第6話 「襲撃 中編」















































祐一が一弥の部屋に辿り着いた時、晃也も時を同じくして倉田厳治の部屋の前に立っていた。

「…ここか。」

魔力が他の部屋よりも桁違いに濃縮している。

倉田厳治は剣士としても魔術師としても割と有名だから間違いない。

此処まではっきり感じさせるのだから、罠かとも晃也は考えたが、

「…関係ない、何が来ても叩き潰すのみ…。」

その信念のもと、堂々と部屋の扉を開けた。

…そこは、異世界の様だった。

何も無いのだ、不自然なほどに。

部屋であるはずの空間に物が無く、壁すらも無い。

後ろを向けば、恐らく今まであったはずの扉も消えている事だろう。

「…固有結界(こゆうけっかい)か…。」

ぼそりと、晃也は固い声で呟いた。

『固有結界』、それは魔術師の最終到達点とも呼ばれる魔術。

今現在とは異なる世界を作り出す、奇跡のような魔術。

それを、倉田厳治は作り上げていた。

「ふん…、侵入者はただの小僧か。 私が此処までする必要も無かったかもしれぬな。」

突如、晃也の後方から聞こえてくる声。

それは余裕を持った声色。

対する晃也は、完全に無言。

そして、相手の『固有結界』に入っていると言うのに、表情すら変えることは無かった。

晃也の心中が、これくらいで揺るぐはずも無い。

こんなモノ、あの地獄に比べれば、ただの子供だましと変わらない。

振り向いて初めて厳治の姿を見たとき、それは一変した。

表情に乏しいはずの晃也が、明らかに『怒』の感情を前面に押し出していた。

「…倉田厳治、お前を、殺す…。 お前だけは…!!」

徒手空拳のままの両手からは、血が滴り落ちている。

自分の掌を傷付けるほどに、晃也は厳治に怒気を向けていた。

「心地良い殺気だ。 あの時の『亜族』の小僧が、これ程になっているとは、正直思いも

しなかったがな。」

そう言って厳治は口元を歪める。

やはり倉田厳治と言う男も、『亜族』を殺した事を何も悔いてはいない。

「…お前が、1人目だ。 喜べ、貴様は、完膚なきまでに叩き潰してやる…。」

晃也はそれだけ言うと、ゆっくりと小太刀を抜いた。

透き通るような銀の刃を持つ『雪虎(ゆきとら)』と『銀牙(ぎんが)』。

その刃でさえも、怒りの気を放っているような、そんな感じを持っていた。

「この私の世界で、どこまで強気でいられるかな?」

厳治もそう言うと、背にかけてある剣を抜いた。

一弥と同じ−いや、一弥が真似たと言うべきか−洋刀のツーハンドソード。 

その剣もまた、本物の輝きを纏っていた。

もう、2人の間に言葉は無い。

後はただ、殺し合いの合図が始まるのを待つのみ。

静寂の時間。

それは時間に直すとたった10秒だった。

だが、2人にとってはそれが遥かに永(なが)く感じられただろう。

動いたのは、同時。

ギィン!!

金属の弾けあう音と共に散る火花。

2人は止まらない。

無呼吸のまま、何十合と撃ち続ける。

ギィン! ガッ! キィン! ガギィッ!

僅か眼前数cmの中で行われる死の剣舞。

お互いに見えているのは、眼前の敵のみ。

2人だけの、純然たる殺し合い。

そのはずなのに、晃也は厳治の剣を避けるには大き過ぎるほどの距離をとった。

その1秒後、晃也の立っていた位置に魔力の塊が飛んできていた。

…大きな、クレーターが出来あがるほどの。

「私が描いた心の世界。 そんなに簡単だとは思わない方が良い。 どれだけ強いのかは知らんが、

この世界にいる限りお前に勝ち目は、無い。」

言いたい事だけ言い終わると、すぐさま晃也に向かって切りかかる。

ブゥン! ビュッ!

