六月の月末、鬱陶しい梅雨から徐々にだが夏の気配も感じられるこの時期、生徒達も少しずつだが賑わいを取り戻し始めてきた。

 だれていても腹は減る。

 人間の欲望を満たすために学食へと疾走する生徒達、午後の授業や放課後に暴れるために教室で弁当を食べる生徒達、仲良くカフェなどに向う生徒達だっている。

「楽しそうだな」

 そんな賑わいの中、一人の生徒は屋上の扉の横に座って壁に背を預けた格好で笑っていた。

 周囲にはその生徒以外誰もいない。

 昼休みというキー学の一日の中で最も騒ぎが起きる可能性が高いと言われるこの時間、偶然にもこの場所は平和だった。

 きっと、今日の天気が曇天で、降水確率八十パーセント以上だからだろう。

 まだ雨は降ってはいないものの、いつ降り始めるかは分からない。

 好きで雨に濡れようなんて思う人はそうは居ないだろう。

 それに雨こそ降っていないが梅雨特有のじめじめした空気は人を不快にさせる。

 だからこそ、その生徒は一人で昼食を食べるにはぴったりだろうとここを選んだ。

 聞こえるのは各教室から聞こえるささやかな談笑や、ところどころで聞こえる怒号、そして廊下を走り回る音。

「うん、今日も平和だな」

 その生徒は納得するかのように頷き、手にしたチョコレートデニッシュを口に頬張り、曇天といえる空にある雲の切れ目から見える青空を眺めた。

 静かな時間が流れていく……これは誰にも邪魔されたくない。

「ん〜〜やっぱ、曇ってるな」

「だろうな、今日は降水確率八十パーセントだったし」

「って、マジかよ? 俺今日は傘持ってきてねえ」

 静かなる時を過ごしたいものとしては一番聞きたくもない人間達の声が聞こえてきたとき、その生徒は思わず飲みかけのコーヒー牛乳のビンを握りつぶしそうになるほど手に力が入った。

「まったく、何でこんな曇天の日に屋上で昼食をとらないといけないんだ? 説明しろよ浩平」

「祐一だってあんな状況になるならこっちのほうがましだろ」

「確かに、最近俺達はロクな目にあってない気がするからな」

「まあ、北川と浩平の場合は運命だからあきらめろ」

 先ほど聞こえた二つの声にさらに別の声が混じり、その生徒は逃げ出そうかと本気でロープは無いのかとあたりを見回す。

 無論、屋上にそんなものはない。

 ――なので最後の手段!!

 パスン――

「ん?」

 最初に上がってきた祐一に向って放たれる銃弾は完璧に回避される。

 パスン――

「お?」

 次に上がってきた浩平も突然のことだったので驚きはするものの回避行動。

 パスン――

「ぎゃヴぁらぁ!!」

 最後に上がってきた北川は見事に眉間に命中して仰け反った。

「……おーい、生きてるか?」

 仰向けに倒れた北川に一応、一声かけて祐一は放たれた銃弾の発射元へと顔を向けた。

「ちぃ、流石にお前らには当たらなかったか」

「なんだ、豊岡じゃないか」

 コーヒー牛乳の瓶を右手に、どう見てもゴツイとしか言いようのないエアガンを左手に構えたこの男、豊岡龍太を祐一達は知っていた。

 去年、祐一達と同じクラスで元騒ぎ隊のメンバー、諸事情により一年の二学期の始めで脱退し、最近は学校内で出合うことが少ない。

 少ないというのは祐一や浩平などの場合、2−Aの連中とてんやわんやで騒いでいることが多いからだと思うが。

「おいおい、いきなりご挨拶だな、この野郎」

「だまらっしゃい!! 人が静かに昼飯を食べようとしているのに土足で踏み込む不法侵入者は即座にご退場願う!! つーか、出てけ」

 浩平の言葉に反応して一気にテンションが跳ね上がったのか、彼の口は止まらない。

「まじめにテメェらみたいな野郎共がこんなところに来るとロクなことにならん、風紀委員を呼べ!! つーか、この場で己の生きたことによる過ちを謝罪し、俺に土下座しろ、いや、土下座じゃ足りない!! 足り無すぎる!! むしろドラ○もんを呼べ、タイムマシンで過去のお前らを消す!! ってそれなら俺の過去を改ざんしてもっと俺はハッピーで平穏なハーレム人生を歩めるようにしてきたほうがはぇえし!! あ〜〜疲れた」

