「そろそろ、美凪さん達も終わった頃でしょうか?」

 ふと、隣を歩いていた栞がルークに問い掛けた。

「どうだろうね……。ミチルにあんなことがあったから、隊長も心配だろうし。もう少し余裕を持って戻った方がいいかも知れない」

「じゃあ……のんびりと話しながらでも戻りましょうか」

「そうだね。それが一番丁度いいかな」

 もっとも、現在いる場所は診療所とはまったく正反対に位置する通りであり、ゆっくり帰っても三十分、話せば四十分近くは掛かる。

 美凪は頼まれたことはきちんとこなす人だ。

 栞に頼まれた診療所の仕事を疎かにしているとも考え難い。

 だからよほどのことが無い限り、それぐらいの時間を開けて帰ってもまだ美凪がミチルを看ている、という確立は低いだろう。

「でしたら行きましょうか。もしかして、逆に待たせてしまっても困りますしね」

 その言葉には大いに同意。

 頷きを返し、先に歩みを再会した栞の隣にルークは続いた。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『永久の未来へ』

    第三話 片翼の少年

 

 

 

「でも、栞さんも凄いよね」

「えぅ。何がですか?」

 いきなり誉められたのが以外だったのだろう。

 小首を傾げ、不思議そうにこちらに視線を向ける。

「その歳で診療所を開いてるなんで、なかなか簡単なことじゃないと思うんだ」

「どうなんでしょう……。私はただ、祐一さんが行った医療施設の細分化の際に、その一つを任せてもらったに過ぎませんし、まだ他の方に手伝ってもらわないと出来ないことだってありますよ?」

「そんなこと無いよ。任せてもらえたってことは、やっぱり栞さんが信頼されてるってことだし、一人で何でも出来る人もいないと思う。

それに、栞さんの雰囲気は、周りの人達を癒してくれるし、栞さん自身の人気もきっと高いはずだよ。だから栞さんの診療所は、いつでもあんなに沢山の人がいるんだと思う」

 と、次々に感想を繰り出すルークを、栞がきょとんとした視線で見ていた。

 ――……あれ、何か変なこと言ったかな?

 少しばかりそんな不安がこみ上げてきて、どうしたのかと訊こうとした、丁度その時。

 

「ルークさん……凄いです」

 

 ……予想外。

 今度は、こちらが誉められていた。

 

「自分のことはよく分からないですが……でも、会って間もない私のことをそこまで言ってくれるルークさんは、凄いと思います。

普通、他人のことをそんな風に理解することなんて、凄い難しいことだと思うんですけど」

「ん……そうかな」

「そうですよ。私が保証します」

「はは……ありがとう、栞さん」

 そう笑みを浮かべながらルークは答え、

「人を見る目だけは、あるのかもね。第四部隊の皆にも同じようなことを言われたことがあった気がする」

 今度は苦笑気味にそう続けた。

「でしたら、それは素晴らしいことだと思いますよ? 人と付き合うことは、実際は戦いなんかよりずっと難しいことなんですから」

 にこりとそう笑みを浮かべる栞に、ルークも無意識の内に笑みを返していた。

 

 診療所への道のりも半分ほど歩いたところで、不意に栞はこんなことを訊いてきた。

「よかったら、ルークさんのこと、教えてくれませんか?」

「僕の?」

「はい。私は、性格上やっぱり自分の受け持った患者さんのことは知っておきたいんです。もちろん、嫌でしたら答えなくても結構ですけれど……」

 どうですか? と首を傾げる栞。

 その栞を見て、ルークは考えること五秒、

「別に大丈夫だよ」

 そう頷いていた。

 

「僕は、神族と人間族の間に生まれたハーフなんだ」

 その切り出しから、ルークは話し始めた。

「生粋の神族じゃない者がエアではどういう立場になるかは……栞さんも知ってるとは思うから、割愛するね。

それで、その僕の両親は僕が十歳ぐらいの時に戦争で死んだ」

「あ……」

 栞が、隣でしまった、というような表情をした。

 触れてはいけない傷。今の話を、そう判断したのだろう。

 だからルークはそこで首を横に振った。

「大丈夫。僕もその頃にはしっかりとした考えもあったから、戦争でいつか両親が死ぬなんてこと分かってた。だから、さすがにそれを知ってすぐの頃は落ち込んだりしたけれど、すぐに振り切ることが出来た。

