カノンとワン。エアとクラナド。
既にキー大陸での最終決戦は明日の夜明けに控えていた。
きっと、今は誰もがそれぞれの思いを抱き過ごしているのだろう。
そしてその夜。
元・エア第四部隊の皆は酒場へと集う。
神魔戦記三次創作『永久の未来へ』
第十三話 最後の戦いへ向け
明日に自分達が立っている場所は戦場だ。
それは誰もが分かっているだろうに、何故か彼等はその前日の夜を過ごす場所をここに決めた。
酒を飲む飲まないではない。
ただ皆が集まり、そして語らうにはここが一番だっただけの話。
以前に集会所の大広間を借りたことがあったが、あの時はただこの酒場に人数が納まらなかっただけのこと。
他にももっと大きな酒場もあるのだが、そこだと診療所から遠い上に人が溢れていて自分達のような大人数が納まるとは思えないのだ。
故に彼等は、今の人数ならば丁度納まるであろうことを踏んでこの酒場を選んだ。
もちろん、誰も人数が減ったことに関して触れようとはしない。
忘れようというわけでも、非情になろうというわけでもない。
ただ、誰もが心にある想いを抱いているからだ。
『仲間は絶対に連れ戻す』と、絶対の決意を。
故に誰も今この瞬間にそれを悲しみはしない。
もし悲しめば、その時点でその決意が崩れ去る気がしたから。
「でも、決戦前に飲むってのもある意味凄い話だよね」
「まぁな。でもいいだろ? 今日は特別だ」
「景気付けってことだよ、ルーク。ほら君も一杯」
「……明日に二日酔いで倒れないでよね?」
コップに注がれる酒を見やりつつ、ため息混じりにそう呟く。
まぁそんな心配は杞憂に終わるであろうことぐらい分かってはいるが、それでも一応念のために、だ。
何かあっても『注意したから』とでも通せば責任は来ないわけだし。
……もっとも、それを言う自分が倒れては元も子もないが。
「しっかし、相沢王もいい人だよな」
「何、どうしたの? そんな言葉、君が言うなんて珍しい」
「いや、だってそうだろ? 明日のことはそう思うしかないし」
そう言って笑う少年の言葉も然りだ。
何故ならば、明日のエア、クラナド戦。祐一は、元・第四部隊のメンバー全員をエアへ向かう部隊へと配属したのだ。
それは各々が本当の意味の決着を付けることが出来るようにという祐一の気遣いでもあり、そして彼等はそれを受け入れた。
故に今は誰もが、明日には全ての決着をという想いを抱いていた。
当然、それはルークとて例外ではない。
酒の入ったコップを傾けながら想うのは、やはり幼馴染であるノアルのこと。
今だ記憶は不鮮明でノアルのことは思い出せない。
しかしそれでも、明日には全ての決着を付ける。
幼馴染でも、今は敵。
お互いが護りたいもののために、終わらせなければならないのだ。
「何でさ、こう運命って上手く回ってくれないんだろ」
「うわいきなり哲学語り始めたし……。どしたの?」
「結局、戦った時に何かを得られるのは一方だけなんだよねって思って」
「……そりゃぁ、戦いは手に入れて失う連鎖だし、仕方ないことじゃないの? ……あ、ごめん」
「ううん、連れて行かれた皆のことじゃないよ。ただ、何でそうやって流れるのかなって思ったんだけ」
確かに自分達は仲間を失ってしまった。
だが、それは絶対に取り戻すと誓ったから、今考えても仕方の無いことだ。
それよりも考えるのは、明日に戦うであろうノアルのこと。
明日の戦いでどちらかは護りたいものを失う。それはもう決まってしまったことなのだ。
だがそれでも、最善の手を探そうと思ってしまうのはあまりに理想論だろうか?
