第12話 「必死」




































晃也の『神速(しんそく)』の速度が鈍っているのに気付いた北川は、あえて自分から晃也に

近づいていった。

見え始めたのなら、自分でも何とか防げる。

今までは速過ぎて、攻撃してくる瞬間にしか反応できなかった。

だが、今は違う。

今の晃也の速度なら、今の自分でも充分に対応できる。

今の俺の実力なら、目の前の晃也(バケモノ)にも真正面から対抗できる。

それを悟った北川は晃也の小太刀目掛けて、自らの双剣を走らせる。

ガギィ!!!

金属のぶつかり合う音が響いて、晃也と北川の体は全く動かなくなった。

北川の筋力は、晃也とほぼ互角。

剣技や魔力では明らかに劣っているが、捕まえてしまえば何とかなる。

自分が思っていた最高の展開まで、持って来ることが出来た。

あとは晃也を封じつつ、香里達に止めを刺してもらえば良い。

そのシナリオを信じながら、北川は渾身の力で晃也の小太刀を封じる。

ギリギリとお互いの剣が音をたてる。

そこに、香里の長槍が割って入った。

晃也の首目掛けて。

晃也はその一撃を、体を引く事で何とか回避する。

だが体を動かしたせいで、両腕に入っていた力がやや抜ける。

それを狙って、北川の双剣が晃也を押し始めた。

「チ…!」

不利を感じたのか、完全に力を抜いて押し倒されるような形にさせる。

「…ふっ!」

ドンッ!!

「ガハッ…!!」

背中から落ちていく、その瞬間を逃さず組み伏せようとして来る北川を蹴り飛ばし、何とか

一足刀の間合いを取る。

その瞬間、巨大な魔術弾が上空から晃也に襲いかかる。

「くっ!!」

ガァン!!!

地面を転がりながら、それを何とか回避する晃也。

今までに見てきた、晃也の余裕を持った戦闘とはかけ離れていた。

『必死』、その言葉が最も適当だろうか。

いつもは無表情なのに、全身から襲い掛かる苦痛を堪えながら戦闘に挑んでいるせいか、鬼気迫る

様な、明王の如き形相だった。

魔力は既に底をつき、体力も残り少ない。

今も、苦しげに息を整えている状態だ。

晃也は、口の端を少し歪めると目を瞑った。

…今、この場に立っている事の奇跡をかみ締める様に。

過去に起こった事を、思い出しながら。

「…これで、終わりにさせてもらう。」

両手の小太刀を鞘に戻し、徒手空拳の姿になる。

もう、以前のような力強さは、微塵も感じられない姿となっている晃也。

殺そうと思えば、ある程度の強さを持っている者なら簡単に殺せそうなほど。

…それなのに、北川達は一歩も動けなかった。

目の前に佇んでいる晃也に、切りかかる事が出来なかった。

…あまりにも、美しかったから。

血塗れた紅、晃也の髪の色の銀、髪のせいで殆ど見えないが隙間から見える黒の瞳と、常人離れした

美形の顔立ち。 

全てが、危うさと言う物の中で整っていた。

人間は、あまりに美しいモノを見る時、言葉を失う。

まさに、そんな状況だった。

双方とも動かないまま、少しずつ時間が流れていく。

1秒が、まるで10秒に感じるようなゆっくりと流れる時間。

その静寂の中を晃也が音も無く、少し歩き出した。

「…これが、俺の最後の攻撃だ。 お前らに…、防ぎきれるか…?」

一言一言(ひとこと)、はっきりとした声色で、静かに呟く。

…まるで、終わりを意識している様にゆっくりと。

そして、唱えた。

自らの心を謳う、ただ空虚だけが支配する剣の唄を…。

「It eliminates with all the beliefs.
 信念の全てをもって排除する。

 Since all it was not able to protect.
 守れなかった全ての為に。

 Since all it was not able to tie.
 繋ぎ止める事が出来なかった全ての為に。

 One's language promised on that day.
 あの日に誓った自らの言葉は。

 Oneself is poked and moved as a belief.
 信念として自らを突き動かす。

 In order to kill people, to kill an evil spirit and to kill everybody.
 人を殺し、魔を殺し、皆を殺す為に。

 As the revenge song to those who took,
 奪った者への復讐歌として

 As the requiem to those who were taken.
 奪われた者への鎮魂歌として

 It does not matter that there is nothing as being understood by whom.
 誰に理解されなくとも構わない。

 Even if it falls to hell even if,
 たとえ冥府に落ちようとも、

 Just it took an oath on the young day.
 それこそが、幼き日に誓った

 −an eternal regret−
 −永遠の慟哭−                            」

今までの詠唱とは、やや異なる内容。

全てを憎しみ、全てを恨みながら唱えていた前回とは違う。

今の晃也は明鏡止水。

『死』が目前に見えると言うのに、心は不気味なくらいに穏やかだった。

その心に、魔術側も応えたのか。

空っぽの魔力の晃也の詠唱にもかかわらず、剣の世界が出来上がった。

無限の剣が内包される、ただ剣だけが存在する世界が。

サラ…

風など吹かない場所なのに静かに、晃也の銀の髪が揺れる。

それに合わせる様に晃也がゆっくりと、右腕を上げる。

自らの主人(マスター)である晃也の行動に呼応して、無限の剣たちが中空に浮かび上がっていく。

「…始めよう、これが最後の戦いだ…。」

その言葉と同時に晃也が指を鳴らすと、瞬間、剣の雨が降り注いだ。














































空気が、段々と重くなっていく。

ここの空間だけが、倍の重力がかかっているように感じる。

その中で、名雪だけは狂った様に笑っていた。

「あははははは!! 『亜族』なんて皆死ねばいいんだよ!! 『亜族』も『魔族』も皆要らない!

