ボクは、よく昔のことを思い出す。


 昔、というのが何周期か眠っていたから時期は分からないけれど、具体的には前の主人のことだ。

 ボクがまだ違う名前で呼ばれていた頃の、最初にして最後の主人。

 楽しかった。

 秩序にも混沌にも興味の無かったボクは、ただ主人の望むままに力を振るった。

 主人の願いはボクの在り方と一致していたから。


 全てを護ること。

 世に憚る悪意から、弱者を顧みない善意から、手の届く限り救い上げること。


 世界を渡り歩き仲間と共に戦う日々。

 お前らがいればどんな敵も怖くない、とボクと主人に背中を預けてくれた、優しい仲間達。

 その信頼が嬉しくて、ボクらは全力で護り通した。


 ―――あの時までは。


 ボクらを危険視した何処かの組織が、神剣と主人を排除に掛かったのだ。

 今でも記憶に焼き付いて離れない。

 身動きを封じられたボクらの目の前で、仲間達が殺されていく様が。

 護りをボクらに任せていた彼らは、ボクらを抑える程の力を持つ敵に為す術無く駆逐されていった。

 仲間達は一様に悔しそうな顔をしてボクらを見て、そして消滅していった。

 自分達の力が足りないばかりにすまない、と。

 最後に殺された主人も同じだった。

 俺がお前を使いこなせないばかりに、と。


 違うのに。

 護りの役目を進んで担っていたのはこっちで。

 ボクの力が足りないから仲間達を危険に晒して。

 だからボクが悪いのだ。

 この程度の力で、全てを護りたいなどと身の程知らずの性を持った、ボクが悪いんだ。


 だからボクは、敵の手によって辺境世界へ跳ばされる時に名を捨て、大半の力を自ら封じた。

 思い上がって、護るべき人々を危機に晒すことのないように。


 僅かな力のみを使い、消滅の日まで『無心』に存在し続けようと―――


































            とある守護者の追憶 第九話『動く世界と再度の邂逅(後編)』


































「取り囲め、『炎熱の鳥籠』!」

 二人と周囲を断絶するように高く聳える炎の壁。

 戦闘開始の合図となった奈緒の魔術が発動した瞬間、陽司は地面を蹴って前に出た。

 この"炎熱の鳥籠"に込められた魔力は中級から上級魔術相当。

 広範囲に広がっているため、局所的な強度は大したことが無い筈だ。今の陽司ならば脱出は容易だろう。

 だが、その準備には多少の時間が必要になる。

 準備の隙に先程の炎の槍を撃ち込まれたら危険だ。

 だからここは、


 ―――魔術発動後の隙を突いて、一撃で勝負を決める!


 奈緒は魔術師だ。剣や鎧を装備しているところを見ると近接戦も想定しているようだが、それでも陽司には及ぶまい。

 それでありながらこうして一対一を仕掛けてきたということは、何か隠し種を持っている可能性がある。

 出来る限り素早く勝負を着けて、口を割らせる。

 全身に身体強化を施し、一直線に突っ走った。

「"踊れ踊れ、世界に満ちる大いなる熱よ"」

 しかし奈緒は迫る陽司を見据え詠唱を開始した。

 速い。これでは陽司の到達前に発動が完了する。

(『無心』!)

『はいはいっ、どれにするー?』

("一式"と"二式"、両方発動準備だけ頼む!)

