赤。
紅。
あか。
アカ。
この色も様々だ。
この色は世界に幻想を映す。
燃え盛る炎。
映えわたる夕日。
感情で言えば、主に熱く激しい感情に用いられる、魔性の色。
この色は常にわれらのそばにある。
つねに脈動し続ける生命の色。
彼女はこの色をぶちまけたところに立っていた。
自らもその色に染まりながら、綺麗に整った顔に同じ色の化粧をして。
そんなにこの色が好きなのか。
でも、まだ足りなさそうだ。
その時、さらにいい赤を見せてくれそうな素材を見つけた。
その素材はなにかを叫んで、予想通りの色で彼女の世界を彩ってくれた。
だがその後、彼女が描いた世界は、しばらく経つと黒く染まった。
そう、同時にこの色は世界に長くとどまってはくれない。
そして、それが過ぎ去った後に来たものは――――――。
名も無き傭兵
第七話『歩み、そして目指す道』
エア・カノン混成軍との戦いの後、祐一軍はオディロを陥落。
王都カノンを目の前にした祐一軍は、決戦に備え準備を進めていた。
そして明日、ついに王都に攻め入る日が来る。
「‥‥‥うん、これでよしっ。」
来日はオディロの砦の一室を借り薬の調合をしていた。
先日エフィランズにて、蓄えていた薬をほぼすべて使ってしまったためその補給だ。
とは言ってもあまり時間も無く、いつも使っている大きさの瓶二つ分しか作れなかったが。
「あの人だったらもう一つくらい作ってしまうんですけど。私もまだまだですね。」
そう言いつつ、このところずっと部屋に籠もっていたし散歩でもしようと外へ出た。
その時、少し離れた場所から刃のぶつかりあう音が聞こえてきた。
来日はなんとなく音の聞こえる方に歩いてゆくと、そこは訓練場だった。
ここに祐一軍が来るまではあまり使われていなかったようだが、今は存分に使われていた。
「うっ‥‥‥!ま、まだまだです!!」
「そうか。なら、もうちっといくぞ!」
窓を覗くとそこでは二つの影がぶつかりあっていた。
一方は魔族の男。
手には斧を持っており、その動きは手練のソレそのものだ。
対してもう一方。
持っている斧こそこちらの方が巨大かつ仰々しかったが、使い手の腕は相手をする魔族の男にまだ一歩及んでいない。
だが、それを振るっているのは、その手練の男に対し、ときたま目を見張る動きを見せる小さな影は、
「あの子は‥‥‥。」
あの時、エフィランズで助けた少女だった。
来日はその姿にわずかにいつかの思い出を見た。
夕刻。
もうすぐ日も沈むという時刻。
祐一はワン自治領の外交官、里村茜との話を終えて自室に戻るところだった。
そこに、
「こんばんは。祐一さん。」
そういって茜色から群青に変わってゆく空を背に声をかけてきた人物は。
「来日か。」
「はい。いよいよ明日‥‥ですね。」
その空を見ながら彼女は言う。
「ああ。だが、どうかしたのか?こんなところで。」
「はい。少しお時間ありますか?」
「ん?ああ、別にかまわんが。」
「ありがとうございます。みなさんに聞きましたけど、祐一さんはこの戦いが終わったら、新しい国を作るんですよね?」
「そうだ。全種族が共存できる国を作ろうと思っているんだが、それがどうかしたか?夢物語に聞こえるかも知れんが、俺は本気だぞ。」
祐一の表情は真剣そのものだ。
その言葉を聞いて、
「いえ、ただ良かったと思ったんですよ。」
来日はにこりと笑ってみせた。
「良かった?どういうことだ?」
「これが、祐一さんの出した復讐の答え‥‥‥なんですよね?」
「?」
突然言われた事に祐一もどういうことなのかよくわからない。
「何故、そんなことを聞く?」
「ちょっと長くなりますけど、聞いてくれますか?」
「ああ、聞こう。」
そういって二人は窓から外を眺めながら語り始めた。
空はもう暗くなっていた。
