「……はぇ?」

 目を覚まして、第一声はそれだった。

 寝起きということもあって、佐祐理はまばたき一つ。

 そして、

「……あの、リリスちゃん」

「何?ママ」

 じーっ、と。佐祐理の寝顔を可愛らしい笑みを浮かべながら見ていたリリスにそう声を掛けた。

「えっとですね……楽しいですか?」

「うん、凄く楽しい」

 笑顔を保ったまま頷かれる。

 ――えーっと……

 とりあえず、状況を整理しよう。

 自分は今起きたばかり。これは大丈夫。

 リリスが、その自分の寝顔を今まで見ていた。これも大丈夫。

 ……どうして?

「リリスちゃん……」

 とりあえず、それを問おうとして、

「?」

「……どうして、佐祐理の顔を見てたんですか?」

「……?」

 小さく首を傾げられた。

「り、リリスちゃん……」

「……何でだろう」

 というか、見事に忘れていた。

 一応、まだ自分の寝ている寝室に入ってくるのだから全く無意味な行動からではないことは想像はできるのだけど……

 そのまま、たっぷり数秒の間が流れて、

「あ」

 ぽん、と手と手を合わせるリリス。思い出したらしい。

「ママのことを呼んできてってパパが」

「祐一さんが、ですか?」

「うん」






 つまり、リリスの話を要約するとこういうことらしい。

 祐一が何か用事というか話があるので佐祐理を呼びに行こうとしたのだが、まだ佐祐理は寝ている時間。

 さすがの祐一もそういった状態の佐祐理の部屋に入るのは抵抗がありリリスに佐祐理を起こして連れてきてもらうように頼んだ。

 ……のだが、頼まれたリリスは佐祐理の寝顔を見るなりなんだか胸が温かくなって気が付けば佐祐理の寝顔を見つめていた、と。

 つまりは、結局佐祐理は自力で起きる必要があったのだ。

 ――祐一さん……待っているでしょうか。

 そして今佐祐理は祐一の所へと向かっているのだが、その隣に並ぶリリスが言うにはどれぐらい時間が経ったかは覚えていないらしい。

 なので、場合によってはかなり祐一を待たせてしまったかもしれないわけだ。

 ――やっぱり、急いだ方がいいんでしょうか……

 もし待たせてしまっていたら申し訳ないな、と思うのだが、逆に全然待たせてないとして息を切らして祐一の所へ行ったとしてもそれはそれでなんだか嫌だった。

 だが、

「佐祐理か? 丁度良かった。今お前の部屋に向かおうとしてたんだが」

 ふと廊下の曲がり角から声が聞こえて、そちらの方を振り返る。

 そこには、どうやら佐祐理を迎えに来たらしい祐一の姿があった。

「パパ。ママ連れてきた」

 その腰にリリスは抱きついていき、祐一はその頭を撫でながら苦笑を浮かべる。

 やはり、結構待ってくれていたらしい。

「えっと、おはようございます、祐一さん。……その、待ちましたか?」

「あぁ、おはよう。いや、別に急用というわけでもないからな。たった今朝食を終わらせてきたところだ」

「はぇ……そうですか。……あ、それで、用事って何でしょう?」

 それは気を遣ってくれた台詞だとすぐ佐祐理には分かってしまったのだが、それを突っ込むのは野暮ということで、頷いておくに留める。

「それなんだがな。実はリリスが――」

「パパとママと、一緒に歩きたい」

「――と、不意に言い出したんだ。それで、俺は今日は時間も開いているから、お前はどうかと思ってリリスに呼びに言ってもらったのだが……」

 ――……はぇ?

 思考停止、その状態でまばたき三つほどして、

「は、はえぇぇぇぇぇ!?」

 叫んでいた。

 というか、えっと、その……

 ――ち、違います違います違いますっ! い、一緒に歩くだけで、でで、デートなんてことは祐一さんだって一言も……っ!

