陽炎のような時代のなかで第三話


                                 <日常の風景>





「は〜、やっぱりこの都市は大きいですねぇ〜」

 帝都をぐるりと囲む城壁を見上げて、美沙が感心したような吐息をもらす。

 その感想に苦笑して、祐一も確かにその通りだと思った。

 季衣帝国の中心部である華音平原のみならずこの大陸全体でみても1、2を争う人口とそれに裏打ちされた都市の活気は確かにこの都市の偉大さを感じさせる。

 城門をひっきりなしに出入りする人々の群れは大陸最大の国である季衣帝国の首都にふさわしい威容を助長する

 『季衣の帝都に無いものは無い』とまで言われる大都市の城門を祐一逹はくぐった。

 結局、北川や美汐、そして真琴の三人とは上泉の町で別れた。あまり長い間北嶺を留守にしておくことも出来ないということらしい。

 確かに賊たちとの戦いで見せたあの二人の力を見ればその言葉にも肯ける。どちらも相当、いや間違いなく一級の戦力だ。その二人が抜けるということは北嶺の戦力が大幅に減ってしまうことは想像に難くない。

 タイプムーンと尾根が戦争しているからといって、その両国の国境近くにあるこの都市の重要性が減ったわけではないのだ。

 そして、特に祐一が気になったのは真琴という少女だった。

 詠唱こそはしただろうが、特別な儀式も、触媒も無しにあれほどの魔法を一人で扱えるのは、たとえ彼女が妖狐族といえども相当に困難だ。

 祐一は魔法使いでもなんでもないので詳しい訳では無い。

 しかし、常識として魔法は集団で使って初めて大きな効果を発揮させられるということは知っている。

 その常識を、あの少女はあっさりと覆した。

「なんだったんだろうな、あいつらは」

 酒場で美汐から渡された封筒を手でもてあそぶ。

 報告書、と北川は言っていたが、確かにこれでは水瀬秋子に会えなかったというのも無理はない。

 何せ北嶺司令の印鑑どころかなにも書いていない無地の封筒なのだ。本人が休暇みたいなもん、といっていたが、本当にそうなのだったのだろう。

「なにしてるんです? 祐一さん」

 声をかけられた方を振り向く。

 そこには、舞と、北川たちの代わりについてきた菓子折美沙がいた。

 帝都でもう一度商売がある、あとついでに貴族とお知り合いになっとくのは商人の基本ですから。そう言って彼女は付いてきたのだった。

 こういうのを目端がきくというのだろうか。

「……ちゃっかり者っていうんだと思う」

「うをっ! なぜ俺の考えていることが分かるんだ? 舞」

「………………」

「沈黙はやめて。そして美沙もそんな『え? この人マジで言ってんの?』っていう顔やめて」

「え? この人マジで言ってるんですか?」

 棒読みで美沙が言う。

「声にもださないでぇぇぇ!」

 頭を抱えて祐一は叫んだ。そしてひとしきり叫び終わると、

「さて、じゃあ行くか」

 まるで何事もなかったかのように立ち上がった。

「軽いですね」

 あきれたような美沙の声。それに対して祐一は普段通りの口調で答える。

「まあな。どうせ途中からしゃべってたんだろ? 俺」

「まあ、その通りですけど」

「癖みたいなもんだからあまり気にしないで。それで俺はこれから家に帰るけど舞たちはどうする?」

 舞や美沙に向けて祐一は問いかける。

「私は祐一さんについていきますよ。一度この国の宰相閣下とやらに会ってみたかったですし」

 美沙がどこか楽しげに笑う。いつものように、どこか精巧なガラス細工を思わせる笑みだ。

「私は、いったん帰る」

 逆に舞は無表情だ。腰に差された剣がかすかに音をたてる。

「そろそろ一ヶ月近くになるから、さすがに一度は大殿に顔を出しとかないといけない」

