「あ、お帰りなさい。ルーク……さん?」

 診療所待合室にて、孤児院にいた子供の一人と話していた栞がこちらの姿を認め、声を掛けてくる。

 だが、分かる通りその後半は、下がり口調に疑問系となっていたが。

 そしてその原因は、当然の如くルークにあった。

「どうしたんですか? 疲れた顔をして……」

 瞬間、問答無用で掴みかかろうかと思った。

 が、体力も残り少ないのでやめた。

「君が変な根回しをするから、無駄に疲れたんだ……」

 あの模擬戦。

 天野美汐と言ったあの少女と戦って分かったのは、遊撃部隊隊長の名は伊達ではない、ということだ。

 というかあの強さは反則。

 攻撃しようが避けようが、問答無用の空間跳飛で後ろから一発。あんなもの、自分は避けられない、とルークは思う。

 ――あの強さなら遊撃部隊隊長も頷けるけどなぁ……

 つくづくこのカノンという国の個人戦力の高さを思い知らされた瞬間だった。

「……いらないお世話でした?」

「いやまぁ、訓練になったのは確かだけどね……」

 こちらの得物は珍しいものであるに関わらず、しかも戦闘中であるに関わらず、あの美汐という少女は自分の得物による戦い方までもレクチャーしてくれたのだ。

 なので、確かに何もマイナスだけではないのも確かだったが……。

 逆に、そこまで余裕を持たれていたとなると、少しだけショックだった。

「とりあえず僕は少し休むよ……。体休めておかないと、また疲労で倒れたら洒落にならないし」

「分かりました。夕食は部屋に持っていきますから、ゆっくりと休んでいてください」

 と、そんな言葉と共にいい笑顔を浮かべられ、すっかり反論する気も失せたルークだった。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『永久の未来へ』

    第五話 己に出来ること

 

 

 

 その夜。

 

 ルークは、再度病室を抜け出していた。

 とは言っても、以前みたく街へ繰り出たわけではない。

 ただ窓から出て、屋上へとよじ登った。それだけだ。

 そしてその上で、はぁ、とため息を一つ。

「疲れた……」

 翼も無しに上るのは、やっぱり無理があったかな、と思わずにはいられなかった。

 というか本来、屋上はよじ登るべき場所ではないのだがそこは割愛。

 それに、実はこの診療所には屋上へと続く階段もあるのだが、それを使うためにはどうしても人目に触れてしまう危険がある。

 いくら退院済みとはいえ、この時間に部屋を抜け出し診療所内をうろつきまわるのは栞とて良しはしてくれないだろう。

 だから、あえてこっちのややこしい道を選んだのだ。

 実際、今みたいに無理をすれば辿り着ける場所だったし。

 で、数回落ちかけるという失敗の上にやっとここへ上ることに成功したルークだが。

 実はその失敗の割には何かをしたかったというわけではない。

 ただ夜風に当たりたくて、どうせなら一番風心地の良さそうな場所を、と思い見つけたのがこの場所なのだ。

 そして、その考えは正解だった。

 見晴らしこそそこまでよくは無いものの、そこを通る風は心地良いの一言に過ぎたからだ。

 水のマナの多いカノンでは多少空気は冷えるものの、そこは服の重ね着でカバーしている。

 そしてここまで昇ってきた疲労も回復する意味合いで、ルークはその場に横になる。

 視界が一気に開け、無数の星の瞬く空が目に映った。

 風が通り抜け、素肌を軽く冷やしながらも心地良さを与えていた。

 そんな感覚を体に覚えながら、ルークはぽつりと呟く。

 

「本当に、ここは――」

 

 いい国だ。

  

 そう思う。

 今まで自分が見てきた中で、紛れも無い。最高の国。

 平和、希望、未来。全てに満ちている。

 全種族共存。そんな言葉だけではない。

 本当に感じ取ることで初めて分かるものが、ルークにも分かった。

 

 でも、とルークはまた呟く。

 こんな国でも、決してこの世界では良いように取られることはまずない。

 全種族共存。それは、全ての種族の築いてきた連鎖を崩壊させることに他ならないからだ。

 だから、カノンのような国は常に戦闘対象になってしまう。

 戦いで解決することで、全種族共存という目的を破壊する。

 ただ、それだけのために。

 

