4月8日

 今日は、このDREAMコロニーのパイロット養成校の入学式の日。
 なんと、観鈴ちんはその学校にパイロット候補生として入学するんです。
 わたしのお母さんは元連邦のパイロットで、わたしが学校に入りたいって言ったら「それでこそウチの娘やっ」て褒めてくれました。
 近所の人も、「お母さんみたいな立派なパイロットになれるといいね」って言ってくれました。
 お母さんみたいに誰かを守れるパイロットになるために、観鈴ちん、ふぁいとっ♪


 4月9日

 入学式の次の日から早速訓練です。
 がお、とっても大変……
 でも、お母さんや他の人たちが頑張れって言ってくれるから、観鈴ちん負けない♪


 4月10日

 今日は座学でMSの特性とか難しいことをいっぱい勉強しました。

 それと、友達ができました。
 同じクラスの後の席の子で、名前は川口茂美さん。
 一緒にお昼ご飯を食べました。
 一人で食べる時よりずっとずっとおいしかったです。


 4月11日

 今日は基礎トレーニングが終わったあと、初めてのシミュレータでの訓練がありました。
 わたしは(数行に渡って乱暴に塗りつぶされている)
 なんと、観鈴ちんはそのシミュレータで高得点を取って先生に「さすが名パイロットの娘だけあるな」って褒めて貰いました。


 4月12日

 (ページが乱暴に破り捨てられている)


 4月13日

 (ページが水滴が落ちたように一部ふやけている)
 えと、昨日は特に何もなかったです。
 普通に訓練をして、お友達とおしゃべりをして、帰ってきてからお母さんとご飯を食べました。
 今日もおんなじです。


 4月14日 

 今日は学校はおやすみの日。
 川口さんや、隣のクラスの霧島さんと一緒に、これからお出かけしてきます。
 みんなで一緒にショッピングしたり、外食したり……
 にはは、楽し(ここから先がぐちゃぐちゃに塗りつぶされている)


 4月15日

 (これ以降しばらく日記は書かれていない)


 5月28日

 今日は実機での訓練がありました。
 模擬弾を使用しての戦闘訓練、観鈴ちんはクラスで一番になりました。
 「アムロ=レイの再来かっ」ってみんなが観鈴ちんに驚いてます。
 お母さんも「こんな立派な娘がいてウチも鼻が高いわ」って、いろんな人に自慢してます。


 6月13日

 今日は大変なことがありました。
 なんと、ジオン軍の残党がこのコロニーに攻め込んできたんです。
 でも、観鈴ちんが、格納庫にあった新型のガンダムにのって見事撃退!
 観鈴ちんはこのコロニーを守ったのです。
 えらいぞ観鈴ちん、凄いぞ観鈴ちん!!


 7月22日

 観鈴ちんの大活躍はとどまるところを知りません。
 そんな観鈴ちんについにあの、ロンド=ベル隊から誘いが来ました。
 「君をパイロットとして我が隊に加えたい」って。
 お母さんや友達と離れてしまうのは大変だけど、これもみんなを守るためです。
 出発は明後日。だから、明日はわたしのお誕生日会とお別れ会を一緒にやるそうです。
 今まで誕生日はずっと一人きりだったから、とっても嬉しいです。
 みんなでケーキを食べて、歌を歌って……あ、あとせっかくだからみんなでトランプ大会もしよう。
 初めてみんなと過ごす誕生日。早く明日になら――










 ……もう、やめよう

 こんな、嘘で塗り固められた日記、何にもなりやしない。



 そう。全ては偽りだ。



 パイロット養成校に入りたいと言った時、まわりの人間全員が反対した。

 曰く、

「お前なんかじゃ絶対無理だ」
「いくらお母さんが凄いパイロットだったからって、あなたが無理に真似をする事はないのよ」
「人には向き不向きがあるから」

 エトセトラ、エトセトラ……





 訓練初日、疲れきった彼女にかけられたのは、「それ見たことか」とでも言いたげな、周囲の視線。

 養成学校の教官は観鈴の母、神尾晴子だったが、彼女は娘をまったく特別視せず他の生徒と同じように、いや、より一層厳しく指導した。




 観鈴に声をかけてきてくれた子がいた。
 けれど、仲良くなれそうになったとき、観鈴の癇癪が爆発した。

 ――仲良くなりたいと思ったのに。

 ただ子供のようにむずがり泣き喚く観鈴に、声をかけた少女は何もできず、ただ立ちつくすだけだった。
 騒ぎを聞きつけた晴子が強引に連れて帰るまで、観鈴はずっとそのままだった。

