直接脳内に響くその声で、ルークも。そしてその周りにいた誰もが動きを止めた。

 

 それはここでは明らかなイレギュラー。

 戦場には決して似合わぬ、楽しげな声。

 

 その声の主は、ここより離れたアゼナ連峰方面にあった小高い丘の上にいた。

 声に違わぬ笑顔を浮かべ、両手を広げるその男。

 

「あぁ、初めましての人が大多数のようだね? ならまずは自己紹介が先決かな?」

 

 そのとこは、紳士の如き動作で一礼を済ます。

 そして――口許を笑みに歪め、

 

「初めまして、愚かなキー大陸の諸君。僕こそ、シズクの王。月島拓也だ」

 

 そんな驚愕の台詞を言ってのけた。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『永久の未来へ』

    第十一話 失われた記憶と仲間達

 

 

 

「シズクの王が……なんで?」

 

 ルークは驚愕を隠す様子も無く――否、隠せるはずも無く、呟くように告げた。

 

「そんなの……訊かれても」

 

 そしてその驚愕はルークだけではない。

 剣を交えていたノアルもがその手を止め、ルークの言葉に答える。

 だがその疑問も、次の瞬間に明らかとなる。

 

「しかし……まぁなんとも想像どおりに動いてくれたもんだ。いやまぁ、こっちがこうなるように仕向けたわけだけどね?

 いやー、面倒だったよ。君達をこうして同じ場所に集めるためにわざわざちまちまと小規模な攻撃をさせてたんだから。

 そうすれば焦って早期決着を望んで全軍で攻撃してくれるだろうし? 全軍に対しては全軍で答えないと相手も大変だろうしね?」

「まさか……!」

 

 上がったのは誰の声だったのか。

 祐一か、あるいは浩平か和人か。

 そんなこと、考える暇は無かった、

 いや違う。

 そんなことに思考を割くことなど、出来るはずは無かった。

 

「頭の回転の早い人ならもうわかってそうだね。僕の狙い」

 

 そう。ルークにもまた、その『狙い』分かっていたのだから。

 

 そうだよ、と拓也は笑みを崩さぬまま肯定した。

 そして――

 

「僕の狙いは君達全員を支配すること。一国一国やってたら警戒されちゃうからね。警戒なしにすませたいなら一気にやる。単純な答えさ」

 

 その言葉に、もう驚愕や恐怖以外の感情を持つ者はいなかった。

 誰もがそう思わざるを得ない、その拓也の言葉に狙い。

 そしてそれが――今、拓也の絶対的な精神支配の形となって全ての者に襲い掛かった。

 

 

 

「づ……あぁっ!」

 

 強烈な頭痛が、刹那ルーク達を襲った。

 意思を根本から別の何かに上書きするかのような感覚が、痛みとなって頭を駆け巡る。

 それは、抵抗に対する拒絶の意思。

 絶対的な精神感応が拒絶と言う意思さえも掻き消し、精神を犯そうと痛みはさらに増していく。

 

 ある者はあまりの痛みに地面に倒れ。

 ある者はその痛みに耐えながら、その絶対的な能力にさらなる恐怖を抱き。

 ある者はそれに耐え切れず、意識をなくした人形の如く拓也の方へと歩いていく。

 

 両親の魔力抵抗が多かったのが幸いしたらしい。

 そんな強大な精神感応にルークは精神を犯されること無く、受け継がれたその魔力抵抗だけでそれに抵抗していた。

「ぐぅ……ぁぁっ!」

 

 だがそれでも頭痛は消える事無く、隙あらばルークの精神を犯そうとしていた。

 

「あぐぅ……ルーク……だ、いじょうぶ……?」

 

 そして、こちらは純粋に自信の持つ魔力で耐えていたらしい。

 ノアルは頭を抑えながら、敵である、という些細なことなど忘れ、ルークへとそう声を掛ける。

 

「僕は……大丈夫……でも、ノアル……君、は……っ!」

「何とか……耐えてる……けどっ。こんな……ことってぇ……ッ!!」

 

 二人の周りでは、もう何人もの兵がその精神感応に精神を犯され、意識をもたずにふらふらと拓也のもとへ向かい始めている。

 もはや状況は、絶望的の一言だった。

 

「くそ……っ!」

 

 ルークは視線を向ける。

 シズク国国王、月島拓也。

 その恐るべき力に、抵抗以外何も出来ないのが何よりも悔しくて、責めて何かできることは無いかと、ルークはこんな状況で、自信の魔力を練り始めた。

 だが――それに気が付いたノアルが驚愕を顔に浮かべルークの腕を掴む。

 

