どうやら、長い間を共に過ごした者達は思考までも同じになるらしい。

 いや。何を今更という感じか。そんな分かりきったことは。

 こうやって行動が重なったことは一度では済まないのだ。

 だから今更驚きはしない。

 

「や、ルーク君」

「皆も元気だね。朝から」

 

 城の訓練場。

 そこには、先の戦いで残った元・エア第四部隊の動ける者全員が集まっていた。

 それは間違いではなく、身体に何の異常も無かった者が本当に全員だ。

 おかげで見渡せば必ず視界に彼等の姿が映る。それぐらい。

 

「君もでしょ? 朝からお盛んなことですね」

「そっくり返すね? その如何わしい言い方は変えるけど」

「細かいことは気にしないの。それより君も鍛錬でしょ? だったら付き合ってよ、私に」

「それなら喜んで」

 

 多少の会話は挟んだものの、ルークの本題はここにいる皆と変わりはしない。

 先日名雪に言われたこと――仲間を助けること。

 助けたいと思うが故にすべき事は、その時が来た時に自分の精一杯を出し切ること。

 故に出した結論は、今の自分を鍛えることだった。

 ほんの短い時間でもいい。それだけでも、自分がすべきことのために自身を鍛えることだけが待つだけの自分に出来ることなのだと思い至ったのである。

 

「じゃあ開いてる場所使おうか。分かってると思うけど、ちょっと今回は本気だよ?」

「大丈夫。それは僕もだからね」

「む、ルーク君が珍しい。模擬戦で本気は出さないんじゃない?」

「本気は出してたよ? ただ、能力をあんまし使わなかっただけ。もちろん今回はいくらでも使うから、気をつけてね?」

「だいじょーぶ。一体何年付き合ってきたと思ってるの? 君の癖ぐらい、把握済みなんだよー」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

「……えっち」

「凄い妄想に飛んでるよね? それ」

 

 これで一応は年上なのだから不思議である。

 一体何が彼女をこんな性格にしてしまっただろう。

 

 ……環境? いや、それしかないだろう。

 

 自己完結してしまった所で女性に向き直る。

 

「ま、こういう雑談も、また皆が揃ってからしたいよね」

「うん、同感だよ」

 

 じゃあやろっか、という女性の言葉に頷きを返した。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『永久の未来へ』

    第十二話 今はただ真っ直ぐに

 

 

 

「はい、飲み物」

 

 ひやりと冷たい感触を頬に感じる。

 ふと視線を向ければ先程まで相手をしていた女性がコップを片手に微笑んでいた。

 

「遠慮無く」

「うんうん遠慮なんか不要だからね。おねーさんには甘えておきなさい」

 

 おそらく一番似合わないであろう台詞を言いながら、よっこいしょ、とルークの隣に腰を落ち着ける。

 やっぱり性格、外見、行動。どこをとっても年上になんて見えないのは何故だろう。

 本当に不思議だ。

 

「にしても今日のルーク君凄かったねぇ。私なんかじゃ手も足も出ないや」

「まだまだ。あんな戦い方じゃ短期決戦にしか使えないよ。能力フル活用だから魔力消費が酷いからね」

 

 やっぱり基礎魔力を増やした方がいいのかなー、なんて思いながら水を一口。乾いた喉には心地良かった。

 とは言っても、そんなことは思っただけで実行になど移しはしないが。

 自分の潜在魔力量がどれだけであれ、基礎魔力を上げるのは一日二日で出来ることではない。

 そんなことは魔術を扱うものの間では基本中の基本である。

 そりゃ例外はいるかもしれないが、少なくとも神族としても中途半端である自分には無理な話だ。

 

「嘘だー。ルーク君、絶対無意識に手加減してたよ? じゃなきゃ私一人仕留めれないはずがないじゃん。

 いい? ルーク君は謙遜しすぎてる。ルーク君がその気になってその能力を使えば、一部隊ぐらいは潰せるはずだよ?」

「一部隊って……さすがにそれは大袈裟だよ。それに、僕が出来るなら君だってそうだと思うけど?」

「ふむ? 美凪隊長に鍛えられたのは伊達じゃないって言いたいのかな?」

「まぁそうなるのかな」

 

 確かに自分は謙遜している節もあるかもしれない。

 だが、そうだとしてももここの誰よりも強いなんて思いは微塵もありはしない。

 この女性だってそう。

 彼女には彼女が強いと言える部分があり、そしてそこに関しては自分では到底及ばないのだろう。

 

「まぁ今は考えてても仕方ないかな。とりあえずは出来ることを、ってね」

「ん、そうだねー。じゃあお昼までもう一戦。いっておこうか」

「望むところだよ」

 

 

 

 

 

 

 ぐっと背伸びを一度。

 そして同時、全身が訴える痛みに顔をしかめた。

 

「くそー……。何が『私なんかじゃ手も足も出ない』だよ……」

 

