第3話 「試験(後編)」

































「で、では続いて月宮晃也!」

どもりながら教官らしき人物が言う。

それもそのはず、川澄舞はこの学園内でも上位を争うほどの剣士なのだ。

教官にも勝ってしまう様なレベルの人間をあっさりと倒してしまった。

その事実に驚かずにはいられなかったのだろう。

呼ばれた晃也がゆっくりと訓練場の真ん中に立つ。

視線は鋭く、何処までも冷たい。

対魔族、対人間の時の表情だった。

本気は出さない予定の晃也だが、目の前に仇がいるとなると流石に抑えきれない、復讐の心が表に

出ているのだろう。

もっとも、殺意を表に出さないのは流石ではあるが。

「相手はAクラス美坂香里! 美坂、川澄にも言ったが手を抜くなよ。」

教官らしき人物の言葉には耳も貸さず、香里と呼ばれた少女はゆっくりと晃也に対峙した。

愚問、その眼がそう語っていた。

先ほど目の前であれだけの戦闘を見せられたのだ。

そして目の前に立つ晃也が発している威圧感。

かなりの強さを持っている事は間違いない。

このところ自分と対等に戦える者が少なかった自分としては、最高の戦いになる。

そう、香里は思っていた。

…戦いが、始まるまでは。

「時間は無制限。 では、始め!!」

先ほどの戦いとは違い、両者は戦いの合図がかかっても動かない。

晃也は小太刀を構えることさえしていない。

「どういうつもり? 死にたいの?」

香里が自分の得物、長槍を手にしたまま晃也に問う。

「…お前程度の実力では、俺に掠る事も出来ない。 無駄な話は止めて、さっさとかかってこい…。」

その問いに、晃也は何でもないようにこう答えた。

相手を見下す、冷たい視線。

そして、確信に満ちたその口調。

全てが香里を苛つかせた。

「終わった後に後悔すればいいわ…!!」

ヒュッ! ヒュン!!