 と、心の中で叫びまくり、墓穴を掘ったことに気が付いて顔が一気に赤くなる。

 心なしか体温も僅かに上昇気味。

「いや……そこまで叫ばれることを聞いた覚えは無いんだが……」

「あ、あぁぁっ! 違います違いますっ! 別にこれは祐一さんが悪いとかリリスちゃんが悪いとかそういうのじゃ――」

「三人でデート」

「ふええぇぇぇぇぇ〜〜〜!?」

 佐祐理、絶叫。

「……その知識も栞からか?」

 こくん、と頷くリリスを見て、ちょっと栞の持っている本にはそう言ったジャンルのものが多いのではないかと思えてきた。

 というか、純粋無垢と言っても過言ではないリリスにそういった本を読む栞は、一体何がしたいのだろう。

 その内容が世の真実とリリスが思わないことを切に願いたかった。

「でも、パパとママと歩きたいのは本当。今まであんまりそういうこと無かったから」

「り、リリスちゃん。それはですね〜……えーっと……」

 確かにそういった機会は皆無に等しいが、そもそもリリスが佐祐理のことを『ママ』と呼ぶせいで一時期は観鈴や有紀寧に複雑な表情で見られていたのだ。

 今でこそそれは周知となっているのだが、それでも極力、またこういうことで噂みたいなものとかが増えるのは避けたかった。

 だから、この場をどうやって切り抜けようかと考え始めたところで――

「まぁ、いいじゃないか。歩くぐらいならあの二人も許してくれる」

 とか祐一が言うもので、退くに退けなくなってしまったのだ。

 ――ゆ、祐一さぁん……

 心の中で寂しげに呟くも届かない。というか既に遅かった。

 それを聞いたリリスは嬉しそうに笑みを浮かべ、さらには小動物みたいな瞳でこっちを見てきたのだ。

 とりあえず、言おうとしていた言葉は全部口から出てこなくなってしまっていた。

 そしてその時の佐祐理の心境を言葉で表すのなら間違い無く、

 ――ど……どうすればいいんですかーっ!

 だった。

 が、結局は佐祐理一人では自分の願望に忠実なリリスの言葉に勝てるはずも無く。

 昼食後に集まろうという話になってしまい、一時解散となるのだった。






 待ち合わせとなった時間よりもちょっとだけ早めに来てしまった佐祐理は、いつも着ているように清楚なものではなく、完全な私服だった。

 ……別に意識したわけではない。決してこの服を選ぶのに、結構な時間唸ってなんかいない。

 まぁそれはともかく、だ。

 一緒に歩くと決まった以上、多少は身だしなみを整えた方がいいという佐祐理の考えだった。

 そしてそんなことより、今はもっと大きな問題が佐祐理を悩ませていた。

 ――ふぇ……何で佐祐理はこんなに緊張してるんでしょう……

 結構以前――リリスに『ママ』と呼ばれるきっかけになった日――に話題となった佐祐理と祐一の結婚云々が今だ尾を引いていて、それが今この場になって緊張と言う形で襲ってきたのだ。

 加え、さっきのリリスのデート宣言。

 いや、二人っきりでないだけいいなのだが、それでも緊張するものは緊張するのだ。誰だって。

「ママ。お待たせ」

 と、まだ心の準備も出来ていないのに、その声が聞こえた。

 一瞬その声にビクッ! と体が反応しかけたが、辛うじて堪えた。

 そのまま、とりあえずは表面上冷静を装って振り向く。

 ……果たしてそこにいたのは、

「……リリスちゃん、ですよね?」

 とても、というかかなり可愛い女の子だった。

 羽飾りのついた黒い帽子を被り、服はいつも通り。黒を基調とした白のラインが入った服だったのだが、何故だろう。いつもと何かが違う。

「有紀寧にも一応話したら、それなら丁度いい、ということで化粧とかをやってもらったんだ」

 その隣にいた祐一がその疑問に答える。

 しかし……その祐一は着ている私服が似合っている気が――

 ――って、佐祐理は何を考えてるんですか〜っ!

