名も無き傭兵
         第五話『無垢が染まるは正義か悪か』
 




人々が逃げ惑う。
突然降りかかってきた恐怖。
子供たちは泣き叫び、大人たちはなすすべも無い。
傷を負った者たちは助けを求め唸る。
混乱。
ここエフィランズの街は現在パニック状態。
街の人々はもちろんのこと、駐屯していた祐一軍にとっても突然の事態。
特に街の人々の混乱ぶりはもはやどうしようもないくらいだ。
どうしてこんな事になったのか。
それは時間を少し遡る。
来日は祐一軍とともにエフィランズに進軍。
そこで祐一は街に降伏を申し出て、街側はそれを受け入れた。
そしてそれから三日後、カノンからの攻撃があった。
だがそれは、自国に攻め入ってきた魔族だけを狙ったものでは無く、自国民であるはずのエフィランズの民まで巻き込んだ無差別攻撃だった。
ただでさえ魔族に降伏し不安であったエフィランズの民にとっては、守ってくれるはずのカノンからの攻撃はまさにとどめだった。
今、街を攻撃している兵器の名は怒号砲というらしい。
来日はかつてリーフ大陸にいたとき、名前だけなら聞いたことがあった。
確か凝縮した魔力を撃ち出す兵器だったはずだ。
さくら達により、何度かその砲撃は防がれてはいるが、防御が間に合わなかった二発は街に巨大なクレーターを作り、そこにあったモノすべてを消滅させていた。
もはや街の混乱は頂点に達しようとしていた。
そのとき、
「みなさん!どうか、どうか落ち着いてください!」
と、一人の少女の声が響いた。
「みなさん!私は“水の神”に仕える修道女です。微力ですが、怪我の治療くらいならできます。どうか、みなさん協力して‥‥‥‥。」
栞だ。
この状況下において、必死に皆に協力を呼びかけている。
「ああ、ならこの子を‥‥、さっき吹き飛ばされて怪我を‥‥‥。」
すぐに助けを求める声があがる。
しかし、
「あ、あんた、確か魔族と一緒にいなかったか!?」
一人が言い出す。
「え?」
「そ、そうだ。俺も見たぞ!確かにこいつは魔族と一緒にいた!」
再び周囲がざわめきだす。
「ま、魔族の仲間が私たちを助けるなんて‥‥。」
「信用できるか‥‥!」
皆、わずかな疑惑から栞の声に耳を傾けようとしない。
(こんな時に!!)
来日は心の中で叫ぶ。
なぜこの状況でもそんなことを気にするのか。
それでも栞は声をあげるがその叫びは一向に届かない。
「お願いします!どうか、みなさん‥‥‥!」
「魔族の言う事なんか無視だ、無視!」
「と、とりあえず総合医療所に非難して‥‥。」
「そうだ、それが一番‥‥‥。」
「いや、駄目だ。どうやら医療所がさっきの攻撃で‥‥。」
「そ、そんな!?」
収まる様子を見せない喧騒の中、嫌な言葉だけが囁かれる。
それが更に混乱を激しくしようとした時、空に今日すでに何度も見た光景が映る。
そして“ソレ”は轟音と共に、三度街を抉る。
「あ、ああぁ‥‥。」
「わ、私たちは、完全にカノンに見捨てられたの!?」
皆が更なる絶望に染まる。
だが、
「みなさん!!どうか!どうか落ち着いて私の話を聞いてください!!」
それでも栞は更に声をあげる。
「今、この砲撃を止めようとしてくれている人達がいます!どうか、今はその人達を信じてください!みなさんがバラバラだと被害が更に広がります!私たちには、出来る事があるはずです!どうか、協力を!!」
そういって更に呼びかける。
皆立ちすくし栞のことを見る。
すると、
「オ、オレは協力するぞ。何もできずに逃げまわるより、よっぽどマシだ!」
一人。
「そ、そうだ。みんな!動けない怪我人を彼女のところに運ぶんだ!」
また一人。
「こっちだ。運ぶぞ。」
「子供が大変なんだ!」
「子供や年寄りを優先して運ぼう!」
「倒れかけた建物がある。こっちに離れて!」
「みんな!こっちだ、慌てちゃいけない!」
栞の言葉が、願いが届いた。
そして皆が協力し始めた。
もはやそこに種族がどうのというのは無く、皆、一丸となり事にあたりつつある。
「栞さん。」
「あ、来日さん、私はこれから治療を‥‥‥。」
「はい、だからこれを。」
と、いくつかの瓶を差し出した。
「これは?」
「傷薬です。ちょっとした怪我ならこれで何とかなります。さすがにこの数を一人では大変でしょう?」
「はい!ありがたく使わせていただきます。」
その時、何人かの街の人達が話しかけてきた。
「私たちはどうすれば‥‥。」
「これは薬です。軽傷の人ならこれを使ってください。」
「はい、わかりました!」
と、薬を受け取って走り去る。
「それにしても、あの状況をここまで。これならなんとかなるかもしれませんね。」
「みなさんが判ってくれたからですよ。それに私にはこんなことぐらいしかできませんから。」
そう言ったが、その顔は前に会ったときにくらべて、確実に迷いがなくなっていた。
この人は、じきに皆に尊敬される治癒術師になれる。
来日は心でそう確信し、自分も怪我人を運ぶために走った。