 龍太は落ち着くために右手のコーヒー牛乳を一気飲みする。

「あ〜〜わりぃ、ちょっと予想外の出来事だったからパニクッった、お前らだったからよかったけど、他のやつなら大変なことになってたな」

 クールダウンしたのか、にこやかな笑みを浮かべ、龍太は銃をしまった。

「相変わらず相当飲んでるなぁ〜〜体おかしくならないか? それ」

 浩平が指差した先にあるもの。 

 それは有名な理由のひとつであり、この男を語るには絶対必須のアイテム。

 コーヒー牛乳。

「だって、これがなくなったら世界を滅ぼすぜ? 俺は……まあ座れよ、たまには久しぶりにお前らと食べるのも悪くない」 

 『ミスターコーヒー牛乳』

 それが豊岡龍太の二つ名だった。

「……俺のこと……忘れて……ない? ねぇ……」

集まれ! キー学園
特別編
「コーヒー牛乳」


「と、まあ、さっきはすまなかったな北川」

 屋上の入り口脇で祐一、浩平、北川、龍太の四人はそれぞれのメシを中心に置いて囲むようにすわり、ランチタイムとすることにした。

「それくらいのことなら気にはしねぇーから」

「いやー、お前って存在忘れやすかったからなインパクトが薄いっていうかなんつーかな」

「「ソッチかよ!!」」

「おお、ボケ属性のダブルツッコミか、珍しいこともあるもんだな」

 盛大にツッコミを入れる浩平と北川の構図に祐一は珍しさを感じつつ、驚きの表情を浮かべた。

「まあ、実際振ったからそれくらいしてくれねーとこっちが困るんだよ。で――」

 自分の弁当の白米にお茶をかけて一気に食べた後、龍太は言葉の続きを発する。

「何でお前らこんな天気にこんな場所?」

 根本的に考えると祐一は普段教室で食べてるし、浩平や北川は学食で食べている。わざわざこんなところで食べるなんて

「ん、いや……ちょっとな」

「こいつ、教室でメシ食ってると地獄絵図になりかねないって逃げたんだよ」

 言葉を濁す祐一の代わりに浩平が答えた。

「地獄絵図?」

 予想できる事態ではない単語が出てきて龍太は首をひねる。そこが2−Aと他のクラスの違いなのだろう。

「坂上に水瀬、長森にあと白河ことりっていうこいつの従姉妹の1年生の4人に迫られててな、教室が冷戦状態になっちまうんだよ」

 からかうように祐一を見る浩平の目がおかしい。

「で、折原、お前が北側を連れて屋上まで来る理由は何だ?」

「最近、長森の攻撃が一段と上がってるし、学食は学食で面倒なことになるからな、ぶっちゃけ俺の命がいくつあっても足りないぜ」

 つまり、お前に休まるところは無いといいたいわけなんだな。

 龍太は心の中で納得した。

「まあ、そう言う理由なら別に俺の安らぎの空間に侵入したことは別にこれ以上何も言わないさ、一人で食うより大勢で食う方がいいからな」

「つーか、俺を北側って呼ぶな!! 最近みんなひどくないか? 俺のことを放置してさぁ」

「いや、むしろそれがお前の扱いだろ?」

 祐一の残酷な一言によって北川は再び崩れ落ちる。

「ひどいよ、ひどすぎるよ……」

「ん、食べないのならそれもらうぞ北側」

 体育座りで後ろ向きになっている北川の昼飯をみんなですぐさま奪っていく。

「そういえばお前、今何組なんだ?」

「2−C」

 北川から奪ったアンパンを頬張りながら龍太はコーヒー牛乳を飲み、すぐさま新しい瓶の栓を開ける。

「まあ、お前らみたいに一日中お祭り状態のクラスではないからな、忙しいし」

「こっちとしてはメンドクサイから巻き込まないで欲しいんだがな」

 祐一は北川から奪ったホットドックを食べながらもいつもの調子でため息を吐く。

「で、折原、軽音部は今年もやるのか?」

「ん、ああ、しっかりと予定を立てて活動中だ」

「そうか、俺も飛び入りで突撃させてもらうから」

「「それは絶対にやめろ!!!」」

 祐一と浩平のダブルでの叫びに龍太は笑いながら、そんなことしねぇというが油断が出来ない。

 いつの間にやら復活した北川は自分の昼飯がなくなっていることに気がつき、すぐさまみなの顔を見る。

「あ〜〜〜〜〜!! 俺の昼飯!! くそ、豊岡!!」

 メシを食べられて怒った北川は仕返しのつもりなのか、叫びながら龍太に飛び掛る。

(狙いは一つ)

