「体調万全、かな」

 その朝、目を覚ましたルークは体の調子を確かめてから呟いた。

 あのエアからカノン間を走り抜けた際に起きた疲労は、既に全てが抜けている。

 今度こそ。昨日とは違って本当に万全な体調だった。

「おはようございます、ルークさん、今朝はいますか?」

 と、ふとそう声がして、扉から包帯やら消毒液やらの入った箱を持った栞が顔を見せた。

 そしてその言い回しに苦笑しつつ、ルークは大丈夫、と返答。

「さすがに二日連続はね……。それに、もう体調も万全みたいだから大丈夫だよ」

「ふふ、冗談です。体調に関しても昨日の様子で大体は分かりますから、そっちも分かってますよ」

「そっか。じゃあ、とりあえず僕は退院って扱いでいいのかな?」

「はい。良かったですね、ルークさん。美凪さんに続いて、二番目の退院ですよ」

 にこりとやはり冗談混じりな口調で言う栞に対し、ルークはやはり苦笑を浮かべる。

「この部屋、早めに開けた方がいいかな? 他に入院したい人もいると思うんだけど」

「いえ、今のところはそういう人はいませんし、しばらくはこの部屋を使ってもらって構いませんよ。というか、この部屋以外に泊まるところ、無いと思いますけど?」

 と、何気に図星を突かれ、声を濁らす。

 確かにこの部屋以外に、ルークは帰る場所という場所を持っていない。

 まぁ普通に考えれば当たり前のことなのだが……。

 金も持ってくる余裕などは無かったので、宿という選択肢も潰れていた。

「じゃあ、せめて何か手伝おうか? 恩返しも兼ねて、さ」

「えぅ、手伝うことですか……」

 ふぅむ、と言う感じに顎に手を当て、栞は考えるポーズを取る。

 ……が、あの格好はどう見ても小柄といえる彼女には似合わない。

 言っては悪いが、何も考えてないように見えてしまうのだから。

「じゃあ、」

 ルークが何を考えているのかなど知る由も無い栞は、人差し指を立てるとその問いに答えた。

 そして、

「子供達のお世話、お願いしていいですか?」

 

 は? と、それ聞いたルークは我が耳を疑うのだった。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『永久の未来へ』

    第四話 心地よい時間

 

 

 

「実は、何日か前からちょっとした理由で、孤児の子供達が増えてるんです」

 廊下を歩きつつ、栞はそう説明を始めた。

「それで、私ともう一人、世話をしてくれている人がいるんですが……さすがに面倒を見切れなくなっているので、その子達のお世話をお願いしようと思って。

……子供、大丈夫ですか?」

「なるほどね。まぁ、子供嫌いなんてことは無いから大丈夫。引き受けるよ」

 まぁもっとも、自分にも子供っぽいところがあるとは自負しているルークだ。

 どこまでそれが上手く出来るかな、と栞に知られぬように苦笑するのだった。

 

「ここです」

 一つの扉の前に立ち止まった栞。

 それに合わせルークも立ち止まるとその扉に書かれた文字を見た。

 『大広間』という字が横線で消され、その上に『孤児院・仮』などと書かれていたので、もう既にどういう用途で使われているのかはすぐに予想がついた。

「孤児院は今建設途中で、そこが出来るまでこっちで面倒を見ているんですよ」

「納得。というか、元大広間って……一体何人いるの?」

 問題はそちらだった。

 大広間というだけで、その大きさは窺い知れるというものだ。

 だからそこを使うほどということは、一体どれがけの子供がいるのか、と。

 

 だが、そんな疑問を浮かべるルークを見て栞は笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ、ルークさん。実は、最近は孤児の数も減ってきているんです。

祐一さんやルリエンダ――あ、もう一人の孤児を見てくれている人ですね。今朝は用事があっていないみたいですけれど――が、色々と手を回してくれて。

今では、何人もの子達が養子とかになっているんです」

 そう言いながら、栞はその扉を開けた。

 

「あ、栞ねーちゃん」

「おはよーございますー」

「お姉ちゃん、遊んでー」

 

 そして、入った瞬間に栞は子供達に取り囲まれていた。

「えぅー、いきなり取り囲まないでくださいーっ。私の身動きが取れないじゃないですかー」

 と、笑みと共に言ってもあまり効果ないであろう台詞を言いつつ、栞は自分を取り囲む子供を連れて大広間の中心へと向かう。

 しかし、朝だというのに元気な子供だこと。

 栞が自分から動いているはずなのに、子供達に引っ張られているようにすら見えるのだから。

「だから動けませんよーっ」

 ……あれ、本当に引っ張られてやいないかい栞さん?