『ぅえー面倒くさいよー』

 愚痴が出たものの、一瞬の後に陽司の両横に暗い魔法陣が出現する。

「"我が意に従い、我が手に集え炎の欠片。寄り固まりて刃となれ"」

 火のマナが奈緒の手元に集束する。

 何が起こるか分からない。オリジナル魔術の怖さだ。

 打撃を与えるべく『無心』を振り上げると同時。

「"逆巻け"、『紅蓮の太刀』!」

 奈緒の左手に炎の剣が出現した。

 構わず陽司は『無心』を振り下ろす。

 奈緒の両手より陽司の片手の腕力の方が強い。二本の剣でも防御は難しい筈だ。

 しかし対する奈緒は右手の装飾剣のみで受け、

「な……っ!」

 僅かな動きで横へと流した。

 予想外の体重移動に姿勢がぐらつく。

 技術と腕力に優れなければ行えない、洗練された技。

「もらった!」

 流れる動作で、がら空きになった胴体に炎剣が走る。

 肩から腰へ抜けるコース。入れば明らかに致命傷だ。

「こっ…………のぉ!」

 こちらを両断しようと迫る炎剣を、"一式"を高速展開した左拳のアッパーで殴り付けた。

 僅かに拮抗した後、辛うじて弾き返す。

 後ろへと傾ぐ身体を利用し、強く背後に飛んだ。

 着地。対峙しつつ、左手の火傷を確認する。

 ギリギリで防御を割られた。うまく力が入らない。治る怪我だが、この戦闘においては使い物になるまい。

 出来る限りの保護は行った。危うく死ぬところだったことと引き換えならば安いものだ。  

 対する奈緒も改めて二剣で構えを取る。

「決まったと思ったのに、相変わらず無茶するね」

「奈緒……本気なんだな」

「何が? 戦場で向き合ったのなら、誰もが本気で戦うもんでしょ?」

「違う」

 今の攻撃は、相手を無力化しようというものではない。

 昔馴染みを倒しにきていた。下手をすれば死ぬ、命のやり取りだ。

 故郷を黙って出たことを怒っているのは予想が着くが、それでもここまで容赦無くなれるものだろうか?

「何が原因だ? 俺が居ない間に何があった!?」

「……何があった、って?」

 その問いに、奈緒が無表情になる。

 そして徐々に感情を露にしていく。

 眉間に皺を寄せる。

 様々な感情が入り混じったような表情で陽司を睨み付ける。

 左手の炎剣を消し、手を大きく振り、

「全部あんたのせいなのよ!」

「何がだよ!」

「あんたが居なくなったから! あたししか残ってなかったから!」

 どういうことだろう。

 奈緒しか残っていなかった、というのは村のことだろうか?

 戸惑う陽司へ叩き付けるように、奈緒は言った。


「あんたさえ居れば―――二週間前、村がシズクに潰されることもなかったッ!」


「………………え?」

 言葉を失った。

 村が潰された?

 シズクに?

「あたしだけじゃ何十人も相手になんて出来なくて、村の人を逃がすのが精一杯で!

 それでも全員は連れ出せなくて……!

 あんたさえ居れば、逃げるくらいの時間は稼げたんだっ!」

「俺さえいれば……?」

 俺がいなかったから時間が足りなかった。

 俺のせいで逃がすことが出来なかった。


 俺のせいで―――死んだ?


