第11話 「狂気」









































「けほっ…!」

咳き込むだけで、大量の血が流れ出る。

即死ではなかったのが信じられないくらいだ。

鮮やか過ぎる『蒼』が気になっていて、少しだけ注意をしていたのが幸いしたのだろう。

祐一の『空魔』は、秋子の心臓からほんの数ミリずれた所に刺さっていた。

だが、それが致命傷だと言う事に変わりは無い。

流れ出る血液と比例するように消えていく体温。

自分と言う魔力源がいなくなっていく為、消えて行く祐一の氷。

そして形作られていた筈の、氷雪系最強の魔術も消えていく。

秋子の意識が段々と虚ろになっていく。。

視界は少しずつ、紅と黒に染まっていく。

それでも倒れなかったのは、偏に『空魔(くうま)』の美しさが目の前にあったから。

ただ目の前にある美しいモノを見たい欲求が、秋子の体を支えていた。

そして、立ったままの体が、徐々に勝ちたいという意思を脳に流し始めた。

「…たいしたものだ。 俺の『空魔』を受けて即死しなかった人間は貴女が初めてだ。 

 誇ると良い、水瀬秋子。」

先程までの笑みは消え、無表情で言う祐一。

そこには、少しの苛立ちがあった。

祐一の切り札である『空魔』。

晃也の『天魔』に比べると、汎用性と言う点では大きく劣る。

強力ではあるものの、多対一ではそう活用できる代物ではないからだ。

だが、対一戦闘に関しては『亜族』の3人の中でも最強を誇るほどのとてつもない効力を発揮する。

それは『空魔』の持つ特性が、1対1に最も適しているからだ。

『空魔』が持ちうる特性…、それは発動すれば必ず相手の心臓を貫く呪いじみた特性。

既に心臓に当たっている、と言う事実を作った後で刀身が伸びていくのである。

故に避けた所で、当たっている事実が出来ているわけだから、『空魔』は対象に当たるまで

何処までも追い続ける。

たとえ空間転移をしようと、空魔は殺すべき敵を穿つために疾走る。

その辺りは、自動追尾のミサイルに似ているのかもしれない。

これを避けるには、この強力な呪いを撥ね退けられるほどの魔力があるか、お嬢と晃也が持つ

『花弁の城壁』並みの防御魔術を行使して防ぐか、自身のダメージを無視して心臓に当たる直前に

切っ先を少しずらすかしかない。

ダメージは限りなく大きいが、少なくとも即死はしない。

それほど厄介な特性を持っているのだ、この『空魔』は。

先程強力な魔力があれば、と言ったが、これに該当するのはお嬢くらいなものだ。

他の例外は晃也の『天魔』の無限の刀身によって阻まれるか。

残るは『魔族』の強大な生命力で何とか生き残るくらいのものだろう。

そんな切り札を受けて、秋子はまだ死んでいない。

放って置けば死ぬ傷を受けたが、まだ死んではいない。

「まぁ、いい。 では此処でお別れだ、水瀬秋子。 俺たち『亜族』を侮辱した罪は許される

 ものではない。」

そう言って、『空魔』ではない日本刀(こうづき)を振りかざす。

そして

「さようなら、秋子さん。」

ザシュッ!!!!

血縁者への慈愛のこもった一言を最後に、祐一は迷い無く秋子の心臓を貫いた。

口から容赦なく流れ落ちる大量の血液。

胸に穿たれた穴から容赦なく吹き出る血液。

秋子の体は一度大きく動いて、完全に動かなくなった。

「お母さん!!」

そこになってようやく、今まで全く動けなかった名雪が声を上げた。

もう動かない母のもとに向かって駆け出す。

しかし、

「此処から先に行きたかったら、ボクを倒すこと。 あゆさんを攻撃するのは嫌だけど、まぁ、

人間が作った人形だから躊躇ったりはしないよ。」

微笑みながら、しかし明らかに『負』の気を放っているお嬢が立ちはだかった。

先程まで、『亜族』の事をゴミの様に言われ続けていたのだから、不機嫌なのは仕方ない

事だろう。

視線も、普段より幾分鋭い。

「邪魔…、しないで。」

「そう言うわけにはいかないよ。 だって、私はあなたたちが憎いから。 言う事なんて

ぜったいに聞いてあげない。」

にっこりと、笑ってそう言った。

その言葉を皮切りに、名雪の表情がどんどん消えていく。

「そう…。 じゃあ、殺してあげる。 人形さん、少しは役に立ってね…。」

そう言うと、名雪の瞳の色が変化し始めた。

黒色の瞳が、徐々に真っ白に染まっていく。

…まるで雪の色のように。

その瞳に反応したのか、あゆがお嬢のほうを向く。

精巧に作られているので、本当にそっくりだった。

ただ一つ、能面のように張り付いている無表情以外の部分は。

「………。」

一言も発さずに、動き出すホムンクルスのあゆ。

流れるような動きで、お嬢の首を狙う。

「…お願い、『Patels Wall(花弁の城壁)』…。」

ガキィ!!

