朝。

鳥の囀りが心地良い天然の目覚まし。

太陽は燦々と大地を照らし、緑に輝きをもたらす。

少し開けられた窓の隙間からは、涼しい風が入ってくる。

その誰も微睡みに任せてしまいたくなる部屋の中。

少女は、少なくとも家族の誰よりも早く目を覚ました。

「鍛錬……」

うわごとのように呟き、身支度を始める。

手に取ったのはクローゼットの中に掛けられている制服ではなく。

箪笥の中に入っている洋服……。

少女の部屋に似つかわしくない無骨な時計が表示しているのは。

「4時、か。ちょっと遅くなったかな」

早朝4時。

少女は姉というべき人に課せられたことをするべく、家を出た。



少女──青山林檎の一日はこうして始まる……。





集まれ!キー学園 特別編「青山林檎のある一日」





──5時。

1時間という短い時間に数十項目とある訓練内容をいつもどおりに消化した林檎。

すぐに汗の染み込んだ衣類を脱ぎ、洗濯機の中へ入れて、スイッチを押す。

洗濯機が動いたことを確認してから、浴室へと入る。

朝は林檎にとっては一番忙しい時間帯である。

12分弱……カラスの行水とまではいかないものの、女性としては早く上がる部類になるだろう。

──6時。

林檎は家族の朝食を作り始めた。

この時間帯にようやく両親が起きてくる。

「「おはよ……」」

「おはよう。母さん、父さん」

返事をしつつ、目の前の作業に没頭する娘を見ながら、両親はテレビを付ける。

一通り作り終えると母親に任せ、一番厄介な仕事をやることになる。

「はぁ」

溜息一つ吐く。

2階に上がり、自分の部屋よりも奥にひっそりとある扉の前に立つ。

そして──。

「起きろ、馬鹿兄っっ!!」


ドンッ!


林檎は扉を渾身の力で蹴った。

渾身といっても、扉が壊れないよう加減はされている。

恐らく近所にも響いただろうその音を聞いても、扉の向こうからは物音一つしなかった。

「……………………」


ガチャ


林檎は何食わぬ顔で自分が蹴った扉を開き、窓際のベッドの傍に寄った。

カーテンが閉まっていたので、開ける。

すると太陽の光がベッドの上で寝ている青年の顔にちょうど当たるのだが……。

「ん……」

寝返りを打たれ、意味がなくなってしまう。

朝忙しい林檎にとって、この青年に時間を取られるのは非常に痛い。

なので。

「起きろ!!」


ドッ!