「何をする気なの……ッ! そんなことをすれば……君はっ!」

「分かってる! でも……でもこんなことを……許せるはずがないだろ……ッ!!」

 

 そう、止めてきたノアルを無視して魔術を詠唱しようとしたルーク。

 その眼前に、ノアルの顔が迫った。

 

「君は……馬鹿……っ!? こんなに離れてたら……君の能力は……届かない! ましてや普通の魔術で……君が敵うはずは……無いッ!」

「それでも……それでもこのままだったらっ!」

 

 そしてルークは、ノアルの手を振り切った。

 だが、そうしたルークが魔術を詠唱しようとしたと同時。

  

 月島拓也に向け疾走する、一人の兵がいた。

 ルークもノアルも知る由は無いが、それこそ鹿沼葉子だった。

 

 そして葉子と拓也が、互いの力をぶつけ合った。

 

 

 

 だが、戦況はどうにもよくはならなかった。

 精神感応に耐えながらもその戦いを見守ってたルークとノアルだったのだが、戦っている二人には見ただけで分かる差があった。

 先ほど拓也へ向け疾走し、今は戦いを繰り広げている葉子は、今だ一撃も拓也に攻撃を与えられていないのだ。

 どういう理屈か、恐ろしい速度で回復を繰り返す『それ』に阻まれて。

 それが、精神感応を施され、痛覚などを全て無視した吸血鬼であるということなどルーク達には分からないのだが、それでも押されていることは明白だった。

 

 これでは、あの兵もやがて負けて、精神感応を施されてしまうのではないか、と。そんな不安までも過ぎり始める。

 だが、そんな時。

 

 ポツリと、まさに天の恵みに等しい一滴を初めに、雨が降り始めた。

 

 そしてそれを知ったルークが、痛みに耐えながらも笑みを浮かべるのも、ノアルは見た。

 

「……ルーク?」

 

 まさか、精神感応にやられてしまったのか、という不安がノアルを襲うが、だがそれは杞憂。

 

「大丈夫……もっていかれは……しないよ」

 

 ただ、と笑みのままルークは告げると、ただ視線を一方へ向けた。

 

 そう、ワン自治領の軍隊へと。

 

 その話は、ルークも聞いたことがある。

 ワンにはとある水の精霊付きの外交官がいると。

 そしてその精霊とは――なんと五十二柱もの水の精霊。

 そう。その外交官こそ――

 

「里村……茜だ……」

 

 呟いたルークの言葉を聞いたノアルが、視線をルークと同じ方向へ向ける。

 そして――それを見て驚愕した。

 

「何……あれ……」

 

 それは、あまりにも巨大な水の塊。

 雨として地面に落ちるはずの水が全て、一箇所に凝縮された、水の塊だ。

 

「最強の水使い……って……本当のことかもね……」

 

 ルークが小さく呟くと同時。

 

 その凄まじき水の塊は、一気に丘一体を呑み込む奔流とかし、大地を揺るがせた。

 

 

 

 その津波と言っても過言では無い一撃が放たれた刹那、精神感応が途切れた。

 そしてそれと同時、

 

「「「全軍、全速後退しろッ!!」」」

 

 各国の軍より、そう声が張り上げられた。

 

 

 

 

 

 

 あの戦いの勝者は、完全に介入してきたシズクのものだったと言えよう。

 何せ、完全に横からの介入と言う非常時には無防備であった四国は、当然その攻撃に弱かったのだから。

 

 故に、その敗北による傷跡も決して浅いものではなかった。

 

 

 

「……こんな結果、おかしいよ」

 

 どんな表情をしていいか分からないまま、ルークは呟いた。

 

 その場は城の広場。

 戦いから帰還した全カノン兵は、まず第一にここに集められたのだ。

 その理由は考えるまでも無いだろう。

 

 残った兵数の大まかな数値の把握。精神感応で何か体に症状が出ていないかの確認などだ。

 そして今、一人一人が診療所から駆けつけた人によって体に何かが無いかを確認しているところだった。

 

 だが、その事実だけでもルークは唇を噛む。

 あの精神感応により……ルークだけではない、ルーク達全員が一番世話になったと言っても過言ではない少女。美坂栞が連れて行かれてしまったのだから。

 

「何でこんなことになったんだよ……」

 そんなこと、誰に問うても誰が分かるはずも無い。

 だが呟かずにはいられなかった。

 この想いの矛先を、それ以外何処へ向けろと言うんだろうか。

 