「だからあたしは―――あんたを連れ戻すッ!」

 呆然と立ち尽くす陽司に腕を向け、奈緒は魔力を迸らせる。

「"踊れ踊れ、世界に満ちる大いなる熱よ"!」

 大気中の火のマナが活性化する。

「"猛れ猛れ、この地に宿る炎の力よ"!」

 奈緒の手元に集まっていく。

「"我が意に従い、形を為せ"!」

「俺は―――何の為に強くなって―――」

 力が足りず守れなかった、のではない。

 本来なら居た筈の場所にいなかったから、守れなかった。

 守る為の力を求めて旅立って、そのせいで守れなかった。

 かつての自分でも十分に守ることが出来たのに。

「"全てを貫き焼き尽くすは、赤朱の炎槍"!」

 奈緒が投擲の姿勢を取ると、その手に巨大な炎の槍が生まれた。

 先程陽司に向かって放たれた魔術だ。魔力量は更に増し、超魔術にも届こうかという規模になっている。

 奈緒の総魔力量は一般の魔術師より多いが、飛び抜けているというほどではない。込められるだけの魔力を込めたということだろう。

 直撃すれば間違いなく死ぬ。

 だが、陽司は構えも何も取らなかった。

『ヨージ、防御を! ……ヨージッ!』

 奈緒が詠唱を始めた頃から、既に『無心』が術式の用意を済ませている。

 "護法・三式"。この規模ならば防御は可能だ。

 またこの攻撃に全力を込めるつもりなのか、奈緒の"炎熱の鳥籠"も解除されて周囲が見えている。

 先程とは異なり回避も出来る。射線上に味方は居ないのは気配で分かった。

 それでも陽司は動かない。

 動く意志が湧いてこない。

 最も守りたかったものを失い、守りたかった人から剣を向けられ。

 完全に戦意を失っていた。

 このまま、奈緒の望むままにするつもりだった。

「"貫き爆ぜよ"―――」

 奈緒が魔術の真名を唱えて発動する、その直前。



「あっはははははははは! いやぁ、実に壮観だねぇ〜」



 脳内に直接響く声。

 ぼんやりとしていた意識が一気に覚める。

 全周から聞こえるようで不思議と方向の分かるその声の、先を振り仰いだ。

 見れば奈緒も、魔術をそのままに驚きの視線を向けている。

 その先、アゼナ連峰側にある小高い丘の上。

 数十人の部下を引き連れ、両手を広げ愉快そうに笑う男がいた。

 誰かは知らない。

 それほど大きな気配ではない。魔力も脅威を感じるほどではない。

 なのに……この不気味さは何だろうか?


 男が手を腹に、芝居掛かった動作で腰を折って礼をする。その口元が笑みを浮かべるように歪み、

「あぁ、初めましての人が大多数のようだね? ならまずは自己紹介が先決かな?

 ―――初めまして、愚かなキー大陸の諸君。僕こそ、シズクの王。月島拓也だ」

「月島拓也……!?」

「シズクの王!?」

「あははははは、良いねぇ。そういう驚きの声がなんとも僕の耳には心地良い」

 楽しそうに笑う。

 声を張り上げたとして聞こえるか否かという距離だが、シズクの王は精神感応の能力者。

 音としての声など必要無いということだろう。

「しかし……まぁなんとも想像通りに動いてくれたもんだ。いやまぁ、こっちがこうなるように仕向けたわけだけどね?

 いやー、面倒だったよ。君たちをこうして同じ場所に集めるためにわざわざちまちまと小規模な攻撃をさせてたんだから。

 そうすれば焦って早期決着を望んで全軍で行動してくれるだろうし? 全軍に対しては全軍で答えないと相手も大変だろうしね?」

「まさか……!?」

 その意図に、気付いた。

 シズクの王、月島拓也は最上位の精神感応能力者。

 四国の全軍を一箇所に集めたかったということは、つまり―――

「頭の回転の早い人ならもうわかってそうだね。僕の狙い。

 そうだよ、僕の狙いは君たち全員を支配すること。一国一国やってたら警戒されちゃうからね。

 警戒なしにすませたいなら一気にやる。単純な答えさ」

 その効果範囲の程は知らないが、非常に不味い事態だ。

「あいつが、村を襲った奴らの王……!」

 奈緒が憤怒と憎悪を顔に浮かべ、魔術の矛先を変えた。

 陽司から、月島拓也の方へと。

 しかしその魔術が放たれるよりも早く、


「さぁ、諸君――」

 息を吸い、

「――この僕の元に集うが良いッ!!!!」


 絶対的な精神支配の力が、発動した。


























「……? 何とも、ない?」

 思わず身構えて、しかし自身には何も起こらず呆気に取られる。

 神剣越しに精神支配の力……『波』と表現すべきだろうか?

 それは感知出来たが、陽司自身には何の影響も無い。

『大丈夫、ボクがいるから陽司は支配させないよ』

 『無心』の声だ。

 理由は分からないが自分には効かないらしい。

 そのことに安堵しかけて、

『でも……他の人達は……』

 その台詞に、はっとして顔を上げる。

 そこには、頭を抱えて苦痛に顔を歪める部下達。

「奈緒っ!?」

「あ、あたしは大丈夫だけど―――皆が!」

 奈緒自身には全く効いていないらしいが、気が動転しているのか魔術は霧散していた。

 見れば、周囲の兵達も敵味方問わずフラフラと月島拓也の方へと歩き始めている。

 奈緒が声を掛けているのは、自分と同じ部隊の者だろうか。

 一様に苦しんでいるが、中には瞳の光を失って歩き出した者もいる。

 支配をほとんど受けてしまっている状態だ。

「『無心』、何とかならないのか!?」

 このままでは完全に支配されてしまう。

 シズクに村を追われ、更に仲間をシズクに支配されるなど奈緒にとっては耐え難い屈辱だ。

 陽司を精神支配から完全に防御出来るのならば、他者にもその力を与えられないのか?