青年の鳩尾に綺麗に吸い込まれていく林檎の拳。

妙に鈍い音が部屋に響いた。

青年は苦しそうな、それでいて嬉しそうな顔をして。

「お、おはよ……林檎……」

ベッドの上で(違う意味で)深い眠りに入ってしまった。

「おはよう龍兄。早くしないと朝食抜き」

そう言って林檎は青年──龍也の部屋を出た。

残された龍也は林檎に殴られた場所を擦りながら、いそいそと着替え始めた。

──7時

朝食を食べ終え、片付けを終わらせるといい具合に登校する時間になる。

林檎は既に準備を済ませ、家を出るだけの格好をしてリビングで寛いでいた。


ピンポーン


すると誰かの訪問を告げる電子音が聞こえた。

それを聞いて林檎は玄関へと向かう。


ガチャ


「おはようございます」

「おはよっ!」

玄関のドアを開けたそこには2人の少女がいた。

1人はお淑やかという雰囲気を纏った少女。

1人は全身で騒がしさを表現する少女。

「おはよ。水琴、杏」

林檎に柔らかく微笑みかける、水色の長い髪を先端付近で束ねている少女が水琴。

その水琴の後ろで溌剌とした笑みを浮かべている、橙色のショートヘアーの少女が杏。

彼女達も、林檎とクラスは違えどキー学園に通っている生徒だ。

ちなみに龍也もキー学園の生徒である。

「さて行こう! さあ行こう!」

「行きましょうか、林檎さん」

「だね。行ってきます」

玄関を出ると、人がちらほら歩いている。

林檎たちもその中に混ざって、キー学園へと歩き出す。

黙々と歩く3人。

「そういえばさ」

その雰囲気に耐え切れなくなった杏が声を出した。

「林檎のクラス。問題児ばっかりなんだよね?」

妙に興味津々そうに聞く杏。

「キー学園自体、問題児ばかりじゃない」

けれど林檎は冷静に事実を述べる。

今年は、たまたま目立つ人物が一箇所のクラスに集まったにすぎない。

他のクラスはただ目立ってる人物がいないだけで、あまり林檎のクラスと違わない。

「でもやはり……あの人達ほど問題、ではないですよ」

「……一般生徒をあれらは比較にならないでしょ」

林檎の言うあれらとは、主に四天王のことである。

四天王とは相沢祐一、折原浩平、朝倉純一、岡崎朋也のこと。

林檎のクラス2−Aは、その中の二人──祐一と浩平が同じクラスなのだ。

しかも祐一は一つ前の、浩平は二つ後ろの席にいる。

「なんだってこんなクラスになったんだか……」

四天王がいる時点で何か起こる。

しかも面倒事だと相場が決まっている。

けれど──。

「なんだかんだ言って好きなんでしょ、そのクラスが」

「林檎さんはすぐ顔に出ますからね」

水琴と杏が言うとおり、林檎は今のクラスが面白かった。

「……ま、確かに面白いよ。非日常的なことが毎日あって飽きない」

だから、いつも何が起こるか楽しみしているのだ。

「いつの間にか教室ですね」

「話してるとあの道のりが楽だねー」

既に2−Aの教室が見えている。

教室のドアを開ける前に林檎は呟いた。

「けど、せめて水琴くらいは同じクラスがよかったかな」

「ってあたしは!? 林檎あたしはいらない子!?」

林檎の言葉に杏が反応する。

「ふふっ。では、放課後に会いましょう」

苦笑して答える水琴。

二人に無視されて騒ぐ杏。

「分かった」

その光景がおかしくて、林檎は笑いながらそう言った。



一限目の始業ベルが鳴る。

既に着席していた林檎は、慌てて座るクラスメイトを見て溜息を吐いた。

同じように着席していた祐一がその溜息に気づいて振り向く。

「何溜息吐いてるんだ?」

「慌てるくらいなら元から席に着いておけばいいのに、って思ってただけ」

祐一が心配そうに声をかけたが、林檎はぶっきら棒に言った。

そのことに苦笑いをしながら、確かにな、と呟いて祐一は正面を向いた。

「はいはいー。みんな授業始めるよーっ」

教室のざわめきが収まってきた時、タイミングよく教科担当の先生が入ってる。

教壇に椅子を用いてようやく見えるその金髪頭は林檎たちの担任、芳乃さくら。

担当教科は英語。

初めはクラス全員が自分より年下に教わろうなんて思ってはいなかった。

が、そのあまりにも流暢な英語(とドイツ語)を聞いて素直に受けるべきだと判断したのだ。

授業の内容も良く、教え方もいい。