 残り6本となったコーヒー牛乳を奪うため、北川はわずか1メートルほどの距離を詰めようとした瞬間。

「いい度胸だな、死ね、北側殉!!」
 
 龍太は不敵に笑った。

 腰のポーチから取り出したエアガンを左手に持ち――北川の眉間を狙って引き金を引いた。

 パンという軽い音と共に北川は首を横に曲げる。先ほどまで北川の頭があった位置に銃弾が突き抜けた。

「ふ、甘いぞ、それくらいで俺を倒せると思ったら大間違い、それに俺は北側でも、殉でぎゃりぶるあ」

 一発目をよけたまではよかったものの、格好つけている合間に龍太は二発目を放ち、北川の男の急所に命中させた。

「なあ、さっきから思ったけど、あいつの弾、BB弾じゃないよな?」

「だな、エアガンつーか、アレはガスガンだ、しかもゴム弾だな……正確にはスタンガン。相手の動きを止める目的に使う暴動鎮圧用」

 急所を押さえながらもだえ苦しむ北川に追い討ちのように容赦なく龍太は引き金を引く。

 こいつからコーヒー牛乳を奪おうとは、北川もバカだと祐一と浩平は惨劇を横目にジュースを飲んだ。

「あ、いたいた。祐くん」

 その言葉と同時に祐一は屋上の入り口を見ると、そこには名雪に瑞佳、智代にことりの四人が弁当をもって立っていた。

「はいはい、北川くん、ちょっと邪魔だからどいてね〜〜それに浩平も邪魔だからどいてどいて」

 ピクピクと震えて殉職している北側を投げ捨て、浩平を押しのけて四人は祐一を囲んだ。

「ん? ああ、豊岡か」

 智代が龍太がいることに気がついた。

「よう、副会長、会長を止めることは出来たか?」

「いや、まだ会長はあきらめていないようだ。まったく、水球でヒモ水着とは何を考えているのだか……」

 あの会長は一体何を考えているのだろうと祐一は祐一であきれ、浩平はというと、

「ヒモ!! いいなそれ、ポロリも期待で――アウチ!!」

「大きな声で恥ずかしい事言わないで、こっちが恥ずかしくなるでしょ」

 鉄製の弁当箱で後頭部を強打され、北川のように悶絶する浩平に瑞佳はいつもの調子で言い放つ。 

 祐一は思い出した。

 そういえば龍太は生徒会の役員。

 騒ぎ隊を抜けたのもそれが理由だったはず。

「でも、よくお前みたいなのが久瀬と衝突しないな」

 智代の場合は相手を理解した上できちんと付き合うから問題はないが、久瀬の場合はそうもいかない。

「ああ、豊岡は久瀬とは仲がいいとはいえないな、悪くもないが」

 その言葉に祐一は疑問を感じたが、龍太のことを考えればすぐに納得できる。

「まあ、俺は誰かの敵になるのは嫌いだからな、久瀬だろうが、坂上だろうが俺には関係ない、必要なら必要なだけ関わるさ」

 相手がどんな人間でもある程度相手を理解して、それでもってダメな人間とは距離を置きつつうまく付き合う。
 
「ところで、お前ら、邪魔だから屋上から出て行け、残り二十分しかない俺の貴重な平穏な時間を邪魔するな」

 ただし、こいつの邪魔をしなければな――と祐一は心の中で付け足した。

「え〜〜そんな事いわれても、豊岡君がどいてよ〜」

「ああ、悪いが今はちょっと豊岡が席を移動してくれないか?」

「邪魔しないでくださいよ〜〜、どなたか知りませんけど、お兄ちゃんとのご飯なんですから」

「うん、私の卵焼き食べてもらうんだから、3人とも邪魔だよ〜〜」

 龍太に非難の言葉を浴びせつつ、最後の瑞佳がさらりと言った一言に3人とも反応する。

「だまらっしゃい!! たとえ総理大臣だろうと米国大統領でも、法王であろうと俺の平穏な時間を邪魔する人間を許してたまるか!!」

 わいわいと騒ぎ出す四人の女の子に対して龍太は再びヒートアップした。

「第一、相沢!! お前が悪い、まずお前が屋上から出て行け、それですべてが解決する!!」

 矛先を祐一へと変え、まるで焚き火にガソリンをぶち込んだかのように龍太のテンションは上昇していく。

「それだと俺の問題が解決しないだろ」

 あくまで冷静に反論する祐一だが、ふと違和感を感じて後ろに見える向こう側の校舎の屋上を凝視した。

 わずかに光を反射する物体、祐一と対面するように座る四人の女の子、今は夏服……

「懲りないやつだな」

 状況だけで祐一はすべてを悟る。

 近くでの撮影は命にかかわるということは学習したのか、今度は遠距離から狙いを定め、シャッターチャンスを狙っているのだろう。

 そんなことをするのは、あいつしか居ない。

 通称キー学のエロハンター、南森。

「……この間のじゃあ懲りてないのかな?」

 祐一の視線で気がついたのか、名雪たちも向こうの屋上にあるものに気がついた。

 アレはカメラだ。三脚に乗せ、望遠レンズをつけた遠距離撮影用。

「ん? ああ、アレか……」

 三度目となるエアガン……ではなく浩平曰くスタンガンを取り出し、向こう側の校舎へと銃口を向けた。

「これ以上騒がれると困るからな」

 パスンと軽い発砲音と共に飛んでいく2発の弾丸はまるで透明なパイプを通っているかのように正確に向こうの校舎へと飛んでいく。

 一発はカメラのレンズに、もう一発はカメラ本体に命中したらしく、わずかに南森の声が聞こえた。

「ぬぉぉぉぉぉぉやっと手に入れた望遠レンズが!! せっかく新しく買いなおしたカメラが!!! つーかこの距離で普通クリティカルなピンポイント射撃が出来るものなのか!?」