『そ、それは……主人とそれ以外ってのは勝手も全然違うし……』

「くそっ、そんな……っ!」

 このまま指を銜えて見ているしかないのか。

 せめても、と使える限りの結界を張るが、効果があるようには見えない。

 それでも更に新しい結界を張り、

「諦めないぞ、俺は―――!」


























「『無心』、なんとかならないのか!?」

 そう言われた時、そのあまりの必死さに『無心』は答えてしまいそうになった。

 出来る、と。

 流石にこの戦場にいる全員というわけにはいかないが、この付近にいる数百人くらいならば精神支配を遮断出来る。

 だが、それは『今』の自分では出来ない。力が足りない。

 そして力を足りるようにするには、自分の存在を『奴ら』に気付かれるリスクを負う必要がある。

 主人とそれ以外では勝手が違う、というのは本当の事だ。

 嘘はついていない。

 いないのだが。

「諦めないぞ、俺は―――!」

 必死に足掻く主人の姿に、自身の本質が疼いた。


 ……術式を組み替えれば、力が足りなくてもある程度は効果が有る筈。


 そして、気付けば声と共に、

『―――軽減くらいなら、いけるよっ』





























「おいお前らっ! 敵の大将なんかに従ってるんじゃないっ!」

「ぐ、うぅ……」

「済みません、隊長……」

 結界を張り直しながら部下を叱咤するが、返ってくるのは弱々しい声。

「皆、頑張って! こんなのに負けないでよっ!」

 奈緒の部隊も限界が近いのか、少し反応がある程度だ。

 その間にも続々と月島拓也へと接近する兵が増えていく。

 名のある将も幾人かが支配を受けているようだ。

「くそっ、このままじゃ……!」

 全員が精神支配を受けてしまう。

 完全に掛かった支配を解除するには、支配者本人が自らの意思で解除するか、その支配者を殺すしかないと聞く。

 だがシズクの兵の使い方を見るに、救助に向かうまで保つとはとても思えない。

 この場で逃げられなければ、間違いなく無事では済むまい。

「何とかならないのか……何か、何か……!?」

 その時。


『軽減くらいなら、いけるよっ』


 それまで沈黙していた『無心』が力強く声を上げた。

 同時に、陽司の前に暗い魔法陣が現れる。

 見た事がない。それにいつも使っているものよりずっと複雑だ。

『使う魔力も結構必要だけど、ヨージなら大丈夫!』

「―――助かるっ!」

 無理だ、と暗に示していた『無心』が急に積極的になった理由は気になるが、今は問うている場合ではない。

 すぐに魔法陣に手を添え、術式に意識を集中する。

『範囲は半径三十メートルくらい、形状は半球。

 全ての"力"を遮るイメージ!』

 頭に流れ込んでくる術式は、やはり複雑だ。

 全力で、丁寧に、しかし素早く魔力を通していく。

 着実に翠光が伸びていき、魔法陣の全てが輝いた。

『いくよ。"断絶結界"―――』



「―――"零式改"!」



 その名を唱えた瞬間、地面に巨大な魔法陣が描かれる。

 陣の外円から竜の顎が獲物を飲み込むように、半球の結界を構築した。

 感じる精神感応の力の『波』が弱まっていく。

「……うぅ……?」

「これなら……なんとか……」

 部下達の表情が和らいだ。

 奈緒の仲間達も、まだ抵抗していた者は持ち堪えた。

「よし、効果が出てる……っ!」

 魔力消費が激しく、少し息が荒れているが、これくらいならなんとかなる。

 気付けば雨が降り出していた。

 ぽつりぽつりと落ちてきた雨が身体を濡らしていく。

「……?」

 曇っていたからすぐには気付かなかったが、結界内部が僅かに暗い。

