夢を見る。
それは悲しい夢。それは苦しい夢。それは辛い夢。
そうなのに。
自分が何を思おうが、その夢はまるで自分に何かを告げるように終わらない。
神魔戦記三次創作『永久の未来へ』
第一話 目覚めの昼に
「……」
最悪の目覚めだ。
ベッドの上で体を起こした少年は、薄目を開けながらそう思う。
なんだか、凄い嫌な夢を見たのだ。
「あーもう……今日ぐらい、ゆっくり寝させてくれてもいいのに……」
そうはさせてくれない自分を少し恨みながら、その少年はベッドから降りる。
……が、足に力が入らないことに気がついた。
「――へ?」
と、それだけを口にしたと同時。
少年は盛大な音を上げて、倒れた。
何が起きたのか。
というか、何で倒れたのか。
瞬時に色んな疑問が浮かんできて、少年の視線は最終的に自分の足へと辿り着く。
「……まだ疲労が消えきってないのかな」
そしてそう呟いた少年の言葉も当然。
一体何日寝ていたかは分からないが、少年を始めとした、エアから逃げてきた第四部隊の者達はアゼナ連峰を迂回してカノンへと辿り着いたのだ。
しかもその距離を走ってきたのだから――その足に掛かった負担は計り知れない。
と、そこまでの結論に至ったところで、ふと少年のいる部屋の扉が開いた。
「大丈夫ですか? 何だが、凄い音が聞こえましたけど」
そして、その扉から首を傾げながら少女が入ってきた。
見回りの兵か何かだろうか、と思うが、その姿はどう見ても兵のそれではない。
というか、包帯などの入った箱を片手に首を傾げる少女が兵に見えるのかは怪しい。
医療関係とか、そちらの方面の人だろうか、と今度は考えてみて、結構しっくり来たので自己満足気味に頷いてみて、
「あの……大丈夫ですか? 本当に」
そして、結構本格的に心配された。
まぁ、問い掛けにも答えずにいきなり何かを考え始め、挙句何かに頷いていては心配されるのも仕方無い。
「あ……うん、大丈夫。ちょっと考えることがあっただけだから」
が、間違っていると嫌なのでその考えを口にはしないが。
「えっと……ところで、君は?」
床に倒れたままというとても不恰好な状態で、ルークはとりあえずそれを訊いてみる。
まぁ、話を逸らすという目的もあったのだが。
「あ、ごめんなさい。私は美坂栞で、この診療所を開いている者です」
どうやら、目的は達成できたらしい。
少女――もとい、栞は少し慌てた様子で笑顔を作ると、そう自己紹介をしてくれた。
「別に謝られても……。あ、僕はルーク=アルスザード。知ってるとは思うけど――」
「エアの第四部隊の方、ですよね? 一昨日、カノンへ来た」
一昨日、と言うことは、既に丸一日以上は寝ていたのか。
そんなことを考えながら、ルークは栞の問いに頷いた。
「……うん。やっぱり、伝わってるんだ」
「いえ、私のように知っているのは城の方にいる方だけです。街の皆さんには、まだ秘匿されているみたいですね。……といっても、やっぱり一部には知られちゃってるみたいですけど」
「? じゃあ、君はどうして?」
「私、診療所の者ですから。それに、私はこれでも城の方には知り合いが多いんですよ? 騎士団には私のお姉――姉もいますから」
そう言って、栞はまた笑みを浮かべた。
それだけで、あぁ、と予想は付く。
つまりこの診療所には今、ルーク以外にも第四部隊のメンバーが何人かお世話になっているわけか。
「でも、目が覚めたのはルークさんが一番早かったみたいですけど」
「皆は、まだ?」
「はい。大怪我をしていた方はいませんでしたけど、皆さん、疲労で倒れてしまいましたから。あ、でも、美凪さんは昨日目を覚ましましたっけ」
顎に手を当てながら栞はそう答えて、とりあえず、と言葉を続けた。
「ルークさんも、まだ足の方の疲れが取れていないみたいですから、あと一日は安静にした方がいいと思いますけど……手、貸しましょうか?」
そう苦笑気味に言われて、今の自分の格好をやっと思い出した。
足に力を入れることが出来ず床に倒れる様は、いかにも滑稽だろう。
「あー……ごめん。お願い」
「はい」
すっと差し出された栞の手に掴まり、ルークはやっとベッドへの帰還を果たす。
