名も無き傭兵
          最終話「小さなキセキ」





カノン王国。
この国は名前こそ以前のままだが、旧政権が倒れ、今は祐一達による全く新しい国として生まれ変わっていた。
現在は先日のホーリーフレイムの侵攻により壊された街の復興に追われている。
その様子をこの国の新しい王となった祐一は、忙しい政務の間に暇を見つけ、見て回っていた。
(どうやら、復興に関しては何の問題もないようだな。)
街は順調に修復されてゆき、いくつか露店も並んでいる。
中には以前は無かった新しいものも出来ていたりと、かつてのいやそれ以上の活気を取り戻しつつあった。
「ん?」
その光景を見ているとき、祐一の目に地面に突き刺さった大剣が映った。
「この剣は‥‥‥。」
気になって近づいてみると、その大剣に祐一は見覚えがあった。
それはいつか、旧カノンとの決戦前夜に語り合った少女が持っていた大剣そのものだった。
「すまないが、この剣はどうしたんだ?」
と近くで作業をしていた男に話しかける。
「あ、はい。その剣ならこの間の戦いの時からここに刺さったままなのです。ここで戦っていた兵士の話では、その兵士が来た時にはすでに刺さっていたそうなのですが。どうやら相当の激戦があったようで‥‥‥。」
と、いまだ斬撃の痕が残る壁を見ながら男は言う。
「‥‥‥ここにあった死体がどうなったか、分かるか?」
「そうですね。大量にあったということぐらいしか、そのすべてはすでに手厚く葬られたそうです。」
「‥‥‥そうか。」
そういって祐一は大剣に手を伸ばす。
すると、それは少々の力ではビクともせず、祐一が腕に力を込めることでやっと抜けた。
持ってみると、その大剣はそんじょそこらの兵では振るうことも出来ないくらいの重量だった。
現に祐一の力でもずっしりとその重さが伝わってくる。
「‥‥‥‥‥。」
そして、祐一はその大剣を持ち、城に戻っていった。


新生カノン王国になってからしばらくして、カノン王国の学園が開園となった。
王都に住む子供はそのほとんどが入学手続きを済ませ、今日はその入学式が行われている。
祐一は来賓席に座り、その行事を見守っていた。
「あ、祐くん。あそこに亜衣ちゃんやリリスちゃん達がいるよ。」
「ん?ああ、あそこにいたか。」
「フフッ、何人かは緊張しているようですね。でも、みんなとっても楽しそうです。」
祐一の隣には二人の王妃が座り、共に入学式を見守っている。
「だからボクは、この学園でたくさん勉強して、立派な騎士になりたいです。」
壇上に上がった少年が言葉を切ると同時に会場全体に大きな拍手が巻き起こる。
「この文も素敵でしたね。あの子のこの学園への期待の想いが伝わってきます。」
「ああ、そうだな。」
今は子供達の書いた作文の朗読会が行われている。
皆、この日のために一生懸命書いてきた作文を読んでいる。
入学手続きの時に募集してみたところ、応募してきた人数が予想よりもかなり多かったため、初めは数人になるだろうと思っていたが、代表を募って十数人くらいの子供達が読むことになっていた。
(そういえば、あいつはこんなことを言っていたな‥‥‥。)
祐一はふといつか語り合った少女の言葉を思い出す。

――昔の私達のような子供がもう生まれないように、その力を使ってくれますか――

あれから結局、彼女は現れなかった。
様々な責務に追われる中、何度か捜索はしたが、やはり彼女は見つからなかったままだ。
(今頃あいつはどこに‥‥‥。それとも、もうあの時に‥‥‥。)
そう思っていた時。
「その剣士のお姉さんは、襲われていた私を助けてくれました。そして、転んでケガをした私に薬を分けてくれました。」
薬を持った女の剣士。
祐一はハッとし、壇上で一人の少女が読んでいる作文に耳を傾ける。
「その時、私はそのお姉さんに聞きました。どうしてあの人達はこんなことをするのか、わたしはどうしたらいいのか。するとお姉さんはこう言いました。この国の新しい王様ならきっと答えを教えてくれるって。そして、ホーリーフレイムの人達も悲しい存在というのを忘れないでって言っていました。それからその傷薬をくれて、わたしを逃がしてくれました。その後、わたしは兵士の人達に助けられて、そこでケガをしている人達に薬を分けているうちに、わたしは魔術を覚えたいって思ったんです。そして、この学園が出来るって聞いて、自分もそこに入れることが決まった時、とっても嬉しかったです。だからわたしはここで一生懸命勉強して、いつか魔術を覚えてどうしてあの人達を悲しい存在と言っていたのか、その意味が解ったら、その剣士のお姉さんにお礼を言いたいです。お姉さんのおかげで、わたしは無事でした。今はとっても元気ですって、そのお姉さんに会えたらそうお礼を言いたいです。」
そして作文は終わり、再び拍手が会場を包んだ。
「‥‥‥‥‥。」
「今回も、素敵な作文でしたね。どうか、そのお姉さんという人に、あの子の言葉が届いているといいのですが。」
「ああ‥‥‥‥‥。」
「あれ?祐くん、どうかしたの?」
「ん?ああ、いや、ちょっとな‥‥‥。」
「??」
祐一にはさっきの作文に書かれていたお姉さんという人物が、彼女であることに確信があった。
そして祐一はその想いのあるべき場所を思い描いていた。