 日光を遮られた暗さではなく、まるで届く光そのものが弱くなっているかのようだ。

 その特性を見出そうと更に凝視した時、ふと雨が止んだ。

 思わず天を見上げて、

「……何だ、あれは!?」

 空中に巨大な水塊が浮いているのを見て、驚愕した。

 天から降り注ぐ雨が全てそこに集まっていく。

 気付けば、地面に降り注いだ雨粒も空中へと戻っていきつつあった。

 魔力は感じない。

 ならばこんな馬鹿げたことが出来るのは、キー大陸において一人しかいない。


「ワンの外交官―――水精憑きの里村茜!?」


 次の瞬間、莫大な量の水が月島拓也の立つ丘を直撃した。

 地面を揺らす振動と爆音が響いたと同時、精神支配の『波』が途切れた。

 はっと立ち上がる、まだ抵抗していた兵達。


「「「全軍、全速後退しろッ!!」」」


 祐一を始めとした各国の数人が同時に声を張り上げた。

 その声に従い、まだ正気を保っていた者全員が一斉に後退を始める。

 陽司も天海部隊の面々を連れて下がろうとし―――一瞬、足を止めた。

 振り向き、声を張り上げる。

「奈緒! 決着はまた今度だ!」

「―――!」

「全員、撤退だ! 陣形はいい! とにかく距離を取れ!」

 何か叫ぼうとした奈緒を無視し、陽司も結界を解除して撤退を始めた。

 あれだけの攻撃を受ければ死んでいるとは思うが、用心するに越したことはない。

 再び精神支配が飛んできたら、今度こそ全滅に近い状態になるだろう。

 せめて仲間は護りたい。

 そう願い、陽司は殿を務め駆け出した。




「……いつも置いていくんだから―――この、バカ陽司っ!」





























 結局、このキー四国の激突は、横から介入してきたシズクに大量の戦力を掠め取られる形で幕を閉じた。

 カノン、ワンは全兵力の半分に加え、数名の個人戦力を奪われた。

 更にエア、クラナドも戦力の八割近くを損失。数で押す大国としては大きなダメージを受けた。

 戦力低下を受け、戦闘の二日後にカノンとワンの同盟が成立。

 直後にエア・クラナド両国へ休戦協定の使者を送るが、エアは拒否。

 クラナドからは使者が帰って来なかった。恐らく殺害されたのだろう。

 これを受け、カノン・ワンはエア・クラナド首都同時侵攻を決定。


 ―――夜明けと共に作戦開始と、カノン・ワン全軍に下達された。





























 決戦前夜。

 陽司は何をするでもなく、ベッドに寝転んでいた。

 明日の朝が早いとはいえ眠るには早過ぎる、しかし散歩でもするには遅い時間。

 ワン国境線での戦闘以来、することのない時はいつもこうだった。

 装備の用意は済んでいる。体力・魔力も共に万全だ。

 新しい創作魔術の試し撃ちは終わっていて、あとは実戦で磨くだけ。

 奥の手である『アレ』も使う為の準備は済んでいる。

 それらは戦いに生きる戦士として身体が勝手にこなせるものばかり。

 頭を占めているのは、先日の戦闘の際にぶつけられた奈緒の台詞だ。


『あんたさえ居れば―――二週間前、村がシズクに潰されることもなかったッ!』


 陽司だけではどうにもできなかったこと、ではない。

 陽司さえいればなんとかなったこと、だ。

 奈緒は今の陽司の実力をほとんど知らない。その上であんな台詞を吐いた。

 それはつまり、以前の陽司の延長線上にある実力でも戦えたということ。

 悩んでも仕方の無いことだとは分かっている。

 ククドの村が襲われ、壊滅した。村人も幾人かが犠牲になった。その事実は変わらない。

 それでも、故郷の村と幼馴染の奈緒は陽司の原点だ。

 心を縛って離れない。


 ぐるぐると頭を巡る思考を遮ったのは、廊下から響く足音だった。