 パスンと再び龍太が引き金を引くとゴファ!! という声と共に叫び声が途切れた。

「耳障りだ」

 銃をしまって瓶に残ったコーヒー牛乳を飲み干し、四人をどけるのをあきらめたのか、祐一たちから少し離れた場所に腰を下ろした。

「……まあ、南森君は後回しにして、祐君、これ食べてよ〜〜」

 やられることは確定しているのが怖い話だが、これはこれで仕方ないこと、

 瑞佳が差し出す箸につままれた卵焼きはおいしそうだ。

 直接祐一の口に入れようと動かす箸に一人の人間が飛び掛った。

「お、うまい」

 いつの間にか復活した北川が空腹のあまり飛びついたのだ。

「「「「「あ」」」」」

 五人の声がやむと同時に瑞佳の手には箸の代わりにフタを閉められた弁当箱に変わっており、思いっきり振り上げた。

「だめだよ? 人のお弁当を勝手にたべたら」

 次の瞬間、豪快に顎をアッパーの要領で殴られ、宙を舞う北川の体。

 数秒の滞空時間と共に、墜落した。

 パリーン

 ガラスが割れたような音がして、全員が北川のほうを見た。

 そこは先ほどまで龍太が居た場所、セフィロトの樹のように配置された十本のコーヒー牛乳が並べられていた場所。
 
 そのうち半分は空瓶で、龍太の手に一本握られている。

 つまり、まだ未開封のコーヒー牛乳が四本そこにおいてあったということになる。

「まずいな」

 祐一は龍太のほうを見た。

 まるで燃え尽きたように真っ白になってうなだれている。

「ご、ゴメンね? 豊岡君、悪気があったわけじゃないし、弁償するから」

 流石にその状況的にまずいと思ったのか、四人とも気まずそうに龍太を見守った。

「……人の……かなる……みにを……」

 ブツブツと何かをつぶやき、ゆらりと立ち上がる龍太。

「逃げるぞ」

 祐一は四人にそう告げ、静かに、かつ迅速に屋上の入り口へと向う。

「悪いことをしたな……しかし、逃げる必要があるのか? ここは誠心誠意謝ったほうがいいと思うが……」

 智代は呆然とし、立ち尽くす龍太の姿を見てすまなさそうとしている。

「いや……そう言う問題じゃない」

 謝って済むレベルじゃない。

 祐一の物言いに四人は尋常じゃないことだけは理解し、黙って祐一の後を追った。

「あれ? 相沢じゃん、こんなところでなにしてるんだ?」

 屋上の出入り口を抜け、6階に下りたとき、ひょっこりと陽平が現れた。

「って、女の子に囲まれてなんかうらやましいかぎりだな」

 だれも陽平に絡もうとしない。

「って、なんだよ、無視かよ」

 ふてくされたように階段を上っていく陽平に祐一は声をかけた。

「春原先輩、どこ行くんですか?」

「いや、ちょっと気晴らしに屋上でサボろうかなって、って嘘だから、すぐもどってきますから」

 智代を見てすぐに否定するが、肝心の智代はどうするべきか迷っていた。

「屋上には行かないほうがいいぞ」

「へ?」

 智代はそれだけ言うと陽平のサボりをとめようともしない。

「そ、まあ、何があるか知らないけどすぐに戻ってくるから、それじゃ」

 早く智代の前から逃げたいのか陽平は足早に屋上に上がっていった。