「あ〜、リリスちゃん待って〜。」
「ま、まだ髪の毛が‥‥。」
「二人とも急ぐ。」
朝の風景。
亜衣、マリーシア、リリスの三人は学園に向かって走っていた。
先日こそ遅刻しなかったものの、このままでは“初日だけか?”と突っ込まれかねない。
そしてなんとか校門に辿り着く。
「ハァ、ここまでくればもう大丈夫かな。」
そこは昨日と同じく、種族など関係なく皆同じ門をくぐっていた。
その先には真新しくも、大きく堂々と建てられた校舎がある。
同じ制服で同じ学び舎に向かう風景は、微笑ましい学園風景そのものだ。
「二人とも遅い。」
「ご、ごめんなさい。私が朝ごはんをゆっくり食べていたせいで‥‥‥。」
「まあまあ、亜衣も少し朝寝坊しちゃったし。それにほら、ちゃんと間に合ったよ。」
「あ、なのは。」
リリスは校門の先で何かを見ている少女を見つけ呼びかける。
「あ、みんな。おはよう。」
「うん、おはよう。昨日の作文聞いたよ。まさか朝に出会った人が読むなんてびっくりしたよ。」
「にゃはは。たまたま選ばれただけなんだけどね。」
と、なのはと呼ばれた少女に皆駆け寄る。
「それでもスゴイですよ。ところで何を見ていたのですか?」
と、彼女が見ていたほうを見ると、そこには一本の大剣が校門と校舎のちょうど真ん中あたりの場所に飾られていた。
「剣‥‥ですね。」
「おっきい剣。」
「うん。‥‥‥なんだかよくわからないけど、この剣どこかで見たような気がして‥‥。これ、昨日は無かったのに‥‥‥。」
皆、その見慣れないものに一度は目を向け、校舎に向かっている。
(あれ‥‥?これは‥‥‥。)
それを見た時、亜衣の頭になにかが過ぎった。
(この剣‥‥‥、どこかで‥‥‥‥。)
「この学園が出来るのを心から望んだんだって。」
と、リリスが急にそんなことを言う。
「え?」
「パパが言ってた。この学園が出来るのを心から望んだ人のモノだから。その人の想いがこもった大切なモノだから、みんなで大切にしなさいって。」
「祐一さんが‥‥‥。」
「ああ!ち、遅刻しちゃう!!」
見ると周りにはもうほとんど人がいない。
もうみんな校舎の中だ。
「急がないと!」
「うん。」
「あ。ま、待ってください〜。」
そういって彼女らも校舎に向かう。
「‥‥‥‥。え!?ああ!!み、みんな待ってよ〜。」
一人どこで見たのかずっと考えていた亜衣も、続いて校舎に向かおうとした。
その時、


―――いってらっしゃい―――


「?」
振り返る。
しかし、そこにはさっきまで見つめていた大剣があるだけで誰もいない。
「あれ?さっき‥‥‥‥。」
「亜衣さ〜ん、はやく〜。」
「あ。ま、待って〜。」
そして再び校舎に向かって走り出した。





その光景を見つめる少女がいる。
長い髪を風に揺らして、校舎に向かい走る少女たちを見守っている。
その表情は穏やかで、とても嬉しそうな面持ちだ。
そしてそれを見守った後、少女たちに背を向け歩いてゆく。
かつて、彼女が家族と呼んだ人達のもとへ。





彼女は名も無き傭兵。

幾多の戦場を渡り歩き、人の抱く想いの答えを見つけるために戦ってきた者。

それが終われば次へ、そしてそれが終わればまた次へ。

彼女を知る者はほんの僅か。

ゆえにその足跡を追う者もいない。

でもどうか。

彼女が残した、小さなキセキに祝福を。







あとがき
ども、壱式です。
というわけで名も無き傭兵は今回で最終回です。
思えばこのサイトの小説を読みながらなんとなく妄想していた話が、こうしてなんとか形になってこうして完結まで漕ぎ着けたのは、突然この微妙な作品を送りつけたにも関わらず、快く執筆を許可してくださったこのサイトの管理人の神無月さんや、拍手やチャットなどで面白いと言ってくださった皆様、そしてここまで読んでくださったあなた方のおかげです。
来日の姿を見て少しでもよかったと感じてくだされば、もうそれだけで感慨無量です。
本家には遠く及ばない自分の文章にここまで付き合ってくださり、本当にありがとうございました。
でわまた、いつか会える日まで。