 晴子によって家に連れて帰られた観鈴は、一人で昼ごはんを食べた。
 晴子は観鈴を家に連れ帰るとすぐに養成校に戻って行ってしまった。

 一人でレトルトのバーガーを温めて食べた。
 全然おいしくなかった。




 シミュレータ。
 起動直後に墜とされた。

 晴子が見ている前だったから。
 いいところが見せたくて、暴れた。

 次の人間に早く代わるよう言われても、頑としてシミュレータから出ようとしなかった。
 もう一人の教官が、そんなに言うならもう一度やってみろといった。

 また、起動直後に墜とされた。

 十二台しかないシミュレータの一台を一人で占拠し続ける観鈴にとうとう晴子が切れ、ドアをこじ開けて中から引きずり出し、校庭に叩き出した。





 次の日、観鈴は学校をさぼった。
 全然行く気がしなかった。





 遊びに誘ってくれる友達なんていない。
 何度も騒ぎを起こした観鈴は、校内でもすっかり有名だ。

 クラスメイトも、みな観鈴を遠巻きに見ているだけで、誰も関わろうとしない。






 せめて日記の中では理想の自分でいようとして、現実と理想の差に苦しんで。

 だけど、その落差にとうとう耐えられなくなった。


 こんな時、誰かに弱みをこぼしたりできればいいのだろう。
 だが、彼女はそれをしない。

 友人と呼べる人間を持たない彼女だが、彼女にも母親はいる。

 しかし、彼女は母に頼った事はほとんどない。

 迷惑をかけるわけにはいかないと、懸命に自分に言い聞かせて。


 だから、彼女は一人ぼっち。


 一人で遊んで。一人で泣いて。一人で苦しんで。一人で生きて。一人で死のう。


 誰にも迷惑をかけないように。



 大丈夫。観鈴ちんは強い子だから。
 きっと一人でも大丈夫。






 大丈夫、大丈夫……なはずが、なかった。






 一人ぼっちは、何よりも寂しいから。

 周りはみんな楽しそうに友達と喋っているのに、自分はいつも一人きり。

 
 悲しかった。
 声を上げて泣きたかった。

 でも、そんな事をしたらお母さんが心配するから。

 お母さんは本当のお母さんじゃないけど、とっても優しくて素敵な人。
 本当の子供じゃないのに、迷惑をかけちゃいけないから。

 だから観鈴は声を上げずに泣く。
 一人きり、誰もいないこの場所で……




スーパーロボット大戦
外伝

ガール・ミーツ・ガール
屋上の妖精





 目を醒ますと、すでに昼近くだった。

 今日は平日。もちろん学校がある。
 観鈴は布団からのそのそと這い出すと顔を洗って制服に着替え、教科書とノートと筆記用具しかはいっていない鞄をつかんで家を出る。

 食欲はまるでなかったから、途中でジュースだけ買ってそのまま学校へ向かう。

 無論遅刻だ。
 だから、ばれないようにこっそりと教室に入り、いかにも朝からいたような何食わぬ顔で授業を受ける。

 大丈夫。クラスの誰も、教師さえ観鈴の事を気にしてはいないから、誰からも何も言われる事はない。

 全部、いつもどおり。



 グラウンドでは、他のクラスの生徒が基礎体力訓練を行っていた。

 疲れるし、辛くてたまらないはずのその講義風景の中、楽しそうに笑っている少女がいた。

 他の子と同じ、赤いラインの体操着に紺のブルマ。
 右手に巻いている黄色のバンダナが腕を振るたびに風になびき、体操着が風を巻き込んで大きく膨らむ。
 ばててスピードの落ちてきたクラスメイトのそばに駆け寄り、励ますように声をかけて一緒に走る。