「これは!?」
「ひどいな‥‥。」
「早く運ぼう、まだ助かる人がいるはずだ。」
来日は怒号砲が直撃した場所を見渡す。
酷い惨状だ。
カノンは本当にエフィランズもろとも、祐一達を根絶やしにしようとしているらしい。
「う‥、うぅ‥‥。」
「こっちを持つ、おまえはそっちを。」
「わかった。」
そういって、次々と怪我人が運ばれてゆく。
その中、来日はふと着弾地点を見る。
そこには無慈悲なまでの破壊、見事なまでのクレーターが出来上がっていた。
その時、来日の目に何かが映った。
もう少しで見落とすところだったが、クレーターの中心近くに人影が見えた。
何故あんなところにと思ったが、来日はその人影のところへ向かう。
そこには、見たところ十歳前後くらいの一人の少女が立っていた。
「大丈夫ですか?」
「‥あ、‥‥アぁ、ぅウああァ‥‥‥。」
どうやら、あまりのことに放心しているようで、目の焦点があっていない。
「しっかりしてください!私の目を見て!!」
肩をゆすり、目を覗き込む。
それでようやく、いくらかは正気を取り戻したらしい。
「あ、アぁ‥‥、み、みん‥ナは‥‥?‥‥いっしょ‥、にげ‥‥テ‥‥‥。」
どうやら家族と離れ離れになったらしい。
だが、何か妙な感じだった。
彼女はどうしてこんなところにいたのだろうか。
「私がわかりますか?しっかり!」
「‥‥え、あ‥メの‥‥ま、えが‥ぁ、ひかッ‥‥て‥、あァう‥‥、そし‥タ、ら‥‥‥、え‥‥?‥こ‥こは‥‥?」
やはりかなり混乱しているらしい。
その言葉を拾い集めると、どうやら砲撃に巻き込まれたようだが、それにしては外傷が少ない。
更に、ふと足元をみると、そこには一人分の足跡しかなかった。
それは自分がこの“クレーターのほぼ中心”まで来た時のものだ。
ならばこの少女は、どうやってこの場所まで来たのか。
これではまるで、ここで怒号砲の砲撃に巻き込まれながらも、一人だけほとんど無傷で助かったかのような‥‥‥。
「‥‥ぁ‥‥、な、ん‥でぇ‥‥?‥どこ‥‥にぃ‥‥‥‥!?」
その少女は自分の手のひらに布のようなものを握ってあたりを見回していた。
どうやら服かなにかの切れ端に見えるが。
少女の目から、次々と大粒の涙が溢れ出す。
「ずっと‥‥ああァ‥‥‥、にぎ‥ってぇ‥‥‥、あぁ、うあァ‥‥‥!?‥あぅあぁア、ううあァぁアああぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!??!!?!!!」
そして、大声で泣き出した。
直感だが、来日には一つだけわかったことがあった。
この少女の家族は恐らく先ほどの砲撃で‥‥‥。
来日の頭に、ある記憶がよぎる。
在りし日の自分。
そして、その時抱いた感情。
もはや無意識だった。
嗚咽をもらし、泣きじゃくる少女を、来日はつよく抱きしめていた。
「大丈夫ですよ‥‥。あなたは、生きていたんですから‥‥‥。」
「うぅ‥‥、ぁ‥あぁ‥‥、イヤァ‥‥ひ、とり‥‥は‥‥‥ぁっ‥‥ん‥‥‥イも‥‥死にた‥‥‥ぃ!!」
そして、少女の髪を撫でる。
優しく、ゆっくりと、慈しむように。
「そんなこと言ったら駄目ですよ‥‥‥。生きていたんですから。生んでくれた、その体と命をくれた、お父さんとお母さんも悲しみますよ‥‥‥‥。」
酷かもしれない。
いや、酷だ。
一人だけ生き残ったことの辛さ。
残されてしまった者の悲しさは、語ることなんかできない。
しかも、この子はまだ年端もいかない少女だ。
いっその事、共に死ねたほうがどれほど楽だったことか。
来日には彼女の気持ちが痛いほど伝わってくる。
「‥‥‥‥‥っ!!」
それでも、それでも来日は少女の髪を撫で続けた。
何度も、何度も。
今はただ泣くしかない。
胸の中で延々と泣き続ける少女。
いつの間にか来日自身の目にも、涙が浮かんでいた。