 だったら。続けてルークはそう呟いた。

 

 ならばそんなことは、決してさせたくはない。

 

 彼がこの国へ訪れて僅か数日だ。

 だがそれだけの期間で、ルークはこの国を好きになっていた。

 だから、そんなことは絶対にさせたくはない。

 故に想う。故に誓う。

 ただ一つの目的のために、ルークは決意する。

 

 第四部隊とか、美凪の意思とかも関係無い。

 ただそれは紛れも無い自分自身の意思。

 

 この国のために戦うだけではない。

 この国の全てを、何があろうとも守り抜こう。

 そんな、意思だった。

 

 

 

 翌日。

 その情報は、城へと行っていた栞伝いにルークに伝わった。

「クラナドに潜入?」

 食堂で、その栞の向かいに座っていたルークは、思わず問い返した。

「はい。なんでも、クラナドに住む古河家の人から手紙が届いたらしいんです。私もお姉ちゃんに聞いただけなので詳しくは知らないんですが……。それで丁度今、それの件に関する会議を行っているはずです」

「なるほどね……。それで、それは分かったけれど、それを何で僕に?」

 そんな情報、今のルークには伝える必要も、知る必要も全く無いはずだ。

 なのに栞は何故こんなことを言うのだろうか。

 だが、その答えはすぐに明らかになった。

「先日、美凪さんが正式にカノン軍に軍籍を入れたんですが、その美凪さんもその会議に参加しているんです」

「……隊長が?」

 それは、予想外だった。

 そのせいで、ルークの表情もぽかんとしたものになってしまう。

「はい。ですから一応、元・第四部隊の皆さんには伝えておこうと思ったので。……ご迷惑だったですか?」

「ん、大丈夫。むしろ教えてくれてありがとうって感じかな。にしても隊長がねぇ……。何だか、自分から行くことを立候補してそうだなぁ」

 理由は分からないが、何となくそんな気がした。

 そしてそれは見事に的中することとなるのだが、それは割愛する。

 さらには、元・第四部隊のメンバー全員が全く同じ予想を言ったのだが、それもまた割愛。別のお話である。

 