 心の中の自分がその時点で大きく首を横に振っていた。閑話休題。

「そ……そうなんですか……」

「? 佐祐理、どうしたの?」

「……リリスちゃん、似合ってますよ?」

 こちらの動揺を隠す意味合いもあったのだが、そう答えると少し、リリスの頬が赤く染まる。

 リリスちゃんが恥ずかしがる顔、なかなか珍しいかもしれませんねー、と思っていれば、不意にそのリリスに腕を引かれた。

 隣を見れば、同じく祐一も苦笑気味に引っ張られている。もしかしたら、それがリリスなりの照れ隠しなのかもしれない。

 感情の表し方というのをまだよく知らないリリスにとっては、まだそれが精一杯なのだろう。

「パパ、ママ。早く」

 顔を赤くしたまま二人を引っ張っていくリリスに二人は目を合わせもう一度苦笑を浮かべた。






「……」

 それを、城の窓からじーっと見ている影があった。

 不満げに頬を膨らませるその影は、観鈴だ。

「どうしたんですか?」

 その部屋のベッドに腰掛けていた有紀寧は、その不満げな観鈴を見て問い掛ける。

「祐くんと佐祐理さん……凄く仲が良さそう……」

 あぁ、そういえば。と有紀寧は苦笑を浮かべた。

 祐一は、確かに有紀寧にそうするという話をして、実際に有紀寧がリリスの化粧とかをしたのだが、その時観鈴はまだ夢の中だった。

 王妃が昼近くまで熟睡、というのもどうした話かとは思うのだけど、最近はどうしたわけかベッドに入るのが遅いらしい。

 だから観鈴曰くそれは仕方の無いことらしいが……どうやら、早寝早起きをして、朝にそれをやるという考えは無いらしい。

「リリスちゃんが頼んだんですよ。『パパとママと歩きたいから、お願い』って。観鈴さんは、あのリリスちゃんのお願いを断れるんですか?」

 一応、あれはリリスなりの精一杯のお願いだったのだろう。

 上目遣いに小動物のような視線を向けられれば、誰も多分断れない。

「そう言うわけじゃないけど……」

 それでも妬けるものは妬けるんだよ、と不満げな表情は崩さないままに告げていた。

 それに、と観鈴は言葉を続け、やめた。

 女の勘、というやつ。

 ――佐祐理さん……祐くんのことどう思ってるんだろう。

 実際の観鈴の本音は、そっちだった。

 乙女心は、複雑なのである。

 まぁもっとも、

 ――……帰ってきたら何してもらおうかな。

 と観鈴。

 ――でも、ちゃんと埋め合わせはしてもらいますけどね。

 と有紀寧。

 そういった想いは少なからずあったので問題は無いだろう。






「……ん?」

 歩いていると、不意に祐一が城の方を見た。

「……どうしたの? パパ」

「いや……何か……寒気というか、怖気のようなものが」

「城の方で何かあったんでしょうか」

「……いや、多分気にしなくていいことだろう。見たところ、何も起きてはいないしな」

 帰れば何か嫌なことがあるかもしれないと本能で悟った祐一は、雑務と言い張って自室に篭るのもいいかもしれない、といらぬ対抗策を考えてみる。

 ……数秒後、部屋に侵入してくる何者かがいたのでその策は儚くも崩れ去ったが。

「祐一さん?」

「あぁ、いや。気にしないでくれ」

 まぁ、何かあればあっただ、と半ばプラス方向に考えて、祐一は再び前を見る。

「? 変なパパ」

 首を傾げながらそう言うリリスに祐一は苦笑を返すと、話を逸らすためだろうか。リリスに近くにあった喫茶店に入らないかと促していた。

 が、もちろん今は楽しいことで頭がいっぱいいっぱいのリリスはそんな祐一の意図に気づくことなく、その祐一の提案に見事食いついていた。

 正直、一国の王が城下の喫茶店に入るのも変わった話だとは思うのだが、まぁワン自治領の折原浩平王のような例もあるのだし、いいだろう。

 が、それは祐一の個人的な憶測に過ぎず――

「いらっしゃいま――せえぇぇぇぇぇ!?」

 出迎えてくれたウェイトレスは突然の国王の来店に驚愕し、店内にいた全ての客は凍りついた。

「あー……悪いが、三人分の席は空いているか?」

 やはり浩平のようにするにはそれ相応の時間を掛ける必要があるらしいとバツが悪そうに悟る祐一。

 ともかく注目される中三人分の席は確保できた祐一達だったのだが、そのせいで店内のざわめきはもうほとんど消え失せてしまい、むしろ静寂と言う言葉が似合うほどになってしまっていた。

