第9話 「死闘」








































「…はぁぁっ!!」

いつもより、幾分声を大きくして晃也が小太刀を振るう。

無限の剣たちも、晃也の剣舞に呼応するように相手の命を毟り取っていく。

既に屍は、数え切れぬほど。

だが、それでも人間たちは怯まない。

死んだ者たちを盾にしてまで、前に進んでくる。

目指すのは晃也と言う『亜族』の首のみ。

目指すのは『亜族』と言う不純物の処理。

自分たち以外の種族は許せない。

自己中心的で、凝り固まった考え。

だが、自分たちの意義でもある。

それゆえ、人間たちは命を賭ける事になっても戸惑っていないのだろう。

四方八方から襲い掛かってくる凶器の嵐。

「チッ…!」

ブゥン! ブゥン! ………!!

それを、空中に飛び上がる事で回避する。

そして、無限の剣の照準をそれらに定める。

ザンッ! ザシュッ! ドシュッ! ザギュシュッ!!

肉が削れ、裂かれ、突き抜かれる。

生々しい音と共に、大量の血が吹き出していく。

…その光景でさえ、人間を止める枷にはならない。

空中にいる晃也に向かって魔術弾が放たれる。

数は、およそ30。

動けない、そう判断したからだろう、それだけの魔術弾が飛んできたのは。

「くッ…!」

しかし晃也は、身を捻り、小太刀を振るい、魔術弾を避けていく。

「グ…、あぁぁぁっっ!!!」

それでも、全てを避けられるわけではない。

人間側の思惑通り、晃也に魔術弾が幾発か命中する。

それでも晃也は怯まない。

裂帛の気合と共に、再び襲い掛かってくる人間たちを切り刻む。

…守るべきものがあるのは晃也もかわらない。

幼き日に誓った、果たすべき仲間たちと交わした約束。

今は、最も大切だといえる行為(コト)。

ザシュッ! ザクッ! ドシュッ!

