第8話 「酷似」
いつもの様に早朝訓練を終えた3人は、学園寮の部屋で話し合いを始める。
ちなみに今日は、晃也の部屋だ。
話題は勿論、今日の襲撃場所。
『亜族』である3人に休息の日々は無い。
ただ、命と同じ位に大事な盟約を果たす事だけの日々。
盟約は、言うまでも無く敵討ち。
圧倒的な量の前に、抵抗できなかった人たちへの弔い。
誓った約束を、果たす事。
それが、今の祐一たちの行動概念である。
「んで、今日はどうするよ?」
軽い口調で祐一が話しかける。
昨日の襲撃が大成功だったせいか、表情もいつもよりやや緩い。
「何処にするの、晃也?」
そう問うお嬢も、嬉しそうな表情だった。
「…今日は…、美坂あたりだな。 周りの人民の数、美坂の実力、ともに申し分ないだろう。」
答える晃也だけは、何の感情も表情に表さない。
いや、表すことが出来ない。
戦争の面影。
強くなる為の代償。
誰よりも強くなった晃也は、誰よりも多く対価を支払ってきた。
昔のように感情を出す事は無い。
ただ淡々と、機械の様に言葉を紡ぐだけ。
その真実は、2人には理解らない。
「…とりあえず、昼は学園だ。 下手に休むと疑われる可能性が高くなる。」
「おっけ。 と言っても、俺は寝てるだけだけどな。」
苦笑いを浮かべながら言う祐一。
「りょーかい。 ボクは今日だけは起きてよっかなぁ〜。」
そして、なぜか嬉しそうに言うお嬢。
戦闘モードとは全く違う、年相応の笑顔を浮かべて。
その光景を見ても、晃也の表情は変わらない。
いつもなら、微苦笑くらいはするのだが。
「…時間はまだある。 定刻までは自由だ…。」
そっけなく呟くと、晃也は自分の部屋から出て行く。
「何処行くんだ、晃也?」
「…もう一度軽く体を動かしてくる。」
バタン…
無機質な音を立てて、ドアは閉まった。
残された祐一とお嬢は、静かになっている。
「…なぁ、お嬢。 晃也、何かあったのか?」
明らかに様子のおかしい晃也を見たせいで。
表情は、いつもどおり『無』そのもの。
だが、晃也の纏っている雰囲気が、いつもとは全く違っていた。
それは、間違いなく『負』の感情。
「うん…。 ボクも詳しくは聞いてないけど、晃也、昨日すごく嫌な事を言われたんだって…。
言葉とかは教えてもらってないけど、とても悲しそうだった。 表情は変わらなかったけど、
そう感じたんだよ…。」
先程までの明るい表情が一変し、沈んだ表情で語るお嬢。
自分が言われたわけではない。
自分が嫌な思いをしたわけでもない。
その筈なのに、お嬢の表情は当事者の晃也よりも−表情に出ている分、そう見えるだけかも
しれないが−痛々しく見えた。
それは、お嬢に限った事ではない。
祐一もまた、いつもの軽い雰囲気を潜めて、重たげな表情をしていた。
残された、たった3人の『亜族』。
残された、たった3人だけの同朋(なかま)。
言葉で記すと、ただそれだけ。
その言葉にこめられた重さも、感じる事は無いだろう。
だが、当事者である3人は、本当に重くそれを受け止めている。
その最も顕著な例が、今の光景だった。
たった3人しか残されていないからこそ、出来上がった強い絆。
…強すぎる絆。
仲間が悲しめば自分も悲しみ、喜べば自分も喜ぶ。
仲間が恨んでいるのならば、自分たちにとってもそれは恨む対象。
感情の共有と言えば、非常に格好良く聞こえる事だろう。
ただ、本人たち以外にとってはそれはどう映るのだろうか。
部屋に残された祐一とお嬢は、それから一言も言葉を発する事無く、ただ時間が流れるのを
待っていた。
「これは、何が起こったんだ?」
祐一が驚きの声を上げる。
それもその筈、自分達が今から−仕方なくとは言え−時間を過ごす場所である学園が、明らかに
変貌しているのだから。
外見が変わったと言う意味ではない。
ただ、様子が全く違っている。
まず、校門の目前にいる祐一たちに向けて殺気が向けられている。
学園生は勿論、教師や、他の手だれていそうな連中まで。
誰一人の例外も無く。
「…ヘマをしたか。 俺たちの正体に気付いたようだな…。」
そう言って学園のある一点に眼を向ける。
そこには、昨日死んだ筈の倉田佐祐理がいた。
晃也は佐祐理に、凍てつく様な視線をぶつける。
遠距離だと言うのに、そのあまりの重圧に佐祐理は視線をそらす。
晃也は、無言のまま殺気の渦の中心へ歩き出す。
徒手空拳のまま、小太刀を抜く事無く校門へと歩いていく。
「待って、いくら晃也でもこれだけの人数相手じゃ…。」
泣きそうな表情(カオ)で、泣きそうな声で、お嬢が制止の言葉を掛ける。
聡い少女は気付いていた。
目の前の大切な仲間が、自分たちを守るために、圧倒的な量を前にしても、
たった1人で戦う事を決意してしまった事を。
祐一はその光景を、晃也の背中を、過去とダブらせていた。
…あの人も強かった。
だが、自分たちを守るために、数に立ち向かい、数に屈した。
…それは思い出したくない、でも忘れるわけにはいかない、大切な人を失くした記憶。
黒い剣士が、自分たちを守ってくれたあの光景。
だから、繰り返させるわけにはいかなかった。