 大人気ないにも程がある、なんて恨めしく呟くその頭に浮かぶのは相手を務めたの女性の姿だ。

 自分で年上に見えない、とか散々思っておきながら今はこの始末。

 ぶっちゃけ、全力を持って潰された。

 やっぱり年上なんだなぁなんていう事実を実感させられた瞬間だっただろう。

 

 でも、一体あの力はあの体のどこに隠れていたんだろう。

 やっぱり身近にも凄い人はいるものだった。

 

「あぁもう」

 

 思い出せば思い出すほど痛みが襲ってくる気がする悪循環。

 こうなったら忘れてついでに痛みも記憶の彼方に消し去ってしまえ、なんて無茶なことを思ってみた。

 

「とりあえずはお昼だよね」

 

 ついでに今の段階で最も自分に襲い掛かっている症状。つまりは空腹を優先に考えることにした。

 やっぱりもちろん痛みは薄れないが、それでも気分の問題では随分と楽になるものだ。

 ……いや、ただそうでありたいと思っているだけなので、実際どうなのかはとっても微妙だが。

 

 まぁそれはさて置き、どうしようかなー、何て大通りを歩きながら視線を巡らせるルーク。

 ここへ来てもう結構経つが、それでもまだ全部を把握しきっているはずも無く、故に当然飲食店も数える程しか知らない。

 

「こんにちは、ルークさん」

 

 だから当然、街中で話し掛けてくる者といえば診療所か城で知り合った者しかいないわけで。

 

 その声の主が誰であるかなどすぐに分かり、ルークは振り返りつつその少女へと返事する。

 

「こんにちは、マリーシア。今日は散歩かな?」

「いえ。私は今朝から色々なところを回って、歌っているんです。……こんな、状況ですから」

 

 その一言でルークは全てを察した。

 彼女がしたようと思うこと、彼女自身が抱く想いを。

 

 マリーシアは胸の前できゅっとその小さな手を握り合わせる。

 

「私は気配を読むことに長けているだけで、その誰も助けることができません。昨日も……私は、皆さんが無事に帰ってきてくれることを祈るしか出来ませんでした。

 ……だから、そんな私でも出来ることをしようと思ったんです。私の歌には特別な力は無くても、それでも誰かを安心させるぐらいは出来ると思って」

 

 決して強くは無い少女。だが、それ故に少女が持つとても強い心。

 それをルークは垣間見た。

 ルーク達が身において強ければ、彼女は心において強いのだ。

 そっか、とルークの口からは自然と笑みがこぼれる。

 

「だったら頑張って、マリーシア。僕達は僕達の。君は君の出来ることで、この街を守っていこう」

 

 戦うだけが守る手段ではないのだ。

 時には人の心を癒すことだって必要。だから、マリーシアの歌は決して無駄なことなんかではないだろう。

 むしろ、彼女の歌にはその力がある。

 

 果たしてそこまで深く考えていたルークの心は読めたのだろうか。

 ただその言葉にマリーシアは満面の笑みを浮かべ、

 

「私も頑張ります。ですから、ルークさんも頑張ってください」

 

 黒き翼の天使は、とても優しい声でそう告げた。

 

 

 

 今や自室と言っても過言ではない診療所の一室へ戻ったルークは、ベッドや椅子には腰を下ろさず窓から空を見上げる。

 心に思うのは、昨日名雪と話したときから思わず考えるのを中断してしまった幼馴染という少女のこと。

 自分は知らないのに、しかし知っているはずの少女のこと。

 

「ノアル=リフェティア」

 

 その名を呟く。

 口に出せば思い出すかもしれないとそう思ったからだ。

 だが、結果はそう易々といい方向へは向かわない。

 呟いた言葉は掻き消え、虚空へと消えた。

 何も思い出しはしなかった。

 

「何で忘れたんだろう」

 

 そんな大切なことを。

 決して忘れるはずなんて無いことを、何故自分は忘れたのか。

 

「むしゃくしゃするなぁ」

 

 うぁー、と頭を抱えるが、それでどうにかなったら苦労しない。

 結局は思い出せず、しかも端から見れば単なる変人に成り果てただけである。

 その窓の向こうは大きな通りではない。

 だから人がいなかったのがせめてもの幸いというべきだろう。

 

「いや待て、何やってんだお前」

 

 まぁ、部屋に直接入ってきた仲間には完全に変な目で見られてしまったのだが。

 

「ん? あぁ、気にしないで。うん」

「どうやって気にするなって……まぁいいけど」

 

 ため息を一つ吐き、そのルークと同い年である仲間の少年は部屋へ遠慮する事無く入ってくる。

 もちろんルークとて気が知れた仲間であるため、特に何の反抗も無くそれを受け入れる。

 

「どうしたの? 僕のとこに来るなんて珍しい」

「何となくだよ。たまにゃこういうのもいいもんだろ?」

「まぁね。お茶でも飲む?」

「構わなくていい。気持ちだけ貰っとく」

 

 そう言いながら堂々とベッドに腰を下ろしさらにそのまま横になってしまう辺り、何だかなぁ。

 そこまでの態度をされれば多少は構いたくもなるものだというのに。

 だがまぁ言って聞く相手でないことも承知済みなので、仕方無しにルークは近くの椅子へ腰を下ろす。

 

