第4話 「祐一VS晃也」


































文句なしの合格を言い渡された祐一たち3人は、さっそく学園の授業を受けていた。

この学園はE〜Aクラスに分かれており、行われる授業の種類は大まかには二つに別れている。

知識の為の授業と、訓練の為の実践の二つだ。

この学園では知識の授業を午前に、実践の授業を午後に行っている。

Cクラスから下(Cも含む)は午前午後が逆になっている。

BやAクラスの連中の邪魔をしないためである。

知識の授業は、薬学や気象学、旅をする人間になるであろう学園生にそう言った事を教え、

他には魔術学や魔族と人間の歴史−勿論、ここでも一切『亜族』の事は語られていない−なども教えている。

実践は、個人の自由鍛錬の時間と相違ない。

特に実力が認められている者に関しては、何をしても別に構わないのだ。

剣技に優れる川澄舞や北川潤などは、戦場で絶対に必要になるだろう集中力を鍛える為の瞑想の

時間とし、優れた槍兵である美坂香里は、さらに素早く攻撃が出来るようにと重りを付けての

走り込みを中心に訓練を、魔術師である水瀬名雪や倉田佐祐理は、自身の知識を深める為、そして

魔術を作り出す為に過去の文献を読んだり、魔術の訓練をしたり、といった風な具合だ。

もっとも実力が認められていない者たちは、教官が作成した訓練メニューを元に、鍛錬するのが、

学園の基本となっている。

今は午前。

−祐一や晃也、お嬢は旅をしている間に勝手に覚えてしまった−気象学の退屈な授業の最中だった。

勿論、最初から授業を受けるつもりが無かった3人は、それぞれに好き勝手な事をしていた。

祐一は爆睡し、晃也はひたすら外の風景を見続け、お嬢は幸せそうな顔をして−机に涎を垂らしな

がら−眠っていた。

それを気にした様子も無く、授業は続いていった。












































「よし、ようやく鍛錬の時間だな。」

寝すぎて体が固まったのか、首やら肩やらを動かしながら祐一。

「…そうだな。」

「うー、よく寝た。 でも、机がベタベタになっちゃったよー。」

激しく嫌そうな顔をしてお嬢がうなだれる。

お嬢はこのメンバーの中で、一番感情表現が豊かなのだ。

祐一はともかく、晃也にはそれが時に羨ましくも見える。

「…後で俺も手伝ってやる。 だから、気にするな。」

ため息を吐きながら、晃也が言う。

「ありがとー、晃也ー!」

お嬢はそう言って晃也の首にまとわりつく。

お嬢は、こういった愛情表現が非常に直接的だった。

精神年齢が、いまいち高くなっていないらしい。

もっとも、それ以外にも理由がある事を2人は理解していないが。

「…判ったから放せ。 で、どうする?」

まとわりつくお嬢をはがし、祐一に眼を向ける。

「そうだな…、俺と晃也は剣士タイプだから一緒に訓練するとして、お嬢はどうする?」

「え、ボク? ボクは、祐一と晃也を見てるよ。 あなたたちは見ていても飽きない戦いをして

くれるから。」

にっこりと笑って言うお嬢。

…言っている事は限りなく物騒なのだが。

「んじゃ、早速始めるか!」

「祐一、やる気だねー。 何でそんなに張り切ってるの?」

「いや…、そろそろ晃也に1勝したいんだよ。 何回負けたか何てもう覚えてないからな。

 次からは勝った数を数えていく事にする。」

「へぇー、頑張ってね。 壁はすっごく高いと思うけど。」

お嬢の励ましているのか、貶めているのか判らない様な発言。

これで悪意は全く無いのだから始末に終えない。

「…無駄話はそこまでだ。 祐一、来い。」

晃也が冷たい声で言い、小太刀に手をかける。

すると、今までふざけた様な表情をしていた祐一も、一瞬で真剣な表情になる。

ここからは、実戦。

一瞬でも気を抜けば殺られる世界なのだ。

お嬢は既に巻き添えを喰わない程度に離れた場所にいる。

…両者共に動かない。

実力がある程度拮抗している場合、下手に動く事が命取りになる事を2人は知っているからだ。

晃也は祐一に関しては最大限の注意を払っていた。

潜在能力に関しては、祐一は自分を上回っているから。

覚醒したときの祐一を想定しながら、今の祐一と戦っているのだ。

祐一は晃也の実力を完全に把握している。

油断も隙も何処にも無い晃也を前に、無闇に動く事が出来なかった。

不意に2人の目の前を木の葉が落ちていく。

ゆらゆらと揺れながら落ちていく木の葉。

それが地面に落ちきった。

ギィン!!

その瞬間、2人の体が掻き消え、戦いは始まった。

「はぁぁぁぁぁっっ!!」

全身の筋肉をフルに使いながらの、祐一の打ち下ろし。

『神速(しんそく)』の状態で撃っている事は、もはや言うまでも無い。

その攻撃を、晃也は片手で受けきる。

いや、受けきるのではなく、渾身の力を持って弾き返す。

筋力に関しては、2人の差は殆ど無い。

当然、打ち下ろしの反動を使っている祐一の剣の方が、攻撃の質は重くなる。

そんな事は、晃也は理解している。

空いた方の左手で、祐一の頚動脈目掛けて攻撃を繰り出す。

ビュンッ!

