『久しぶりだね、ルーク』
少女は確かにそう言った。
それは決して聞き間違いではなく、一言一句間違えずに聞き捉えた。
その少女は、エアの兵だった。
だからその少女はルークの知り合いなのだろう。
現に――いや、そうでなければあのような台詞が、少女の口から漏れることはない。
そして少女の口調も、親しい者へ向けるそのものだった。
そんな、誰がどう見たってそう思えるその状態。
だがしかし――ルークは、
「……君……は――」
ただ心のどこかに不思議な違和感を覚えただけで、その少女のことを思い出しはしなかった。
神魔戦記三次創作『永久の未来へ』
第十話 再会は忘却の彼方へ
「君は――誰?」
ルークがそう言葉を放ったと同時、少女の表情が歪む。
「……私のこと、覚えてないの?」
果たしてその表情は何を期待しているのか。
ただ真っ直ぐ、そう低い声でルークへ問い掛ける。
だが、ルークは思い出さない。
「……」
返すのは無言だけ。
だがそれは逆に肯定を示す。
「そんな……」
少女の顔が、悲しみに歪んだ。
そして俯く。
そう――それはまるで、
「……君は、」
まるで大切な者を失ってしまったかのような、悲しげな表情。
「僕と会ったことが……あるの?」
だからルークはそう問い返していた。
その表情が。その少女のことが気になった。
否……心に、引っかかったから。
「……本当に、覚えてないの? ルーク」
「……うん」
嘘偽り無いはずの、だが何故か心に引っかかる返答をする。
その返答に、少女はそう、と悲しげな声のままに頷いた。
「私は、ノアル=リフェティア」
少女はゆっくりと顔を上げると、ルークの顔を見据える。
「君の――ルークの
そして、そう告げた。
「……幼馴染なんて……」
そんな馬鹿な、と、ルークは自身の記憶を疑う。
自分には――記憶の中には、そんな存在はいないはずだ。
そして思い返そうとしても、現にその少女の顔は思い浮かばない。
なのに……一つだけ。
それは、そう。
以前にもいつだったか抱いた、この違和感だ。
心に引っかかる違和感だけが、何かをルークに思い出させようとしていた。
「何で……忘れられちゃったのかな……私」
痛々しい笑みを浮かべ、ノアルは口を開く。
「ねぇルーク……。君に、何があったの?」
そして問い掛けられる、そんな問い。
初めの言葉は自分に原因があるかのような口ぶり。
そして次はルークに原因があるかのような口ぶり。
だが互いにどちらが正しいのかは分からない。
しかし分かることは、一つ。
「何で私達……こんな状況で戦いあわなきゃいけないのかな」
再会を喜び、もしくは悲しみ合う暇は、今この場に無いのだということだけ。
まるでそれを表すかのように、ノアルは剣をゆっくりを引き抜いた。
「私は戦いたくないよ……君と」
だが、口から漏れるのは正反対の言葉。
「……誰も、戦いを望んでなんかいないんだ」
そしてルークも、『砲裂剣』を構えた。
「そうだよね……。戦いさえなければ、君と道を分かつことも、私が忘れられることも無かったのに……」
ギリッ、とノアルは歯を噛み締める。
そして視線を上げ――ルークを睨んだ。
「それでも戦いは終わらない……どうしようもないんだよね。……君と私はもう、敵同士でしかないんだよね」
「……分からない。僕がもし君の記憶を失っているのなら、僕はそれを取り戻したい。君と、幼馴染に戻りたい」
それは本心。
確かに今、ノアルに関する記憶は無かった。
だがそれでも、この違和感は確実にその手がかりになる。
だからきっと、記憶を取り戻すことだって出来るはずだ。
それならば、そうしてからノアルと元の関係に戻りたい。
この少女と一緒にいたい。
記憶が無くても、そうルークは想ったのだ。
「無理……だよ」
だが――放たれたのは悲しげな、拒絶。
「もう戻れないよ……。こうなったら、もう私達は敵同士なんだよ……?」
しかしそれを聞いても、ルークは怯まない。
いや、もはやそれは身体が少女を覚えているかのように、次の言葉は放たれた。
「それでも僕達は
……だから、
「……え?」
「……あれ?」
驚いたのはノアルだけではなかった。
その言葉を放った、ルーク本人も。
「何で僕……こんなことを」
それはルーク自身分からない。
だが、それは当然だ。
身体にも記憶はある。
記憶を忘れても歩き方は忘れないように、それが自然と見に染みていることならば、身体はそれを忘れない。
だがら今の言葉は、ルークがエアにいたときに常に言っていた言葉と同じなのだ。
「何でルーク……
呟きはノアルから。
つまりはそういうこと。
彼女の記憶の中のルークもまた、一緒にいよう、と言うことを言っていたのだ。
「本当に……忘れてるの?」
「……分からない。分からなくなったよ。君にここで会って、そして今。僕の記憶は穴だらけだってことに気が付いた」
自身の記憶を思い出してみて、ルークは気が付いた。
確かに自分には、ノアルに関する記憶が無い。
だが同時に、
例えば誰かと話した記憶。
そこでルークが誰かと話したと言う記憶があっても、誰と話したのかと言う記憶がない。
例えば誰かと会った記憶。
ルークは誰かと会い、笑い合ったりしたのに、その相手が見当たらないのだ。
それは矛盾。
記憶を失っていなければ決してあり得ない、記憶の矛盾だった。
そしてそれを知ったからこそ、ルークは知る。
本当は自分は、この少女を知っているはずなんだ、と。
そして同時に想う。
この少女は多分、自分にとって大切な存在だ。
