『あのあのっ。良かったら初詣、一緒に行きませんか!?』
「唐突だな、おい」
そのあまりの少女の大声量に多少携帯のスピーカーを耳から離しつつ、トキヤは告げた。
It's a happy time.
携帯を操作していた時に電話が掛かってきたため相手を確認せず慌てて出てしまったのだが、そんなことを言い出す少女は一人しかいない。
故にトキヤには一瞬でそれが誰か判断がついてしまい、とりあえずスピーカーの向こうの相手が落ち着いたことを確認すると、再びスピーカーを耳に当てる。
「で、何でお前はいきなりそんなことを思い立ったんだ?」
ちなみになのだが、今年も今日で終わりである。
一応時間は昼間だが、それでももう十二時間も無い。
で、そんなタイミングに言ってくるのはどういうわけか。
こちら予定が決まってなかったからいいものの、一体決まっていたらどうするつもりだったのだろう。
トキヤとしてはそう思わずにはいられないだろう。
『えーと、ご迷惑……でしたか?』
そんな少女の反応を聞き、トキヤはため息一つ。
「あのな? 俺はそんな根本からの質問はしてねぇっての。何で今さらになってそんな話が出てくるのか、ってのを聞いてるんだよ。普通、聞くにしてももっと早いだろ?」
『あ、そ、そうなんですか……? え、えっとですね、本当は友達と行く予定だったんですけれど、急に行けなくなったって言われちゃいまして……。
それで……えっと、トキヤさん、『年末は暇だ』って言ってましたから、それで誘ってみようかなって』
「あー……」
そういえば、そんなことを言った覚えがある。
別に一緒に行く奴もいないし、今年は家で紅白でも見ながら過ごそうと思っていたのだが……どうやら、それを少女は覚えていたらしい。
「お前もよく覚えてるな、んなこと……」
『え、だってトキヤさんのことだか――あぁぁっ! 何でもないです気にしないでくださいぃーっ!』
と、そんな少女の必死の反論も意味なし。
いきなり叫ばれた時点で鼓膜が揺るいでしまい、何を言われたのかなんて全部飛んでいってしまったのだから。
なまじ自分は絶対音感だとか音には敏感だとか言われているほどなので、耳元での大音声に対する耐性は低いのである。
「で……行くのか?」
『……ふぇ? いいんですか?』
そう聞き返され、またもトキヤの口からはため息が漏れる。
「……この電話の意味は何だ?」
『い、いえっ! 是非お願いしますーっ』
本当、騒がしい少女だこと。
「じゃあ、十一時半に時計台前に集合な。あそこからなら神社まで時間掛からないだろ」
『はい。わざわざすいませんでした』
「気にすんな。どうせ暇だったからな」
そこからは二、三雑談を交わし、会話を切る。
で、すぐさまトキヤはメモリーを呼び出し、一つの番号へと書ける。
しばらくのコール音の後、その相手は電話に出た。
『どうした? トキヤ』
もう聞きなれている男性の声。
それがスピーカー越しに聞こえた。
「てめぇユウイチ、アイとのことを仕組んだのはお前だな?」
怒鳴りはしないものの、明らかな敵意を込めた言葉で電話先の相手へと告げる。
最近知ったのだが、どうにもこいつは、自分とアイをくっ付けたいらしいのだ。
以前からアイが自分を好いていることは知っていたし、自分も多分、アイのことは嫌いではない。
だが如何せん、トキヤはそういうことに関しては自分から行動を取るタイプではないし、アイはアイで自分から行動に出れない引っ込み思案だ。
で、どういったソースからかそれを知ったユウイチは、ことある度に自分とアイが一緒になるように仕組んできのたである。
だが頭が切れる上に天才といっても過言ではないユウイチのその手際に、自分も最近知るまで騙されていたのだ。
『さぁ、どうだろうな。別に俺は仕組んだわけじゃ無いぞ? ちょっと助言を二、三しただけだ』
「お前の口に掛かればアイを丸め込むのは簡単だろうな? 助言の中に幾つかそういう言葉を入れたんだろ」
『いや違うさ。完全な助言だ。ただ、その助言自体がそう仕向けさせるに至ってるんだがな』
「……わけわかんねぇ」
『だから俺はこう言ったんだ。『トキヤは以外に人気があるから、行動するなら早めにしろ』ってな』