ひとしきり泣くと、少女はまだ少しだろうが落ち着きを取り戻したようだった。
「行きましょうか‥‥‥。」
「‥‥ひっく‥‥‥、は‥‥、うぅ‥は‥‥‥い‥‥。」
「よしよし‥‥、じゃあ背中に。」
と、少女を背負い歩く。
「‥‥ぐすっ、‥‥ぁ‥けん、し‥‥さん‥‥‥?」
そういえば大剣を背負っていた。
それが目に入ったのだろう。
「はい、そうですよ。」
「‥‥おっきい‥剣‥‥です‥ね‥‥‥。」
「はい。」
来日はとても優しい口調で、
「この剣は、誰かを守るためにあるものですから‥‥‥。」
「‥‥守‥‥る‥‥‥?」
「そうですよ‥‥‥。」
そして、少女を背負って、来日は広場に向かった。
広場に着くと、もう怒号砲は破壊されたという知らせを聞いた。
「もう、これで大丈夫ですよ‥‥‥、ん?」
「‥‥スゥ‥‥スゥ‥‥。」
泣き疲れたのか、少女は寝息をたてていた。
無理もない。
でも少しは安心してくれた証拠だ。
意識が半分朦朧としていたようなので、恐らく起きても来日の事は忘れているか、夢かなにかと思っているかもしれないが、それよりも自分の背中で静かに寝ている少女の横顔が、来日にとっては嬉しかった。

「‥‥‥‥‥。」
少女を栞たちの仮設テントに送り届けた後、来日はずっと考えていた。
あの少女が何故あんなところにいたのか。
足跡が無かった事も、その後見たところ、やはり目立った外傷はほとんど無かった事も。
そしてなにより彼女の気配。
後に気づいたことだが、彼女からは気配というものが一切感じられなかったのだ。
やはり不自然だった。
来日は迷った。
このことを誰かに相談するか否か。
これはもしかしたら事によっては‥‥‥。
だが、やがて来日は一つの考えに至る。
もし、彼女がこのまま一人になり、この惨劇がカノンによるものと知ったら。
あの少女は、恐らく自分と同じ道を‥‥‥。
そうなるくらいなら。
来日は決心した。
ひょっとしたら、無意識のうちに、あのような場所を作る事のできるあの人になら。
再びテントに向かう。
そこにちょうど、さくらを見つけた。
「さくらさん。」
「あ、ライちゃん。大丈夫だった?そうそう、薬、大好評だったみたいだよ!」
なにやら呼び方が気になったが今はいい。
それにさくらならば的確にあの人に、
「それはよかったです。でも今はそれよりも、ちょっとお話があって。」
「んにゃ?なにかな?」
「はい、ちょっと気に掛かる事なんです。さっき助けた少女のことなんですが‥‥‥‥。」

こうして、後の神殺し第七番・魔斧『ディトライク』の使い手となる少女。
雨宮亜衣の存在は祐一の下に知らされることとなった。
どうか、あの無垢な少女を、自分とは違う道に導いてくれると信じて‥‥‥。





あとがき

ども、壱式です。
今回は怒号砲の事件において、その時、街に残っていた栞の活躍と、同じ時誰かに助けられた、というか発見されたという亜衣の話を書いてみました。
これなら自然だろうか、と思い考えた次第です。
彼女達について、うまく書けているといいのですが。
不定期連載ですが、よろしければこれからも読んでやってください。
ではまた次回。