名も無き傭兵
         第二話「波の押し寄せる崖の裏側で」





雇われてから数日たったある朝。
もうすぐ日の出かという時刻に来日は目を覚ました。
「ふわぁ‥‥。」
ベッドなのでよく眠れる。
そんなことを思いながら、彼女は手早く身なりを整え、髪を結う。
そして、日課である武具の点検に入る。
しばらく作業を続けていると、上の方から地響きのような音が聞こえてきた。
「ん?この音は‥‥‥。何かあったみたいですねぇ。」
と、思った次の瞬間。
「敵襲だ!!人間族が攻めてきたぞ!!」
予想通り。
彼女は装備を身につけ部屋を出る。
「敵の規模は?」
「わからんが、すごい数とのことだ。」
途中、同じく地上に向かう兵の話を耳に挟みながら走る。
地上に出ると、所狭しと敵の大群が迫っていた。
「うわぁ、また数をそろえたものですね。」
ざっと見たところ四百は下らない。
「あれは‥‥。祐一さんと美咲さんですね。仲間の方々も来たみたいだし、私もやりますか。」
そう言って腰に差した刀とショートソードを抜き戦闘体勢にうつる。
味方の援護である黒い矢が敵兵を次々と打ち抜いていくが、さすがにこの数を全てはカバーできない。
その隙間を抜けてきた者達と対峙する。
「女か?しかし容赦は‥‥がふっ‥‥!?」
「余計な事を言う暇は無いですよ?」
と、相手が言い終わる前に右手の刀を一閃。
「このぉっっ!!」
「はっ!!」
更にすぐ横から来た敵の剣を刀で受け止め、今度は左のショートソードで一突き。
「なっ‥‥、ぐばっ‥‥。」
「さあ、次々っと。」
彼女は最低限の動作で一撃必殺を狙う戦法で戦っている。
大抵の場合、片方の剣で相手の動きを止め、カウンター気味にもう片方の剣で急所を狙う。
それだけでもそこらの相手は絶命してゆく。
今の彼女の目には、普段の穏やかそうな光は無かった。
「今回は数だけみたいですね。」
統率のかけらも無い攻撃。
乱戦に近いからよけいにだろうが、どう見ても自分と似たような稼業の者の寄せ集めだった。
そのなかにも跳び抜けた存在はいるだろうが、今のところそんな相手とは戦っていない。
十人ほどを相手にした頃、自軍に妙な動きがあった。
「ん?」
見ると地下に引き返している者達がいる。
「そこのお前。すまんがこっちについて来てくれ。」
それを引き連れている者に声をかけられた。
「地下で何かあったのですか?」
「ああ。俺達とは別の魔族に襲われている。どうやら、この戦いの隙をついて攻めてきたらしい。」
「別の魔族‥‥。」
話には聞いていた。この一団はやはり全種族と対峙していると。
しかし、こんなタイミングで攻めてくるとは、狙っていたとしか思えない。
「味方との見分けは?」
「お前が祐一の言っていた傭兵か。鎧の紋章が違う、それで見分けろ。」
「了解しました。」
そういって地下に戻ると、見知った顔に出会った。
「美咲さん!!」
「あ、来日さん、こちらは私達にまかせてください!!」
美咲の周りには他にも何人かの味方がいた。
来日の目にも、身のこなしが違っている者ばかりだ。
「じゃあ私達はこちらに、ご武運を。」
「そちらも、お気をつけて。」
そういって、来日は数人の魔族兵と共に、美咲たちとは別ルートに走った。