 確かに祐一が美沙から依頼を受けてそろそろ一月近くになる。祐一はともかく、倉田家の従者である舞はそろそろ仕事に戻らないとまずいのだろう。

「そっか。それじゃあ、またな」

「なにかあったら呼んで」

 それだけ言って、舞は祐一たちに背を向ける。

 人ごみに彼女の姿がすぐにまぎれて消える。

 そういえば。祐一はふと傍らの少女に問う。

「そういえば、他の人達はどうしたんだ?」

 この美沙という少女は商人だ。当たり前のことだが常に商品を運んでいる。祐一たちもその商品を運ぶ馬車に、上泉からこの帝都まで便乗させてもらったのだ。

 だが、今美沙の周りにはその馬車がない。それどころかひっそりと酒場のなかまでつきしたがっていたらしい執事然とした初老の男の姿もなかった。

「さっきみたら城外で市をやってましたからそこで店出しとくように言っときました。まあそんなにいい稼ぎにはならないでしょうから半分休暇みたいなものですね」

 クスリと美沙が笑う。

 クルリとその場で両手を広げて美沙が回る。

 その姿が、なぜかまるで初めて外に出た子どものように祐一には見えた。






 帝都には貴族区と呼ばれる場所がある。呼んで字のごとく貴族たちの邸宅が立ち並ぶ場所だ。

 とは言っても貴族のすべてがそこに住んでいるわけはない。七選帝公とよばれる名門貴族である倉田家と美坂家の邸宅はこの帝都の郊外にあるし、逆に貴族区に平民の住宅も存在する。どちらかといえば貴族のなかでも爵位が低く、領地を持たない、あるいは持っていてもそれほど大きくない貴族たちが多く住んでいる。

 もともとは法服貴族 や一代騎士といった官僚集団が、仕事をしやすいように宮殿の近くに家を建てるようになったのが発祥らしい。

 祐一が居候している水瀬家も、その貴族区の中にあった。

 祐一たちが水瀬邸の前に着いたとき、ちょうど一人の女性が家の中から出てくるところだった。

 こちらに気づいたその女性は、たおやかというべき笑みをその表情に浮かべる。

「あら、久しぶりですね、祐一さん」

 頬に手を当ててて、その女性は穏やかに祐一に問いかける。

 置手紙一つで一ヶ月近く行方をくらましていた引け目からか、その女性の言葉の言外に何をしているのか問い詰める響きを感じて、祐一は苦笑する。

 だが、祐一が何かいうよりも早く、祐一の隣にいた美沙のことに気がついた女性が言葉を続けた。

「あら、そちらの女性はだれなんです?」

「はじめまして、菓子折美沙といいます。此度は祐一さんに大変お世話になりそのお礼に伺いました」

 優雅に美沙が一礼する。

 まるでいっぱしの貴族令嬢のような気品が漂って見えるような気さえする。

 女性はあらあらと微笑んだまま、

「こちらこそはじめまして。私は祐一さんの叔母の水瀬秋子といいます」

 その言葉に、美沙はあからさまに驚いた顔をする。

 確かにこの人をはじめて見てこの国の宰相だとは誰も思わないだろう。服装一つみても宰相と言うには質素な装束をしている。一介の商人である美沙のほうが豪華なほどだ。

 だが、美沙がもっとも疑わしいと思ったのは服装ではなかった。

「え〜と……本当に祐一さんの叔母さんですか? お姉さんじゃなく」

 美沙の声にはあからさまな不信感がにじみ出ている。

「ええ。でも不思議ですね。皆さんに娘や祐一さんを紹介するといつもそう間違いられるのですが……何故でしょう?」

 そりゃそうだ、と祐一は思う。自分の叔母ながらこの人の外見は謎なのだ。

 何せどう年を見積もっても25歳に行くか行かないかといったくらいにしか見えないのだ。下手すれば祐一より2、3歳年上に見られることもある。いったいどうしたらこんな若さを保てるのだろうかと、何人かで真剣に語り合ったこともある。