 Cクラスの霧島佳乃。
 観鈴とはまったく違った意味で校内でも有名な少女だ。

 明るく前向きで友達も多く、みんなの人気者。



 観鈴は無理やり目をそらすようにして、足早にその場を離れた。

 だが、耳には彼女の明るい声が、何度もリフレインしていた――






 教室に着いた。
 が、いつもは生徒たちが真面目に講義を受けているはずの教室は空っぽだった。


「あ――そっか。今日は、視聴覚室でバルマー戦役の記録映画を見るって……」


 退屈な座学の中で、この種の映像授業だけは生徒に人気がある。

 赤い彗星シャア=アズナブルや連邦のエース、アムロ=レイ。若きニュータイプ、ジュドー=アーシタやウッソ=エヴィンら、バルマー戦役時代のエースたちは、パイロット候補生たちの憧れの的だ。

 きっと今頃、みんなで映像を見ながら好きなニュータイプは誰かとか、アムロとシャアはどっちが受けかなど楽しく話しているのだろう。


 無論、観鈴にもそういう話は大好きだ。
 一年戦争時代戦車随伴歩兵スカウトだった晴子から色々なエースの話を聞かされたことがあるし、個人的にも好きでテレビなどでの特番は欠かさずチェックしている。


「でも、わたしなんかがいきなり話しかけたら、きっとみんな気まずくなっちゃうよね……」


 今や、学校の誰もが観鈴のことを知っている。
 それも、悪い意味で。

 と言っても、別にいじめなどを受けているわけではない。
 ただ、そこにいても誰も気にしなくなっただけだ。
 
 最初の内は色々な人間が話しかけてきたりもした。
 だが、その後での癇癪事件があったせいで、今となっては観鈴のほうから避けるようになった。


「……次の授業になるまで待とう……」


 そう言って、観鈴は逃げるように屋上へと向かった。





 このコロニーでは、一年の天気のほとんどは晴れに設定されている。

 屋上から見える空は、観鈴のようなコロニーしか知らないものにとっては当たり前の、偽りの空。


 上を見上げれば、そこには逆さまの大地が見える。
 視界の隅には、“海”と呼ばれる海水を満たしたプール。

 もっとも、彼女の母親に言わせれば「あれは本当の海やない。あんなん、ただの塩味のついた水たまりや」と言うことらしい。


「はぁ……」


 溜息を吐きながら、屋上の床に直に寝っ転がる。

 地球の日本と呼ばれる国の、それも南の方の港町を意識して造られたこのコロニーの気温はかなり高い。
 温度遮断が一応行われているために火傷をしたりはしないが、熱くなったコンクリートは制服越しにじわじわと熱を伝えてくる。


「今ごろ……みんな楽しくおしゃべりしてるんだろうな……」


 じわり、と涙が出そうになり、あわてて目元をこする。
 と、観鈴の視界に、ふっと白い棒のようなものが突き出た。


「……え?」


 雪のように(と言っても、観鈴は本物の雪など見た事は無いが)白い、それは誰かの腕だ。
 その事に観鈴が気づいた瞬間、さらにころりんっとその手足の主が、回転するようにして彼女の上に降ってきた。


「……ぁ」

「――きゃっ!」


 決して重くは無いが、それでも充分な重さが、観鈴の上に圧し掛かる。
 だが、それは不快なものではなかった。


「…………」

「…………」


 気がつくと、床に寝っ転がった観鈴を押し倒すような形で、落ちてきた少女が圧し掛かっている。
 二人の顔はキスできそうなくらい近づき、頬を少女の長く美しい銀髪がくすぐっている。