「小さい頃、私は戦災孤児でした。それで孤児院にいた頃があったんです。そこでの生活は平穏そのものでした。でも‥‥‥。」
来日の表情が少し陰る。
「ある日、魔族に襲われたんです。その時、孤児院の先生たちや一緒にいた他の子供たちもみんな殺されてしまいました。」
「‥‥‥それが、お前が復讐を志していたという時の切っ掛けか。」
祐一は以前アデニス神殿に行った時、さくらが世間話でポツリと話していたことを思い出す。
「はい。その時私は運良く逃げ延びて、その後ちょっと変な人達に拾われたんです。」
「変な人達?」
「はい。世間からあぶれた、そこにいることが出来なかった人達が作った種族も何も関係ない、ほんの数人の集まりでした。人間族に魔族に神族、獣人族やエルフ族もそこにはいました。」
「‥‥‥‥。」
祐一はその光景を頭に浮かべる。
この世界において、そういった者達は案外少なくないのかも知れない。
「その人達は傭兵団を作って、依頼を受けながら旅をしていたんです。私は偶然助けられたそこで色々な戦い方を教わりました。今の私があるのもその人達のおかげです。」
「そしてその得た力で敵討ちをしようとした、というわけか。」
「はい。始めはろくな事にならないって止められました。けど、あの時の焼け落ちる孤児院でわずかに見えた人達の顔は忘れたくても忘れられませんでしたから。」
ここまで聞けば、祐一もその気持ちは手に取るように分かる。
彼も少し前までは、ソレと同じ復讐者としての気持ちを持っていたのだから。
「そして何年か経ったある日、近くでたまに出没する魔族を倒して欲しいという依頼が入りました。その依頼を受けたのは、旅をする過程で、昔私が居た孤児院があった地方の近くに立ち寄った時でしたから、もしやと思っていたんですけどね。」
その考えは当たっていた。
実際に対峙すると直感でわかった。
あの時に見た魔族だと。
「それで、復讐を遂げたのか?」
「はい、戦いになってからは無我夢中でした。もう目の前の相手に復讐することしか頭に無くて。でも私はそれが終わった後も彼らに関係のあるものすべてが許せなくて。遂にはそこにいた魔族の子供にまで‥‥‥‥。」
すべてが終わってみれば、そこに残っていたのは全身に返り血を浴びて真っ赤に染まった自分だった。
「その頃は傭兵団にいた魔族の人も、孤児院を襲った人達と同じ種族ということであまり好きになれなかったんですが、その時その人は私に言ってくれたんです。大丈夫かって‥‥‥‥。」
傷つけられたのは自分だから復讐するのは当然だと思っていた。
だから、彼らが止める事が理解できなかった。
その人は最後までそんな気持ちでいてはいけないと言ってくれていたのに。
「彼らにだって親もいれば子もいる。こんなのちょっと考えれば分かるのに、実際に目にするまでわかりませんでした。もしかしたら、あの時はわかろうとしていなかったのかもしれません。そして、今の世界では私のような人はこうして増えていくんだって。それに、怯えながら私を見ていたあの子の顔を思い出したら、自分はなんのために生き延びたのか、その答えが定まらなくなったんです。」
復讐のために生き、それを遂げてもそれで救われるわけでもなんでもないと、終わってからやっと気がついた。
その復讐の切っ掛けとしてもっとも憎んでいたものと、いつの間にか自分が同種になっているのに気づいてしまった。
それはその時の来日にとって、生きる目的を無くしたのと同意だった。
「じゃあ、一度死んでというのは。」
祐一も神妙な面持ちで訊ねる。
「はい、名前を変えたのもこの頃です。その後も傭兵団のみなさんに、私はとても良くして貰いました。落ち込んだ私を、必死に励ましてくれて‥‥‥。様々な種族が一緒に居る事にとまどっていたのも、時間が経つにつれて次第に薄れていきました。」
今の自分の種族に対する感覚はその時生まれたものだと来日は言う。