 世話になった少女が連れ去られ、幼馴染との再会も完全にぶち壊され。……そしてあろうことか、元・エア第四部隊のメンバーの半数が、ここから消えた。

 今までを共に過ごしてきたといっても過言ではない彼等だ。

 一目見れば、誰がいなくなったかなんてすぐに分かる。

 

「くそッ!」

 

 普段のルークからは似つかぬ口調で、ルークは地面を蹴った。

 周りの数名が驚きこちらを見るが、気にはならない。

 苛立ちが先立ち、もう冷静を保つことも出来なくなっている。

 それを自覚しながらも、だが苛立ちは募っていく。

 もうどうすればいいのか。そんな簡単なことさえも、考えられずにいた。

 だが……そんな彼を、誰も止めようとはしない。

 否、彼等のことを祐一などから伝えられているからこそ、余計な口出しは出来ない。

 彼に言葉を掛けていいのは、残った元・エア第四部隊の誰かしかいない。

 だが生憎、誰もがルークと同じ想いなのだ。

 彼等を束ねていた美凪でさえも、今回のことはあまりに心への負担が大きかったらしく、落胆したその表情を隠せないのだから。 

 故に元・エア第四部隊の中にも、その場でルークに声を掛けられる人物はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ルークがやっと落ち着いたのは、しっかりと日も沈んでからのことだった。

 時間にして、およそ六時間ほどか。

 それぐらいあれば、ルークとて心を落ち着けることは出来た。

 

 そして、主を失った診療所の屋上に横になり、空を見上げながら想うことは幾つもある。

 

 一つは戦場で再開した幼馴染のこと。

 自分は今だ思い出せないが、それでも体はこう告げている。

 自分はあの少女を知っている、と。

 カノンへ訪れるより以前、確かに自分はあの少女のことを知って、そして覚えていた。

 だが何故か自分はあの少女――ノアルのことを忘れてしまい、そして今ここにいるのだ。

 その理由が、ルークには分からない。

 何故自分はそんなことを忘れてしまったのか。

 忘れてしまうようなことが、自分にはあったのか。

 それが全く分からない。

 

 一つはシズクに連れて行かれてしまった仲間達のこと。

 恐らく、月島拓也にとって彼等は、新しく増えた道具、程度のようにしか考えられていないだろう。

 故に、不安。

 シズクから彼等を取り戻すのは、今のルークの第一の目標だ。

 だが……その際、彼等とぶつかり合うとになるのは確実。

 あの男ならば、わざと彼等を自身の道具として戦闘に出すだろう。

 だからこそ、彼等が何処も変わる事無く帰ってきてくれるかは、保証できない。

 下手をすれば、何処かが欠ける可能性だって……低くは無いのだから。

 

 無意識のうちに、ルークは奥歯を噛み締めていた。

 自分は知らぬ間に記憶を失い、抗うことが出来ずに仲間を失ってしまった。

 得るものがあれば、同時に失うものもあったのだ。

 

 カノンでの平穏を手に入れれば、自身の記憶が。

 新しい、栞達のような仲間を手に入れれば、またすぐに失ってしまう。

 

 得ては失うこの連鎖。

 だがそれは、人が生きていく上では仕方の無いことだ。

 得るものがあれば失うものもある。

 それは遠き昔からの決まりだと言うのに、いざそれに気づいてしまうと、どうしても抗おうとしてしまう強欲な自分がいるのだ。

 そんなどうしようもないその想いに、拳を握り締めた時だ。

 

「……あれ? 先客さんかな?」

 

 青い長髪の少女が、ひょっこりと屋上に姿を見せたのは。

 

 

  

「……え……っと?」

 

 予想外の出来事に、考え耽っていたルークは焦る。

 気が付けばがばっと地面から跳ね起き、思わずそっちを凝視していた。

 

「あ、驚かせちゃった? ごめんね」

 

 だが対する少女はそんなことは気にしないと言うように歩いてくると、全く遠慮の無い素振りでルークの隣にやってきた。

 

「私は水瀬名雪。少し前からここでお世話になってるんだよ。あなたは?」

「え……あ……僕は、ルーク=アルスザードだけど……」

 

 で、不意な自己紹介に今度は狼狽する。

 いきなり会話を持ち掛けられ、しかもその会話が普通に進んでいるのだからルークとしてはもう驚きを隠せなかった。

 

「じゃあ、ルーク君って呼んでいいかな。あ、隣いい?」

 

