雪送〜send you funeral singsong〜
雪が舞う。
視界は黒と白のグラデーション。ぼんやりと輝く電燈の明かりもその色に隠れてしまっていた。
黒髪に積もった雪の残滓が頬をつたう。人が通りすがりでもしたらこの少女に声を掛けようか逡巡したかもしれない。
これではまるで泣いているようだ。頬をつたう水滴の感触を感じながら、少女はまだ知らぬ感情を思った。
付着する雪の結晶はその形を失くし白い布地へと侵食していく、その冷たさを保ったまま。寒さは既に痛みと変わっていた。
何故傘もささずにこんなところに立ち尽くしているのだろうか。そんな根本的なことを疑問に思った。
――そこに意味があるから。
応えはすぐに見つかった。それが答えなのかどうかは分からないけれど。
持っていた木の棒−項垂れるそれには白い紙が交差して束ねられたものを結び付けられていた―を強く握り締めた。
少女を包む和風の装束と相まってそれは神秘的な雰囲気さえも漂わせていた。
音もなく雪は己を有の中に存在を埋(うず)めさせていく。己の価値を知らぬまま、ただ、ただ埋もれていく。そこに意味があろうと、なかろうと。
時雨は、自分に降り積もった雪を手に取り解けていく様子を見つめていた。
雪が舞い、解けゆくまでずっと――。
しゅるるる、とタイヤが雪とその先にあるはずのアスファルトを削る音。時々ハンドルか取られ何度か転びそうになった。黒いダッフルコートに雪がまとわりつき重い。
最悪だ、と洋介は思った。まだ家は遠い。この調子だとわざわざこんな夜に赴いてやったのに文句を言われかねない。
夜の黒と雪に溶け込む白い息を吐き出しながら、洋介は自転車を用心深く走らせていた。
そんなとき、淡い自転車のライトの光が何かを捉えた。
女の子だった。道路の真ん中に傘も指さずに女の子が立ち尽くしていた。雪が降りしきる空を、何かに耐えるように見上げて。
ブレーキをかけ、しゅっという摩擦音とともに止まる。その音でも少女は洋介の存在に気づかない。そこで洋介はやっと少女の異様な出で立ちに気づいた。
巫女服・・・というのだろうか実物を見たことが断定は出来ないがそんな感じの和風の装束、そして極め付けに御祓い棒・・・のようなもの。この場所に似つかわしくないその格好だったがまるでその姿は禊でもしているのかのような神秘的な感じを醸し出していた。
見た目、洋介より2つ、3つ下ぐらいの女の子だった。顔ははっきりと見えないがそのぐらいだと何とはなしに当たりを付けた。
少しの間があった。話しかけようとも何故かそれをその横顔が拒んでるようで、張り詰める雰囲気と冷たさが洋介という存在を必要としてない気がして。
「なぁ」
それでも。このまま無視していくことはできなかった。必要ないといわれればそれでいい。このまま通り過ぎて後で気を揉むよりずっとマシだった。
「使うかい。これ」
小さな折り畳み傘を取り出して。少女に渡そうとしてみた。
少女はそれで洋介に気づき顔を向けた。酷く儚げな顔を――。
だが、それも一瞬。その後に浮かぶのは心なしかの微笑。差し出した傘をやんわりと手のひらで拒絶される。
「大丈夫です。もうそろそろ帰ろうと思ってましたから」
「そうか。でも、持っていったほうがいいと思うぞ。もう濡れてるとは思うけどこれ以上濡れていいことはないだろ」
「それより、自分の心配したほうがいいんじゃないんですか」
「いや、俺は、これだし」
ぽんと、自転車のサドルを叩き、
「傘は借りられるしな」
「そうですか。でも大丈夫です。もう終わりますから」
その言葉は果たして誰に向けたものだったか。すっ、と細められた目に感情が籠もる。まるで何かを決意したような瞳。何故、そんな目を自分に向けるのか洋介には分からなかった。
「キサラギヨウスケ」
少女の口から音が漏れる、抑揚もなく呟かれたその言葉が自分の名前だということに気づくのに少しの時間を要した。何で、俺の名前をと問う洋介の言葉を遮って――
「――――――あなたを、消します」
少女―時雨は、そう言葉を紡いだ。
「・・・・・・・・・・・・え」
抜けた声が洋介の口から漏れた。その言葉は何故か性質の悪い冗談とも思えなかった。けれど、それは現実とはほど遠い言葉だった。
「何・・・・・・言ってんだ?」
「消すといったんですよ・・・あなたを」
「消すって・・・・・・」
時雨の双眸には雑じりはない。だが、それを認めることは。
「殺すってこと・・・俺を?」
「ええ。あなたにとってはそういうことです」
こともなげに応えてみせる少女。その眼には変わらず決意が宿っていた。
「ははっっ・・・・・・何言ってんだよ、流石の俺でも君みたいな女の子に殺されたりしないよ」
冗談、と心に芽生えつつある何かを抑えるようにして笑った。うまく笑えたかは分からないけれど。