それでその後は、両親の親友だったっていう人の家に預けられて、そこから……だったかな。戦いの訓練を始めたのは」

「敵討ち……ですか?」

「ううん。違うよ。僕の両親は、凄い強かった。だからその姿が僕にとっては憧れで、その姿を目指したんだ」

 そう。両親は戦場で死んでしまったから、何かを形見に戦うなんてことは出来なかったが、それでもその姿を追おうと、その時の自分はそう思ったのだ。

「それで、十五歳の頃――二年前に、僕は第四部隊に入ったんだ」

 そして……と、ルークは最後に付け足した。

「これが、僕が一番の種族差別に巻き込まれた理由」

 そう言ったルークは、自分の服の背の部分を捲った。

 

 その瞬間。

 

 ふわりと、白い翼が背から現れた。

 

 一対ではなく、ただ片方だけ(、、、、)の白い、飛べない翼を。

 

「生まれつきなんだ。神族と人間族のハーフだから、片方の翼だけが無いんだろうって僕は思ってるんだけど、本当の理由は分からない。

普段は今みたいに、服の中に隠してるんだけどね。

……あ、ちなみにこの服は呪具ね。少しだけだけど、収容量が増えるタイプの呪いを刻んであるんだ」

「そうなんですか……」

 そう、少し落ち込み気味に声を出す栞にルークは苦笑した。

「栞さんが気にすることは無いよ。それに、話したのは僕が話してもいいって思ったから、聞いてほしいって思ったからだ。

性格上なんて関係無い。僕が聞いてほしいと思ったから聞いてもらったんだから、それは立派な相談。それを聞くのは栞さんの仕事だよね?」

 と、結構自分でもいい台詞言ったかも、と思ったと同時。

「……あの、ルークさん。一つだけいいですか?」

 ルークの言葉に、栞は顔を上げて反応した。

 うん? とルークが返すや否や栞はその手を取り、

「むしろ他の皆さんの相談役として、診療所に永住しません? 私以上に向いてますって絶対」

 そんなことを言って、見事にルークの目を点にさせた。

 

 ちなみにそのお誘い。

 当たり前なのだが、丁重にお断りした。

 残念そうにしていた辺り、きっと本心なんだろうな、と思ったのは別のお話。

  

 

 

 診療所では、予想通り美凪がしっかりと働いていた。

 しかも、かなり手際よく。

「隊長、今戻りました」

 その美凪に後ろから声を掛けると、なにやら、洗面器を持ったまま美凪が振り返った。

 ……何気に、貴重な姿かもしれない。

「お帰りなさい。ルークに栞さん。……大丈夫でしたか? 少し時間が掛かってましたけれど」

「いえ、大丈夫ですよ。ちょっとルークさんを捕まえるのに時間が掛かってしまって」

 そしていきなり罪の上乗せをされた。

『……栞さん。僕、あの後逃げた覚えないんだけど』

『自然体を装うにはこれが一番いいんですよ。合わせてください』

 念話での口論もあっさりとかわされ、心の中で深いため息一つ。そしてルークは苦笑を浮かべた。

「いきなり追われたら、そりゃ誰でも逃げると思うんだけどね……」

「そりゃ嫌でも追いますよ。脱走者なんですし」

「……栞さんさ、何気に怒ってるでしょ」

「へ? 初めから怒ってますけれど?」

「わぉ……」

 と、何故だろう。

 何だか随分と自然な会話になってしまっているのは。

 あぁもう、ととりあえず視線を美凪に戻せば――きょとんとした表情で見られていた。

 どうやら、この二人が既にここまで仲が良くなっていたのが予想外だったらしい。

「まぁ、とりあえずはありがとうございました。美凪さん。後は私が引き受けますね」

 と、そう言いつつ栞は美凪の手から洗面器を受け取ると、それを抱えたままそそくさと洗面所へと消えた。

 結局、その場には美凪とルークの二人が必然的に残された。

「……とりあえず、僕の病室でも行きます?」

「ですね……。やること、無くなってしまいましたし」

 

 と、長い付き合いだからこそ分かるその言葉。

「……隊長。何気にここの仕事、気に入りましたね?」

 そう突っ込めば、美凪から帰ってきたのは苦笑。

 そう言えば、この隊長も何気に世話好きだったと思い出すルークだった。

 

 

 

「栞さんは、凄いですね」

 と、ベッドに二人腰掛けたところで、不意に美凪がそんなことを言い出した。

「唐突ですね……」

「仕事を手伝ってみて分かったんですが、この仕事は生半可な苦労じゃ済まされないんです。

患者さんと接すること、その世話をすること、全てにおいてです。

だからそれをこなす栞さんは、凄いと思いますよ?」

「まぁ、それは同感ですけど」

 自分だって、栞に助けられた身だ。

 だからそれを否定したりはしない。むしろ大いに同意だ。

 