次々と血の噴水を流して、人間たちが倒れていく。

殺した数は、既に3桁は下らない。

あと5分もすれば4桁にも届くだろう。

それだけ、晃也の攻撃は凄まじかった。

それだと言うのに、人間の数は減ったように見えなかった。

それもその筈、今この場には『Kanon』の人間の約8割が集結しているからだ。

数に直して、およそ8万。

学園の何処に隠れていたのかは知らないが、それだけの数が此処にいる。

恐らくは、有能な魔術師の力を使って空間を歪ませているのだろう。

そうでもなければ、これだけの数がこの学園に収まりきるはずが無い。

脆弱である『人間』が持つ最大にして最強の利点。

『数』と言う最大の力を以って、人間は本気で『亜族』を滅ぼしにかかっていた。

「はぁはぁ…、せぇぇぇぇっっ!!!」

『神速』の2段階目を常時維持しながら、人間を切っていく晃也。

剣だけが内包された世界に、紅く染まった屍が転がっている。

『俺は…、簡単に死ぬわけにはいかない…!』

晃也は悲壮なまでの決意を胸に、走り続ける。

かつて守れなかった、少女の事を思いながら。












































残された祐一たちは、まだその場で呆然としていた。

晃也がいない。

自分たちと、常に共にあった体の半身とも言える存在がいない。

それは、これからずっとかもしれない。

言い知れない悪寒が、祐一たちを包む。

だが、晃也の決意を無駄にしてこの場に止まるわけにはいかない。

今やるべき事をする。

自分たちに出来る事は…。

祐一の眼に、決意の色が灯る。

「…行くぞ、お嬢。」

「………。」

何も答えない、いや、答える事の出来ないお嬢。

「いい加減にしろ! 晃也が何のために1人で行ったかを考えろ!」

必死の呼びかけ。

無駄にするわけには行かないからこそ、大切な仲間に訴えた。

よろ…

ゆっくりとお嬢が立ち上がる。

「どう…するの?」

まだ完全に立ち直ってはいない。

目の前にいる祐一は勿論、お嬢にだってそれは判っていた。

だが、それでも立つしかない。

自分たちを残した仲間の信頼にこたえないといけないから。

「この国を…、『Kanon』を潰す。 目標は、ただ一つ。」

そこで一呼吸おく。

一瞬浮かんだ晃也の表情。

それは、自分達が見た最後の光景。

それを振り払うように、殺気を纏わせる。

「水瀬秋子、コイツを殺す…!」

自分の叔母の名を、忌々しげに、殺すと言い切った。

2人は目を合わせると、走り出した。

必死で、自分達の大切な晃也(モノ)が消えないようにと願いながら。


















































「はぁはぁはぁ……。」

この『世界』に入ってから30分が経過した。

人間側の死亡者は、1万5千人ほど。

それだけの人数を殺し、それを上回る人数に命を狙われ続けながらも、晃也はまだ健在だった。

だが、その体は無傷ではない。

今までの戦闘で、最強を見せ付けていた晃也の体には、幾つもの傷が出来ていた。

致命傷に至るような傷は一つも無いが、数は多い。

返り血に濡れた黒の服は、いたる所が裂けている。

焦げ付いている部分さえ見える。

息は荒く、徐々に命が削られているのは一目瞭然だった。

それでも、その眼は変わらない。

揺るぎようの無い決意が、晃也の体を動かしていた。

晃也の体が掻き消え、それに合わせる様に高速の、いや音速の剣舞が行われる。

対抗するように人間が反撃してくる。

晃也は避けながら攻撃を続け、その度に人間の命が消えていく。

だが、誰の目から見ても晃也は消耗していた。

此処が勝機と取ったのか。

人間たちが作戦を練ったわけでもないのに、晃也を囲んだ。

幾重にも幾重にも重ねられた人間の壁。

その光景を見て、晃也は微笑った。

「…ようやく、かかったか…。」

晃也はそう呟くと、今まで使っていなかった剣を抜き放つ。

その晃也の言葉に不安を覚えたのか、雄叫びを上げて人間たちが襲いかかってくる。

晃也の目前に迫る剣、剣、剣。

だが、それらは全て、晃也には届かなかった。

1本の刀だったはずの物体が、刀身だけが増えているのだ。

漆黒に染まる刀身を持った、刀が。

「これが…、俺が持ちうる切り札。 魔力刀『天魔(てんま)』だ。 舞え…『天魔』!」

その晃也の声に反応して、『天魔』の刀身がさらに増えていく。

根元は一つのまま、木々が枝分かれするように刀身が増殖していく。

刀身たちは意思があるかのように、的確に人間の心臓を貫いていく。

パチン…!

そして空いたもう一方で、指を鳴らす。

無限の剣たちが動き出す。

再び広がる、人間たちの悲鳴。

命の消えていく光景。

それでもなお、晃也に攻撃を仕掛けてくる人間たち。

襲われている人間諸共、晃也に魔術弾をぶつけてくる。

「ガッ…!」

流石にそこまでは予想できなかったのか、初めてまともに喰らってしまう。

込み上げて来る鉄の味。

湧き上がる、死への衝動。

だが、晃也は怯まない。

『剣の世界』の中で無限の剣が降り注ぎ、魔力刀『天魔』が舞い続ける。

その間中、晃也の魔力は失われていく。

晃也の魔力は、もうすぐで枯渇する。

それは、晃也自身が理解していた。

当たり前だ、切り札である魔力刀と『固有結界』の両方の長時間併用。

これで長時間戦闘を保たせる事が出来る筈が無い。

限界が、目の前に見えていた。

徐々に薄れ始める『剣の世界(こゆうけっかい)』。

減り始める『天魔(てんま)』の刀身。

そのギリギリの状態で、再び晃也の目に色が灯った。

『…限界があるのなら…、超えるだけ…!』

その決意と共に、『剣の世界(こゆうけっかい)』は健在だった状況に戻り、また『天魔』の

刀身も同じくまた増殖していく。

晃也の魔力は、既に限界。

それなのに、何故元に戻ったのだろうか?

気力云々で答えられるモノではない。

だが答えは簡単。

それに見合う対価を払っているからだ。

対価の対象は…自らの命。

なんでも簡単に魔術を撃っているように見えるが、その実、常に対価を支払い続けている。

魔術は万能ではなく、等価交換で神秘を起こすものだ。

それは、晃也やお嬢も例外ではない。

普段は魔力と体力を支払う事で事足りていた。

だが、今はそんなものだけでは足りない。

だから、支払った。

自らの命を。

魔力を使い続ける間、晃也の命は削られていく。

いくら寿命が長いといっても、有限である。

自分が果てる前に全てを殺せるか。

それとも、数の前に屈するか。

綱渡りじみた賭けではある。

だが、その賭けは明らかに成功に見えた。

人間の数は見る間に減っていき、もう5桁を切っている。

裂帛の気合で、魔力を使い続ける。

死なずに誓いを果たすため、全てを終わらせるという誓いを果たすために舞い続ける。

だが、突然に『剣の世界(こゆうけっかい)』が薄れていく。

「な…。」

晃也の意思とは関係なく。

晃也の魔力、晃也の寿命(オモイ)とさえ関係なく。

人間数万人と、傷だらけの晃也は、強制的に元の世界に戻された。















































突然、特大の魔術弾が襲ってくる。

―――――それは、魔力空間を消滅させる魔術弾だと後で知った。

「チッ…!」

「あぶなっ!!」

何とかその魔術弾を回避する祐一とお嬢。

行き場を失った魔術弾は、学校へ向かって飛んでいった。

走り出して、およそ5分。

水瀬の屋敷まではまだまだ距離はある。

それなのに、標的の水瀬秋子は、そこに立っていた。

2人の少女を共に連れて。

「なっ…。」

「え…?」

1人は水瀬名雪。

この少女に驚いたわけではない。

この娘が現れる事は、既に予測済みだった。

だが、もう一方だけは予測がつかなかった。

いや、過去の風景を見ていた3人なら、誰もが予想のつかないものだった。

存在する筈が無い。

眼に映っている筈が無いモノなのだから。

そこには、

「あゆっ!!」

死に別れた筈の月宮あゆが立っていた。

何の感情も持たない瞳で、祐一たちを見つめながら。

―――――泣き出しそうな表情で、祐一たちを見つめながら。