「地獄すら生ぬるい!! 死ねると思うなよ!! 人のささやかな幸せを妨害し、人の心の安らぎを破壊した罪に懺悔して生まれなおしてこい!! 今この瞬間から貴様らに基本的人権など消滅した!!」

「へ? 何? いきなりですか!! はい!?」

 怒号ともいえるような声と絶え間なく聞こえる発砲音、そして陽平の声。

 龍太がキレたのだ。

「悪いやつじゃないんだけどな……一回キレると見境がなくなっちまうし」

 去年、同じように龍太からコーヒー牛乳を奪った先輩が居た。
 
 今回と同じように事故なのだが、その結果は散々足るもので、あの人じゃなければ生きていないだろうとも言われていた。

 流石に四人とも顔を青ざめ、顔が引きつっている。

 ズドンという凶悪な音が聞こえ、祐一はふとあることを思い出した。

「浩平を忘れてきた」

「な、ここはオデッサか!? って何でこんな状況になってるんだよ、北側!! 何した!! ってそれは南極条約で使用は禁止され痛ッ!!」

 目を覚ましたところでいきなりバーサーカー光臨状態なのだ、哀れとしか言いようがない。

「僕が一体何をしたって言うんだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 昼休みの誰もいない屋上、

 そこに転がる三つの屍、

 そして、そこには降り立つ凶戦士が一人、その両手に物騒なエアガンが握られ、虚しさを胸に立ち尽くしていた。




 放課後、龍太は生徒会室の机に電卓と紙を並べて忙しく指を動かしていた。

 今日は委員長会議で、各委会の委員長と生徒会役員が一同に集まり今後の活動などを話し合う会議。

 なのだが、キー学高等部の生徒会の場合、生徒会長が言いたいことを言って終わるだけなのだが。

「まったく、誰があんなのを会長にしたんだよ……」

 今回も、円滑な会議とはいかなかった。

 実際、自分を会計にした連中の気もしれないのだが。

「よし、おわりっと」

 六月決算の書類のために計算をすまし、必要事項を書き込んで会長の席の上においておく。

「誰もいないな……」

 周囲を見回して、6階に人の気配がないことを確認すると足早に生徒会室の裏側へと歩みを進める。

「……裏と名乗るのなら証拠を残すようなものをつけておくのはどうかと思うんだけどな」

 目の前には4台の監視カメラに囲まれた扉。

 裏生徒会室――

 生徒会会計である龍太にとって本来なら関わるべきところではない場所である。

 扉の諮問認証システムに指を当て、聞き飽きた効果音が流れだす。

 ぱんぱかぱ〜ん。

『テメェは俺を怒らせた』

 半分ぐらい聞き流した状態で扉を開けて中に入った。

「まってましたよ〜〜豊岡さん♪」

 龍太の姿を見ていつもどおりの笑みを浮かべる一人の女子生徒。

「待たせて悪かったな、女王さま」

 皮肉をこめて龍太は裏生徒会会長席にすわる佐祐理に軽口を叩く。

「いえいえ、別にいいですよ〜〜豊岡さんの場合は仕方ありませんからね」

 裏生徒会の役員は秘匿とされている。

 有事のときにとか適当な理由はあったはずなのだが、裏を返せばどこに裏生徒会の人間がいるのかわからない、人数は限られているが、どこにでもいるという錯覚すら覚えさせることができる。