香里の長槍が晃也に向かって突き出される。

通常の槍よりもかなり長めの香里の槍。

それを突き出すには相当の筋力が要るはずだが、香里はそれを何でもない様な表情のまま繰り出していた。

早さ・重さ共に申し分の無い攻撃。

…相手が晃也たちでなければ。

晃也は香里の長槍の切っ先を完全に見極め、当たらないギリギリの所で避け続ける。

この方が香里のプライドに触る事を、晃也はわかっていた。

『自分はお前より遥かに強い』

この行為は、そうアピールしているような物だ。

香里の攻撃は止まらない。

般若を思わせるようなそんな怒涛の攻撃を繰り出す。

それなのに、一撃たりとも当たらない。

いや、当たらない所の話では無い。

掠りさえしないのだ、渾身の攻撃が。

晃也の言葉どおりの展開になっていくのに、思わず舌打ちをする香里。

学園トップクラスの実力を持つ香里にとっては何よりの屈辱なのだろう。

学園の皆の前で、当たらない槍の乱舞を見せなければならないのだから。

まるで道化(ピエロ)のようだった。

当たらない事を体で感じながらも、必死で槍を繰り出す香里。

それを表情一つ変えず、避けていく晃也。

そんな光景が5分ほど続いた頃だろうか。

「…充分に楽しんだか?」

そう、晃也が言った。

狂気を含んだ微笑みを見せて。

「馬鹿に、しないでっ!! 『Flame Lance(燃え盛る刺突)!』」

晃也の言葉に激昂しながら、香里は攻撃する。

とっておきの技の内の1つ、『Flame Lance』。

槍でも届かない遠距離の敵に対応する為の技。

槍の切っ先から炎を繰り出す技で、切っ先が当たれば炎の延焼によるダメージにより、相乗効果で

ダメージは2倍以上に膨れ上がる。

晃也には切っ先が当たらない事くらい判っている。

紙一重で避けているのは余裕の現われという事も判っている。

だからこの技を使った。

切っ先の寸前にいる晃也になら、この技は有効だと思ったから。

燃え上がる香里の前方。

香里は一瞬勝利を感じた。

だが、それは幻に終わった。

無傷のまま、全く表情の変わらない晃也が炎の中から出てきたから。

「何、で…?」

「…その程度の炎では俺を殺す事は出来ない。 俺を魔術で殺したいのなら最上級魔術で攻撃でも

する事だ。 …もっとも槍兵の出来損ないのお前には、永久に不可能だろうが。」

氷の様に冷たい言葉が、香里の心を砕いていく。

今まで培ってきた全てが、粉々になっていくような感じだった。

あの瞬間に晃也は小太刀を抜く事無く、鞘だけで炎を両断したのだ。

神技なのは間違いない。

少なくとも香里は、あれほどの剣技を見た事は無かった。

「…余興にも飽きた、此処で決めさせてもらう。」

それだけ言って、晃也は此処に来て初めて小太刀を抜いた。

光が透き通るほどに磨かれた刀身が露になる。

それは、とても美しい光景だった。

晃也の体がぶれる。

『神速』−己の持つ最高段階である4段階目ではなく、2段階目だが−それでも充分に疾(はや)い。

一瞬で香里との間合いを零にすると、

「…終わりだ。」

両の小太刀が、香里の首筋−後1ミリでもずれていれば頚動脈に到達するであろう距離−に

置かれていた。

「そ、そこまで! 勝者、月宮晃也!!」

慌てて教官がその試合を止める。

自分が此処で止めなければ、試合ではなく死合いになる。

どこか確信めいた予感がしたのだった。

晃也は音も無く、祐一とお嬢の所に戻り、

「…時間の無駄だったな。 …お嬢、頑張れよ。」

お嬢の頭を軽く撫でて、晃也は腰を下ろした。

月宮晃也、祐一に続いて文句無くAクラス入り決定。

















































「では本日最後の試験だ。 月宮水夏、前へ!」

「はーい。」

気合の抜けるような声を出して、お嬢がゆっくりと訓練場の真ん中に立つ。

ちなみに公の場ではお嬢は水夏と呼ばれている。

苗字はその時のノリで決めているらしい。

どうやら今回は晃也の方を選んだようだ。

お嬢は今から戦闘が出来ると言う事にうきうきしていた。

まるっきり子供のようだった。

「相手はAクラスの水瀬名雪!」

教官に呼ばれて出てきたのは、祐一の一応の血縁となる従妹の少女だった。 

一応水瀬名雪は『Kanon』のお姫様に当たる。

国を治めている者は別にいるが、実質国を動かしているのが名雪の母であり、祐一の叔母でもある

水瀬秋子だからだ。

だが、この学園にいる時はあくまで生徒。

だからこそ、教官側も立場云々を気にする事無く名雪にも言いたい事は言えた。

お嬢は、対戦相手であるその名雪を睨む様に見ていた。

眠そうな表情だが端正な顔立ち、そしてその整ったプロポーションに

「むぅ…。」

思わずお嬢はうめく。

自分がまだ殆ど成長していない事に、少しだけコンプレックスを持っているようだった。

「時間は無制限! では始め!!」

この戦いは、魔術師同士の対決。

水瀬名雪、学園内では『氷雪の眠り姫』と言う二つ名があるほどの実力者。

一応香里や舞にも二つ名があるのだが、年中眠っていると言う、ある意味凄い特殊能力を持っている

名雪の方が格段に有名だった。

「えっと…、名雪さん? あなたは祐一の従妹さんだから、特別に先に攻撃させてあげる。 

使えるだけの魔術、撃ってきてよ。」

その名雪に、お嬢はそう言った。

明らかに自分の方が強いと言わんばかりに。

お嬢は年齢が3人の中で一番低い分、言う事も真っ直ぐな事が多かった。

「いいの?」

と、この場で確認を取る名雪も相当ずれているようだが。

「うん、あと手は抜かないでね。 と言うか、そんな事したらこの場で殺しちゃうと思うけど。」

にっこりと笑いながら言うお嬢。

普段は祐一たちを和ませるその笑みからは、圧倒的な殺意が感じられた。

そのあまりもの殺意に、名雪はおもわず魔術を詠唱し始めた。

「……『Freeze Bullet(穿つべき氷の弾丸)』!!」

氷柱状の弾丸がお嬢に向かって飛んでいく。

しかしお嬢は避けようともしない。

パァン! パァン! パキィン!