 

 

 

「とりあえず紹介しますね。こちらはルークさん。昨日まで入院していたんですが、体調も完全に治ったので、一緒に遊んでもらえるように私が頼んだんです」

「うん。よろしくね」

 と、笑みを浮かべるのだが……なんとも、子供達の反応は分かりやすいものだった。

 感情を隠すということを知らない年だからなのだろう。

 あからさまにルークに対して不信感を抱いたような表情をする子や、不思議そうな表情でこちらを見る子。

 反応は様々だった。

 いや、それよりも。

 その子供達の大半は、そのルークの背中に視線を注いでいた。

 その背にある、片翼だけの翼に。

 

 実は、栞に『ここでは、そんな差別は無いんですから。普通に翼を出していても構わないと思いますよ?』と言われたので、今は普通に外の風にさらしているのだった。

 やはり呪具である服の中とはいえ、窮屈なものは窮屈だったのだ。

 で、今や子供の注目を集めているわけなのだが……。

 ルークは、決して頭の悪い方ではない。

 なのでそれを逆にチャンスだと思い、笑みを浮かべて口を開いた。

「綺麗な飾り物(、、、)でしょ? 僕の自慢なんだよ?」

 そう。自分の翼を実際の物ではなく飾りの物であるとして言うことで子供達の違和感を無くさせ、かつそれを子供達と話すきっかけにしようとルークは考えたのだ。

 そして、その作戦は見事に成功を収める。

 好奇心という子供の一番の原動力を刺激され、数人を始めとした子供達が、ルークの周りに殺到したのだ。

「すげー、本物みたいだーっ」

「私も欲しいなぁ……。お兄ちゃん、これどこにあるの?」

「ふさふさー」

 まぁ、そんな感じにこちらが言葉を言う暇すら無くなるとは、ルークとて予想外だったようだったが。

 

 結局あの後、見事に子供達に揉みくちゃにされてしまったルークと栞の姿は待合室にあった。

 今日はこの時間にもうすぐマリーシアが来るということで、子供達共々こちらへと移動したのだ。

 歌姫マリーシアは、子供達の中ではアイドルらしい。

 

 ――まぁ、それを言ったら本人は否定しそうだけど。

 大当たりである。

 

 数分もすると、マリーシアが診療所へとその姿を見せた。

 そして前のように控えめな一礼をすると、再びその綺麗な歌声で歌を紡ぎ始める。

 誰もが聴き入らずにはいられない、そんな歌を。

 

「歌にも何らかの力があるって聞いたことがあるんだけど、本当のことなのかも知れないね」

「マリーシアのですか?」

「うん。マリーシアの歌は何というか、落ち着くよ」

「確かに……そうですね」

 うん、それ。とルークも頷く。

 あのマリーシアの綺麗な歌声には、聞く者の心を和ませ、落ち着かせる力が確かにあった。

 現に、マリーシアの歌が始まるまでは騒いでいた子供達も、その歌の前には騒がしさを失って静かにその歌を聴いているのだから。

 

 やがてマリーシアの歌が終わり、周りからは拍手が起こる。

 そしてやはりはにかみながらお礼を言った後、一礼。やはり栞の方へと向かってきた。

「おはようございます、栞さん、ルークさん。それに皆」

 だが今度はその挨拶を向ける名の中にルークがしっかりといた。

 先日のこともあったし、覚えてくれたのだろう。

「おはようございます、マリーシア」

「おはよう、やっぱり上手だね。マリーシアの歌は」

 と、そう笑みを浮かべると同時。

「兄ちゃんに同感ーっ」

「マリーシアちゃん、凄いよー」

「もう一曲歌ってくれよー」

 今まで静かになっていた子供達が、またわっと賑やかになった。

 それに囲まれ嬉しそうに笑みを浮かべるマリーシア。

 子供達の中にはマリーシアと同い年程度の子供もいるし、やはり幾分かルーク達よりは馴染みやすいのだろう。

 そんな様子を見守る栞とルーク。

 と、さすがにマリーシアもそれに気づいたのかこちらを見ると、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべて顔を赤くする。

 何とも、微笑ましい様子だった。

 

 

 

「ありがとうございました、ルークさん」

「ううん。手伝うって言ったのは僕だし、気にしないでよ」

 マリーシアも帰り静かになった待合室で、栞とルークは長椅子に腰掛け会話をしていた。

 子供達もついさっき診療所へと訪れたルリエンダという女性が引き受けてくれて、それがたった今の会話の理由だ。

「じゃあ、またお願いしてもいいですか?」

「僕でよければいつでも」

 そう互いに笑みを浮かべ、また会話で数分の時が過ぎていく。

 

「さてと」

 そしてそんな中、会話も一区切りしたところで不意にルークが呟く。

「少し、僕は出かけてくるよ」

「あ、はい。どちらへですか?」

「しばらくはあまり動けなかったからね……。ちょっとしたリハビリも兼ねて、少し鍛錬でもしようかなって、外にでも行くつもり」

 まぁつまりは、今まで動くことが出来なかった分、体が鈍るのが心配で体を動かしたいのだ。

 そんなルークに、栞は診療する立場の人間としての苦笑を浮かべる。

「一応は病み上がりなんですから……あと一日ぐらいは大人しくしてた方がいいと思いますけれど」

「大丈夫。それに、僕は僕でもう決意もしてる。この国のために戦うことを決めたから、何時起こるか分からない戦いにも備えておきたいんだ」

 もちろん、その言葉に自惚れなどは無い。

 自分が動いたところできっと戦況にも大きな違いなどは生まれはしないだろう。

 だが、それでも。今自分が出来ることがあるならば、それをやっておきたいのだ。

「……そうですね。確かにルークさんの言う通りかも知れません。

でしたら、病み上がりの人に私という立場の人間がこんなことを言うのも何ですが……よろしければ、訓練場へ案内しましょうか?」

 その栞の予想外の申し出に、一瞬だけルークの表情に驚きの色が浮かぶ。

「もちろん。体調が悪くなったりすれば即中断、私の所へ戻ってくることが、最重要条件ですけどね」

 だが次の瞬間には、それも苦笑へと早変わりしたのだが。

 

