―――観鈴の頑張りによって空の呪いから開放された神奈は、地上に降り立った。
だが、自分が封印されてから千年経っている事実を知り絶望した。
頼るべき柳也も、甲斐甲斐しい裏葉も、愛すべき母上も、誰も居ない。
 自らの寄る辺を失った神奈は、知らず裡に自らが封印された地へと来ていた。

其処は、山深き森の中。全てに興味を失った神奈は、誘われるように更に森の奥へと踏み入る。
そして森が開けた。
「・・・此処は?」
 其処は森の終着点。眼の前に聳え立つ断崖には小さな社。
辺りに人里など無いと言うのに、全く唐突にその御社と、それに見合った小さな祭壇が在った。
近くに寄って観ると、祭壇の後ろに隠される様に観音開きの扉が在った。
 不審に思いつつも何かに呼ばれる様に取っ手に手を掛け、重い扉を開く。
・・・其処は遥か遠い過去に人が住んで居た形跡の在る祠だった。そして何故か懐かしい匂い。
そして皿に奥へと進む。知らず、神奈の足取りは子が親を見つけた時の様に駆け出していた。

・・・たったったったったっ・・・

 程なく最奥へ到達する。そして誘うように明滅する光。其処には・・・
「こ、此れは!?」
其処に在ったのは3対の木彫りの親子像。
―――1体は、毬を持った心強き母の姿。
―――1体は、太刀を佩いた力強き父の姿。
―――1体は、小さな1対の羽を持つ、我が姿。
神奈の双眸から雫が落ちる。
「柳也どのぉ!裏葉ぁ!!うわああぁあああぁぁぁーーーーーー!!!」
 神奈は泣いた。千年の獄より解放され、絶望を突きつけられて尚泣かなかった神奈が、まるで千年分の涙を流すように、幼子のように泣いた。

 神奈は気付かなかったが、裏は像の持つ毬が、役目を終えたかの様に発していた光を消した。
ひとしきり泣き終わった神奈は、柳也像の持っている太刀が、木ではなく柳也が使っていた本物の刀である事に気付いた。
母を捜す道中散々「危ないから触るな」と言われて来た事などお構い無しに手を伸ばす神奈。その眼はどこか虚空を写していた。
「柳也どの・・・裏葉・・・・・・今側へ・・・」

―――――神奈は、自らが殺生を禁じた刀で、自らを貫こうとしていた。その手が刀に触れ・・・

ガシャーーーーン!!!

触れる直前で頑丈に結わえてあった筈の太刀の紐が解けて倒れた。その音によって覚醒する神奈。
「わらわに・・・死ぬな、と申すのか?」
刀は何も云わない。
恐る恐る柄に触れ、そして太刀を掴む。
今度は何も起きなかった。
「・・・解ったのじゃ柳也どの。おぬしの言う通り、今一度精一杯生きてみよう。だから、見護っていてくれ」
そう言って神奈は、太刀を手に自らの背に在る羽根を大きく広げ、自らの身体を包み込むように覆った。
しばしの後、輝きだす翼。光はどんどん強くなり、祠全体を満遍なく照らし、終には全くの白で埋めた。
程なく光が収まった其処には、神奈に好く似た、けれど長身の体躯を持つ美貌の女性の姿が在った。

「ふふふ。此れならば柳也どのもイチコロであろう?あの時手を出さなかった事を後悔するが良い」
そうして神奈は、己が手の内にある太刀と、今や空手の柳也像を交互に見て、
「此れは新たなる門出の祝に貰ってゆくぞ。・・・その代り、此れをわらわの替りに置いて行く。大事にするがよい」
そう言って柳也像の手に、右髪に巻いてあった響無鈴を結わえた。
「それでは行って来るぞ。・・・柳也どの。裏葉。」

 そう言って神奈は、一度も後を振り向かず、前だけを見て祠を出て行った。
残された像達の顔は、心なしか微笑っているように見えた。


From AIR
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