この世界には『人間』だけが生きていれば良いんだよ!!」

叫びにも近い、その声量。

その声の中には、侮蔑など、本当に『負』の感情だけが込められていた。

重くなっていく空気。

祐一は何とか耐えているが、お嬢の華奢な体では耐え切れるはずも無い。

既に膝は地面についている。

それどころか、仲間であるはずのホムンクルスのあゆまでも被害を受けている。

先程まで使っていた魔術『黒の拒絶』も消えてしまっている。

『Pour on the Air』、それは今この地上に存在している大気に、自分の魔力で作り出した

大気を重ねる魔術。

重さは単純に2倍になると言うわけではない。

名雪が魔力を込めれば込めるほど、その重さは増していく。

ランクで言うならば、上級魔術では止まらない。

はっきり言って、最上級魔術の範疇だ。

名雪の魔力は、『亜族』の3人の中で一番低い祐一よりも少ない程度しかない。

それなのに、これだけの魔術を使いこなしている。

答えは簡単。

今の名雪は、普段では考えられないほどの魔力を放出しているから。

…白く染まった瞳と、『狂気』の力によって。

今や祐一とお嬢にかかっている大気の重さは、普段の20倍以上。

狂気に満ちた名雪の笑いと、みしみしと骨の軋む音だけがその場を支配する。

「あはははは!! 『亜族』みたいな穢れた奴らは、皆死んじゃえ!! 『亜族』なんているから

 こんな事になるんだよ!」

止めの言葉を、今、名雪は言い放った。

…自分の命を、捨てる事になる台詞を。

「…許さない。」

20倍以上のGに耐えながら、先程まで膝をついていたお嬢が立ち上がる。

紅く輝く瞳が、さらに鮮やかな紅を映し出す。

魔力は渦を巻くようにして、お嬢の体から吹き出している。

大気に存在する魔力がお嬢と言う目的を見つけ、それに集っていく。

「私たちの仲間を侮辱する者は、誰であっても…許さない…。」

勝手に流れ出る魔力の照準を、名雪にセットする。

後は、本能に任せるまま。

バンッ! バンッ! バンッ………!!

ただ純粋な魔術の塊を撃ちだす。

とてつもない轟音と共に、飛んでいく魔力の塊たち。

狂った笑みを浮かべ続けている名雪の元へ、魔力弾は疾走っていく。

「うふふっ…、『Patels Wall(花弁の城壁)』…。」

が、その強力な魔弾たちも、今の名雪には意味の無い攻撃だった。

先程までは全く知らなかったはずの魔術、『Patels Wall(花弁の城壁)』を完全に使いこなしたのだ。

『Patels Wall(花弁の城壁)』の硬度も素晴らしく、傷一つついていない。

「あはははははっ!!! そんなので終わり? 『亜族(ゴミ)』の魔術師さん。」

狂った笑いと同時に、明らかな余裕を見せて名雪が語る。 

お嬢は何も喋らない。

黙ったまま、腰に装着してあるナイフを取り出した。

綺麗な、紅色の刀身をしたナイフ。

「あなただけは…私が殺す。 何が、あっても。」

「やってみせてよ、そんな事が出来るのか!!」

「ええ…、言われなくても。 喰らい尽くしなさい、『海魔(かいま)』。」

お嬢の口から紡ぎ出された、静かな言葉。

その声に反応して、『海魔(かいま)』が形状を変化させてゆく。

刀身が見る見るうちに長くなり、地面の中に潜っていった。

「あはははっっ!!! なに? ナイフも怖くなっちゃったんだ!? いい判断かもしれないよ、

 そっちの魔術師さんよりは!!」

名雪がお嬢を馬鹿にするように笑う。

いや、実際馬鹿にしていた。

そんなこけおどしを見せて何をするつもりだったのか、と。

普通の名雪なら、そんな風には考えなかっただろうに。

何か策があると考えただろうに。

だが、今の名雪は『狂気』に犯されている。

目の前で起こっている事を正確に判断できるはずが無い。

起こった事のみしか受け入れる事が出来なくなっているのだから。

これから起こりうる未来など、知りもせずに。

「じゃあ、遊びはお終(しま)い。 これで終わらせてあげるよ…。

 Water borne by all.
 全てより生まれ出(い)づる、水。

 Brightness is tenderness which watches all even if there is nothing.
 輝きは無くとも、全てを見守る優しさ。

 Water which manages a life.
 命をつかさどる、水。

 Fear is a transcendency person who holds all even if there is nothing.
 恐怖は無くとも、全てを掌握する超越者。

 All they are compounded and an image is tied here.
 それら全てを複合させ、ここに像を結ぶ。

 expression appearance my world
 現れ出(い)でよ、我が世界に…。                    」

ザシュッ!!!

世界に干渉していた言葉は最後まで紡がれること無かった。

鈍い肉の裂ける音が、辺りに響き渡る。

「…え?」

それから少し間をおいて、名雪の不思議そうな声。

「これでお終い、人間の魔術師さん。 貴女は、これを見抜けなかった時点で負けていたの。」

詠唱を唱えていた名雪に、静かな声で告げる。

その名雪は、真っ白な瞳を血の紅で濁らせて、何事かと自分の体を見る。

…体に、多数の穴が開いていた。

地面から突き出した多数の刀身によって、体は貫かれていた。

「戦局を見誤った、あなたの負け。」

いつもの少女の声ではなく、大人びた声で、はっきりとお嬢が言った。