 

 

 そして案内された先。

 もう、ルークは驚愕を隠し切れなかった。

 栞の言う訓練場。

 それは、城の敷地内に存在する、兵士用の訓練場だった。

 栞曰く、『ルークさんも、カノン軍への正規軍属はしていなくても兵なのは代わりはないんです』ということらしいのだが……

「これはなぁ……」

 いくら決意したとはいえ、周りで訓練を行っているのはかつては敵として対立した兵ばかり。

 居心地の悪さはもう一級品だった。

「大丈夫ですよ」

 そんなルークの背を、彼を連れてきた本人である栞が軽く叩く。

「皆さん、いい人ばかりですから。それに、ちゃんとルークさんがここを使う許可も得てきましたし」

「そういう問題じゃないと思うだけどなぁ……」

 

 が、結局。

 栞の勧めもあって、ルークはそこでの訓練を行うことにした。

 だが開始早々。

 『それじゃあ、私は診療所の仕事がありますので』などと言って栞は帰ってしまったために、居心地の悪さはさらに一級品から特級品ぐらいまで上がっていた。

 ――やり辛いなぁ……

 どうしたものなのか、とため息を吐けば、

 

「どうかしましたか? ルーク=アルスザードさん」

 

 全く知らない声が、背後よりルークへとかけられた。

「……へ?」

 予想外に自分の名を呼ばれ、反射的にルークは身を捻ってその声の主を探す。

 そして振り返った先に、いた。一人の少女が。

「……えっと」

 だが、先ほども言ったようにその声には覚えがない。ということは当然その顔を知っているはずもないのだ。

 なのに、彼女はこちらの名前を知っている。

 どういうことだろうか。

「突然で驚かせてしまいましたか。私は、カノン王国軍遊撃部隊隊長、天野美汐です」

「はぁ……。えと、その遊撃部隊の隊長が、僕に何か……?」

「……栞さんから、何も聞いていないのですか?」

「いやぁ……全く何も」

 そう返すや否や、美汐が小さくため息を吐いた。

 もう、わけが分からなかった。

「説明するとですね。私は、栞さんにあなたの面倒を見るように頼まれたんです」

「僕、の?」

「はい。先日来たばかりということでこの国にも慣れていないでしょうし、ましてやこんな所に一人だと不安になることもあると思いますから、と」

「そのための、世話係ってことですか?」

「時間が開いていた私が、ただ選ばれただけ、という話なんですけれどね。

……まぁ、栞さんには、『スパルタに相手してあげてください』とも言付かっていますけれど」

 と、その言葉にルーク、戦慄。

 だが対する美汐は表情を崩さぬまま、その手に持っていた槍を構えていた。

 そして、それに、と美汐は付け足す。

「私も、たまには模擬戦をしたいと思っていましたから」

「……拒否権は」

「あなたは女性の誘いを断るんですか?」

 そんな状況じゃないと思う、今は。

 しかし、もう引き返せないことを悟ると、ルークははぁ、とため息一つ。

「……お手柔らかに」

 そう返して、美汐と向き合った。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 どうも、昴 遼です。

 というわけで早くも第四話をお届けします。

 

 さて、今回は再びほのぼの風味ですね。

 孤児院など、本編では語られてなかったことを書いてみましたが、こんな感じでよかったのかなぁ、思いますね。はい。

 実際、診療所にそんな部屋があるのも怪しいのですが、そこはインスピレーション(ぁ

 まぁ細かいことには突っ込まないでください。

 

 で、美汐をちょこっと出してはみたのですが……そもそも、美汐ってこんなキャラだっけ……

 美汐が鍛錬をしている様子、本編では殆ど無かった気もするので、よく分からない。

 まぁ、人のいい栞に頼まれればいくら美汐でも断れないだろう、と思ったので書きましたので、状況に関しては違和感は無いと思います。

 性格云々に関しては……もう言わずもがなですけれどね。

 

 さてはて、こんなキリの悪いところで終わっているルークですが、戦闘シーンを実際に書くのはもう少し先になると思います。

 まぁ、ただルークの戦い方とかをギリギリまで隠しておきたいという馬鹿な私の思惑もあるんですけれどね(オイ

 もちろんそれに見合った戦闘シーンも書くつもりですので、どうか皆さんお楽しみに。

 

 

 

 ……文章が長くならないなぁ(ボソ