 結論は「まぁ、秋子さんだし」という答えになっていないものだったが。

「それはそうと、秋子さんはいまからお仕事ですか?」

「ええ、本当は今日は休みだったんですが緊急の案件が入ったようで」

「それじゃあ後でいいかな」

「どうかしましたか、祐一さん」

「いえね、北嶺の司令から秋子さんに渡してくれっていう封筒を預かってまして」

 懐から先ほどの封筒を取り出す。

 相変わらず宰相に向けて出したとは思えないほど装飾も飾りもない封筒だった。

「とりあえず受け取っておきますね」

「分かりました」

 手にしていた封筒を秋子に渡す。それを秋子は手にしていた鞄の中にしまいこんだ。

 そのまま宮殿に歩き出した秋子は、はた、と足を止めると祐一たちに振り返る。

「そうそう。今日の晩御飯は祐一さんの好きな魚の煮付けですから期待しててくださいね。あと」

 美沙の顔を覗き込む。

「美沙さんもどうかしら。商人なら異国や辺境のお話にも詳しいだろうからご一緒したいのだけれど」

「なぜ私が商人だと?」

 美沙が目を細める。まるで秋子を観察するように。

 そんな目を向けられても、秋子は笑みを崩さずに軟らかい言葉で付け加える。

「変わった名前ですからね。最近勢力を伸ばしてきた商人ということで貴女の名前を聞いたことがあったんですよ」

 秋子は再び微笑む。そして祐一に再び視線を向ける。

「名雪も時菜も寂しがってましたから、顔くらい見せてあげてくださいね」

「二人は家の中ですか?」

「名雪は西園八校尉の仕事で兵舎に行ってます。時菜は……適当に散歩してると思いますよ」

 どこか寂しそうに言い終えて、秋子は踵をかえす。そしてそのまま彼女は宮殿へと向かって行った。

 一度水瀬邸に入ろうと門をくぐって、祐一は美沙に振り返る。

「美沙も入るか?」

「あ〜、私は一度皆のところに帰ります。これからの計画についていろいろ話し合う必要がありますから。夕食時くらいに

またおじゃましますね」

「あ、待て!」

 走り去ろうとした美沙を呼びとめる。

 振り返った彼女に祐一は木で出来た札を投げつけた。

「もし呼び止められたらそれ見せろ。鑑札だ」

 鑑札とは身分証明書の一種である。絵の描かれた一つの木の札を二つに割ったもので、その二つがぴったり重なって絵が描き出されたら、その所持者の身分は保証されるといったものだ。

 祐一が美沙に投げたその鑑札の表には首を伸ばした鶴が、裏には『貴賓者』と書かれている。

 祐一が投げつけた鑑札を美沙が受け取る。それを横目で確認して祐一は水瀬邸に入る。

「ただいま」

 返事は返ってこない。当然だ。この家の家主である叔母はさっき宮殿へ行ったし、その娘で自分の従姉妹にあたる双子の娘も出かけていると叔母に聞いたばかりだ。

 それでもそう言ってしまうのは自分の過去のせいなのだろうか。

 自分の名前と、この家が従姉妹逹の住む家だという記憶以外何も持たずにこの家の前に突ったっていたかつての記憶。

 意を決して入った自分を暖かく迎えてくれた水瀬家の人達。

 二階にある自室のベットに倒れこんで祐一は思う。

 だから、『ただいま』と言うことで自分はこの家にいてもいいのだと自分に言い聞かしているのだろうかと。

 はて、なにか忘れているような。

 しばらく考えても分からなかったので、水でも飲もうかと立ち上がった時にうっすらと赤く染まったベッドを見て気づいた。

「着替えるの忘れてた」

 盗賊退治にいくのに着替えなんぞ持っていくわけもなく、ついでに美沙たちから買うほどでもなかったのでそのままだったのだが、考えて見れば荒野で何人か斬り殺した賊の返り血で祐一の服は真っ赤に染まっている。