「テメェ完全に誘導してるじゃねぇかッ!!」
確かに助言ではあるが、それでは仕向けたも同然だ。
通話終了ボタンを押すのも忘れて、トキヤはベッドに携帯を叩きつける。
で、もうあんな奴は知らない、とでも言わんばかりにそのまま床を殴った。
「……着替え出しておくか」
が、既に何をしようが時既に遅し。
今自分に出来ることは、アイとの待ち合わせに遅れないように用意をこの散らかった部屋から引っ張り出しておくことだけであった。
だがしかし、その一時間後。
トキヤの姿は何故か最寄のデパートの、服売り場にいた。
いや、別にアイと一緒に行くから、とかそんな特別な意味は無い。
ただ部屋を物色していたら思ったよりも服が汚れていて、洗濯機に掛けたのだが間違い無く今日中には乾かないと悟ったトキヤはこうやって服を買いに来たのだ。
――何やってんだろうな、俺は
本当ならば家から出る予定も無かったため、着替えも必要無いと思っていたのに、いざ出かけることになるとこの様だ。
情けない、と思う。
多分アイは、もうそういう用意は完全に出来ているだろう。
引っ込み思案な彼女は、おそらくユウイチに言われるまでもなく、トキヤを誘おうとしていたはずだ。
多分、友達と行こうとしていたのも嘘だろう。それぐらいはトキヤだって分かる。
だから多分、誘うことを先延ばし先延ばしにしていってしまい、結局は一番重要な誘うことの前に準備とかが済んでしまっているはずだ。
もしそれで断られたらどうするつもりだったんだ、と昨日と同じ疑問が湧きあがるのだが、しかし自分は既に了承してしまっている。
考えるだけ無駄なようだった。
そしてそこまで考えて。
自分がそこまでアイを理解していることに、ちょっと眉をひそめる。
別に嫌とか言うわけでもない。
ただ、それが何だか、どんどんユウイチのように自分とアイを引っ付けようとする奴等の術中にはまっていく気がして癪だったのだ。
「……クソ。いつか仕返ししてやる」
幸い、ユウイチには二人の婚約者というあり得ないような存在がいる。
その二人をネタに存分仕返ししてやろう。
そう心に決め、トキヤは適当に服の物色を再開した。
「き……緊張した……」
携帯を切った後、アイはその場にぺたんと崩れ落ちた。
極度に張った緊張の糸が音を立てて切れたのだ。
ずっと誘おうと思っていたのに、いざとなれば全然心が落ち着かなかった。
――後でユウイチさんにもお礼言わないと……
だがそれでも、誘えたことには間違いは無い。
だから後でその後押しをしてくれた人にお礼を言う必要があるだろう。
はぁ、と一度心を落ち着かせるために息を吐くと、ちらりと壁を見る。
そこに掛けてあるのは学園の制服と――今日のために時間を掛けて選んだ服だ。
トキヤを誘おうとは初めから思っていたので、その手の準備には抜かりは無い。
忘れ物も何も無いことを確認してから、時計に目を落とす。
まだ、約束まで十一時間。
――焦りすぎ、かな
トキヤと一緒に歩くのは何もこれが初めてではない。
それどころか、部屋に呼んで勉強を教えてもらったこともあるぐらいだ。
だが、初詣などのようなイベントに一緒に行こうと誘うのはこれが始めてなのである。
だからその感情も仕方ないだろう。
「……あぅーっ、緊張するよーっ」
電話の時とはまた違う緊張を覚え、とりあえず意味無くベッドの上で転がってみる。
もうそれは、端から見ても立派な恋する乙女であった。
が、その時。
不意に家のチャイムが鳴った。
「は、はいぃっ!?」
で、そんな状況にチャイムがなるものでビクゥッ! とアイは体を震わせ、素早くベッドから飛び降りると扉へ直行した。
そして思いっきり扉を開け放――
「ひぅっ!?」
「……あれ?」
ガツン、と鈍い衝撃を手に覚えた。
いやまぁ考えれば分かることだ。
チャイムを押した相手は当然扉の前に立っているわけで、そんな状態で扉を力いっぱい開け放てば……どうなるか。
「い……いひゃいよ……アイちゃん……」
「わ、わわわっ! ごご、ごめんねナノハちゃんっ!」
当然その扉は相手に直撃するわけで、そして現に鼻頭を真っ赤にして抑えている少女にアイは力いっぱい頭を下げた。
「それで、今日はどうしたの?」
「へ? 何が?」