よく分かる授業として、生徒たちの良い評判を貰っている。

「えーと。じゃあ、林檎ちゃん読んでみてー」

ふいに、ぼーっと教科書を眺めていた林檎が当てられた。

別に他所を向いていたわけではないので。

「He has long arms and a long tongue as well.」

難なく英文を読み終えた。

「じゃあそれを……相沢くん、訳してー」

さくらは次に林檎の前にいる祐一を、極上の笑みと共に当てた。

「手八丁口八丁です」

「ぷははっ。祐一のことだな」

その笑みに応えてか、林檎たちの列の後ろの方から声が聞こえた。

「……浩平。俺の、どこが、手八丁口八丁だと思うんだ?」

「え、あ、いや。何言ってんだ祐一。じょ、冗談に決まってるだろー?」

声の持ち主は浩平だった。

「あとでしっかり語ってもらおうか……?」

「は、はいっ!」

祐一の殺気に当てられて、蛇に睨まれた蛙状態の浩平。

その光景を見て、クラスから笑いが出る。

「浩平、口は災いの元だよ」

苦笑いをしながら言ったのは瑞佳。

浩平との関係は幼馴染で、よく一緒にいる。

「じゃ、瑞佳ちゃん。それを英語で?」

「えっと……Out of the mouth comes evil. です」

「はい、よく出来ました」

「じゃあ次は──」

さくらが次々に問題を出して、生徒を当て、答えさせる。

1限目はこのような感じで進んでいった……。



「退屈」

「言うな」

林檎と智代が言った。

「……文句ならあの先生に言えば?」

聞いていた香里が今目の前でやっていることに対して、そう呟いた。

2限目は体育、担当は国崎往人。

授業内容は──鬼ごっこ。

「この歳で鬼ごっこをするなんて思わなかったぞ」

「でもわたしは面白いと思うよ〜」

「私は嫌です」

智代、名雪、茜がそれぞれ思ったことを言う。

高校生の体育に鬼ごっこ。

何故そのようになったかというと、授業開始まで遡る。


「今日やるのはだな」

その言葉でまた理不尽な授業が始まるのか、と生徒が不安がっていた時。

「往人さん。わたし、おにごっこしたーいっ」

と観鈴が言ったのだ。

この瞬間、全員が確信した。

今日の授業は鬼ごっこ確定だな、と。

もちろん、観鈴贔屓の往人がその申し出を断る訳がなく。

「よし。今日の授業は鬼ごっこだ!!」

拳をグッと空に突き上げ、そう叫んでいた。


まぁ、そうして鬼ごっこに決まってしまった。

しかもだ。

「男子。今日は特別に鬼をやれ」

なんて言い出したから大変だ。

ほとんどの男子が歓喜の叫びを上げていた。

まぁ、何故男子を鬼にしたのかは言うまでもないが。

「ははっ。待て〜、待てよ観鈴〜っ」

「にはは、往人さん〜」

そう。

往人自身が観鈴を追い掛け回したいからだ。

仮にも教師が一人の女子生徒を追うというは道徳的にいけない気がする。

が、そこはキー学であるとしか言いようが無い。

だが、そのことで女子は多大な迷惑を負っていた。

「美坂──」

「死ねっ!」

「ぐあっ!?」

「茜──」

「嫌です」

「がっっ!?」

「さ、坂上──」

「吹き飛べ!」

「うわあああああああああああああっ」

先ほどから踏んだり蹴ったりの状態に陥ってる彼は南森大介。

エロスに人生を捧げている彼に、今の状態は幸せとしかいいようがないはずだ。

他の男子も、自身の意中の人を追い掛け回している状態だ。

中には。

「な、名雪っ! 付きまとうな!」

「どうして逃げるの祐一! わたしを捕まえてよっ!」

鬼のはずの祐一をひたすら追いかける名雪。

「浩平くん。なんでボクから逃げるんだい?」

「っつか、なんで俺を追ってくるんだお前は!?」

「いいじゃないか。僕が誰を追っても」

何故か浩平を追いかける氷上シュンなど。

もう授業とは到底思えないことになっていた。

「はぁ……」

深い溜息を吐きながらも、向かってくる男子を躱し続ける林檎。

そうして2限目は過ぎていった……。


3限・4限目は特に(キー学としては)変わったことはなく、昼休みになった。

林檎はあらかじめ買っておいたパンを、自分の席で食べていた。

……はずなのだが、今は立って食べることになっている。

理由は、目の前の光景にある。