風を切り裂く音が、何処までも遠くまで響く。

当たれば間違いなく即死になるであろう剣戟を避けつつ、死角から襲ってくる魔力弾を避けている

晃也は、やはり流石だった。

ただし、それでも劣勢なのは否めない。

それなのに、晃也は微笑った。

もはや、自分が勝つ事を確信していることが一目で理解るほどの自信を漲らせて。

その理由は、厳治の一言。

『どれだけ強いのかは知らん』

―――――それは死を前にして戦う者にとって、絶対に口にしてはならない言葉。

―――――敵の実力を測りかねていると、自ら教えている考えられないほどの愚考。

「…それで、勝ったつもりとはやはり人間は愚かだな…。」

蔑む様な口調。

いや、晃也は実際蔑んでいた。

目の前で勝利を確信していた、倉田厳治を。

「強がりを言う…。 この状況で、どうお前が勝つというのだ?」

「お前の『固有結界(こゆうけっかい)』を、俺が塗りつぶしてやる。 俺の世界は、おれたち

以外には…『亜族(なかま)』以外には容赦は無い…! …『Patels Wall(花弁の城壁)』…!」

それだけ言って、晃也は目の前に自分を包み込むような大きな花弁の盾を作った。

そして『銀牙(ぎんが)』と『雪虎(ゆきとら)』を鞘に戻すと、ゆっくりと詠唱を始めた。

…それは、全てを失った晃也の紡ぐ剣の唄…。

「It eliminates with murderous intention.
 殺意を以って排除する

 Since all it was not able to protect.
 護れなかった全ての為に

 Since all it has lost.
 失ってしまった全ての為に

 The easy heart pokes and moves self asan impulse.
 砕けた心は衝動として自身を突き動かす

 People are killd, an evil spirit is killed and allare killed.
 人を殺し、魔を殺し、全てを殺す

 To the revenge to those who took sake,
 奪った者への復讐の為に
 
 To the requiem to those who were taken sake.
 奪われた者への鎮魂の為に

 Therefore,it eliminates with murderous intention.
 故に、殺意を以って排除する

 Just it took an oath on the young day.
 それこそが、幼き日に誓った

 −an eternal regret−
 −永遠の慟哭−                           」

 
厳治は晃也が詠唱を唱えている間、魔術を放ち、剣を振るって晃也を殺そうとしていたが、

その度に、晃也の盾に阻まれていた。

それもその筈、この盾はお嬢特製の最強の防御魔術。

大分前に教わったと言うのに、完成したのはごく最近。

それほどまでに習得困難だった分、効果は絶大だった。

そして、出来上がった世界は、剣の丘。

ただ無機質で、命の鼓動さえ感じない剣だけの世界。

その世界は厳治の固有結界を飲み込み、更に寂寥感を増していく。

そんな場所に2人は立っていた。

「…まさか、貴様も『固有結界(こゆうけっかい)』が使えるとはな…。」

「…ふん、そう驚く事は無いだろう? お前と違って俺の世界は出来損ないだ。俺の力は剣に

しか特化していない故にお前のような多種の魔術を放つ事は出来ない。 ただ剣だけがある、

無機質な領域だ。 だが…。」

晃也がゆっくりと右腕を上げる。

その行動に呼応しているのか、無限の剣たちも宙に浮かび上がる。

―――――それは、死刑執行前の前奏。

「歪ゆえに、一つの物事に対して何処までも強くなれる。 この世界は敵対する者全てを滅ぼす為に、

存在している…!」

パチン…!!

晃也が指をならす。

その瞬間、中空にあった剣の全てが厳治に向かって行った。

それは、絶望的な速度。

それは、絶望的な数。

それは、絶望的な質。

厳治は、防御の魔術を唱える事さえ出来ずに―いや急ごしらえの魔術では結果は同じだろうが―、

ザンッ! グシャッ! ドスッ! グシュッ!・・・・・!!!!!!

「があああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

全ての剣を、その体に突き刺していた。

その姿は、最早人間と呼ぶ事は出来ない様な姿だった。

顔面と心臓を除いて、至る所に剣が突き刺さっている。

「ガハッ…、ギッ…!!」

痛みのあまり、声にならない声を上げる厳治。

だが、まだ死んでいない。

普通の人間ならまず間違いなく即死だが、厳治は魔術師でもあるが故に痛みに耐性を持っていた。

死に瀕する事の多い、魔術師は皆痛みには耐性を持っている。

それが、今の状況では災いでしかない。

死にたくても、死ねないのだから。

発狂死しそうな痛みの中、眼に見えるのは薄ぼんやりとした晃也の姿。

喉もやられたのか、もう声も出ない。

そんな虫の息の厳治に向かって、晃也はゆっくりと歩を進める。

厳治の目の前に立つ。

もう、厳治は人間の機能を殆ど失っている。

後残っているのは痛覚を含めた少しの機能だけだろうか。

それを知った上で、晃也は傍にある剣を引き抜いた。

「…お前が殺した、俺たちの大切な人達の恨み…、その報いを受けるといい…。」

そして、躊躇い無く、厳治の左目に突き刺した。

ズシャッ!!

「…………!!!」

声は出ない。

ただ体が反応して痛みを訴えかけてくる。

まだ制裁は終わらない。

次は右目。

グシャッ!!

次は口、次は鼻、次は右耳、左耳…。

顔面の至る所を刺し尽くし、全身を刺し尽くし、

「…自身の弱さを嘆きながら、此処で、死ね…。」

止めの一撃を、心臓に突き刺した。

一度びくりと厳治は体を震わせ、そのまま動かなくなった。

人間の体の何処にこれだけの血液があるのか、大量の血液が晃也の体に付着していた。

血にまみれた黒のコートからは、いつもの気品は感じられない。

が、晃也はそれを気にした様子も無い。

ただ、無表情のまま虚空を見あげる。

『剣(みずからのこころ)の世界』が徐々に薄れ、完全にもとの厳治の部屋に戻る。

まだ晃也は虚空を見あげていた。

そして、無表情のまま、一筋の涙を流した。

『恭也さん、さくらさん、なのは、皆…、やっと1人目だ…。』

そう、声にする事無く呟いて。

その眼からは、一筋の光が見えた。









































血にまみれた体のまま、晃也は厳治の部屋を後にする。

それは祐一が一弥の部屋を出たのと時を同じくしての事だった。

その時、不意に耳には言ってきた声。

それは聞き慣れている少女の声だった。

『祐一、晃也、聞こえてる?』

「…ああ。」

お嬢に聞こえないのは判っていて、律儀に答える晃也。

『お仕事終わったら、倉田佐祐理の部屋に来て。 面白い物見せてあげる!』

嬉しそうにはしゃぐ声。

それを聞くだけで、なぜか自分も楽しい気持ちになれる。

本当に晃也にとってお嬢の声は不思議だった。

「…了解した。」

そう呟くと、晃也はお嬢の待つ倉田佐祐理の部屋に向かって走り出した。

…銀色の髪と、鮮血の紅が見事な美しさを奏でていた。

それは、幻想的な姿だった。

本人以外が見れば、きっと誰もが放心するような美しい光景を見せながら、

晃也は無心で走り続けた。

―――――今は、仲間と呼べる存在の元へと。