「そういやルーク。お前って昨日から美凪隊長に会ったか?」

「あー……隊長には会ってない。まぁ言いたいことは予想がつくけど」

「だろうな。隊長のことだし今回のことで自分にもっと力があれば、とか思ってそうなんだよな」

「隊長って時々そういうの抱え込んでるように見えるんだよね」

「なんつうか、心配なんだよな。色々な面で」

「あはは。僕達に心配されるようじゃ隊長もまだまだだね」

「隊長に聞かれてたら説教ものだろうけどな」

 

 そう二人笑い合う。

 とは言っても、実際本当に美凪に聞かれたら少し困るので、その気配が無いことぐらいはちゃんと感じた上での会話なのだが。

 笑っていたら扉から隊長がにっこりと、何て展開は極力避けたいのである。例えば、いつかの栞のように。

 

「でもま、抱え込むのはお前も同じみたいだけどな」

 

 不意に少年が放った言葉に、ルークの肩がぴくりと動く。

 

「あー、やっぱり分かる?」

「他にさっきの意味不明な行動が説明できるか?」

「……ごもっともで」

 

 まぁそりゃ分かるか、と苦笑。

 というかむしろあんな行動を見られてバレない方が不思議かもしれない。

 

「で、どうしたんだ?」

「まぁこういう会話になるわけだよね」

「心配するのは当たり前だろ? ほら、さっさと話しやがれ」

「うわ命令。悩み事相談で命令されたのは始めてかも」

「あぁだろうな。俺も初めてだ。つかここまで言ってやるんだからお前も素直に話せよ」

 

 最後には、それとも不満でもあるのかコノヤロウ、とか言い寄られて結局ルークは折れる。

 というか何で自分はこんな不遇な扱いを受けるんだろう。相談側のはずなのに。

 そんな疑問も浮かんでは来るが、相談相手には通用しそうもないので心の内に留めることとした。

 

「こっちに来てから、何だか記憶喪失になったみたいなんだよ。僕」

「だから真面目に話せって。んなアホみたいな展開あるわけないだろ」

「いやごめん、マジ」

「いやだってお前覚えてるじゃん。俺達のこととかエアのこととか」

「それは覚えてるんだよ。ただ、部分的に忘れちゃってるみたいなんだ」

「んなまさか」

「こっちが言いたいよ、それ。僕だって信じられないんだから」

 

 多分、以前思った記憶の矛盾や違和感さえなければ自分だってそんなこと嘘としか思わないだろう。

 だがそれがあってしまうからこそ、それは事実に他ならない。

 

「……じゃあ、具体的に何を忘れたんだよ」

「うん、それなんだけど。……あのさ、僕って幼馴染がいた?」

「あー……っと。幼馴染って言うと、いたな。ノアルのことだろ」

「そっか……」

 

 これでももう確実。

 自分は幼馴染のことを――ノアルのことを忘れてしまっていた。

 

「……まさかお前、ノアルを忘れたのか?」

「うん……そのまさか」

「この薄情者め……」

「反論できないね……」

 

 というか、自分で訊いておいてあれだけど、何故は少年はノアルのことを知っているのだろうか。

 そんな疑問がふと浮かび、だがそれはすぐに解決した。

 

「だったら教えておいてやるよ。ノアルはな、ある意味第四部隊では有名だ。第四部隊の部隊員でもないのに、ほぼ毎日部隊の宿舎に顔を出してたからな」

「……何で――あだっ」

 

 訊いた瞬間に頭を叩かれた。

 平手だからいいものの、結構本気で。

 

「お前に会うために決まってるだろうが。時々は弁当まで作って持ってきたぐらいだぞ? ……それを、コノヤロッ。忘れやがってっ」

「い、痛い痛い! 何だか後半の方個人的な恨み入ってない!?」

「当たり前だテメェっ! 何でお前にだけーっ!」

「うわぁ逆恨みーっ!」

 

 

 

 結局、話はそこであやふやとなってしまった。

 いや実際には少年が逆ギレして走り去ってしまったのが理由なのだが……。

 まぁそれでも、こうやって事実の確認が出来ただけでも収穫か。

 

「いつか、思い出せるよね。きっと」

 

 一つ一つ知っていく事実。

 それを繋ぎ合せ、そして自分の記憶の中に空いた空白に当てはめていけばそれはきっと形を成す。

 思い出せるはずだ、きっと。

 

――……違うか。

 

 思い出すんだ。何があっても絶対に。

 大切な存在であったはずの彼女のことを。

 今はそれだけを胸に、ルークは再度空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さて、前回が仲間が連れ去られたことでのルークの心境を書きましたが、今回は失ってしまった幼馴染の記憶についてが主題です。

 まぁ、詳しく過去のことなどが出るのはもっと先ですがねw

 

 まぁとりあえずはこれで一段落。

 後は一話か二話を挟んだら、やっとクラナド、エアとの全面戦争へ突入する予定ですので、お楽しみに。

 

 でわー