祐一を中心に回りに集まった4人の女子生徒。

智代、瑞佳、名雪、それに一学年下から白河ことり。

祐一の一つ後ろの席である林檎は、4人の祐一争奪戦に巻き込まれないように避難していた。

「林檎。どうにかならないか?」

「現実逃避しないで、目先のことを注視しなさい」

「くっ……」

現実に引き戻された祐一は、当然の如く4人から話しかけられる。

「あの5人、意外と面白いよね」

突然林檎に声をかけた人物がいた。

「月宮さん」

「あ。ボクのことはあゆでいいよ」

声をかけてきたのは、同じようにパンを持って祐一たちを見ていたあゆだった。

「面白い?」

「うん。特に祐一くんがあんな顔してるのが」

「……確かに。滅多に見れないわね」

普段冷静沈着な祐一の表情が、慌てたような表情を見せるのはあまり見られるものではない。

……二年に上がり、このクラスになってからは度々見ている気がするが。

「祐一くんも誰かに絞ればいいのに」

「意中の人は他にいたりしてね」

「あはは……」

苦笑いを浮かべるあゆ。

たぶん、その時の修羅場を想像でもしたのだろう。

「ま。あれはモテる奴の特権ね」

「だよね」

「そこ。二人で何を言ってる?」

教室中に響く4人の口論の真っ只中にいるはずなのに、祐一には聞こえていたらしい。

「ボクたちの声、よく聞こえるね」

「……まあ、な」

「けどちゃんと4人に構ってあげないと」

「むう……」

焦っているのかどうかは知らないが、あゆに誤魔化されてしまう祐一。

これはこれで、と思いながら、食後のデザートにと買っておいたアップルパイを食べる林檎だった。


午後の授業は午前とは違い、誰がどう見ても授業と言える授業をして終わった。

「それじゃー、今日はおしまいっ」

さくらの掛け声にてHRが終わる。

これから放課後になり、生徒たちが帰り支度をする。

「委員会、あったっけ」

林檎は料理部と図書委員をやっている。

どちらに週に数度、活動がある。

図書委員は蔵書の整理、貸借の手続き。

料理部はただ料理を作って食べるだけの部活……と思いきや、コンテストにも出ることがあるらしい。

入賞した時のトロフィーや楯が調理室に飾ってある。

「あ。あるわ……」

林檎が開いている手帳の、今日の日付のところに星型の印。

他に丸型の印があるところから、星型は図書委員、丸型は料理部がある日らしい。

「……瑞希さんには連絡してたかな?」

ぼやきながら、手帳を鞄の中に仕舞う。

「ま、いっか」

林檎は手に鞄を持って、小走りで図書室に向かう。

──図書室方面へ向かう生徒の数は少なく、思いのほか直ぐに着いた。

「あ。林檎ちゃん」

図書室へ入ろうとした時、声をかけられる。

その声は聞き覚えのある声だった。

「椋さん」

声の主は藤林椋。

林檎の一学年上の先輩で、同じ図書委員だ。

ちなみに、彼女には双子の姉がいる。

名前は杏。

噂によると、新入生の朝倉音夢は彼女の辞書投擲を尊敬してやまないとか。

「ちょっと待っててね。今、開けるから〜」

どうもまだ図書室は開いていなかったらしく、椋が開錠する。

「はい。いいよ〜」

「ありがとうございます」

開かれたばかりの図書室は、閑静だった。

そこに夕日が入り、良い雰囲気を生み出していた。

「落ち着く……」

「私もそう思います」

後から入ってきた椋がそう呟いた。

奥まで入っていくと、乱雑に並べられた書籍を手に取って整理をし始めた。

「今日は書籍の整理からやるんですね」

「ちょっと急いでて。のんびりしたいけど……ね」

「なるほど。なら早く終わらせましょうか」

「ありがとう。林檎ちゃん」

林檎も椋に倣って書籍に手を伸ばし、作業をし始める。

二人とも慣れた手付きで、どんどんと整理していく。

整理を始めてから30分弱で作業は終わってしまった。

「はい、ご苦労様ー」

「ご苦労様です。……ほとんど椋さんがやってましたけどね」

「え、そうかな?」

「そうですよ。さすがは、というか」

「えへへ……」

照れたようで、少し頬を赤く染めてはにかみながら笑う椋。

その姿は可愛らしく、同性である林檎も見惚れてしまうほど。

「……時間、大丈夫ですか?」

林檎にそう言われた椋はさっと図書室に掛けられている時計を見る。