その攻撃は、お嬢の前に出来た花弁の盾によって防がれた。

が、その威力は途轍もなかった。

あれほど完璧な防御力を誇っていた『Patels Wall(花弁の城壁)』に、少しだけ罅が入って

いるのだ。

ホムンクルスのあゆは、人としての限界なんて関係ない。

そんな限界作られた時点で超えているし、それ以降も大量の薬物投与などによって、規格外な

程の耐久力を持っている。

…まるで、鋼鉄で出来た機械の様に。

名雪はその光景を見てクスリと笑みを浮かべると、自身はゆっくりと魔術の詠唱に入った。

お嬢との戦いはあゆ(人形)に任せておけば良い。

「私は、その間にあなたを殺す魔術を撃つ準備をすれば良いだけ…。」

一言呟いて、ぶつぶつと詠唱を唱え始めた。

その場に1人フリーの祐一は、動こうとしていなかった。

あの場は、お嬢が受け持つ場。

自分が入っていったら、信用していないと思われても仕方ない。

信用しているからこそ、あえて動く事は無かった。

…目の前で名雪が隙だらけのまま詠唱を唱えていても。

「………。」

「くっ…。」

ブゥン! ビュッ! ヒュッ!

その間にも、あゆの怒涛の攻撃は止まらない。

袈裟から薙ぎ、打ち上げに打ち下ろし、その猛攻は止まらない。

お嬢はその攻撃を何とか避け続ける。

いくら強いと言っても、お嬢は魔術師。

得意なのは魔術戦で、こういった肉弾戦はそう得意なわけではないのだ。

それでもあゆの相当な速度の攻撃を全て避けている辺り、相当訓練してきたのだろうと言う事は、

容易に想像できる。

事実、お嬢は肉弾戦闘のみでも祐一に相対することが出来るまでに成長している。

「仕方ないね…、本当はあまりこの魔術を使いたくなかったんだけど…。 あゆさんの、私の

師匠の前では。 お願い、『Black Refusal(闇に溶ける拒絶の意思)』!!」

流石にあゆの攻撃に手を焼いていたお嬢は、ここで初めて魔術を使った。

お嬢の周りだけが黒い靄につつまれていく。

その靄はお嬢をすっぽりと包み込むと、お嬢の気配さえも消してその場から消えてしまった。

「………?」

何も言葉にしないまま、あゆがきょろきょろと周りを見渡す。

姿も見えなければ、気配すらも感じられない。

相手の場所を特定できなければ、あゆは攻撃する事が出来ない。

ホムンクルスであるがゆえに、人間に作られたものであるが故に、あゆは魔術が使えない。

もしあゆが広範囲に使える魔術があれば、この魔術はすぐに破れていたはずなのに。

『Black Refusal(闇に溶ける拒絶の意思)』…、それは周りから自分の情報をすべてを

シャットダウンする魔術である。

姿形は勿論、気配・術者の言語すらも黒い靄が飲み込んでしまう。

だが、完全に防御されていると言うわけではなく、場所を特定できない様にしているだけなので

当たりさえすれば、ダメージは与えられるのだ。

「…やっぱり欠陥品。 『亜族』の娘なんかを題材にするからこういう事になるんだよ。」

冷たい声で、名雪が呟く。

いつもの天然で明るい少女はここにはいない。

今いるのは、冷たい空気を纏った修羅が1人だけ。

その修羅も、やはり『亜族』を虫けら程度にしか考えていなかった。

「でも、これでお終い。 『Pour on the Air(降り注ぐ大気の鼓動)』…。」

そして修羅は長い詠唱を終え、魔術を発動させた。 

目の前の『亜族』を、最愛の母を殺した従兄たちを殺すために。
















































モノクロの世界を進んでいく。

満身創痍の筋肉が悲鳴を上げているが、そんなものは無視する。

ぎしぎしと筋肉が軋む音を確認しながら、まずは目の前の舞に切りかかる。

「…ふっ!!」

ギィン!

1撃目は、寸前で弾かれた。

だが、晃也は既に2撃目に入っている。

ガギィ!!!

それを本当にギリギリの所で弾く舞。

戦闘経験が人よりも豊富な舞は、命の危険に敏感に体が反応したのだ。

おかげで、死の淵ギリギリを見せられながらも何とか回避した。

…その攻撃が、2撃で終わりだったなら。

「…あああぁぁぁぁっっ!!!」

ザシュッ! ザシュッ!!!

「か…はっ…。」

喉奥からせり上がって来る鉄の味。

それを無理に止める事も出来ずに、舞は片膝を着くと血を吐き出した。

地面を滑りながら、晃也は『神速(しんそく)』を解除する。

先程の攻撃を受けた舞は、胸と背中に一対の刀傷が出来ていた。

流派永全不動八門一派、小太刀二刀術、御神・裏、不破真刀流奥義の参、『薙旋(なぎつむじ)』。

自分の師匠である高町恭也が生きていた時に最も得意だった技。

そして、自分が最も得意な技にまで昇華させた奥義。

それを全力で舞に放った。

これで舞はしばらく動けない。

卓越した剣士であれど、その実態はか弱き人間の少女でしかないのだから。

残る相手は、後3人。

体はとうに満身創痍を越えている。

舞を倒したのも一見余裕に見えるが、そうではない。

もう体は動かないと悲鳴を上げ続けているのを無視して攻撃を、しかも奥義を放ったのだから。

休まずに戦闘できる時間は、もうそんなに長くない。

人間族の中で、かなりの手練れの3人が相手だ。

それも、近距離・中距離・長距離とバランスは文句なしの3人と。

普段の、万全な状態ならば余裕を持って闘うことが出来るだろう。

だが今の状態ならばギリギリ持つか持たないか、そんな勝負になる。

だと言うのに晃也はほんの少しだけ微笑を浮かべると、

「さぁ…、俺を殺して見せろ。」

挑発するような台詞を謳(うた)う様に言うと、再び『神速(しんそく)』に入った。

…増し続ける体の痛みを堪えながら。

晃也は、走り出した。

復讐と言う名の物語を完遂させるために。