「じゃあ……ノアルのこと?」
なるほど。皆の間では有名というのは本当らしい。
何故ルークが悩んでいるのか、彼女は一瞬で分かったのだから。
……まぁ、記憶喪失であることは当然分からないようだし、今の状況で言う気にもならないが。
もちろん先日話した少年には口止めもしてある。
無駄に心配事を増やすことも無いのだ。
「まぁ、ね。どうして僕達の道は別れちゃったんだろうな、って思うんだ」
「そりゃぁ、ノアルにはエアで生まれ育ったんだから、」
「それぐらい僕だって分か――」
「あぁもう、話は最後まで聞く。あのね、ノアルは
でもそれをしないのはね、って少女が口に出したところで、ふと止まる。
「……ルーク?」
狼狽したような、混乱したようなルークの表情。
それを少女は読み取ったのだろう。
だが少女のその様子にルークもまた気付き、すぐに取り繕うような笑みを浮かべる。
「ごめん、何でもないよ」
まさかノアルが孤児だとは思わなかった。
……否、そんなことまで忘れていた。
「そう? ならいいんだけど……。あぁ、それで話の続き」
途切れてしまった話を戻すべく、少女は再度同じことを告げ、そこから始める。
「ノアルがルークを追ってこないのはね、ノアルの護りたいものが影響してるんだよ」
「分かってるよ? それは前にノアルからも聞いたし」
「違ーう。そうじゃなくてね? ルークはノアルが何を護りたいのか、分かる?」
「……そりゃ、国じゃないの?」
駄目だね、こりゃ、と。
ルークが返答するや否や、少女は呆れて肩を竦めた。
「君との思い出。それが詰まった場所を、そう易々と捨てられるわけないでしょ? ルークがいないんだから、自分が護らなきゃって頑張ってるんだよ、あの子は」
「思い出……って」
「うん? 私、変なこと言った?」
「……いや、うん。その通りかも知れない」
もしかしたら本当に――いや、ノアル同じ年齢層の彼女が言うのだから、きっとそうなのだろう。
少女の方がノアルのことを分かっている点もあるのだ、きっと。
だけど、ただ一つ胸に引っかかることといえば、そう。
――思い出が無い……ってことだよなぁ。
思い出とは思い出してこそのもの。
思い出せない、記憶として忘れてしまったものは思い出とは呼べない。
故に今のルークにノアルとの思い出は存在しないのだ。
とても哀しいことではあるが、もう何度も言うようにそれが事実。
「すいません、遅れました」
と、そう思いに浸っている時に酒場の扉が開いた。
そして入ってくるのは他でもない。
元・エア第四部隊には必要不可欠で決して欠けることなど有り得てはならなかった存在。
そう、我等が隊長。遠野美凪である。
「遅いです隊長。皆もう始めちゃってますよ」
メンバーの内一人が酒の入ったコップを掲げ、わざわざ美凪の苦笑を誘う。
明らかに美凪を困らせるための確信犯だった。
「そうですね、かなり遅刻しました。明日の用意を整えに一度戻っていたら結構時間を使ってしまって」
「まぁまぁ、とりあえず美凪隊長には遅れた分たっぷりと飲んでもらうという方向で――」
にこりと笑みを浮かべる女性。
それを聞いて美凪の顔はさらに苦笑を深めた。
「なるほど……。結局は飲んでるわけですね」
「いいじゃないですかー。戦前の一杯、なかなか染み渡りますよ」
「何だかおじさん臭い台詞だね。まぁ、そんなわけですから隊長?」
分かってますよね? と悪戯な笑みを浮かべ、ルークはコップを掲げた。
既に巻きこまれている手前、酔わない程度にではあるが十分付き合おうと決めたらしい。
「そうですね……久々のことです。私も楽しむことにします」
そう言って、美凪は酒が満たされたコップを口に運んだ。
「惨状だな、こりゃ」
「うん、だよね」
「馬鹿ね、皆」
時刻は既に十時近く。
明朝には進行を開始するのだというのに、いいのか? これで。
唯一の生存者である三人は、幾十人が倒れた酒場を見やり呟いた。
こうなることを予想して飲まなかったのに……何で大半はこうやって呑まれてしまうのかが不思議でならない。
「とりあえず、これどうするよ?」
「どこかに運ぶのが先決でしょうね。こんな時間だけど、それでも場所を占拠するわけにもいかないわよ」
「それもそうだよね。店長さん、二階の部屋借りていいかな?」
まさかこのまま放置、というわけにもいくまい。