「うわぁぁ!?」
「助けてぇーーー!!」
叫び声が聞こえる、近い。
走ると、狭い通路と小部屋が連なる場所で、非戦闘員の魔族を襲う魔族兵が三人。
紋章が違う、敵だ。
「やめなさいっ!!」
一人目に斬りかかる。
同時に一緒に来た味方もそれぞれ交戦。
その時。
「フン!!」
「!!?」
殺気を感じとっさに避けると、そこにはさきほど斬りかかった敵兵が床もろとも潰れていた。
「かわしたか。雑魚がちょこまかと。」
そういって現れたのは2メートル近い魔族。
武器は持たず、全身を分厚い鎧でつつんでおり、顔も見えない。
だが、木の幹のような太い腕。
さっきの一撃はこの腕から放たれたのだろう。
見た目や態度からしてそれなりに腕は立ちそうに見える。
どうやら狙いを来日に定めたようだ。
とっさに彼女は、
「こいつは私が相手をします。そちらは頼みます。」
「わ、分かりました。」
最初の敵兵は二人に減った。
一緒に来た味方は四人。
非戦闘員を守りながらでも、なんとか大丈夫だろう。
「この、ワシを相手に一人でやろうと?片腹痛いわ、人間族の女風情が。」
いかにも自信ありといった台詞に対し彼女は、
「ならアナタは問題ないでしょう?それとも一対一では都合でも悪いのですか?たたが、人間族の女風情相手に。」
「なっ!?貴様ァ‥‥。潰し殺してくれらぁぁぁぁ!!!」
かかった。
どうやら、頭に血が上りやすいらしい。
こんな狭いところで暴れられたら迷惑だ。
来日は通路を進み、おびき寄せて一対一の状況をつくる。
追ってくる姿はやはり見た目通り動きは遅い。
「はあっ!!」
十分に引き付けたところに先手を仕掛ける。
キィィン
が、刀は鎧に阻まれて、まったくダメージにならない。
「そんなものが効くと思ったか。」
やはり剣は効かない。
迫る巨大な拳をバックステップでかわし、距離をとる。
「逃がさん!!」
相手はしつこく迫ってくる。
「そら、そら、そらぁぁ!!」
なんとかかわすが、その拳は、周りの床や壁を容赦なく抉る。
恐らく一撃でもくらえばアウトだろう。
対してこちらは剣や投げナイフで反撃するが、やはりダメージはほとんど無い。
「チィッ!、ちょこまかと。だがこの狭い空間で、いつまでも逃げ切れると思うなよ!」
そう、この通路は狭い。
逃げ続けるにも限度がある上に、こう狭くては背中の大剣も振るえない。
「!」
しかも、行き止まりに入ってしまった。
来た道は相手の体に遮られ逃げ道は無い。
「さあ、もう逃げ場は無いぞ!」
「確かに万事休すですね。こちらの攻撃は効かないし、大剣も使えない。魔術でも使えたら話は別でしょうけど。」
「フン。何を考えているか知らんが、この鎧を貫く程の魔術を詠唱する暇なぞ与えんわ!!」
そういって更に迫ってくる。
だが、さっきの会話からすると、魔術ならば通じるとも聞こえる。
ならば、
「よし。」
魔力をめぐらせ自身の身体能力を強化、場所は脚。
そして、身構えながら更に集中。
「死ねぇぇぇ!!!」
「そっちがね。」
そういうと、彼女は一瞬で相手の懐まで飛び込む。
その時、来日の手にはいつの間にか魔力の塊があった。
「!?」
「はあぁぁぁぁ!!」
その光はまるで相手に吸いこまれていくかのように消え、


「『貫く破閃(シュトーク・エクス)』!!」


一気に爆ぜて閃光と共に相手の体を貫いた。
「ごばっっ、がぁっ‥‥?」
そして、そのとき鎧と兜の間をショートソードで一突き。
とどめをさされ大男はゆっくりと倒れた。
「やっぱり痛いなぁ、この魔術‥‥。いたた‥‥‥。」
見ると彼女の右の篭手はコナゴナに砕けていた。
「あー、また篭手買わないと。‥‥しかも片方だけ、ハア‥‥。」
さきほどの魔術は古代魔術の一種。
自身の魔力を一点に集め、それを一方的に送りつけて爆発させるという近接魔術だ。
古代魔術のため詠唱も無く、不意の強力な一撃となるが欠点もある。
素手で放つと余波で自分の腕を傷つけてしまう。
そのため彼女は篭手をはめて使うのだが、それでも使えばさっきのようにコナゴナになってしまう。
金銭に余裕の無い彼女にとって一発ごとに金の掛かる魔術なんてやってられない。
自分で出来損ないの魔術と言っているのも頷ける。
まあ本来、今回のように剣のみでは通用しない相手と戦うために覚えたのだが。
彼女は敵の亡骸を一瞥し、来た道を戻っていった。
その後、外の戦いは終わり、地下に入り込んだ敵も迎撃されたと報告があった。
今回も彼女は生き残れたようだ。





あとがき

どうも、壱式です。
というわけで戦闘でした。
地味ですね。
まあ、一般兵に毛が生えた程度の強さしかない者どうし、あまり派手に動かないだろうしと思いつつ出来たのがこんな感じです。
微妙だったらすいません。
これからの戦いも変な動きをするちょっと強い一般兵として頑張って書いていきたいです。
魔術に関しては暴走させているだけでは?とか、シャ○ニン○フィ○ガーとか言わないで。
敵役のでかい魔族は時谷が秋子にできるだけ強い奴をと言っていたのでこんな奴もいるかなと思い作りました。一般兵では厳しいというくらいの強さだったかと。
ちなみに主人公の来日は青い髪に青い目で、長い髪を後ろで結っている女の子です。
装備は一話の説明を元に想像してください。
というわけで、長くなった上に、本編には遠く及びませんが、正式に外伝認定されるのを夢見て頑張っていきたいです。