 夏制服の薄い生地越しに響くドキドキと言う心音は、はたして少女のものか観鈴自身のものだろうか……


「え……あ……あの……」


 何か言葉を発しようとするものの、頭がパニック状態になり、言葉が出ない。

 少女は、寝ぼけているのか焦点の合わない眼で観鈴のことをじーっと見ていたかと思うと、


「…か……す………た……」

「え?」


 どぎまぎしながら観鈴が聞き返す。
 少女の瞳は、吸い込まれそうなほどに深い紫水晶アメジストの色。

 見つめていると、徐々に少女の瞳の焦点が合い、わずかにその身を起こし、きれいな唇を小さな舌でわずかに湿す。

 その様子に、観鈴の心臓がさらにどきりと高鳴る。

 そして、少女はもう一度、先ほどの言葉を、今度ははっきりとした口調で口にする。


「おなか……すきました……」


 がっくりと、観鈴の体から力が抜ける。

 見た目は相変わらず美しいが、一気にこの少女が身近に思えてくる。


「あ……」


 ここで、初めて気づいたとでもいうように、自分が下敷きにしていた観鈴の顔を見、ゆっくりと身をどかす。


「……ごめんなさい」

「あっ――いえっ、こちらこそっ」


 観鈴は悪くないはずなのに、思わず身を起こしてコンクリートの地面に正座するようにして謝り返してしまう。


「でも、どうして屋上から――降ってきた?――んですか?」

「……ふと唄いたくなってここに来て……でも、途中であったかくて、ついうとうと…………」


 そして、寝返りをうった際に落っこちた、と言うところだろう。


「気づいたら……おなか……すきました」


 そう言って、制服のおなかの辺りを寂しげに撫でる。
 と、その時観鈴は、制服のポケットに入れていたあるものの存在を思い出した。


「あの……よかったら、これ……」


 それは、来る途中で買った、二種類のジュース。

 真っ赤なパッケージが眼を引く“シャア専用ゲルルンジュース”と、爽やかなホワイトの“どろり濃厚ニュータイプ”。
 どちらも、初めて見た新製品だ。


「もらって……いいんですか?」

「あ、はいっ! どうぞどうぞ」


 少女は二つのうちどちらにするか一瞬悩み、ややあってシャア専用の方を手に取った。


「……? 〜〜〜っ!!」


 角を模したストローを突き刺し、中身を吸おうとするが、顔を真っ赤にして息を吸っても、一向に中身が出てくる気配はない。
 観鈴は慌ててアドバイスをした。


「あ、これはね、ちょっとコツがあるの」


 そう言ってシャア専用を手にとり、パックを少し強めに握って、中身を押し出す。押しだ――押し出そうとして、


「……通常の三倍の固さ?」

「かも知れない……」


 少女の言葉に、冷や汗のようなものをかきながら同意する。


「……そういえば、あれなら」


 思い出したようにそう言うと、少女は傍らの鞄の中をごそごそとあさりだす。
 やがて、鞄の中から取り出したのはハンディサイズの万力。

 手馴れた様子で紙パックを挟み、ストローを咥えて、中身が飛び出さないよう加減しながらゆっくりとアームを狭めて行く。

 くにゅくにゅとした食感のそれを、飲み込まないようゆっくりと噛み下し、


「あ……おいしい……」


 ほわーっと、見てる方が幸せになれるような笑顔でそう呟く。
 そして、今度は観鈴の飲んでいるジュースに目をやり、


「……そっちも、飲んでみたいです……交換…しましょう」


 そう言って、万力ごとシャア専用を差し出し、かわりにニュータイプを受け取る。


 今度はそれほど重労働ではなかった。
 名前の通りどろりとした液体はやや飲みにくかったが、そのどろりとした感触とは裏腹の柑橘系の味はわりとよかった。

 そして、シャア専用が三倍の固さを持っていたのと同じようにこのニュータイプも、名に違わぬ強烈な特徴を持っていた。


「――ひあぅっ!」


 出し抜けに観鈴がそんな奇声を上げる。

 なにがあったのかと少女が訝しげに思った瞬間、“それ”が来た。


 こめかみの辺りを貫くような、冷たく鋭い、電気が走ったような感覚。

 この感覚を擬音であらわすなら、間違いなくこうだろう。


 “ピキーン”という、ニュータイプ独自のあの感覚。


 このジュースの後味は、まさにそれだった。


「……きょ、強烈です……」