店長の許可を得、二人は皆を一人ずつ二階のベッドへ運ぶことにした。
寝ているというよりは倒れたに近い彼等だが、それでも酒にはある程度の耐性もあるし時間感覚が酷いというわけでもない。
明日の召集時間にでもなれば勝手に目を覚まして来るだろう。
あぁちなみに、美凪は一時間ほど前に自室へと戻っている。
隊長としてあまり変な姿を晒したくは無かったのだろう。
「それじゃあ、俺達も戻るか?」
「そうね。夜更かしして戦いで負けました、なんて洒落にならないでしょうし」
「確かにそれは避けたいね」
とりあえずは一致団結。彼等もまた大人しく戻ることにした。
彼女の言うことももっともだったし、それに診療所もそんなに遅くまで開いてはいない。
余計な物音とかを立てて戻れば、他の入院している人にいらぬ警戒心とかを与えてしまう羽目になる。
もちろんそんなことは居候に近い身である以上極力避けたい。むしろこっちが本心と言えよう。
「まぁまだ大丈夫だとは思うけど、寄り道はしないようにしよう」
「当然だ。つか、こんな時間に寄り道って何処行くんだよ」
「酒場に戻るって手もあるわね。もしくは大通りの方の酒場とか」
「それは勘弁。向こうの酒場って無駄に度の高い酒とかうるさいオッサンが多いんだよ」
「……あぁ、行ったんだね」
「そりゃまぁ若気の至りだ。気になったんだよいいだろスルーしてくれよ」
「まぁ」「いいけどね」
「うっわ、息ぴったり……。つかその反応地味に傷つく」
少年の年齢で一人酒場は危ないよなー、とか思うのだけど、鍛えてあるし酒にも強いようだからいいのだろうか。
……いや、むしろよくないか?
少なくとも何か間違いを犯すということだけは有り得なさそうだが、不安材料は消えなかった。
「だぁっ。その話題やめだ、やめ。俺の立場が危うくなっていくだけだ」
「いやむしろそれを楽しんでる節が」
「右に同感ね」
「……最近俺、弄られキャラが定着してますね」
がっくりと項垂れる少年も、二人は完全無視。
定着している、という事実を否定する気は無いらしい。
それによりさらに少年が落ち込むのだが、それすらも二人はスルー。
「もういいや……。マジで話を変えようぜ」
「諦め早いね」
「……何故かカノンに来てから、な」
「何よそれ。まだ一ヶ月すら経ってないじゃない」
「あれ、そうだっけか?」
「いやさすがに一ヶ月は経ってないでしょ。せいぜい二週間、ぐらいかなぁ」
「数えてないから分からないわね」
話題に出してみて初めて気付く事実もあるらしい。
すっかりこの国に馴染んだと思っている自分達も、この国での生活は短いのだ。
だがそんな事実があってもなお馴染んだと思えるのは、きっとこの国の今があるから……だろうか?
「僕の護りたいもの、か」
果たしてそれは何なのだろう。
今の生活? 仲間達? この国?
考えてみれば、その答えは簡単。
答えは、全部だ。
この国で築き始めた今の生活を、大切な仲間達と共に過ごしていくこと。
それは今までが曖昧だった答え。
その目標こそが何より自分の護りたいものだと分かった。
「でも、それだけじゃないかな」
それを護るだけで、本当に全てが終わるわけではない。
明日のエア、クラナド戦。
そこでも同様に自分は護りたいものを見つけ、そして先程自分が辿り着いた最善のことを成さなければならないのだ。
「ねぇ皆」
その全てのことを胸に刻み、ルークは言う。
「明日は勝とう。倒す倒されるじゃない、僕達の思う最高の形で」
その言葉を向けるのは、当然隣を歩く二人の仲間。
二人はその言葉に小さく笑みを浮かべ、
「おう」
「当たり前よ」
ルークと同様に決意を胸に頷いた。
あとがき
どうも、昴 遼です。
さてさて、相変わらず文章は短いですが、やっと次回から最終部に突入です。
もちろん視線は常にエアで進めていく予定ですよ。
大体……三、四話ぐらいにしたいな、とは思っているのですが、さてはて(ぁ
とにかく完結できることだけは切に願いますね。
……つか、香里みたいな性格の子がいますが気にしないでください。
まぁ一応その辺りは言っておいた方がいいと思ったので報告です。
今後も彼女は出る予定なので、まぁややこしくなることは無いと思いますが、念のため。
では、次回から出陣です。
ラストも近いので皆さんお楽しみにー。