第2話 「試験(前編)」


































A.M4:00

祐一たちの朝は非常に早い。

睡眠時間は2〜3時間が基本で、空いている時間はもっぱら訓練の時間に割かれている。

今朝も、剣士の祐一と晃也は2人で実戦を。

お嬢は文献を読みながら、新しい魔術の作成に励んでいた。

「はあぁぁぁぁっっ!!」

「…ふっ!!」

渾身の力を込めた祐一の刀が振り下ろされる。

ギィン!

それを左手の小太刀で弾く。

攻撃後の一瞬の隙を狙って、右手の小太刀が動く。

ヒュッ!

喉笛を狙った攻撃、祐一はその攻撃を紙一重で避ける。

あとコンマ1秒遅ければ喉から大量の出血をしていただろう。

薄皮がめくれ、少し血が出ていた。

「晃也! お前、殺す気か!!」

「…そのくらいの攻撃、避けてみせろ…。」

祐一の言葉をものともせず、続いての攻撃に入る晃也。

小太刀を袈裟から切り落とす。

その攻撃も何とか半歩体をずらす事によって対応する。

瞬間、晃也の体が少しよろめく。

「もらったぁ!」

祐一がその隙を見逃すはずが無い。

そのまま、晃也の背を狙って刀を振り下ろす。

「…チェックメイトだ、祐一。」

刀を振り下ろそうとした構えで、祐一は動きを止める。

いや、止められる。

祐一の首筋に晃也の小太刀が当てられていた。

よろめいた様に見せたのはフェイクだったのだ。

相手に隙を見せる事によって、相手を隙だらけにしたのだ。

もっとも、祐一や晃也レベルでないと、間違いなく殺される。

常を超えたレベルにいるからこそ出来る戦法。

祐一はこれを鍛錬のたびに見せ付けられてきた。

今までの通算成績は…250連敗してからは覚えていない。

祐一は、まだ1勝も晃也からあげてはいなかった。

「くっそ、また俺の負けかよ…。」

悔しそうに呟く祐一。

目の前で涼しげな表情をした晃也に勝てないのが悔しかった。

「…そう気落ちするな。 お前はまだ覚醒していないだけだ。 最終的には俺よりも強くなるよ、

お前は。」

…これもいつもの言葉。

晃也は常日頃から祐一のほうが強くなると言ってきたのだ。

だが、祐一はそれを信じていなかった。

幼い頃からずっと自分の上を行き、常に最善の行動をとり、どんな強敵にも負けなかった晃也と言う

人物があまりにも大きすぎて。

「…あんまり信じられないけどな。」

ふてくされた表情を見せ、祐一が呟く。

「いつか判る。 俺の言ってた事は正しかった、と。」

確信していると言った感じで晃也は言い切る。

そして抜き身のままだった小太刀を静かに鞘に戻すと、そのままその場を後にした。

「俺には…、そんな力はねぇよ…。 もしあったんなら、あの時に発動してなきゃおかしいだろ…。」

祐一は晃也の背中を見つめながら、泣きそうな表情でそう呟いた。

まだ消えない、過去の悲しい風景を見つめながら。



























「それで、今日からどうするの?」

A.M 6:50

朝食を終え、おもむろにお嬢が尋ねた。

珍しく祐一と晃也が次の日の作戦を言わなかったらだ。

「…祐一。」

今回は俺じゃない。

そう、暗にお嬢に伝える。

お嬢もその反応で気付いたようで、じっと祐一を見つめる。

「今日からは…、非常に不本意だが学園に通う。 人間の学園だがつてがあるし、俺たちは『魔気』を

隠せるからな。」

本当に不本意そうに言う祐一。

晃也は相変わらずのしかめ面、お嬢が一番驚いたようで、口をパクパクさせている。

「ちょ、ちょっと待ってよ! なんで人間なんかの学園に通わないといけないの? それ、いくら

なんでもおかしいよ!」

いい感じで激昂するお嬢。

こうなったら中々説得は難しい。

今までの経験がそう物語っていた。

「晃也…、後は頼む。」

祐一がギブアップし、晃也に手助けを求める。

晃也はこの中で誰よりも論理的思考を持っているからだ。

お嬢を説き伏せる事も−容易とは言わないが−可能だ。

「…了解。 お嬢、一度しか言わないから良く聞け。 学園に通う理由は主に3つ。 まず1つは

この国の潜伏期間。 昨日5千人ほど殺ったが、その20倍はいるこの国のホテルにとどまり続け

るのは危険だという事。 2つ目はこの国の現状を調べる事。 この学園は魔術師や剣士、その他

の兵士を育てる為の機関だ。 そこに通えばある程度の実力は判断できる。 3つ目は1つ目と重

複するが学園に通うことで他の物の目をくらませる事が出来る。 まさか学園に通っている様な年

齢の人間が大量に人を殺す事は不可能だろうと相手が勝手に決めてくれる。 誰が来ても殺すだけ

だが、安全にいける事にこしたことはないだろう。」

「う…。」

晃也はこの会話でお嬢を完全に言いくるめた。 

