第14話 「意義」





































「はぁぁぁっ!!」

祐一の刀が、円の軌跡を描きながら舞う。

その攻撃を人工生命体(ホムンクルス)(H)あゆは軽い動作で避ける。

人工生命体として誕生した人口生命体(ホムンクルス)のあゆは、人間を凌駕している能力を持っている。

実力で言えば、『人族』の高みに上り詰める事が出来るほどの実力を持っている。

動きの質も、速さも、今の祐一では敵わない。

Hあゆが祐一の攻撃動作の隙をぬって、その腕を振り下ろす。

腕は元の形から瞬時に変形し、刃(ブレード)の形になっていた。

Hあゆの判断では、この攻撃が当たる事は確定していた。

ブゥン!!

だが、それは祐一の体を掠める事さえ出来ずに、虚空を切り裂いた。

「………?」

一瞬、不思議そうな顔を見せるHあゆ。

だが、戸惑いもそこそこに再び攻撃を繰り出す。

今度は外さないように、さらに広範囲を攻撃できる長さの刃(ブレード)で。

計測して出た祐一に当たる確率は、間違いなく100%。

ブゥン!!

だがそれさえも、祐一に掠る事すらなかった。

「…………?」

また、戸惑いの表情を見せるHあゆ。

その表情に、侮蔑を含んだ笑みを浮かべながら、祐一は呟いた。

「随分と戸惑っているな。 俺たちの動きを計算で予測したつもりだろうが、それは所詮昨日以前

までのデータ。 今日の俺は、昨日とは違う!」

そう言うと、自らの刀を一閃する。

ザシュッ!!

その一撃は的確にHあゆの腕を捕らえ、腕は紙の様に空を舞う。

「あゆの形をしていたのが運の尽きだ。 お前には手心は一切加えない…!」

そして、祐一は自分の使える最高の速さである『神速(しんそく)』の3段階目を発動させた。

確実に、Hあゆを葬り去る為に。

偽者の存在を、認めるわけにはいかないから。

自分が愛した少女を、これ以上現世(こんなばしょ)で戦わせるわけにはいかないから。











































無数の剣を押しのけて、徐々に近づいてくる香里たち。

だが、その姿は決して無傷なんかでは無い。

体は傷だらけ。

皆の盾代わりとなっていた香里の腕は、とうに折れている。

1度剣を弾くだけで、どれだけの衝撃が襲ってくるのか、見当もつかない。

一番の重傷者は香里だが、他の3人ももうボロボロだった。

それなのに、彼女らは愚直に前だけを目指していた。

まるで、たどり着けば勝ちだと言わんばかりに。

晃也の元にたどり着く事が、勝利条件なのだと言わんばかりに。

ただ、本当にそれしか知らないと言わんばかりに、前へ前へと進んでいく。

だから、あえて攻撃を止めた。

その忌々しいまでに真っ直ぐな目で何を語りたいのか、晃也は興味を持ってしまった。

それは言い訳だと言う人もいるかもしれない。

晃也の魔力は既に枯渇しているから。

充分に休養を取らない限り、魔術行使は出来ないほどに。

だから、4人と話す事で少しでも回復したかったのかもしれない。

だが、それは穿った見方だった。

この状況にあって晃也の眼は、一遍の淀みも無かったから。

少しでも賢しい事を考えた輩には、こんな眼は出来ない。

「…いったい、何を考えている?」

晃也は正直に、真っ直ぐに問う。

この場に及んで、詭弁を並べ立てられたくなかった。

今、目の前の『人』は何を思い、何を見ているのか。

それが、知りたかった。

「あなたの心を、砕く事を。」

静かな、だがどこか威厳に満ちた声で、佐祐理が言う。

「愚かしい考えだ。 そんな事、出来る筈が無い。」

言い切る。

何より晃也は、自分の信念を曲げる事をしてこなかったから余計だ。

その言葉は、最早、侮辱に近い。

「出来るわ。 あなたは、非情な振りをしているだけだもの。」

ボロボロになった体を引きずりながら、香里が言う。

その声の、なんと力強い事か。 

自分のやっている事は、何一つ間違っていない。

そう確信していなければ、とてもじゃないがこんな自信に満ち溢れた声は出せない。

「それは貴様らの幻想。 俺には、既に表情は失われた産物だ。」

その言葉でさえ、受け付けない。

強固な、晃也の心。

…裏返せば、それは強固にしなければならない理由があったと言う事。

「…違う。 あなたは、隠し続けているだけ。」

静かで、平坦な声。

舞の声は、晃也の声と、どこか似た響きがある。

だからなのか、こんなにも動悸が激しくなっていくのは。

「隠してなどいない。 俺は、今の俺が全てだ。」

その動悸を隠すように、晃也は強く言う。

認めるわけにはいかない。

ここで認めたら、全ての激情を吐き出してしまいそうで。

…過去に、泣く事をしなかった少年の心を露呈しそうで。

それは、晃也の感じる、生まれて2度目の恐怖だった。

「だったらなぜ、今のお前はそんなに悲しそうな表情をしているんだ?」

ぴしり。

罅(ひび)割れる様な音が聞こえた気がした。

虚勢でも何でも良い、言葉に出して否定したかった。

だが、それができない。

言葉に出したいのに。

全力で否定したいのに。

「………。」

自分の口が、喋るという機能を忘れてしまった様に、動いてはくれなかった。

「あなたは気付いているんです。」

ぴしり。

また音が鳴った。

先程よりも僅かに大きい。

「それが、過去の繰り返しであると言う事を。」

びしっ。

今度は、さらに大きい音。

歪みが、うねりが、罅(ひび)が、どんどん大きくなっていく。

「…それが、報われないと言う事を。」

音は、断続的に響いていく。

晃也の心が、欠けていく。

今までに作ってきた、晃也の心が壊れていく。

それ以上、口にするな。

そう言いたいのに、口は全く動かない。

「お前の望みは、一体なんだったんだろうな?」

バリン!!