「やっぱりここの方が落ち着くなぁ」
そしてしみじみと呟く。
まぁもっとも、
「あはは……床で落ち着く方も珍しいとは思いますけど」
というわけだが。
それにしても、とルークは視線を外へと向ける。
窓から見える景色は、まだ昼。
「……退屈だな」
当然のこととはいえ、ついそれを口に出してしまった。
が、予想外にも帰ってきたのは栞からの叱咤の声とかため息ではなく、
「でしたら、」
という、栞の笑みの声だった。
「もうそろそろマリーシアが来るはずですから、退屈にはならないと思いますよ?」
そう告げられて、とりあえず納得云々の前に疑問が湧いた。
そもそもルークはカノンを訪れるのは初めてであり、相沢祐一とかならばともかく他のカノン民の名前など全く知らない。
故に、栞の告げた名前は女性のものであるとはわかるが、それ以上は全く分からなかった。
「マリーシアはですね――」
そういった会話は、診療所を経営していて慣れているのだろうか。
こちらのそんな問いにも栞は変な顔をすることなく、しかもかなり分かりやすく詳しく話してくれる。
「――それで、マリーシアは時々ここに来て歌を歌ってくれているんです」
やっと納得。同時に少しそれを聴きたくなっていた。
黒い翼を持つ、歌姫――と呼んでいいのかは分からないけど――のその歌を。
「ここからでもその歌は聴けるのかな」
「はい。扉を開け放しにしておけば、よく響く歌ですからきっと」
「じゃあ、開け放しにしてもらえるかな」
「もちろんですよ。あ、何でしたら待合室まで肩をお貸しましょうか?」
その突然の申し出に、思わずえ? と声が出る。
言っては悪いのだが、この栞と言う少女はどう見ても力があるようには見えない。
自分一人の体重なら確かに支えられるとは思うが……いや、やっぱり無理な気がする。
「大丈夫なの?」
何も訊かずに頼んで怪我でもされたら、こちらの気分が悪くなるだけだ。
だからそう訊いてみたのだが、その返答は。
「大丈夫ですよ」
笑みを携えたそれだった。
「……正直、驚いた。君に、僕一人を支えられる力があるなんて思ってなかったよ」
待合室の長椅子に座るルークは、その隣に立っている栞にそう言った。
あの後、栞は本当にルーク一人に肩を貸して、ここまできたのだ。
しかも息切れの一つも無い。
「私はこれでも、戦場に出ますから。それぐらいの力はありますよ?」
「あはは、そうみたいだね」
言葉通りそれは身をもって知った。
「あ、そろそろ始まりそうですね」
「え?」
その栞の声に、栞が見ている方向へと顔を向けた。
そこには確かに栞の告げた通り。
黒い一対の翼を背に持った、人間族の少女がいた。
あれがマリーシアだろうか? と考える前に、ぺこりと控えめに一礼をしてからその少女の口が開かれる。
そしてその口から紡がれる歌は、心に響く歌。素直に綺麗だと思える声。
その少女の紡ぐ歌は、今まで聴いた中でも間違い無く指折りに入るものだった。
しばらく言葉を忘れその歌に聴き惚れていると、不意に歌が止む。
歌が終わったのを知ったのは、回りからの拍手を聞いた時だった。
すぐに自分もそれを思い出し、拍手に参加する。
少女ははにかみながらもお礼を言うと、周りにまたぺこりと一礼。そして顔を赤くしたまま栞の方へと小走りに走ってきた。
「えと、こんにちは。栞さん」
「こんにちは、マリーシア。相変わらず上手な歌だったね」
「あ、えと……そんなことは……」
「謙遜しなくてもいいんじゃないかな? 誰でもきっとそう言うと思うよ?」
「へ? あ、ありがとうございます……? ……あれ?」
いきなり横合いから声を掛けられて、混乱したらしい。
疑問系のお礼はどうなんだろう、と苦笑して、とりあえずその混乱した少女をどうにかすることにした。
「初めまして。僕はルーク=アルスザード。一昨日からここにお世話になってるんだ」
「ほら、マリーシアも知ってるでしょ? 第四部隊の――」
「あ……」
栞の言葉に、マリーシアの動きが固まる。
仕方ないかな、と思った。
第四部隊は、もう何回か今のカノンにいる者達と戦っている。