「あっ、もう行かなくちゃ。林檎ちゃん、戸締りよろしくね!」

「分かりました」

「さようなら〜っ」

椋は慌てながら鞄を持って、図書室を走り出て行った。

残るは林檎だけになった。

林檎は一通り図書室の窓が閉まっているかを確認する。

「さて。帰るか」

受付に無造作に置かれていた鍵を手にして、図書室を出る。


──ガチャリ


閉まったことを確認し、職員室へと鍵を返しに行く。

「失礼します」

一声かけて職員室に入り、鍵を所定の位置へと戻す。

「失礼しました」

そして職員室を出る。

「委員会ご苦労様」

林檎が出た途端、声がした。

最近、よく唐突に声をかけられるな

と思いながらも、その声が発せられた方へと向く。

「帰ったんじゃないんですか、瑞希さん」

林檎が振り返った先にいたのは、水琴より濃い青をした髪をした女性だった。

女性の名前は尋夜瑞希。

水琴の姉で、れっきとしたこの学校の生徒。

「林檎を待ったらダメだったかしら?」

「……そんなわけじゃ、ないですけど」

「ならいいじゃない」

言い包められたが、納得いかないといった感じの林檎。

そんな表情を見た瑞希は言った。

「──久しぶりに稽古でもつけてあげようと思ってね」

「え……?」

驚きに目を開く林檎を他所に瑞希は話を進めていく。

「たまには戻って学園生活も送りたいしねー」

「学生は学園生活が本業です」

「いいじゃない。私がどこ行こうとも」

林檎の突っ込みにも動じない。

というより、林檎は瑞希に強く出られないというのが正しい。

この二人の関係は友人の姉、妹の友人。

けれど、的確に言い表すならば師匠と弟子である。

林檎が無駄にやっている空破流というのは、この瑞希から教わっている。

というより、尋夜家がその空破流の宗家というべき家なのだが。

瑞希は免許皆伝者であり、各地を点々として回っている。

時折試験の時だけは戻ってきて、試験を受けてまた各地に赴く。

ちなみに。

瑞希は今までの試験を全て上位の成績を残している。

学校側は成績を維持させていれば退学にさせないという特別処置も取っているそうだ。

「たまには可愛い弟子の面倒も見てあげたいのよ」

豊満な胸を強調するかのように背を逸らしながら言う瑞希。

「……たまには、ですか」

それをまったく見ようともせずにスタスタと昇降口へと向かう林檎。

瑞希はクスクスと笑いながらその後をついていく。

林檎は靴箱から靴を出し、きちんと履いたところで。

「……………………」

全力で走り出した。

「おー。速い速い」

瑞希が気づいた時には既に林檎の姿は見えなかった。

が。

「けど私と比べると遅い。まずはスピードか」

靴をゆっくりと履いた瑞希は、深呼吸をして、吐いて。

また吸って──走った。

先程の林檎よりも速かった。

──こうして、瑞希の稽古が始まった。



「はぁ、はぁ……」

林檎は息を切らしながら、ようやく家に帰ってきた。

あれから瑞希に様々なやり方で稽古をつけられた。

スピード・タフ・パワーなどを見る稽古だと言われても、林檎は信じなれなかった。

林檎は思い返してみる。

あれはどう見ても、虐めだと。

詳しい内容は……思い出そうとすると頭が痛くなる。

それだけ嫌なことだったらしい。

しかもその後、日課のトレーニングをさせられたのだ。

並の人間じゃ途中で救急車で運ばれる程のことなのだが、林檎は息を切らすだけで済んでいるあたりキー学の生徒なんだなと感じるところだ。

「おかえり、林檎。お風呂沸いてるわよ」

リビングの方から母親の声がして、そのまま林檎は浴場へと向かった。

汗を流し終えた後、自室で今日の授業の復習をする。

「夕飯はー?」

「いらない」

「言うと思ったから作ってないわよ」

「……………………」

という親との会話とは思えないやりとりをした時には、すでに復習は終わっていた。

机に置いてあるスタンドライトの電気を消し、部屋の明かりも消す。

林檎は背を向けながらベッドに倒れこむ。

「疲れた……」

目をゆっくりと閉じる。

「おやすみなさい」

誰に言うのでもなく、一人で呟く。

少しすると、静かな寝息が聞こえてきた。

明日もいつもどおりであるようにと、そう思いながら。