一際大きな音が世界に響く。

その瞬間『剣の世界』は元の世界へと戻っていた。

そこに立っているのは、4人の『人』と、1人の『亜族』。

「…判っていた。」

小さく、苦しげな声で、晃也は呟いた。

「そんな事はとうに判っていた。 俺たちのやっている事は、過去の繰り返しだと言う事はな!」

忘れたはずの感情。

『激情』が、あふれ出てくる。

握っている筈の『天魔(てんま)』の重みが感じられない。

…ああ、俺はそこまで弱っていたのか。

魔力の供給を止められた『天魔(てんま)』は、普通の小太刀に戻っていた。

「だが、それでも構わなかった。 俺達が幸せだった時に願っていた事は、本当に些細な事だった

から! 仲間たち同士で争う事もなく、妹のあゆを連れまわす祐一に文句を言ったり、唯一完全な

人間だったなのはと共に遊び、お嬢と一緒に魔術の訓練をして、師匠の恭也さんと毎日のように

手合わせをして、負け続けるたびに忍さんと桃子さんにからかわれて、さくらさんに心配してもら

って…、そんなささやかな事しか願ってなかった!! 俺たちから争いを始めたわけじゃない!!

巻き込まれて、何の罪も犯していない人たちを、数だけに頼る薄っぺらい奴らが、蹂躙していく

姿は、見るだけでもおぞましかった!! 生粋の人間なのに、なのはは『亜族』と関ったからと

いう理由で、体中を汚され尽くしてから、嬲り殺された! まだ、俺たちと同じ7歳の時にだ!!

俺たちは、その姿を見せられて、それでも逃げるしかなくて、また大切な人たちを犠牲にして

しまったんだ!! 許せるか!? お前らなら、許せるのか、この事実を!! 殺して、奪って

全ての幸せを奪った奴等を許せるのか!? 詭弁なんて、もうたくさんだ! 奇麗事が通じるなら

なんで俺たちを、誰も救ってくれなかったんだ! 俺たちだって、好き好んでこんな強さを求めた

んじゃない!! 守るためには、力が必要だったからつけたんだ! 1回の訓練ごとに命を賭け

ながらな…! それなのに全ての幸せになれる要素を奪った奴らは、現在(イマ)をのうのうと生きている

じゃないか!! そんな事が許せるものか!! 俺たちから全てを奪っておいて、自分たちは何の

お咎めも無いなんてな…!! 天が許そうが、神が許そうが、俺たちは許さない!! 過去の繰り

返しだろうと何だろうと、関係ない!! 俺たちは、俺たちの誓いを果たすのみ!! そして全て

を終わらせれば、俺たちもまた、闇に帰る! それで終わりだ! もう、醜い争いが起きる事も

無くなる!! 原因が無い世界なんだから!!」

激情に身を任せて、全ての気持ちを吐露する晃也。

その豹変振りに、4人は黙る事しか出来なくなった。

先程までは、あれほど優位に立っていたはずなのに。

どれだけ劣勢な状況でも、表情を変えず淡々と戦っていた少年が。

そのなかで、ようやく呻く様に佐祐理が言った。

「もし…、他の仲間が闇に帰るのを拒んだら?」

それは、願いだった。

殺戮をする『亜族』の気持ちは、全て理解できたつもりだ。

だから、仲間に否定されると言う可能性を提示する事で、晃也を止めようとした。

だが、晃也はもう止まらなかった。

止まる訳には行かない、信念だけを頼りに言葉を紡ぐだけ。

「ならば、俺がこの手で闇に返すだけだ。 …俺は全てをゼロに戻す。」

『天魔(てんま)』を握っていない、もう一方の手で自分の米神を指差す。

…まるで、自分の米神に銃を向けているような格好で。

ブレーキの壊れた車の様に。 
 
晃也は、暴走にも近い言葉を紡ぎ出す。

今さらながらに、佐祐理たちは後悔した。

そのブレーキを壊したのは自分たちだと言うことに。

その相手が、間違いなく最強の力を持っていると言う事に。

それ以上に、悲しい過去を持つ、優しい少年を止められなかった事に。

命の危機よりも、その事が気がかりだった。

「もう、話は終わりだ。 全ての真実を受け入れ、この場で無様に散るがいい。」

晃也が、音も無く『天魔(てんま)』を構える。

驚いた事に、今までに付けられた傷は、全て塞がっていた。

もう完全に皮膚に戻っている所もある。

「これが、『亜族』の最大の利点。 覚醒した『亜族』は、魔術の他に『魔族』の再生能力まで

 付加される。 …もう一度、問う、お前らに俺が倒せるか? その薄っぺらな信念(ココロ)で。

 その浅い底を露呈した実力で。」

晃也はそれだけ言うと、当然のように『神速(しんそく)』の3段階目を発動させた。

治った体とは裏腹の、悲しそうな辛そうな表情のまま。

誰も、自分の信念をさえぎる事は出来ない。

でも、本当は止めて欲しい。

そんな言葉を言っているように。

そんな表情に、誰1人気付かないまま、戦いは終わる事無く、続いていく。