そして当然それはルークにも当てはまることだ。
戦いに参加した兵達の命も奪ってしまったし、もしかしたら、この少女の知り合いだっていたのかもしれない。
だから、この少女に忌み嫌われてもそれは仕方ないことかな、と一人苦笑をしたところで、
「あの……体はもう大丈夫なんですか?」
聞こえたのは、予想外の――ルークの体を心配する言葉だった。
いやそれどころか、このマリーシアという少女は、ルークを怖がったり嫌うような素振りすら見せずにこちらに歩み寄ってきたのだ。
当然、そんな反応を予想していなかったルークは戸惑い、呆気に取られた表情をした。
「……僕のこと、何とも思わないの? 君は」
そして気が付けば、思わずそう訊いていた。
だが。
「私は……ルークさんが思っているようなことは言いません。……いえ、言えません。絶対に」
帰ってきたその言葉は、もはや予想すら出来るものではなかった。
「私は、人間族です。ですけれど背中にはこの黒い翼がある。だから、私がいた街では、私はずっと忌み嫌われていました。
……ですから私は、人にそう思われてそう扱われるのがどれだけ辛いのかは痛いほど、分かるんです。だからそんなことは言えません。そんな想い、誰にもしてはほしいとは思いませんから」
言葉がでなかった。
この少女がそれだけのことを思っているなんて、想像もできなかった。
周りからは忌み嫌われてしまう存在。それは、彼女も同じだったのだ。だからルークは自分を恥じた。
そんなことを思ってしまった自分を。
……だが、同時に知った。
この少女がそれでも笑っていることの出来る、このカノンという国のことを。
「……ごめんね、マリーシア」
「えっと……謝らないでください。それに、戦うのは、仕方の無いことなんですから……」
「……何だか私、蚊帳の外ですか?」
と、いきなり横合いから入った声に二人は同時に栞の存在を思い出す。
すっかり部外者扱いを受けていた栞は頬を膨らませ、二人を睨んでいた。
「えっと……そんなわけじゃないんですけれど……」
「いいですいいです。私はしがない診療所の魔術師です。どうぞお二人で楽しくやってください」
すっかりいじけモードの栞。
個性的な性格の持ち主、ということで覚えておこうと思った。
「……いやえっと、勝手にそういう関係というか、設定を作られても困るんだけどなぁ……。というか、マリーシアにだってそういう人がいると思うんだけど」
「え、わ、私にですか!?」
何気ない一言のつもりだったのに、いきなりマリーシアが過剰反応。
……あれ? とルークは首を傾げ。
「……一応適当に言ったつもりなんだけど、図星?」
「そ、そんなことありません!」
その反応でその返答も無いだろうとは思うが……まぁ乙女心は複雑なものなのだろう。きっと。
「それじゃ、マリーシアに栞さん。僕は病室に戻るよ」
しばしの雑談を終えると、そう言ってルークは腰を上げた。
「はい。お気をつけて」
「肩、貸しましょうか?」
「ううん。大丈夫。それじゃあ二人とも、またね」
今まで話し相手となってくれいた二人に手を振って、ルークはその場を後にした。
もっとも、足に力が入らないために杖のお世話になることとなったのだが。
そして病室に入るその直前。
――……あれ
その、心に何か引っかかる様な違和感を覚えた。
――?
だがそれが何なのかはまるで分からず、ただ違和感としてルークの心に残ることとなった。
ベッドに横になったところで、再び待合室の方からマリーシアの歌声が聞こえてきた。
どうやら二曲目が始まったらしい。
だったら丁度いい。
ルークは目を閉ざす。
この歌を子守唄に眠ればきっと。
嫌な夢など、何一つ見ることは無いだろう。
そして意識は、静かに沈んでいった。
あとがき
どうも、昴 遼です。
えー、書いてしまいました神魔戦記三次創作。
連載作なのでまずは第一話ですが……神魔の世界観を上手く出せるのかが不安です。
というか、神無月さんの中でのイメージとは少し変わってしまうかもしれませんね……。
……まぁ、そんなことが無いことを祈りつつ、このあたりで失礼します。