 出し抜けの衝撃には驚いたが、これはこれでなかなか良い。
 弾けるキャンディーを一袋まとめて口に押し込んだ時のような、そんな妙な爽快感がある。


「あは、あははは……」

「……ふふふっ」


 なんとなく、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。

 傍から見たら異様な光景だろう。
 学生が二人、授業をさぼって屋上で怪しげなジュースを手に笑っていると言うこの光景は。

 だが、それは妙に心地よかった。


 観鈴にしてみれば、とても久しぶりに誰かとこうして笑ったような気がする。
 ずっと一人きりだったから。


「……あ。そう言えば……まだ……です」

「え? なんですか?」

「名前……。私は観月……。神代……観月」


 思い出した。

 D組に、とっても綺麗な整備士志望の姉妹がいるという。
 見た目だけではなく、その整備の腕も、教師が舌を巻くほどの天性のセンスを秘めている、とか。

 瞳はどちらも紫水晶。髪の色は姉が朱色で、妹は銀。


 まだ一年だとの一学期だと言うのに、告白された数は数十を越え、しかも誰とも付き合っていないらしい。


「……どうか、しました……?」


 自分とは比べ物にならないほどの有名人で人気者。

 そう思った瞬間、自分がここにいてはいけないような気がしてきた。


「あ、あの……わたし、用事を思い出したので――ごめんなさいっ!」


 そう言って逃げるようにその場を立ち去ろうとして、だがその手を観月がつかんだ。


「どうしたんですか……いきなり……?」


 その目には、観鈴のことを心配するような光があった。

 そんな目で見ないで欲しい。
 自分には、そんな資格なのんだから。

 思わず、声を荒げる。


「放してくださいっ! 神代さんには、関係ないからっ!!」


 その言葉に、観月は静かに――





「関係なくなんかないです……だって……私たち、もう友達ですから……」





 ドクン


 トモダチ――その言葉に、観鈴の心臓が大きく跳ねる。





「一緒に授業さぼって……一緒にジュース飲んだりして……一緒に笑って……違いますか?」





 ドクンッ


(だめ……それ以上言わないで……)





「……少なくとも私は……あなたと……」





 ドクン ドクン ドクンッ

(いや……やだよ……せっかくわたしにこんな風に声をかけてくれたのに……)






「友達になりたい……です……」






 その言葉がきっかけだった。

 何かが崩れるような感覚とともに、例えようのない激しい感情の波が観鈴の心を押し流す。




「う……うわあああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!」




 言葉にならない叫びを上げながら、がむしゃらに手足を振り回す。

 いきなりの変化に驚いた観月が、何とかなだめようと近づくが、観鈴はその外見からは信じられないほどの力で振りほどく。



 いつもこれだ。

 やっと、仲良くなれると思っても、肝心なところで癇癪が始まってしまう。


 一人ぼっちは寂しいのに。

 わたしもみんなと同じようにおしゃべりしたり遊んだりしたいのに。


 観鈴の意志は関係なく、こみ上げてきた衝動が全てを押し流してしまう。




「ぅ〜〜〜っ! ぁぁぁあああっ!!」




 観月が構おうとすればするほど、激しく泣き叫ぶ観鈴。




「……だいじょうぶ……です」




 だが、観月は諦めなかった。

 何度観鈴が拒絶しようとも、それでも観鈴に向かって手を伸ばす。


 近づいてくる観月に、観鈴が振り回した拳があたる。

 無我夢中で振るわれた拳は、観月のバランスを崩し、彼女はそのまま地面に倒れこんでしまう。


 そして観鈴は、自分のしでかした事に気づき、さらに興奮状態に陥る。




「駄目です……まだ、名前だって聞いてないのに……さよならなんて、許しません……」




 観月はそう言うと、わずかに決意を込めた瞳で観鈴を見つめ、再びゆっくりと近づいて行く。

 そして、その唇から、澄んだ唄声が屋上と、コロニーの空へと響き渡る。







膝をかかえて すごした日々から

泪が頬をつたう 貴方はどこへ?