「……え、えーっとですね……」

 と、とうとういたたまれなくなった佐祐理が恐る恐る口を開き、瞬間で皆の視線を集める。

「き、今日は祐一さんは私用で来たので、別に皆さんがそこまで緊張する必要は無いんですけど……」

 ――や……やりづらいです……

 そもそも、そんな言葉で一気に緊張を解けるほど開放感溢れる人はそうそういるはずも無いのだ。

 故にその言葉は緊張を解くどころか、余計皆に緊張感を持たせてしまって……

「? ママ。何で皆静かなの?」

 今は、子供で詳しいことが分からず首を傾げられるリリスが羨ましかった。

「り、リリスちゃん……それはそのですね……えっと、大人の事情と言いますか……」

「まぁ……無理にそうしろ、とは言わないがな」

 そう祐一が苦笑を浮かべたところで、ウェイトレスが注文を聞きに非常にぎくしゃくした動きでやって来た。

「ご……ご注文は何にしましょうか……」

 ……おそらく、世界広しと言えども、国王から直接の注文を聞くウェイトレスは少ないだろう。もちろん、ワン自治領は除くが。

「ん……これと、これとこれ」

 そんな様子すらももはや気にすることなく、リリスはいくつかの注文を告げていく。

「い……以上でよろしいでしょうか……?」

「――の間にあるの全部」

「は、は――いぃぃぃぃぃっ!?」

「冗談」

 無表情で言われても、説得力は無い。

 ……というか何でだろう。確かに変な注文をしたとはいえ、ウェイトレスの表情が完全に固まっていたのは。

「あ……そ……そうですか……」

 なぜかホッとした表情を浮かべていたウェイトレスは、その注文表を持ってやや早足に戻っていった。

「……リリス。ああいう冗談は誰から聞いた……」

「名雪。前にそれで注文したって言ってた」

「あいつは……」

 というか、食べ切ったのだろうか。そんな量。

 確かに名雪は甘いものが好物だが、果たして胃が受け付けるのかが大いに不思議だ。

「でも……やっぱり祐一さんは少し変装みたいなことをしてきた方が良かったんじゃないですか?」

「それも考えたんだがな……だが、考えてもみろ。そんな必要本来は無いから、変装に使えそうなものなど全く無かった」

「あ、なるほど……」

「それに、だ」

 ふと祐一は、注文したものが運ばれてくるのを今か今かと待っているリリスへ視線を向け、

「リリスが、『パパはパパのままがいい』なんて言ってくるんだぞ? あれは反則だ」

 それは……と佐祐理は苦笑。

 きっと、その時はあの断り辛い小動物を思わせる瞳で言ってくるのだ。

 それは確かに断れない。

 佐祐理だって、それが断りきれなかったからリリスに『ママ』と呼ばれる羽目になっているのだから。

「お、お待たせしました……」

 やはりぎくしゃくした動きで、ウェイトレスが注文していた品を持ってくる。

 それと同時、リリスは机の上に置かれたケーキなどを見て目を輝かせた。

「すごく、美味しそう」

 素直な感想と共にリリスの手にフォークが握られる。

 そして、ウェイトレスが『ご、ご注文の品は以上で――』まで言った頃には、既にリリスの口へとケーキが運ばれていた。

「わ……」

 そして、口にケーキが入ると同時。リリスの表情がぱぁっと輝く。

「美味いか?」

 何気なく聞いた祐一に、リリスは振り返らずこくんと大きく頷く。

 リリスはまだこういったものを食べたことは少ないからだろう。

 もしくは、食べたことは無いのだが名雪あたりに話を聞いていた、というのもあるが。

「うん、美味しい」

 そう笑みで頷くのだが、

「リリスちゃん、クリームついてますよ?」

 笑いながら佐祐理が言って、そのクリームをリリスの代わりに拭う。

 それを見ながら祐一はふむ、と頷き、

「やはり、そうして見ていると本当の母子みたいだな」

「ふぇ。それ、前も言いましたよね?」

 苦笑を浮かべながら言う佐祐理に「そうだったか?」と首を傾げる。

 それに対し佐祐理は「そうですよ」と頷く。

「二人とも、食べないの?」

 そんなことをしている内に、リリスは一個目のケーキを食べ終わり、二個目を皿ごと引き寄せながら首を傾げて二人に言う。

「あぁ、そうだったな。折角来たんだ。俺達も食べるとしよう」

「そうですね」

 二つ目のケーキを至福の表情で頬張るリリスを見ながら、二人もケーキを口へと運んだ。






「すっかり夕方になっちゃいましたね」

 喫茶店を出ていくつかの店を巡っているうちに、既に空は茜色へと染まっていた。

 時間とは、どうも早く過ぎるものらしい。

「あぁ。リリス、そろそろ戻るか?」

 そう祐一は、手を二人の手を握って離そうとしないリリスへと問い掛ける。

 実は結構前からこの状況なのだが、最初は少しばかり照れていた佐祐理も今ではすっかり慣れてしまっていた。

「もうそんな時間?」

「あぁ。そろそろ帰らないと、観鈴や亜衣達も心配するぞ?」

「ん……じゃあ、帰る」

 どうにも少し不満そうだったが、それでもあまり遅くまで帰るのはさすがに踏み留まったらしい。