 と、そんな時。

 

「き、きゃぁっ!?」

 ガシャーン! と凄い音がして、少し遠くの廊下から悲鳴が聞こえてきた。そしてすぐ後に、ドシンという尻餅をつく音。

 ……こけたらしい。

「……まぁ、少し子供っぽいところがあるみたいですけど」

 その言葉にも、大いに同感だった。

 

 

 

「ところで、ルーク。一ついいですか?」

 美凪と共に栞の手助けを終えた後、ふと美凪は口を開いた。

「? 何ですか?」

「この国へ来てから、私達もやっと、本当の平和の形を見ることが出来ました」

 唐突な切り出しだった。

 その真意が分からず、ルークはただ曖昧な返事を返す。

「ですから、私は、私なりに考えていたんです」

 ルーク、と、美凪は立ち止まり、こちらを真っ直ぐに見据えた。

 そして、こう告げる。

「あなたは……この平和の中で、どうやって生きていきたいですか?」

「……隊長?」

「もう、私達の生活を遮るものはここにはありません。ですから、あなた達は自由に生きていいんです。……ですから、どう生きていきたいのか、それを教えてください」

 そうだったのだ。

 そこでやっと、ルークはこの話の真意を知った。

 今まで、自分達は必要以上の苦労を強要させられていた。

 エアで生きていくためには、そうしなければならなかった。

 だから美凪は、そんな自分達に、ここで平和を掴んでほしいといっているのだ。

 そう。

 

 武器を捨て、ただ一人のカノン国民として、生きる道を薦めているのだ。

 

 それは美凪の――隊長としての、心からの思い。そして願い。

 今まで無理をさせた以上、もうこれ以上の無理はさせたくない。

 そう思ったからこその言葉だったのだろう。

 

 ルークは微笑みを浮かべた。

 ――やっぱり、僕達は隊長に着いてきて正しかった

 そして、そう心から思った。

 

「隊長は、間違えてます」

 出た言葉は、それだった。

「……え?」

 その言葉が予想外だったのか、美凪は首を傾げる。

「僕達は、ただ強制させられたから戦っていたんじゃないですよ。それを、隊長は分かっていますか?」

「それは……」

「隊長は、僕達を大切に思ってくれている、何度も守ってくれている。だから僕達は、そんな隊長に着いていって、いつかその恩を返すと、隊長をいつか守れる存在になりたいと思って戦ってるんです。

……ですから、隊長。そんな独り善がりの考えは捨ててください。隊長がいいから、僕達がいいなんてことは絶対に無いんです。僕達はただ、隊長を大切に思って、それに着いていきたいだけなんですからね」

「ルーク……」

 そんな驚いた様な表情をしていた美凪の口許が、不意に崩れた。

 同時に笑みまでもこぼれる。

 ……そして、それには逆にルークが驚かされた。

「え、あの。隊長?」

「いえ……ごめんなさい。どうやら私は、勘違いしていたみたいですね。

……実は、同じことを相沢さんにも言われているんですよ。『自分達が戦わずにすむためにと、お前を一人戦場に向かわせると本気で思っているのか?』と」

「相沢……祐一王も」

「えぇ。……ですから、私は今決めました」

 そう言って再びこちらを見ると、微笑んだ。

 

「元・エア第四部隊として、どうか何処までも、私に着いてきてくれませんか?」

 

 その言葉への返答に、戸惑いも何もあるはずは無かった。

 

「当たり前ですよ、遠野美凪隊長。僕は――いや、僕達は、何処までもあなたに着いていきます」

 

 そう言ってルークは、今までで一番の微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さて、今回は前回と正反対。かなりシリアス方面に走りました。

 これでルークの設定もある程度は分かっていただけたかな、とは思います。

 まぁ簡単にまとめればこんな感じですね。

 

 神族と人間族のハーフ。

 生まれつき、片翼を持っていない。

 両親を亡くしている。

 ……かなりお人よし(オイ

 

 と、こんな感じですね。

 

 で、とりあえず美凪との会話も入れてみたのですが……違和感バリバリかと思う(ぁ

 というか美凪はこんな口調でしたっけ……性格でしたっけ、と。書いていて非常に不安が募りました。

 まともに見えればいいなぁ……。

 

 で、ちょいと本編ではあまり語られていない、第四部隊の想いもルークが代表して話してしまいましたが、こんな感じでいいですか?

 このままだと、多分殆どのメンバーが戦場へ立ちそうですがw

 まぁ、きっと大丈夫でしょう自己完結。

 

 では、また次回にお会いしましょう。