 道理で街の人達が祐一を見る目が冷たかったわけだ。

 秋子さんも言ってくれたらいいのになぁ。

 そんなことを思いながら祐一は大きく背伸びしてつぶやいた。

「とりあえず洗濯するか」

 

 

 この貴族区に住む大多数の貴族とおなじく、水瀬家も貴族としての家柄は低い。領地をほとんど持っていないのだ。秋子の父の代まではただの法服貴族(役人)でしかなかったから仕方ないのだが。

 ちなみに領地を持たない貴族というのはけっして裕福ではない。

 平民が貴族という言葉に感じる雅さを持っている貴族なんて大領主くらいであったりする。

 だから服を着替えた祐一がリビングから取り出したタライと洗濯板を持って、共同の井戸の冷たい冬の水で血まみれの旅装を洗っていても別に珍しいことではないのである。

「痛! てか蟹っ!? 鋏むなってのいやごめんなさい鋏まないでください」

「なにしとんだ? 相沢」

「ついに蟹と結ばれる決意をしたのだろう。ほっといてやりたまえ桜井」

 井戸から出てきたこぶし大の蟹に指を挟まれてのたうちまわる祐一に後ろからかけられる声。

 鋏から指をはずして祐一は振り返る。

「いきなりだなお前らは」

「いきなりは君だろう。馬を追いかけにいく、という置手紙一つおいて一ヶ月近く行方をくらますとは君には宰相である秋子さんの甥であるという自覚はあるのか?」

 祐一の視界の先に立つ二人の男。

 そのうち眼鏡をかけた男が気障ったらしく言う。

 この男の名は久瀬冬華。選帝公といわれる大貴族には及ばないものの、それなりに領土を持つ久瀬侯爵家の御曹司だ。

 ちなみに西園八校尉であり、名雪の同僚でもある。

 祐一とも学生時代から親交のある腐れ縁の一人だ。

 仲は決して良くなかったが、なぜか今もたまに飲んだりしたりする。

「久瀬……普通に考えろよ。あの相沢祐一だぜ。そんなもんあるわけ無いって」

 そうやってもおかしそうに笑うのはもう一人の男。前髪が目にかかる程度に中途半端な長髪が特徴といえば特徴の男は妖精の血を引くという桜井家の長男である桜井舞人。

 自称ハンサム桜井、人呼んで、

「なんだチキン桜井か。つーかお前ら西園八校尉だろうが! 仕事はどうしたんだよ!」

 握ったままだった蟹を井戸の中に放り投げる。

 ついでに洗い終わった洗濯物とタライ、洗濯板も水瀬邸の中に運びこむ。

 近衛師団長とはそんなに暇な仕事なのだろうか。

 家から出てきた祐一のそんな疑問を彼らは堂々と吹き飛ばしてくれた。

「誰が手羽先が似合う男ですか。まあ質問に答えるとすればその答えは一つ。つまり逃げた」

「サボった」

 臆面もなく言い切ってくれる二人にため息をついた祐一の後ろからまた別の声が聞こえてきた。

「みんなー、なにやってるの?」

 後ろから祐一の前に回りこんできたのは少女だ。

 それも本当に小さな、子どもと言ってしまっていいように思える。

 彼女の名は月宮あゆ。ほんの子どものような外見だが、信じられないことに祐一や久瀬たちと同い年だったりする。

「久しぶりだね、祐一君。一ヶ月も何してたの? 名雪さん心配してたよ」

「置手紙に書いていってたんだけど気づかなかったのか? あいつ」

「そりゃ、『馬を追ってきます』っていう一行で分かる人がいたら凄いよ」

 あゆがあきれたように言う。