 こくりと小さく頷くと、また二人の手を引っ張って、今度は帰路を歩き始める。

「悪いな、佐祐理。今日は付き合わせてしまって」

「いえいえ〜。佐祐理なんかでよろしければ、いつでも大丈夫ですよ?」

「ホント?」

 佐祐理の言葉に反応したのは祐一ではなく、その間にいるリリスだ。

 どうも、今の会話をまたこういうことが出来るチャンスと判断して見逃さなかったらしい。

 ……意外と鋭いのかもしれない。

「まぁ、またこういう機会があったら頼むとする」

「はい。いつでもどうぞ〜」

「じゃあ、明日」

 間髪入れずにリリスが宣言し、佐祐理と祐一はほぼ同時に軽くむせた。

「……あのな、リリス。俺達はいつも暇というわけではないんだぞ?」

「あ、あはは〜……」

「だったらいつならいいの?」

「俺達の時間が空いてるとき、だ」

「ん……分かった」

「よし、いい子だ」

 その頭を祐一は軽く撫でる。

 リリスも、やはり色んな面で成長しているのだろう。

 佐祐理はリリスはもう少しぐらい粘るかもと構えていたのだが、素直に頷くリリスを見て少し驚いていた。

 が、祐一はそんなことは初めから分かっていると言うようにその頭を優しく撫で続けていた。






「ふぅ……楽しかった、ですね」

 自室のベッドに身を沈め、今日一日のことを思い返しながら佐祐理は呟いた。

 最初こそデート云々で混乱していた佐祐理なのだが、よくよく考えれば歩き始めて少しすればそんなことは忘れてしまっていたのだ。

 まぁ結局、自分は純粋に今日のことを楽しめていたのだろう。

 もっとも、だからこそ先の祐一の会話であんなことも言えたわけだが。

 ――次、時間が空くのはいつなんでしょうね。

 そして半ば無意識の内にそんなことを考えている内に、気が付けば佐祐理は眠りへと落ちていた。






 そして同刻、祐一の自室にて。






「お帰り。祐くん♪」

 何故か、自室へと戻った祐一を迎えたのは満面の笑みを携える観鈴だった。

「……観鈴?」

 驚愕を隠し切れない祐一に対し、観鈴はそんなことは関係無いと言うように一歩。笑顔のまま祐一へ歩み寄る。

「今日は楽しかった? 祐くん」

「……いや、お前は一体何がした――」

「楽しかった?」

 そこで祐一はあの寒気というか怖気を思い出し、その正体を悟る。

 おかしい。と祐一は思う。

 そもそも観鈴は、ここまで嫉妬深くは無かったはずだ。

「あ、あぁ……それなりには楽しめたが……。待て、何でこちらへ詰め寄る」

「だって祐くん。私とはあんまり一緒に街に出てくれないのに、佐祐理さんやリリスちゃんとは一緒に街に出るんだもん」

 不意にその表情が崩れて、観鈴はそう告げた。

 あー、と祐一はバツが悪そうな顔をする。

 そしてなるほど、と同時に納得。

 確かにそれは否定しない。

 もっともそれは、国王と王妃が一緒に城下を歩けば大騒ぎになるだろうという考えの上に成り立ったことなのだが、どうやら観鈴はそれを分かってはくれる気は無いらしい。

「私だって、祐くんと一緒に歩きたいよ?」

「……すまないな」

 謝る祐一に対し、観鈴は今度は頬を膨らませる。

「謝るよりもしてほしいことが、今は私はあるんだけどな?」

 押しても引いても動じないとはこのことだろうか。

 色々と説得の言葉を考えてみたのだが、どれも想像の中で却下される様子が浮かんでくる。

 仕方なし、といった様子は祐一はため息を吐いた。

「……分かった。今度は観鈴と一緒に城下へ降りよう。……それでいいか?」

 そう返した祐一に、観鈴は笑顔で大きく頷いた。

「では、私も便乗していいですか?」

 と、いきなり後ろから聞こえた声に祐一はぎょっとして振り返ると、そこにはいつも通りの笑顔を浮かべた有紀寧の姿。

「……待て。まさかお前達、グルか?」

 とうとう呆れたような口調になった祐一に、二人は知らぬ存じぬで通す。

 が、既に観鈴には約束してしまった。

 気づいた時には、既に遅いということだ。

 どうやら、有紀寧にも同様の約束をする必要があるのだろうな、と考えながら、祐一は密かに思った。

 ――……悪いな、佐祐理にリリス。しばらくは俺もあまり暇ではないらしい。

 一日の内に一気に約束が増えた祐一はため息を吐きながら、こっそりとそう二人に謝るのだった。





  あとがき

 どうも、昴 遼です。
 さてはて、「舞い落ちる静寂の宴」のために書いたはずのこの作品ですが、残念なことに企画が中止になってしまったようで……。
 しかし、それでも投稿作品として皆様のお目に掛かれるということですのでまぁモーマンタイです。

 さてはてこの話ですが、皆様よく分かるように神魔番々外編「ママと呼ばないで?」の続編にあたるものです。
 ぶっちゃけ、書きたい衝動に駆られて書いてしまった作品ですが、後悔はしてません(ぇ
 皆様にはどういう風に見えるのかは分かりませんが……満足してもらえれば恐縮です。