「まぁ、潜入となると少数精鋭で行くだろうから……僕達は間違い無く留守番かな」

「でしょうね。祐一さん達の戦力でしたら……十人もいれば多分充分でしょうし」

 さすが、個人戦力が高い。

 大体の予想はしていたものの、実際に聞くと全く驚かない、というわけにもいかなかった。

「とりあえず大丈夫だとは思いますが、皆さんが出ている間は王都の周りに少しは気を配っておいた方がいいでしょうね」

 と、不意に栞がこちらを見たもので、頷きを返す。

「だね。十人程度とはいえ、戦闘能力の高い人が出て行くのは痛手だろうし」

 少数精鋭となれば、個人戦力の高い者を連れて行くのがセオリーである。

 となれば、必然的に戦闘能力の高い者は何人かがいなくなってしまう。故に、場合によっては賊などの侵入もああり得るのだ。

「まぁ、万が一の場合にはお願いしますね、ルークさん」

 一応、という感じに栞。

 それは間違いではない。

 いくら個人戦力の高い者が十人抜けたところで、この国にはまだ多くの強者がいるのだから。

「……って、まだ正規軍属してない僕にそれを言うのは間違っちゃいない? 栞さん?」

「あ、それなら大丈夫です」

 と、反論を飛ばしたルークに栞は人差し指を立てて笑顔。

「今日城に行ったついでに、美凪さんと一緒に元・第四部隊の皆さんの軍籍、カノン軍に入れておきましたから」

 そしてそんなことを言い放ち、ルークは見事なまでに椅子から滑り落ちた。

「あぁ……うん、そう。とりあえず色々突っ込みたいことがあるんだけど……とりあえず首謀者は栞さん? 隊長? どっち?」

「私です。美凪さんはやはり自分達でやってしまうのは、と躊躇ったんですが……。その、私が半ば強引に」

「うん、それはいいや。とりあえず強引にそんなことをした理由を話してほしいかな、僕は。直ちに、今すぐに」

 確かに戦うことは了承したとはいえ、人権というものを少しは考えてほしいものである。

 そう詰め寄るルークに栞はあー、と苦笑を浮かべ、

「でも、どうせ軍属はするつもりだったんですよね?」

 意地の悪い笑みを浮かべ、そんなことを言い放った。

 そしてその予想外の一言にルークは言葉を詰まらせ、動きを止める。

 図星、というやつだ。

 実際栞が何をしようが、確かに軍に入っていたのは間違いない。ルークだけではない、皆も。

 だから確かにその栞の行動は誉められた物では無いが、だからと言ってルーク達が責めることの出来るものでもなかったのだ。

「……栞さん、将来強い女性に育つと思うよ」

 主に、精神力の面で。

「誉め言葉として受け取っておきますね」

 やはりこの少女には敵わない。

 そう思い知らされるような笑顔だった。

 

 

 

 そしてその後、祐一達がクラナドへと発った。

 そのメンバーに美凪がいたと知って苦笑したのは、再度城へと出かけていた栞にその話を聞いてからだ。

 診療所の責任者がそこまで診療所を出ていいのかと疑問に思ったのだが、まぁその辺りは気にしないでいい事情らしい。

「やっぱり、隊長も出たかぁ」

 そしてそんな自由主義者の責任者の隣に腰掛け、ルークは苦笑と共に告げる。

「しかも立候補だそうです。予想、当たりましたね」

「まぁ隊長の性格は僕等も熟知してるからねぇ……。予想できて当然」

 あの美凪と長い間を共に過ごしたのだ。

 分からない方がおかしいといっても過言ではない。

「それで、またそれをわざわざ報告するために?」

「あ、いえ。それとは別件です」

 実はこれが本件だと思っていたルークは、その言葉に思わず首を傾げた。

「じゃあ、本題は?」

「これ、ですよ」

 そう言って栞は、たった今まで床に置いていた麻袋をルークの前へと出し、告げた。

 

「カノン王国の紋章。それを刻み込んだ新しい鎧です。予備のものが倉庫に幾つか余っていたので持って来たんですよ」

 それを聞き、きょとんとした表情をしてルークは一言。

「……これを、僕に?」

「もうルークさんはカノン軍の正式な兵なんですから。無いと、困るでしょう?」

「でも……数はそこまで多くは無いんだよね? それを、何で僕に?」

 仮に複数を運んできたとしても、栞の力ではどう頑張ろうが限界があるだろう。

 まぁ、物の大きさを変えたり、重さを変えたり出来る呪具があれば話は変わるだろうけど。

「ルークさんは自由気ままが好きなようですから。一番に渡した方が、後で捕まえる手間も省けるかなぁ、なんて思ったんですよ」

 しかしそんな考えも、その栞の一言でぶち壊しだ。

 ルークはその日何度目の苦笑を浮かべ、その袋を受け取る。

「ありがとう、栞さん。ありがたく受け取らせてもらうよ」

「どうぞ。倉庫で眠っているよりも、使われる人に使われた方がいいでしょうからね」

「そうかな。……まぁ、とりあえず着てみるよ」

「はい。あ、サイズが合わないようでしたら言ってくださいよ?」

「大丈夫だと思う。多分」

 そんな曖昧すぎる返事を返しつつ、ルークは自分の病室へと戻っていった。

 

 

 

 そんな、平和な昼間の光景。

 

 

 だが。

 それが崩れたのは、それから僅か一時間程度後のことだった。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さて、とうとうルークも正式に軍への所属が決定です。

 半ば強引でしたが、そこは気にしてはいけません。いつものことなんですから(ぇ

 で、時間軸はやっとこさ祐一達のクラナド侵入です。

 そしてそれと同時に、語られていなかったカノン国でのことも書いてみようかな、と思っての最後のあの伏線ですね。

 何が起こるかは、まぁある程度はルーク達の会話から分かるかもしれませんが、とりあえずはお楽しみに。

 詳しくは話しませんよ?(ぁ

 

 さて、そんなわけで今回もキャラの性格(主に栞)がどんどんずれていく気がしますが、もうどうしようもないんでしょうかねぇ。

 自分では精一杯再現している様子なのに、それがまた難しい……

 自分の作ったキャラの性格を保つだけで精一杯です、はい。

 まぁ、そんなわけなのでお許しを。

 

 さて、では本日はあまり語ることもありません故、この辺りで失礼します。