待ちぼうけ めくるカレンダー

あなたに会えない日々が続いて 寂しいのはもう嫌だから

留まることを止めて歩き出す

あなたを求め 探しに行くよ―――







 唄いながら、ゆっくりと観鈴のほうへと歩いて行き、そしてその体をゆっくりと抱きしめる。

 今だ興奮状態の観鈴が、暴れるように拳を振り回し、その背を叩くが、その力はだんだんと弱いものになっていく。






風の調べ 泪をのせて、どこまでもどこまでも

貴方のもとへ、届いて 私を導いてください






 昔、誰かが言っていた。

 抱きしめる、と言う事は、言葉を使わないコミニュケーション、一つの会話だと。


 そして、唄。

 届かない言葉を、唄声と動作に託して、目の前の少女へと届ける。






遙か遠い空に手を広げて 降り出した雨私を濡らしても

貴方に会える日を夢見て 泪とは少しお別れ

貴方に会えたらきっと 抱きしめて泪を流すから

だからその日まで 泪はもう流さないよ






「だいじょうぶ……だいじょうぶです……」


 子供のように泣きじゃくる観鈴の背を優しく撫でながら、観月は何度も呟いた。



 やがて、観鈴の癇癪は、嵐がやんだあとの海のように、すっと穏やかに消えていった……








「……落ち着きましたか?」

「う、うん。その――ありがとう」

「友達ですから……当然です」


 どこか誇らしげに、観月が頷く。


 友達。

 その言葉を聞いても、もう癇癪を起こす事はなかった。

 かわりに、暖かな何かが胸を満たすような気さえする。


「それで……私の友達の、あなたの名前は……?」

「あ……うん。わたしは観鈴。神尾観鈴」

「――え?」


 一瞬観月があっけにとられたような顔をしたあと、やがてクスクスと笑い出す。
 一体なにがおかしいのかとたずねた観鈴に、観月はいたずらっぽい笑顔で、二人の名前、と言った。


 神代観月。
 神尾観鈴。


「あ……ほんとだ」


 二人の名前は、どこか似ていた。

 ただそれだけの、他愛もない共通点。
 それでも二人の心には、何か暖かいものが広がるような気がする。


 その時、くぅ、と観月のお腹がかわいらしい自己主張をする。


「おなか……すきました……」

「うん……わたしもいっぱい泣いたから、おなかぺこぺこ」


 だったら、一緒にお昼ご飯を食べに行きませんか、と観月が誘う。


「安くておいしくて……量もいっぱいなお店があるんです……。一緒に、行きましょう」


 嬉しそうに目を細めて言う観月に、観鈴もまた笑顔で答える。
 ずっと忘れていた、満面の笑みで。


「……うんっ!」






 7月23日

 もう日記を書くのはやめようと思ったけど、今日だけ、最後の日記をつける事にします。
 これは、今度こそは本当の日記。
 神様がくれた、最高の誕生日。

 今日、わたしに友達ができました。
 その子の名前は、神代観月。
 二人で学校をさぼって、商店街にある神代さんおすすめのお店、“第三艦橋”へと行ってきました。

 「毎回直撃を受けて大破しそうな名前です……」と神代さんは言ってたけど、残念ながらわたしには何のことだかわかりませんでした。

 神代さんは、あんなにスリムな体形からは信じられないくらい沢山ご飯を食べます。
 今日も、ジャンボラーメンと特盛チャーハン、それに巨大餃子をぺろりと食べてました。

 ご飯の後は、防波堤のところで神代さんの唄を聞いてました。
 神代さんはとっても唄がうまいです。

 初めて、明日から学校に行ってみたいって、学校が楽しみだって思えました。


 本当はもっといっぱい書きたい事はあるけど、書ききれないのでここまでにします。


 おやすみなさい……また、あした…………


 
to be continued ……







 本作品に登場した“神代観月”嬢はNIGHTMAREのカカオさんが創作されたキャラクターです。
 また、本文の観月の唄も、カカオさんが作詞されたものです。
 本作品の執筆にあたり使用を許可してくださったカカオさんに、この場を借りて深く感謝致します。