 とか訊きながら、ルークが戸惑いながら頷く頃には既に腰を下ろし始めていた。

 ……なんと言うか、自分のペースを持った少女なのかもしれない。

 そう結論をだし、そしてそれを肯定するように名雪は話を続ける。

 

「私は風に当たりに来たんだけど、ルーク君は?」

「……僕は、ちょっと考え事」

 

 そう返答したルークに、名雪はふむ、と一つ頷いて、

 

「今日の戦いのこと、かな?」

「え……」

 

 誤魔化したつもりなのに、名雪はいとも簡単にそれを当ててみせた。

 どうして、という表情を浮かべるルークに、名雪は笑顔を浮かべる。

 

「さっきチラッと見た時、考えてる顔がちょっと深刻そうだったからね。もしかしたらと思ったんだよ」

 

 その返答に、ルークは唖然。

 まさかあの一瞬で、この少女はそこまでを読んだのだろうか……。

 ただの少女にそんなことが出来るとは――

 待て、とルークは動きを止める。

 先ほどは驚いていたため気が付かなかったのだが……この少女の名前は――水瀬、名雪。

 ――水瀬家の血筋……?

 ならば、そんなことが出来てもおかしくは無いが……。

 ――この国って……ホント凄いな

 今更ながら再度思い知らされるルークだった。

 

「まぁ、当たりだよ。今日の戦いのことで……ちょっと考えることがあってね」

「そっか。無理も無いよね……。ルーク君、元はエア第四部隊の人でしょ? 見かけない顔だし」

「あー……うん。そこまで分かるんだ」

「何となく、雰囲気的に、ね。それで、ルーク君達のことは、色んな人たちから聞いてるんだ。

 一人一人の絆とか、そういうのを大切にしているって。

 だから……心配なんじゃないかな? 仲間の皆が無事帰ってくることが出来るのか、とか」

 

「……大当たり」

 

 もうここまでしっかりと心を読まれてしまっては、もう反論する気も起きなかった。

 名雪もそのルークの返答に満足したらしく、そっか、と返して夜空を仰ぐ。

 

「当たり前だよね。大切な人が自分の周りからいなくなったら、私だってそう思うもん」

「……分かったように言うんだね。名雪さん」

「分かるよ」

 

 帰ってきた、即答。

 その早さに驚き、ルークは思わず、え? と訊き返していた。

 

「私のお母さん。……知ってるよね、水瀬秋子。私はね、そのお母さんと戦ったんだ。全力で、命を賭けて。

 ……でも、結果は大敗。私達なんかじゃお母さんには手も足も出なかった。だから、祐一が代わりに戦って……それで、お母さんを倒したんだよ」

「……そっか」

 

 ならば、後は分かる。

 確かに少女もまた、自分の目の前で大切な人がいなくなったのだ。

 例え敵でも。例え想いは違えど、親であることに変わりは無いのだから。

 

「でもね、」

 

 だが、名雪の話はそれで終わりではなかった。

 

「それでも私は、真っ直ぐに前に進んでると思う。振り切ったわけじゃないけれど、それでも私は、自分の目標に向かって歩いてるんだよ」

 

 だからさ、と名雪はルークへ視線を向ける。

 

「例え今みたいな状況になっても、絶望しちゃだめだよ? 出来るって思わないと、事態は絶対に動かない。ルーク君一人がそう思うのと思わないのでは、結果が全然違うんだよ」

 

 そして笑顔と共にそう言い放ち、さらに最後に、だからね、と。

 

「今はただ、前に進まない? 後ろを振り返ってるだけじゃ何も変わらないんだよ。ただ前に進んで、それで後ろにあったことをいつか巻き返せるようにしないと」

 

 そう言って、名雪は今までの中で一番の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さて、ワン防衛線もこれにて終結です。

 当然ルークもノアルもあっちには行きませんよ?

 話が終わらなくなるのでw

 

 とりあえず、今回は名雪嬢の登場です。

 キャラがおかしいのは、もう突っ込みませんよね?(ぉ

 診療所にいて尚且つこういうことを話してくれるのは彼女しかいないと思ったので、出してみたのですが……話さないかなぁ(ぁ

 まぁ、いいですよ。

 

 とにかく、次回からまたルーク君真っ直ぐに歩いていきますよ。

 クラナド、エアとの戦いも近いわけですしねーw

 というか数話置いたら突入ですが(ぁ

 

 まぁ、そんな感じです。

 でわ、また次回に。