「まあ、とりあえず、ほい」

 鞄から4枚のレポート用紙を取り出し、佐祐理に手渡した。

 六月報告書、三日分の一日報告書、それぞれを軽く目を通し、報告内容を確認してから佐祐理はにっこりとディアボロススマイルを龍太に向けた。

「出来れば一日報告書は毎日出して欲しいんですけどね〜〜」

「無茶言うな、こっちは生徒会の仕事もしてるし、ここに出入りするところを見られるわけには行かないんだからな」

 特報部が常にかぎまわっているのだから。

 それはそうですね〜といつものように何を考えているのか分からないような表情で佐祐理は冷蔵庫から袋を取り出し、龍太に手渡した。

「ん、今回の報酬は確かに受け取った」

 袋の中にはぎっしりとコーヒー牛乳が入っており、すぐさま一本封を開けて飲み始めた。

「ねえ、とよっち」

 ん、と龍太が振り返ると裏生徒会役員の麗が興味心身にこちらを見ている。

「とよっち言うな、二ノ宮」

 龍太と麗はクラスメイトなのだが、教室でもそう言う風に呼ばれるのをうんざりしている。

「とよっち、一本頂戴?」

 大判焼きをくわえながら袋の中身をねだってくる。

「七越なんか食うからだろ、まったく」

 麗に袋の中身から一本取り出して投げ渡すと先ほどまで自分が飲んでいたものを飲み干し、新しいのを取り出す。

「七越ってなに?」

 麗はきょとんと聞いてくるが、龍太は無視。

「七越って言うのはですね〜大判焼きの別名みたいなものです、富山県とかではそう呼ばれてますね」

 代わりに佐祐理が答えて、麗は納得した。

「でもさあ、会長。何でとよっちを裏生徒会の役員に任命したの?」

 裏生徒会諜報役員。

 それが豊岡龍太のもうひとつの肩書きだった。

「だって、豊岡さん、退屈そうでしたから〜〜」

 龍太からしたらたまったもんではない。

 確かに退屈な毎日だった。

 だから騒ぎ隊にも入り、さらに生徒会にも冗談交じりで立候補してみた。

「それに、豊岡さんは有能ですから♪」

「扱いやすさと俺の立場からでしょ、女王」

 諜報としての能力は自分の中でははっきり言って低いと思っている。

「ええ、それもそうですが、豊岡さんの場合は顔が広いですからね」

 確かに、顔は広いのは認めよう。興味本位で自分に近づいてくる奴がいるくらいだし。

「それに誰かの敵になろうとはしませんからね」
 
 たぶん、それが佐祐理が龍太を引き入れた最大の理由だった。

 誰かの敵になろうとしないそのスタンスは武器になる。

「それに銀貨三十枚ではなく、コーヒー牛乳三十本で裏切りましたからね」

 生徒会を牛乳、裏生徒会をコーヒーとたとえたとき、豊岡龍太の立場はその中間に位置する。

 まさに彼はコーヒー牛乳。

 わずかな誤差も許されない境界線の上、それが彼の立ち位置。

 生徒会という立場があるから彼は風紀委員にマークされておらず、

 そう言う立場だからこそ、裏生徒会での立場が出来上がった。

 あくまで裏生徒会は仕事で、生徒会はボランティア。

 報酬をもらってそれの分だけ働くだけ。

「ふーん、でもさあ、とよっち」

 大判焼きを食べ終え、コーヒー牛乳を飲み干してから麗は龍太に尋ねる。

「なんだよ? もう一本ほしいのか?」

「別にいいよ〜、これ以上ねだると怒りそうだもん、そうじゃなくて、もしも、もしもだけど――」

 麗は笑いながらも悩むように尋ねてくる。

「もしも、生徒会と裏生徒会が正面衝突したとき、どっちの味方につくのっていくことですよね?」

 佐祐理が麗の気持ちを代弁した。

「裏生徒会の役員のみなが思っていることですからね〜そう驚かないでください♪」

 十三人いる役員のうち、龍太を除いた十二人が思うことだった。

「答えは単純、どっちの味方にもならん」

 単純にして明快な答えをいった。

「むしろ両方ともつぶす選択肢が一番楽しいな」