そう訊かれたナノハは、小首を傾げそう問い返した。
その反応にアイは苦笑し、
「何がって……ナノハちゃん、なにか私に用事があったんじゃないの?」
「あ、あーあー。そうそう。アイちゃん、トキヤさんはちゃんと誘えたのかなーって思っ……って、ふぇ? 何で真っ赤なの?」
「な、何でも無いからっ!」
その会話だけで、一気に顔を紅潮させていた。
お茶もって来るね! と全力で叫んでその場を離れたアイを見、ナノハはははーん、と顎に人差し指を当てる。
「そっかそっかぁ……。ちゃんと誘えたんだねぇ、良かった良かった」
で、満足げに頷くのだった。
この少女もまた、何気に頭の回転は速いのである。
紅茶が机の上に並び、とりあえずはやっと落ち着いたアイがそれを一口飲み込む。
「……それで、繰り返すけどどうしたの?」
「んー、本当は用事なんて無いんだよね。どうせアイちゃんのことだから、今からトキヤさん誘ってどっか行ってるなんて思えないし? だから暇つぶしに参上してあげたんだよー」
笑顔のまま棘のある言葉を吐いてくるナノハに、アイはうぐぅと声を詰まらせる。
だってそれは図星なわけで。
「……ナノハちゃん、意地悪だ」
「えー、そんなことないなーい」
絶対嘘だ。確信犯だ。
まるで悪びれた様子の無い少女に、アイはため息を一つ。
――ナノハちゃんってこんな子じゃなかったはずなのになぁ……
で、そう心の中で呟いた。
「じゃあアイちゃん、早速暇つぶしに、」
にっこりとその日一番の笑みをナノハが浮かべて、
「とりあえず何でトキヤさんを好きになったのかじっくりたっぷり聞かせてほしいなぁ?」
いい笑顔で言い放ち、アイはその場からマッハで逃げ出した。
しかし回り込まれてしまった!
「あはは、にーがさなーいよー」
「う、うわぁぁぁーんっ!!」
長い長いお昼の時間が始まった。
「……俺は馬鹿か」
はぁ、と白い息を吐き出し、トキヤは呟く。
雪もちらほらと舞い始めたこの時間は十時半。
まだ約束まで一時間もあるというのに、既にトキヤは待ち合わせ場所に到着してしまっていた。
自分の家は遠いし、遅れないように出ようと早めに出たのがどうやら裏目に出たらしい。
信号には一つも引っかからなかったし、予想外にそこまで寒く感じなくて歩も結構早く進んだ。
で、結果がこれである。
早くても三十分前か、と思っていたのだが、予想外れもいいところだった。
――これじゃあ、俺が落ち着いてないみてぇじゃねぇか……
まさかアイじゃあるまいし、とため息混じりに呟く。
トキヤ自身、これでも落ち着いているしその自覚もある。
別にアイと一緒に行くからと極度の緊張状態にあるわけでもなかった。
が、それでも何でだろう。
あのアイのことだから、こんな時間に来ていてもおかしくは無い。
だからもしそうだとして、待たせてしまっていては悪いと思ったのだ。
……いや、そう思っている時点で、彼は初めからこの時間に着こうとしていたのだろう。
まぁそれは杞憂だったのか、待ち合わせ場所にアイらしき姿は無かったのだが。
本当、これでは自分の行動が完全な空回りだ。
はぁ、とため息をもう一つ。
どこか近くの喫茶店で時間でも潰そうか、と考えたその時だ。
雪の向こうに見知った姿を見つけ、トキヤは苦笑した。
やっぱり、この行動は間違いではなかったらしい。
「早すぎたかなぁ……」
時計台への道を歩きながら、アイは呟く。
早すぎたも何も、時間はまだ一時間もある。
きっとこれではトキヤが待っているはずも無いだろう。
「うぅ……私の馬鹿……」
ほんの一時間前までは、アイは自分の家にいたはずなのだ。
で、アイから全てをしっかり搾り取るように聞き出したナノハが満足げに帰っていくのを見送ってから、何故かいてもたってもいられなくなって行動に出た。
用意していた着替えに鞄を持って身だしなみを整えて外に出てここへ来るまでに、全部で一時間だ。
本当にもう少し落ち着いていればよかったと思う。
――これじゃあ私恥ずかしい子だよぉ……
一人時計台で長々と待つ、そんなありがちな恋愛小説みたいな真似はしたくなかったのだが、ここまで来てしまってはもうどうしようもなかった。
家に帰ろうにも、ここから往復すれば軽く一時間近く掛かるので意味が無い。