「それからの私は傭兵団の人達と一緒に、色々な所で戦いを見てきました。それは、それまでののように復讐のためにがむしゃらに戦うのではなく、そこにいる人達はどうして戦っているのかを見る旅としてでした。」
「そうだったのか。ならば‥‥‥。」
と言いかけたところで、祐一はふと考える。
「来日、その傭兵団の者達は今‥‥‥。」
「はい、その考えに到っても、世界はやさしくなったわけじゃなかった。場所によっては私達はとても怪しい集団に見られる事もあって‥‥‥。」
追われることは何度もあった。
軍に直接追われた国もある。
元々、世間に居られなかった者達は、そうして少しずつ散り散りとなり。
「それで、今は一人なんですよ。」
「やはり‥‥‥か。すまない、そんなことまで聞いてしまって。」
祐一は過去の自分と重ねる。
追われ続けた日々、その過程で失ってきた家族。
彼女はそれと同じ痛みを知っている。
「いえ、気にしないでください。もともと私から始めた話ですし。」
なぜなら、
「私は一人になった後も、様々な大陸に渡って世界を見てまわりました。でもやっぱり戦争はどこも似たような感じで、その過程でここの噂を聞いて‥‥‥。」
「俺の復讐はどういったものか、それを見に来たんだな。」
それゆえにここに来たのだから。
「はい、だから良かったんですよ。復讐からその答えを導き出すことができたあなたが作る国なら、きっと素敵な国になるんだろうなって思いましたから。それに‥‥‥。」
来日は一度言葉を切り、遥か夜空を見上げる。
「その想いを守るためにこの剣を振るえば、きっとそれを教えてくれたあの人達は、どこかで噂を聞きつけてきて、また会えるんじゃないかって。」
と、言いながら背中の大剣を抜く。
その刀身は夜空の光に照らされ、淡く輝いていた。
「‥‥‥そうか。」
「はい、だから‥‥‥。」
剣を収め、来日は祐一を正面に見据え、
「明日は、私達と同じ道を行こうしている人達に別の素敵な道を見せるために、共に戦い抜きましょう。」
その想いのこもった言葉を祐一はなんとなく察する。
恐らく、あの少女のことも含めて言っているのだろう。
「別の道‥‥‥か。俺自身もそれが見つかったことは良かったと思っている。だから、どんなことがあろうとも、俺はこの道を貫き通すぞ。」
「はい。ここに来て本当によかったです。私も手伝いますよ、それを。」
そういって、互いに決意を新たにする。
やっと見つけた一つの目的のために。
「ところで‥‥‥。」
「はい、なんですか?」
と、ふと祐一が訊ねる。
「来日、お前の本当の名前はなんというんだ?」
「え?」
祐一の予想外の質問に来日も驚く。
「あ、いや。言いたくないのなら無理には聞かんが‥‥‥。」
自分でも少々場違いと思ったのか、祐一も少し慌てる。
「そうですね‥‥‥、ところで祐一さん。」
「どうした?」
「もし、祐一さんの言う新しい国ができたら、昔の私達のような子がもう生まれないように、その力を使ってくれますか?」
「ああ、それは俺も思っていた事だ。」
それを聞いて、来日はとても嬉しそうな表情を浮かべた。
その姿は月明かりに照らされて、いままで傭兵として生きてきたとは思えないほど綺麗な、年相応の少女のものだった。
「ありがとうございます。そう言ってくれると信じてました。では、とてもお礼にはなりませんが‥‥‥。」
来日はそっと目を閉じて、
「“わたし”の、本当の名前は‥‥‥‥‥。」
そして、夜は更けてゆく。
明日は文字通り、この国を大きく揺るがす戦いが始まる。
あとがき
ども壱式です。
今回は決戦前夜とういことです。
来日の心情とそれを聞く祐一の話しでした。
こういった語らいは物語において必要不可欠ですから、これで彼女の想いがわかっていただけたら幸いです。
でわまた次回。