避ける必要が無かったから。

圧倒的な魔力を持っているお嬢は、その抗魔力も恐ろしいほど高かった。

抗魔力とは、いってみれば魔術の耐性である。

これが高ければ高いほど、天然のバリアとなって術者を守ってくれるのだ。

氷の弾丸たちは、お嬢の手前50cmほどの所で崩れ去っていた。

「ねぇ…、これがあなたの本気?」

謳う様に笑みを浮かべながら尋ねるお嬢。

だが、その眼は笑っていなかった。

戦いを楽しみにしていた自分の期待を裏切るなら、容赦はしない。

そんな様子の、冷たい視線だった。

「ま、まだ…。 ……『Freeze Storm(荒れ狂う氷雪の嵐)』!!」

数秒の詠唱の後、新たな魔術を繰り出す名雪。

先ほどの魔術よりも威力はやや高い魔術だ。

ランクに直すと中級魔術程度だろうか。

当然その程度の魔術がお嬢に通用するはずも無く、やはりお嬢の手前50cmほど手前で、

魔術は完全に霧散してしまった。

一歩も動かずに冷ややかな視線を名雪に向けるお嬢。

『もう、終わり?』

その眼がさらに名雪に問うていた。

その凍えるような視線に、おもわず名雪は怯える。

このままじゃ、間違いなく殺される。

編入試験云々は関係なく、殺されてしまう。

名雪の魔術師としての経験が、そう言っていた。

先ほどまでよりは大袈裟なくらいに間合いを取って名雪が詠唱を始める。

はっきり言って隙だらけだった。

お嬢たちなら殺そうと思えば1秒で殺せる。

だがそれをする事は無く、お嬢は名雪の魔術が出来上がるのを、本当に楽しそうに待っていた。

その表情は、子供が親に玩具を買ってもらうときの表情に似ていた。

長い、長い詠唱。

それは1分以上にもわたった。

これだけの長い詠唱になると言う事は、間違いなく上級魔術以上に属するだろう。

お嬢は少しだけ表情を引き締めると、真っ直ぐに名雪の方を向いた。

「…『Varous Ice(統一された全ての氷雪)』…。」

その詠唱と呼応するように、大気中からだろうか、とこからとも無く大量の氷が名雪の前に現れる。

それは一瞬の間に凍結し、種々様々な形に変化する。

それが一斉に、前後左右、四方八方からお嬢に襲い掛かってくる。

威力は全て上級魔術レベル。

さすがにそれはお嬢の抗魔力でも耐え切れるかどうかは判らない。

ようやく此処で、お嬢は魔術を使う事にした。

「ボクを守って…、『Patels Wall(花弁の城壁)』…。」

1秒足らずで出来た魔術は、お嬢を隙間無く守る城壁だった。

ギィン! ガッ! パキィンッ! ガガガッ!!

魔術と魔術がぶつかり合って、激しい音が鳴り響く。

ぶつかり合う音が始まって2分もした頃だろうか、ようやく音が収まる。

名雪にとっては間違いなく切り札の一つ。

氷雪系最強と噂されている、魔術師(メイガス)である名雪の最強の一撃。

…それすらも、お嬢の前には無力だった。

「うーん、合格点ぎりぎりってとこかなぁ? これなら祐一にはともかく、晃也には魔力対決でも

負けそうだよ?」

上目使いで名雪に言うお嬢。

見た目は完全な少女の前に何も出来なかった名雪は、呆然としていた。

「もうしゃべる気力も無い? じゃあ、終わりにしよっか。」

そう言ってお嬢は名雪の近くまでとことこ歩いていき、

「これで良い?」

腰の所に隠してあったナイフを、名雪の首筋に突きつけた。

名雪が少しでも反応していたら、当たるであろう距離に。

「そこまで! 勝者、月宮水夏!!」

教官の言葉が訓練場内に響き渡る。

その言葉と同時にお嬢は駆け出していた。

祐一と晃也のところに。

「おっと。 お疲れ、お嬢。」

まずは祐一に思いっきり抱きつく。

祐一は、某うぐぅ娘の様な対応は取らずに、慈しむ様にお嬢の髪を撫でた。

「えへへ〜、ありがと、祐一。」

祐一の頬に軽くキスをする。

充分に堪能すると、続いて晃也に飛びついた。

「…っと。 …ご苦労だったな、お嬢。」

「うん! 最後は面白かったから良かったよ。」

労いの言葉を掛け、お嬢の髪を撫でる晃也。

普段無表情の晃也だが、今は父親のような優しい眼でお嬢を撫でていた。

「えへへ、ありがと、晃也。」

そう言って祐一と同じように晃也の頬にキスをした。

お嬢、Aクラス入り2人に続いて文句無く決定。

3人がAクラス入りを決定したのを嬉しがって、またお嬢が騒ぎ出す。

祐一と晃也は苦笑いをしてお嬢の様子を見守っていた。

人間側は誰一人として知らない『人間』対『亜族』の戦いは、完膚なきまでに『亜族』側の

勝利に終わっていた。