「殺せますよ」
持っていた棒で洋介の前を薙いだ。風が吹いたような気がして、次にザァッ、という何かを削る音。
「私は死神ですから」
洋介の目の前に積もった雪が取り払われて、否、削られていた。その奥に見えるアスファルトさえもが削られ無残な姿をさらしていた。
「なっ・・・・・・・・・」
「分かったでしょう。だから、大人しく消えてください」
急に現実味が襲ってきたような気がした。見ないようにしていた恐怖が湧き上がってくる。足から震えが走る。早鐘のように鳴る心臓の鼓動を押さえつけるようにして洋介は小さく問うた。
「何で、俺を殺すんだ・・・」
「・・・・・・・・・・・・意味は、ないですよ。あなたがそれを知る意味は」
一瞬、また、悲しい顔を浮かべた。そこに時雨の背負う何かを垣間見たような気がした。
痛いだろうか、と考える。死ぬことはやはりそれこそ死ぬほどの激痛を味わわなくてはならないのだろうかと。どうにも嫌だ、考えるより、心が思った。
「大丈夫です。痛みはないですよ」
心を読んだかのように時雨は応える。酷く優しく、儚げで――悲しい笑みを浮かべていた。
そうか、と考えてから、ふと、気づいた。
「・・・・・・・・・・・・っざけんなよ」
大切なのは何だ、と考える。痛みがなければ死を許容していいのか。違う。それは。
「死んでいいなんて考えるかよ・・・死神っ!!」
やり続けなきゃならないことがある。守らなきゃならない約束があった。
今もまだ―。
「そうですか」
時雨の表情から笑みは消え、何も残らなかった。
「でも、関係ないですよ。何も変わらない」
「・・・・・・・・・そうでもないさ」
笑いもせずにそう言い放って洋介は自転車をそのままに、駆けた。時雨とは逆の方向に。
水分を含んだダッフルコートと、まだ柔らかな雪に阻まれ足が重い。だが、駆けた。路地をいくつも曲がり、ただひたすらに駆けた。
心臓が脈を打つ。締め付けられるような鼓動。まるで、それは予感のように。
「くそっ・・・・・・・・・・・!」
毒づいてからゆっくりと後ろを向いた。そして、そこには――。
――何もなかった。
「ふぅっ・・・・・・・・・」
どっと全身の力が抜けた。そのまま立ち止まってしまいそうになるが、足を叱咤して、無理やりに動かさせた。
その、刹那。前に向き直るその数瞬。
「これで、終わりです」
声のしたほうを向いた。雪月に映える死神の少女の姿がそこにあった。
その眼には決意の色を湛えて。
洋介の体を一閃に裂く様に棒を薙いだ。その棒自体は洋介には届かない。けれどその棒の先端から伸びた『何か』が体を通っていったような気がした。
痛みは、なかった。あったのは軽い浮遊感。強制的に視界がブラックアウトしていく。その微かに残った視界に時雨の姿が映った。
何か言っていた。その言葉は届かない。埋もれゆく彼には届かない。
また、あの顔をしていた。儚い、悲しみの顔を。今にも泣いてしまいそうな、その顔を。
――あぁ、くそっ・・・・・・そんな顔していたら恨めないじゃないか・・・・・・
薄れゆく世界と景色。哀れな死神の少女を遠くに見ながら。
「遙・・・・・・ごめんな、約束破っちまった・・・」
その言葉は舞い。解けていった。
ただ、時雨は立ち尽くしていた。もう洋介はここにはない。残滓が残るだけだ。
まだ、嫌な感触が手に残っていた。物理的でない「存在」というものの引き裂いた瞬間の感触が。
いつまで続ければいいのだろう。そこに意味はあるのだろうか。
答えはない。応えすらなかった。
そのまま蹲りそうになり、必死で支えを探す。記憶の底に僅かに残る兄との記憶を呼び覚まして。
「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・何処に、いるの・・・・・・」
呟くその声は無力な少女のそれでしかなかった。
空を見上げる時雨に雪は積もる。涙は出なかった。代わりに水滴が頬を伝った。
雪は積もりゆく。その先に埋め行く。己を。意味を知らぬままに。ただ――。
Fin〜
あとがき
・・・・・・・・・・・・・・・えと。やってしまいました、御免なさい。風見です
いやぁ、話が唐突の割にすぐ終わるという二重苦。ははは
この作品に出ました、時雨という死神の少女は『影牢ノ月』(見切り発車→未完)という風見のオリジナル小説に出てきており・・・というかこの小説自体が『影牢ノ月』のプロローグ・時雨ばーじょんという感じになっておりますです
・・・・・・ですので意味もあんまなくバシバシ伏線張ってますが気にしないでやってください(汗
時間があったり、神無月くんがgoサインを出してくれたりといろいろ僥倖が重なれば、本編や他の作品を載せられるかもしれません。
拙い作品でしたがお付き合い頂き有難うございました。それでは、風見でした