「ははは〜、いってくれますね〜〜もしもそうなった時は大変ですね♪」

 無論、龍太にしてみれば冗談だ。冗談で済むのならそれに越したことはない。

「まあ、もしもそうなったらあなたの眉間をこいつでぶち抜き、老船竹丸の頭もこいつでぶち抜いてしまえばいいだけですからね」

「出来るものならやってみていいですよ〜、その時はその心臓はすでになくなってますけどね♪」

 物騒な言葉が飛び交うのに二人とも笑っている。

「さて、もらうものもらったし、俺は帰る」

 龍太は話を打ち切り、帰り支度を始めた。

「え〜〜とよっちもうかえっちゃうの?」

「こんな女の園としか言いようがない場所に長居は無用だ」

 裏生徒会の役員は龍太を除けば全員女子である。

 なので、どうしても裏生徒会室には女の子の空間となってしまうので、男としてあまり入り浸りたくない。

「豊岡さんはウブですからね〜女の子に囲まれると緊張しちゃうんですよ♪」

「ちょ、会長、何を言ってるんですか!!」

 先ほどまでの軽口や皮肉など吹っ飛ぶように慌てだす龍太の姿を見て麗と佐祐理は笑う。

「へ〜だからとよっちはあんまりここに来ないんだ〜〜」

「結構格好つけてますけど、かわいいですよね♪」

「格好つけてるわけじゃないし、俺は女の子に囲まれて緊張するほどウブでもねぇ!!」

「へ〜そうですか〜〜」

 いきなり背後に回られてむぎゅっと抱きしめられそうになり、慌てて龍太は回避行動をとった。

 しかし、佐祐理相手に逃げ切れるわけなく背後から締め付けられた。

「会長、離してください、本当にすぐ、速攻で、でなきゃセクハラで訴えます!!」

「ひどいですね〜〜女の子の抱擁をセクハラ扱いですか」

 顔を真赤にしながらうろたえつつ龍太はこの抱擁から逃れようと渾身の力をこめるが、ビクともしない。

「麗さん、やっちゃってください♪」

「あいあいさ〜〜〜」

 全身をロックされて身動きを取れないことをいいことに両手をクネクネ動かす麗に身の危険を感じ、龍太は渾身の力を上回る力を出そうと全身に力をこめた。

 たらと、鼻から何か赤いものが出てきたのを感じた。

「会長、とよっち、鼻血出してます」

「あはは〜、興奮しすぎて鼻血がでっちゃったんですね♪」

 笑いながら龍太を解放し、すぐにティッシュを差し出す佐祐理。

 それを受け取り鼻を押さえながら興奮したままコーヒー牛乳を一気飲みする。

「オーケィ、今すぐ裏生徒会を滅ぼしますか」

 裏生徒会室の中で銃声と打撃音、そして男の悲鳴が響き渡った。



あとがき

 宴用に書き上げたSS『コーヒー牛乳』でした。

 元々あとがきなんて考えてませんでしたが、せっかくなんであとがきを少々、

 一応、メインメンバーは祐一、浩平、北川、そして佐祐理何ですが、

 思いっきりオリジナルキャラクターメインのお話になってます……絶対にだませないなぁって思ってました。

 正直、このオリジナルキャラクター、ぶっ飛びすぎてますよ……エアガンで狙撃したりしてるし……

 ぽんと浮かび上がったキャラクター設定としては、

 校内でもそこそこ有名で、麗とはクラスメイト。

 表向きはそこそこまじめで生徒会の仕事(主に久瀬と智代の仲裁。それと、書類系統の処理)

 裏向きは裏生徒会諜報部員にして、13人居る役員中唯一の男で、朋也すら存在を知らない役員。

 エアガン所持者で風紀委員とは少々もめるものの、役員なのである程度スルー。

 生徒会に入る前までは騒ぎ隊に入っていたものの基本的には傍観者。

 祐一たちとは1年のときに同じクラスだった。

 コーヒー牛乳を飲む。

 ってな感じで作り上げましたが、まあ、『敵じゃないけど味方にならない』がコンセプト。

 本編の曖昧な部分をちょいと探して無理やり設定したのでこれも間違いなく本編とは切り離された世界です。


 宴の開催断念は残念ですが、3周年おめでとうございます。