もう一度、同じことを想う。
この少女のことを思い出して、共に過ごしていきたいと。
だがそのためには、この状況はもう手遅れ過ぎた。
「それでもやっぱり……私は君とは行けない。君はカノンで何かを見つけたのかもしれないよ? でもね、ルーク。……私だって、それは同じなんだから。
私にも護り通したいものが、この国にはあるんだから!」
「そっか……だったら、僕ももう無理は言わない。いつかは僕は君を絶対に思い出すと思う。でも、今は君と戦う。
僕が護りたいと思う、その物のために!」
そして二閃の銀閃は火花を散らす。
「おぉぉぉぉッ!」
「はぁぁぁぁッ!」
一つの交差が、戦場に巻き起こった。
少女は、少年を知っている。
少年は、少女を忘れてしまっている。
それでも二人の思うことは同じ。
互いを失いたくない。大切に思う。
だから、そう思うからこそ、本気で戦う。
互いの意思を無駄にしたくない。
そう互いに心から思うから。
互いに護りたい物が、互いにはあるから。
「集えッ!」
ルークが放った弾丸が四つ、全てが一気にルークの蹴り上げた石目掛け高速で集束する。
「甘いよっ!」
だが少女は目を凝らし魔力の流れを確認。
点の位置を確認して、それを繋いだ線上からずれることでその攻撃を避けていく。
確かに少女はルークとの戦い方を知っていた。
点を設定すればそれを破壊されるか、もしくは今のように避けられてしまう。
かと言って魔術にむやみやたらと点設定をしても、こちらの魔力が尽きるだけだ。
あれは速度が速くても、ノアルのように見切られてしまえば当たるはずも無いのだから。
故にルークは舌打ちをする。
戦いをする際に一番恐ろしいのは、特別な能力を持った敵でも圧倒的な戦闘能力を持った敵でもない。
ただ自分を知り尽くし、その戦闘において常に自分の隙だけを突いてくる相手なのだ。
そしてノアルは、確実にその相手だった。
「点を設定した時には少しだけ魔力が乱れる! ルークの悪い癖だね!」
「くっ……っ! そんなの、癖じゃなくて仕方ないことだと思うけどっ!」
連撃を叩き込んでくる少女目掛け、隙を見て『砲裂剣』を振るう。
だが、その隙すらもノアルの読みの内。
「浅いよ!」
ダンッ! とノアルは地面を蹴り、背中の羽を羽ばたかせて空へ舞う。
それだけでルークの一撃は中空を薙ぐ。
「まだまだ!」
薙ぎきった『砲裂剣』を空へ向けると、そこに込められた弾丸をノアルへ向けて放つ。
「だから、そんな攻撃!」
だがそれをも読みきったのか、ノアルは翼をはためかせそれを回避。
――だが。
「集え!」
その声にノアルが見たのは、上。
弾丸がまた石か何かに向かうのかとそう思って見たのに――それは間違いだとすぐに気が付いた。
「しま――!」
一目で見て分かる、点の違い。
それはつまり、込められた魔力の違いだ。
ノアルが見た弾丸に込められた魔力は、メインの点と同様のもの。
つまりサブは――
それに気づく時には遅く、衝撃は下から、一直線に左腕を貫いた。
「あぐっ!」
その痛みに堪えながら、ノアルは下を見る。
何故ならば、メインの点が込められた弾丸はまだ、上空にあるのだから。
この能力の便利な点は、一度設定した点は、数秒はそこに込められた魔力を無効化でもしない限りは消えないと言うところにある。
故にまだ、そのメインの点は健在なのだ。
「
そしてノアルが下を見たと同時、その光速を誇る雷の弾丸は放たれた。
それの発射を見て、反応するのはもはや不可能。
故にノアルは、能力の発動を見ると同時、その軌道など考える暇もなくとにかく身体を捻った。
だが――それでもその一撃は光速。
動く距離にも限界はあった。
雷弾の一つがノアルの足に触れ、本来は下級魔術であるだけのそれは光速であるということだけでもノアルに激痛をもたらす。
「あぁぁっ!」
絶叫がノアルの口から漏れる。
そしてその絶叫に――ルークの動きが、止まってしまった。
決意したはずなのに生まれた、一瞬の躊躇。
それだけが、ルークの動きを止めた。
だがそれはノアルにとっては充分な反撃の隙。
「――っ!」
激痛を堪え、空よりルークへ急襲する。
そこでルークがやっと気付くが、もう遅い。
ノアルの魔力が剣へと集結し、それをさらに圧縮させていく。
そして、ルークの防御が間に合うより早く、その一撃はルークに放たれた。
「
魔力を集結させ、岩をも軽く砕くその一撃。
それが、ルークへ直撃する。
当たる。ルークもそれは分かった。
――しかしその、直前。
「あっはははははははは! いやぁ、実に壮観だねぇ〜」
直接頭に――いや、脳内に響く声が、鮮明に届いた。
あとがき
どうも、昴 遼です。
さて、新キャラの詳細がこれである程度分かりましたか?
ルークの幼馴染と言うありがちな設定にしてみましたが、これで話の方向性が分かった方も結構いるんでしょうね。
まぁ、ネタバレは厳禁ですよ?
……いやまぁ、掲示板とか拍手で感想くれる人はほとんどいませんけどね?w
まぁそれはさて置き。
ここで本編通りに月島拓也参上です。
つまり、話が進むと言うことですね(違
まぁ、次回は結構暗いお話になると思うので覚悟してください(マテ
でわー。
追伸。
今回から少し文章の書き方を変えました。
友人から、私の小説はどうにも会話と普通の文章の区別がつきにくいところがある、とのこと。
この小説では大丈夫じゃないかなぁ? なんて思ってはいるのですが、同じように思われてもなんですのでね。