正論しか言わないだけに、説得力はかなり高いのだから仕方ないが。

「でも、本当に嫌いな相手に笑いかけるのって嫌だなぁ…。」

しゃがみ込んで弱音のような台詞を吐くお嬢。

仇、いや、宿敵と言っても過言では無い人間たちと肩を並べ、共に生活しなければならないのは、

拷問に近い事だ。

お嬢の気持ちも良く判る。

「まぁ、いいだろ。 これも復讐劇の1エピソードだと思えば。 そのほうが楽しいだろ?」

祐一が気楽に言う。

実際、祐一はその程度にしか思っていなかった。

復讐するのには楽な事ばかりだけじゃない。

時には耐えなければならない事もあるという事を、祐一は知っていた。

それはこの10年間も同じ事だったからだ。

「…そうだね。 祐一の言う通りかも。 うん、わかったよ。」

此処でようやくお嬢も納得する。

滅多に仲間割れなんてしない3人だが、どうしても人間や魔族が関ってくると、こうなってしまう。

大抵はこうやってすぐに終わるのだが。

「じゃあ、早速編入しに行くぞ。 なんでも実践の試験で合格すればその日から生徒になれるらし

いから。 あ、ちなみに年齢別じゃなくて実力別らしいからお嬢も俺たちと一緒になるだろうな。

あー、判っているとは思うが、ちゃんと手は抜けよ。」

「ホント!? あー、良かった。 これで少し楽しみになったよ。 それに祐一、ボクはそんなに

馬鹿な子じゃないよ。」

「それもそうか。 悪いな、お嬢。」

「…話はそこまでだ。 さっさと行くぞ。」

場を諌める様に晃也が言う。

そしてさっさと部屋を出て行った。

祐一・お嬢は苦笑を交わすと、急いで晃也の後を追った。

































「では、今から編入試験を開始する。 まずはじめは相沢祐一!」

祐一が訓練場−かなり広い、一般高校の校庭くらいはあるだろうか−の真ん中に立つ。

真ん中以外は本当に森そのもののような訓練場だ。

「相手はAクラスの川澄舞だ。 川澄、手を抜くなよ。」

「………。」

次に登場したのは1人の女性。 

女性としてはやや高めの身長に、鋭い視線、そして何も発さない無言の姿から、冷気に近いモノと

威圧感が感じられた。

人間のレベルで言うならば、間違いなく強いのだろう。

もっとも、毎日化け物のような実力を持っている相方たちと訓練している祐一にとっては、

この程度の剣気はどうと言う事は無かった。

「時間は無制限。 では、始め!!」

その言葉と同時に2人が同時に動く。

『神速』を出せば一瞬で勝負がつける事が出来るが、手を抜かないと色々面倒なので禁じ手とした。

同じタイミングでの抜刀。

奇しくも相手も祐一と同じ日本刀使いだった。

ギィン!! 

2人の刀が音を立てる。

…その音は、きっと悲鳴に近いのだろう。

衝撃で少し間合いができる。

続けさまに舞は祐一に切りかかる。

「せぇぇぇぇっ!!!」

渾身の力を込めた一撃、それを肩口に照準を定める。

祐一は降りかかってくる刀を余裕の表情で避ける。

そしてそのまま反撃に移る。

ガィン! ギィン! ガキィ!

日本刀の擦れ合う音が響き、その度に火花が散る。

本気には程遠い祐一の剣戟だったが、それでも舞にとっては脅威だった。

流れるような刀の動きの前に、防御するのが必死だった。

「…くっ!」

ギィン!

首筋を狙われた刀を何とか受ける。

しかし筋力の差が有るため、徐々に舞の首筋に刀が向かっていく。

ここで舞は勝負に出た。

両手で持っていた刀を、片手持ちにしたのだ。

「ぐっ…!」

当然力に耐え切れずに舞は吹っ飛ぶ。 

舞に伝わった衝撃は、ダメージとしてかなりの物だろうと予測される。

そんな状況で余裕に満ちているはずの祐一は、

「大した実力だな。 この状況でこんな事をするなんて。」

なぜか相手を賞賛していた。

その答えは祐一の刀が炎を上げている事だった。

あの一瞬で、舞は炎の魔術弾を放っていたのだ。

普通の人間なら、たとえ相当の実力者でも間違いなく直撃していただろう。

ただ、祐一たちは次元が違っただけだ。 

炎の弾が飛んできたその一瞬だけ本気を出し、炎を掻き切った。

ただそれだけ、非常に単純なやり方である。

実践しろと言われれば、99%の人間は出来ないだろうが。

「はい、終わり…と。 中々楽しかったぜ、川澄舞さん。」

子供のような笑顔を浮かべて、祐一は舞の目前に刀を向けた。

「しょ、勝者、相沢祐一!!」

その声と共に、訓練場が大きく沸いた。

Aクラスの−しかも相当の実力者である−川澄舞を完全に制したのだから。

といっても、本人はたいした事はしていないというような表情で、晃也とお嬢の所に戻り、

「楽勝!」

と言ってお嬢とハイタッチを交わしていた。

編入試験、相沢祐一、文句なくAクラスに合格。