 カツカツと、何人分かの足音が連なっている。

 この時間帯にこの辺りを集団で歩くのは珍しい。

 少し意識を向けていると、足音は陽司の部屋の前で止まった。

「おい、いいのかよこんなことして……」

「いーんだよ、明日が決戦だぜ?」

「……私、しーらないっと」

「着いてきたのに俺一人に責任被せるって酷くね?」

 扉越しにぼそぼそと声が聞こえたかと思うと、コンコンとノックがされた。

「はい、どうぞ」

 身体を起こしてベッドに腰掛け、承諾の返事をする。

 ガチャリ、と扉を開けて現れたのは。

「失礼します、隊長ー!」

「バッカ、あんま大きな声出すなよ」

「むしろその態度が失礼」

「……なんか俺に対する当たりキツくね?」

 どやどやと天海部隊の面々が入ってきた。

 全員揃っているようで、手には各々瓶やバスケット等持っている。

「どうした? 何かあったか?」

 作戦の確認は命令下達直後と今日の夕方、既に二度行っている。

 後は各自休息ややりたいことをするように、と言って解散したのはつい先程だ。

 先頭にいる扉を開けた男に問い掛ける。

 その部下は頭を掻きながら、

「いや……隊長、この前のワンでの戦い以来、ずっと元気無いでしょう?

 想定訓練でも妙に淡々としてるし、皆気になってるんすよ。

 で、皆で相談した結果……あの戦いで会った女の子いたでしょう?

 あの娘になんか言われたんじゃないかなって。

 だからまぁ―――」

 瓶を掲げて小さく笑い、

「ぱーっと忘れる為に宴会でもしないか、って考えましてね」

「お前が飲みたいだけだろ?」

「最初に提案したのお前じゃねーか!」

「俺が提案したのは食事会だ。前日に酒盛りなんて、絶対飲み過ぎる奴いるからな。お前とか」

「一言余計だっ!」

「―――そうか」

 陽司は、そのやり取りに笑った。

 目元に小さく滲んだ涙を気付かれないように拭い、立ち上がる。


 ―――俺は良い部下を持った。


「この部屋だと狭いし、近くに他の人の部屋もあるから場所を変えるぞ。

 ……城内に良い場所がある。月見酒といこう」

「さっすが隊長!」

「十メートルほど垂直の壁を登る必要があるが、訓練で鍛えたから大丈夫だろう。それじゃ行くか」

「え? ―――っちょ隊長、十メートルって洒落にならないっすよ!」

 さっさと部屋を出て歩き出した陽司を追って、部隊の面々が動き出す。

 皆が笑みを浮かべ、自分に着いてきてくれる。


 そうだ。

 戦う理由なんて、それで十分だった。

 力が及ばない時も、間に合わない時も、あるだろう。

 それでも今の自分には、笑みで付き従ってくれる部下がおり、仕える王がいて、その望みを護るのが自分の役割。

 幾ら大事なものであっても、それが護れなかったからと全てを諦めてはいけない。


 力が足らぬのなら、力を求めよう。

 間に合わぬのなら、次は間に合うよう注意深く見渡そう。

 失ってしまったものを、失ったままにするのではない。

 それを無駄にせず糧として、新たに失わせぬようにしよう。


 振り向き、部下達へ向けて誓った。

「―――勝つぞ、お前ら」

「「「はい!!」」」
































・あとがき

 こんにちは、月陰です。

 色々と波乱の第九話でした。

 内容についてコメントすると色々ゲロってしまいそうなので特に無しで。


 戦闘書いてるととても楽しいのですが、技や詠唱考えてるともっとセンスとか語彙とか欲しくなります。

 素敵な技名を考え付く皆さんが羨ましい……。


 最近ペースが乗っていますので、そこそこ早くやれてます。

 それではまた次話にて。


 H24.2.11 『スカイブルー』の打ち切り臭に愕然とする冬の日