もうこうなればここで待つしかなかった。
お金には持ち合わせがあまり無いので、喫茶店とかという選択肢もなかったのだから仕方が無いだろう。
そうため息を吐いて、前を見る。
そして、こちらを見つけ、苦笑しながら歩み寄ってくる彼の姿を見つけた。
「馬鹿だな。お互いに」
「あはは……。そうですね」
神社への道を歩きながら、二人は苦笑した。
待ち合わせより一時間も早く集まってしまうなんて、普通ありえないだろう。
だがそれがありえてしまったからこそ、二人は苦笑しあった。
「どうするよ? こんな早く着いちまってもやることなんかねぇぞ?」
「屋台とか、出てませんか?」
「あー……。じゃあそっちで時間潰すしかない……か」
「私は構いませんよ? 屋台、好きですし」
「……金魚すくいとかクレープが好きそうだよな。お前って」
「あー……あはは……分かります? やっぱり」
「結構な時間を一緒にいるからな。それぐらいは分かる」
むしろ、アイという分かりやすい少女に関しては知らないことの方が少ないだろう。
いや口にはしないが。そうした時の結果、考えるまでも無く分かるだろうし。
「んじゃぁ、行くか」
「はいっ」
お祭りが好きなのか、それとも果たしてトキヤと歩くのが嬉しいのか。
アイは力いっぱい頷いて、歩き始めたトキヤの後ろに続いた。
「そろそろ、か?」
腕時計に目を落とし、トキヤは告げた。
時間はもう十一時五十五分。
あと五分で、今年も終わりだった。
「そう、ですね」
隣にいるアイもこくんと頷き、だが何かを言いたそうにこちらを見上げた。
「どうかしたか?」
それに気がついたトキヤが問うと、アイはこくんと頷く。
「今年のこと、思ってたんです」
「は? 今年のことって?」
「私が、トキヤさんと出逢ってから今までのことですよ」
「あぁ……なるほどね」
それならば、自分もしっかりと覚えている。
それこそ、本当に出逢いから今に至るまでの全ての出来事を。
「今年は本当に色々なことがありました」
それを一つ一つ思い出すように目を瞑り、胸に手を当て、アイは呟く。
「そうだな」
トキヤも同じく目を瞑り、全ての想い出を頭に浮かべる。
「嬉しいことも、楽しいことも、哀しいことも全部。私は一つも忘れずに覚えています。だからトキヤさんと出逢ったあの日も、全部私は忘れません」
「それは俺もだ。忘れやしないさ」
ぶっちゃけ、出逢って早々に勉強を教える羽目になった少女のことを忘れるなんて思えない。
「でしたら嬉しいです。私も、同じ想いですし」
その言葉の後、少し間が開く。
だがその沈黙は決して心地悪いものではなく、むしろこの沈黙も、また心地いい時間だった。
そして同時に、その沈黙で少女は覚悟を決める。
「来年も、一緒にいていいですか? 隣にいるのが私じゃ、駄目ですか?」
そして告げた。
自分の本当の想いを。
アイがトキヤに伝えたいと思ったことを。
そして、再びしばしの沈黙が訪れる。
だがそれも、ほんの数秒。
次にはトキヤが口を開いていた。
「あけましておめでとう、だ。アイ。今年も、んでこれからもよろしくな」
その笑顔と言葉に、アイの目に涙が滲む。
「――っ! はいっ!」
そして、力いっぱい頷いた。
あとがき
どうも、昴 遼です。
さて、お正月ということで書いたSS(?)をお届けします。
カッとなって書きました。後悔はしていません(ぇ
自分は三次創作の小説を載せてもらっている身ですので、何かできる事は、と思ってこれを書きました。
もちろん、完全恋愛方面に走ってみましたけどね?(オイ
でも、書いていて楽しかったです。
こういったものを書くのは初めてなのですが、なかなか面白い物ですね。
テーマがお正月と固定してあるので、なかなか書きがいがありました。
ではこんな物で申し訳ありませんが、どうぞ。
新年、明けましておめでとうございます!
※注)この作品は、神無月さん作の『神魔戦記』とは何の関連性もありません。
※注2)キャラクターも関係無いので、性格が違っても気にしてはいません。
※注3)この世界に、年齢層による付き合いを気にする人はいません(マテ
※注4)トキヤはロリコンでsウワナニヲスルヤメロ。