、お前たちの全ても手に入れる。

死ぬならば、お前たちも殺してから死ぬ。

生きるなら、お前たちの強さも受け継いでみせる。

――――――さあ、今こそ誓いを果たす時。

全てに、決着を付ける時。

ゆっくりと眼を閉じ、静かに夢想する。

復讐の舞台ではない所で、貴方たちと会う事が出来たなら。

佐祐理や香里たちと、笑いあいながら学園に歩いていく。

共に笑い、泣いて、人生を共に過ごしていく。

そんな儚い夢を、一瞬だけ幻想する。

あんな悲劇の戦争が起こらなかった儚いユメを、ほんの一瞬だけ己が心に投影する。

本当にありえない、優しさを纏った世界を映した暗闇から眼を開き。

晃也は、迷う事無く、4人に向かって『神速(しんそく)』を発動させた。

それを、迎え入れる4人。

金属音と、魔術の詠唱の静かな声だけが、静寂の場に響いていく…。