「待て、晃也! お前…、1人で行くつもりか!?」
激昂した様子で、晃也に掴みかかる祐一。
外から見れば仲間割れにしか見えないだろう。
だが、その光景を見ても、学園内の人間は動かなかった。
なぜなら、学園内にはすでに戦いの準備が施されているから。
わざわざ自分から優位な場所を放棄するわけにはいかない。
それは予測済みなのか、周りを気にせずに祐一は全力で止めようとする。
「…ああ。 奴らの…、人間の全てを奪い尽くす…。」
だが、晃也は祐一やお嬢の制止を受け入れない。
ただ、祐一たちでさえ恐れるような、威圧されるような、凍えつくような殺気を放ちながら学園を
凝視していた。
「…お前達は来るな。 此処は、俺の『固有結界(せかい)』で殺し尽くす。」
そう言って祐一の腕を振り払うと、自らの意思で死地へと歩き出した。
晃也が校門に到達する。
その瞬間、前方から大量の魔術弾が襲ってきた。
それは一撃一撃が強力なのは見てわかるほど、巨大なものだった。
だが、晃也は慌てる事無く
「『Refusal World(全てを拒絶する自己の世界)』…!」
自分の持っている魔術を発動させた。
…晃也の前方の空間が、瞬く間に歪み始める。
それは、遠目から見ても判るほどの歪み。
いや、現実を侵食していると言ったほうが近いかもしれない。
大量の魔術弾たちは、その歪みの前に、飲み込まれ、弾かれ、消滅させられる。
晃也は、目前の光景から一瞬眼を離し、祐一とお嬢の方を見る。
そして、微笑った。
それは1秒にも満たない僅かな時間。
晃也はそれで満足した。
…後は、前に突き進むだけ。
「It eliminates with murderous intention.
殺意を以って排除する 」
自らの心の世界を映す『剣の世界(こゆうけっかい)』の詠唱をはじめる。
それは、過去より紡がれた剣の唄…。
「Since all it was not able to protect.
護れなかった全ての為に
Since all it has lost.
失ってしまった全ての為に
The easy heart pokes and moves self asan impulse.
砕けた心は衝動として自身を突き動かす
People are killd, an evil spirit is killed and allare killed.
人を殺し、魔を殺し、全てを殺す
To the revenge to those who took sake,
奪った者への復讐の為に
To the requiem to those who were taken sake.
奪われた者への鎮魂の為に
Therefore,it eliminates with murderous intention.
故に、殺意を以って排除する
Just it took an oath on the young day.
それこそが、幼き日に誓った
−an eternal regret−
永遠の慟哭 」
静かな声で紡がれた唄は、学園全体を包み込んでいく。
晃也と学園内に居た人間は、『固有結界』の世界に入った。
…そこに、祐一とお嬢の姿は無い。
大切な人は存在せず、目の前には憎むべき人間が大量に。
晃也は、眼を閉じている。
開いて憎しみに身を落とす前に、大切な仲間の事を思い浮かべる。
そこに浮かんだ2人に、過去に失った人たちに、少しの笑みを見せた。
…もう迷いは無い。
数に負けた仲間、その仇を討つ為に走り出した幼い日々。
そして奇しくも今、晃也は同じ状況にいる。
「…さぁ、お互いの命を賭した戦いの始まりだ…!」
呟くように言うと、小太刀を抜き、数限りない人間たちの元へ突っ込んだ。
「あき…や…。」
現実の世界に残されたお嬢が、呆然と呟く。
膝は力なく地面に。
まだ、自分の眼に映っている光景が信じられない。
あれほど浴びせられていた殺気は、完全に消えた。
そして、大切な仲間が1人消えた。
…目から、一筋の光が流れた。
「ち…ちくしょぉぉぉっっ!!」
ガァン!!!
目の前にある壁を、思い切り殴る祐一。
壁はその衝撃に耐えるはずもなく、粉々に砕けた。
祐一の拳から、血が流れ出る。
痛みが、今の現実を否応無しに教えてくれた。
『何をどうしても、晃也はいない』…そんな悲惨な現実を。
まだ死ぬと決まったわけではない。
実際、晃也は死を覚悟してはいたが、命を捨てるつもりは無かった。
だが、残された祐一たちに晃也の気持ちがわかるはずもなく。
過去に酷似した風景と重ねる事しか出来なかった。
「お嬢…、晃也の『世界』に行く事は出来ないか…?」
藁にもすがる様な思いで、お嬢に尋ねる。
今の祐一の顔は、それほどに頼りなく映っていた。
「ボクには出来ないよ…。 晃也の『世界』は、特殊すぎるもん…。 ボクの能力は剣に
特化していないから…。」
祐一よりも情けない表情をして、お嬢が呟く。
その目からは、まだ涙が流れている。
祐一は俯いた。
「頼む…、死なないでくれ、晃也…。」
祐一は祈るような気持ちで、虚空に向かって呟いた。