 そして、今度は久瀬に向き直った。

「冬華君たちもだよ。香里さん怒ってたよ。『あの馬鹿二人はどこ行ったぁぁ!!』って」

「マジかよ!」

 舞人がたじろいだ。

 祐一の目にもいつの間にかいなくなっている久瀬と舞人の二人に

 普段が冷たい感じすら漂わせる美人だからこそその怒った時の怖さは半端じゃない。

 久瀬はともかく、学生時代から問題児であった舞人はその怖さを身にしみて知っている。

「と、言うわけで」

 素敵な笑顔を浮かべながら、ポン、っとそんな擬音が聞こえてきそうなくらいはっきりとあゆは舞人の肩を叩いた。

「怒られてきてね、桜井君」

「え!! なんで俺だけよ!? むしろ最初にサボろうって言い出したのは久瀬だぜ! ここは久瀬が怒られるべき」

「いまからボクと冬華君はデートだから」

 ギュッっと、あゆが久瀬に抱きつく。

「久瀬ぇぇぇ!! まさか手前ぇ、そのつもりで俺を誘ったのか!」

「当たり前だろう。それでは相沢君、その馬鹿を兵舎まで連れて行ってくれ」

「へいへい」

「はなせ祐一。離してくれぇぇぇ」

 祐一の手からもがいて逃げようとする舞人の目を覗き込む。

 たっぷり数秒はたってから、祐一は達観したような声でつぶやいた。

「あきらめろ」

「いやだぁぁぁ!」

 どうにかして祐一の手を振りほどこうと暴れる舞人を引きずって、祐一は兵舎へと向かって行った。

「あの馬鹿どもはどこ行ったの!」

 兵舎の中で、少女の叫びと、机を叩いた高い音が響く。

 ウェーブのかかった髪のきめ細かさや、身につけた小物などから、相当の身分に位置する人間だと人目で解る。

 その少女の名は美坂香里。

 この季衣帝国に七家存在する選帝公家のなかでも1,2を争う名門の美坂家である長女で、間違いなく次期当主になるだろうと言われている。

 西園八校尉という近衛師団長は名門の子弟が就任することが不文律とされているが、彼女はたとえ美坂家の本家出身でなくとも、この地位に着いただろうといわれるほどに優秀な少女である。

 そんな少女がいつもの冷たい容姿を怒りに染めて叫ぶ姿に、兵舎の中にいた人間のほとんどがその声に身体を震わせた。

 だって怖いし。

「怒ってもしょうがないよ香里」

 すぐ近くにいたにも関わらずに平然と書類に向かって仕事をする少女が顔を上げずに香里をなだめる。

 いつもの通りに平然とした態度の親友に、香里は毒気を抜かれたような顔をした。

「でもね名雪、言いたいことがあるのよ。それもいくつも」

「言えばいいじゃない。私でよければなんでも聞くよ」

「そう、じゃあ言うけど」

 一つ咳払いをして、

「なんで今ここに私と名雪の二人しかいないのよ!」

 香里の叫び声に、名雪は面倒くさそうに顔を上げた。

「倉田さんは宮殿に行ってるし、古河さんは病気で領地のクラナドに、紫光院さんは実家のゴタゴタで同じく領地の風見に帰ったでしょ」

「じゃあ、他の三人は!? 久瀬君とか桜井君とか月宮さんとか。私が出て行く前まではいたでしょ! それがなんでいなくなってるのよ」

 近衛師団長。

 肩書きは立派だが、その実質はこの帝都の警察機構の一部に過ぎない。ようするに貴族たちのキャリアの一つだ。それも七人の選帝公の内で、年若い子どもがいれば無条件で入れるような。