凄まじい風切り音。

祐一も咄嗟に反応し、その攻撃をやり過ごす。

もし反応が少しでも遅れていれば、祐一の首は間違いなく吹っ飛んでいただろう。

これが祐一たちの仲間同士の実戦訓練である。

一般人は勿論、学園の生徒たちでもこれほどの訓練をしている者など間違いなくいない。

こんな死に直面した訓練を、祐一たちは10年も続けてきた。

本当に死にかけた事もあった。

お嬢の魔力や、晃也の適切な処置が無ければ、今此処で祐一は剣を振る事など出来なかっただろう。

そのおかげで、恭也たち大事な人たちが死んだ事から立ち直れた。

嘆いてばかり、悔やんでばかりだった弱い祐一は完全に消えた。

その事に、祐一は感謝していた。

だから、早く勝って、勝つ事で感謝の意を見せたかった。

「…遅い…!」

晃也が避けたばかりの祐一に連続攻撃を仕掛ける。

前後左右、一糸乱れぬ攻撃が、祐一の首を落とそうと襲い掛かってくる。

ヒュッ! ギィン! ガッ! ビュッ!

その攻撃を冷静に受け流す祐一。

避け、受け流し、攻撃の軌道を読んでいた。

晃也を倒すには、チャンスは一度きり。

その隙が出来るのを、今は耐えるしかない。

「くっ…、せぇぇぇっ!!」

裂帛の気合を持って、晃也の小太刀を弾き返す。

再び2人の間に刀の間合いには、やや広い程度の間合いが出来る。

次はどちらも躊躇する事は無く、

「あああぁぁぁぁっっ!!!」

「…はぁぁぁっ!!」

ガギィッ!!!

日本刀と小太刀がぶつかり合う。

閃光の様な火花が右で光、それを確認できたと思ったら即座に左で光る。

『神速(しんそく)』の、モノクロの世界で2人は戦い続ける。

お嬢はその戦いを脇から楽しそうに見ていた。

自分が本気を出しても絶対勝てない相手と、なかなか勝てない相手が戦っているのだ。

面白くないはずが無い。

もっとも、本気の魔術を出せば勝てる確率は上がるが、当たった時点で相手が消滅してしまうので、

本気の魔術を使えないのが主な敗因だが。

「右、あ、つぎ左…、ああー2人とも前よりも速いよー。」

ギィン! キィン! ガッ! ギィン!

モノクロの世界で戦い続けて、早5分。

『神速(しんそく)』の状態のまま、実に5分間も戦い続けたのだ。

それも、途中からは『神速(しんそく)』2段階目に移行していたのだから。

当然、2人の体への負担が一気に大きくなる。

『これで決めないと…、負けか…。』

『…次の攻撃で、断ち切る…。』

2人は揃って一瞬目線を鋭くさせると、また同時に動いた。

『神速(しんそく)』の3段階目の世界に。

周りの景色だけを置き去りにして、自分だけが普通に全力疾走している、

そんな違和感を感じながら、目の前の相手と戦い続ける。

「…『牙突(がとつ)』!!!」

「…『薙旋(なぎつむじ)』!!」

2人の得意技が交差し、

「がはっ…!」

祐一が膝をついた。

祐一の体には、くっきりと4つの刀傷が出来ていた。

勿論、どくどくと血が流れ出ている。

立ったままの晃也はと言うと、

「……。」

無言のまま、祐一を見下ろしていた。

頬に、一筋の刀傷をつけながら。

それを自分の服の袖で軽く拭うと、

「…お嬢、手伝ってくれ。」

「うん、任せてよ。」

お嬢と一緒に祐一の治療を始めた。










































「ってぇ…。 晃也、お願いだからもう少し手加減してくれ…。」

回復してもらった傷跡を擦りながら祐一が恨みがましそうに言う。

ちなみに治癒魔術は、外側の傷は治せるが、内側に残った疲労や痛みまでは消せない。

閑話休題…路線復帰

「…手を抜いていたら、今ごろ俺がお前の立場になっていた。 …それどころか、死んでいた

可能性すら出てくる。」

そう言って、自分の頬を指す。

「掠っていたのか…。」

「…ああ。 もうあと一歩速ければお前の勝ちだった。」

「その一歩が遠いんだよ。」

「…違いない。」

くすりと笑みをこぼす晃也。

その無防備な笑顔は、本当に年相応の少年にしか見えなかった。

「んー、二人ともお疲れさま。 祐一ぃ、また負けちゃったね。」

からかう様な声色でお嬢が言う。

事実、お嬢は祐一をからかっていたのだが。

「はぁ…、言い返す言葉がねぇよ。 くっそ、これで今日のうちに2敗目を喫したじゃねぇかよ…。」

がっくりとうなだれる祐一。

勝ちたいと思う気持ちが強い分、負けた時の落ち込みも強い。

「残念だったね。 でも、今回は掠ったんだし、次はちゃんと当てれるよ。 頑張ってね、祐一。」

「ああ、精々努力するさ。」

お嬢の心からの励ましを、苦笑いで返す。

先の見えない1勝になりそうだ、そう確信しつつ、痛む体を強引に立ち上がらせ、祐一たちはその場

を後にした。

「でも、次に当てる事が出来なかったら何だか間抜けだよね。」

「余計なプレッシャーをかけるな!」

「………。」

…楽しそうに話しながら。