 とは言ってもこの季衣帝国の正式な役職の一つである以上、堂々とサボっていい訳は無い。

 それなのに香里が近くに行われる祭りの会議に出席したほんの二時間ほどの間に三人もがいなくなっているのだ。

 香里が怒るのも無理は無いと名雪は思う。

「香里が出て行ってしばらくしたら久瀬君と桜井君が出て行って、香里が帰ってきてすぐにあゆちゃんも出て行ったんだよ」

 窓の外をぼんやりと見ながら名雪は答える。

 帝都の城内と城外をまたがって建てられているこの兵舎の名雪の後ろに位置する窓からは城外で立っている市場の様子が一目で見渡せる。

 その中で、一人の少女で名雪の目が留まった。

 市を出している商人たちに指示を出しているらしい少女の年は若い。自分たちと同じか下手すればそれよりも年下に見える。

 だが、名雪がその少女で気になったのは年齢ではない。

 どこが似ている、と言う訳ではない。しいていえば髪が少し茶色がかって見えるところか。

 だがなんとなく、その少女が目の前で終わることなく不満をこぼし続けている親友にかぶって見えた。

「ねぇ香里、あの子どう思う?」

「あの子って?」

 香里が名雪の机越しに窓の向こうを覗き込んだ。

「ほら、あの馬車の前で指揮してる子。なんとなくだけど香里に似てない?」

「そうかしら?」

「うん。もしかして香里の生き別れの姉妹だったりして」

 軽い気持ちで名雪は言う。

 香里から妹の話など聞いたことが無い。だからただの冗談のつもりでの言葉だ。

「私に妹なんかいないわ」

 だが香里はぴしゃりと名雪の言葉を否定する。

「私に……妹なんて」

 その香里のつぶやきは否定というよりもむしろ自分に言い聞かせているようなつぶやきで。

 いままでの激昂が嘘のように沈黙して書類に向かう香里に奇異の視線と香里の怒りに触れないように身をすくませていた兵士たちの感謝の視線も今の名雪にはあまり気にならなかった。

 それよりも今の名雪にとって大事なのは、常に顔に貼り付けている冷たい仮面が今はがれているということだ。

 親友である自分にさえ剥がして見せることの無い「美坂香里」という仮面。それが「妹」という存在で剥がれたということだった。

 これは何かあるね。

 顔に出ない程度に表情を緩めて、まだたっぷりと残っている書類に判子を押す作業に戻る。

 作業をしながら名雪は双子の妹のことに思いを巡らせる。

 水瀬家には、公式には子どもは名雪一人しかいないことになっている。それは、名雪と時菜が双子の姉妹だからだ。

 双子は忌み嫌われる。姉はともかく、妹は生まれたことを祝福されることは無い。

 双子は分けてしまうから。天運も、力も、なにもかも。そんな根拠も無い言い伝えで。

 だが、妹である時菜は名雪にとって大事な存在だ。だが、双子であるというだけで妹を嫌う、あるいは露骨に差別する人も多い。

 それをくだらないと名雪は知っている。だが、そう思う人は少ないということも知っていた。

 最後の一枚に判子を押し終えて大きく背伸びした。

 自分はいつもと同じのんびりした表情をしているのだろう。

 だが名雪は、そんないつもの振る舞いのなかで、冷たい笑みを浮かべている自分に気がついていた。

 城門をひっきりなしに出入りする人の群れを眺めながら、名雪はその香里の妹についてぼんやりと考えていた。











   あとがき

リスロット(以下リス)「ではあとがきを始めましょう。このサイトでは対談式が少ないようので以降は対談式にしようと思ってます」

祐一「なんで?」

リス「何でって……そうでもしないと他のSSにまぎれちゃうじゃないか(泣)」

祐一「悲しい理由だな。というか相変わらずキャラが変だよな。特にあゆと久瀬がくっついているのとか」

リス「新鮮だろう、このSSは他人と違うをコンセプトにしているからな。まあ自分でもたまに『これ二次にする必要無くない?』とか思ったりもするけど」

祐一「駄目じゃん……それに季衣帝国とか言っててKEY以外もいるんだな」

リス「あくまでKEYキャラが中心ということで」

祐一「あと俺って記憶喪失?」

リス「うむ。君が持つ最初の記憶は水瀬家の前にいる記憶だ。それ以前の記憶などない」

祐一「何故に?」

リス「なんとなく?」

祐一「(怒)……」

リス「嘘だって! ちゃんと理由があるんだよ」

祐一「本当だろうな」

リス「本当だよ……なった理由を書くかは解らないけど」

祐一「オイ!」

リス「拙い文章ですみません。読んでくださった皆様、管理人様、ありがとうございます」

祐一「逃げるなよ!」