「前衛右翼、動きが鈍ってる! ……後衛全員、発動はきっちり揃えて行え! バラバラでは防がれるだけだぞ!

 ―――第三波、撃てぇっ! 前衛、第三陣形で目標制圧!」

 カノンの訓練場に多数の足音と魔術の着弾音、それらを指揮する声が響く。

 部隊戦闘の訓練だ。

 小隊規模での直接指揮による戦闘は、練度が全ての結果を決める。

 エア・クラナド両国と戦争状態にある現在、訓練は幾らやっても足りないものだった。

「制圧完了!」

「制圧確認! ―――よし、今日の訓練はここまでとする!

 全員、疲れは明日に残さないように。では各自解散!」

「「「ありがとうございました!」」」

 終わりの挨拶を行い、兵士達は疲れた表情で訓練場を去っていく。

 全員が出て行ったのを見届けて、部隊長―――陽司は肩から力を抜いた。

 二十人ばかりのこの小隊は陽司が祐一に頼んで任せられているものだ。

 陽司がかつて指揮について勉強していたこともあり、快く許可をもらった。

 部隊員は特に優秀というわけでもない若輩の一般兵だが、傾向として火力に自信のある者達を集めてもらっている。

 防御面を埋めるのは部隊としての連携と、陽司の役割だ。

 陽司が一人で戦うには限界があるが、普通の部隊訓練を受けた兵士達では陽司の特殊なスタイルについてこられない。

 新たに覚えた神剣魔術が、個人よりも集団戦に向いているというのもある。

 故に直属の部隊を一つ与えてもらったのだ。

 訓練は順調に進んでおり、すぐにでも実戦を行えるレベルに達している。

 しかし訓練は訓練、本番は本番だ。

「……さて、こっちの訓練も始めようか『無心』」

『おっけー、陽司』

 この部隊戦闘の要は部隊長だ。陽司がしっかり動けなければ、まともに機能しなくなる。

「それじゃまずは"一式"の制御からな。まずは五個、続いて十個、ラストで十五個」

『うにゃ、五個増えたね?』

「十個じゃちょっと不安だからな。増やせるに越したことはない」

 腰から『無心』を抜いて水平に構える。

 魔力を高め、練り上げる。

『術式展開。座標指定クリア。おっけーだよっ』

「了解。『護法・一式』―――」

 陽司の正面に小さな魔法陣が描かれる。

 しかし通常のものとは異なり、発動を示す光は放たれていない。

 『無心』が用意した神剣魔術、その術式だ。

 掌を当て、魔力を込める。

 導火線の如く翠光が走った。

 毎日嫌というほど行ってる訓練だ。当初はとても実用に堪えるスピードではなかったが、今となっては一瞬で終わるようになった。

 魔力を満たされた魔法陣が力を放つ。

「『展開、五』!」

 訓練場に翠の輝きが連続した。






























            とある守護者の追憶 第八話『動く世界と再度の邂逅(前編)』




















 このところ、キー大陸の諸国は睨み合いをしたまま膠着状態になっている……ように見える。

 しかしカノン王国軍の中心部に近しい陽司は知っている。

 各国が裏で密かに動いていることを。

 クラナドは国王宮沢和人が何か怪しい動きを見せている。

 目的は定かではないが、実際の行動としては古川渚の抹殺を図った。

 これは祐一率いる潜入部隊が救出したが、何故このタイミングで行なったのかは不明。

 またエア・クラナド両国は戦力を集結させており、近く大きな激突が起こるのは必至。

 ワンは自発的に攻めたりはしない国だが、侵攻を考えてこちらも兵を集めている。

 カノンも同様だ。

 部隊の編成、想定訓練、個々の修練。時間はどれだけあっても足りない。

 それは分かっているが、こうも緊迫した日々が続けば疲労するのが人というもの。

 肉体的な疲労な効率を考えた休息を取れば回復するが、精神的な疲労はそうはいかない。

『だから食べ歩き?』

「だな。指揮は慣れてないから疲れるし、自分の新しく始めた鍛錬もあるからなぁ……」

 久しぶりに貰えた休日に、陽司は王都の繁華街へ下りてきていた。

 この一帯は飲食店が競合する激戦区で、安くてそれなりの店もあるし、多少値が張るがカノンで指折りの店もある。

 今日一日は鍛錬もお休みして、ここで心行くまで食べ歩くつもりで来た。

 キー大陸全体が緊迫した状況なので念の為に『無心』は下げている。

 さて、まずは最初の店。

「いらっしゃいませー!」

 男性店員の野太い声が迎える。

 小さな店で、店内には一人か二人しか店員がいない。よくある大衆食堂といったところだ。

 それなりに人が入っているが、並ぶほどではない。

 陽司としても特に注目してはいなかったのだが、なんとここは美咲に強く勧められた店なのである。

 曰く、

「あそこの煮魚は美味しいんですよ〜。私も挑戦してるんですけど、あの味は中々再現出来ないんです」

 美咲の料理の腕はカノン軍の皆が知るところだ。その彼女が敵わないとはどれほどのものなのか。

 噂の煮魚定食を注文してしばらく経つと、湯気立つ料理が四角の黒いトレイに載って運ばれてきた。

 寒冷地のカノンにおいては主流ではない白飯と、ミソという調味料を用いたスープ。野菜を塩辛く漬けたものに、メインの煮魚。

 漂う匂いはこの辺りではあまり無い種類のものだが、食欲をそそる。

 『和食』と呼ばれる料理は『箸』という二本の棒で食べるのがマナーだと、各国を渡り歩いた陽司は知っている。

 その扱いは難しいが食器を持ち替える必要が無く、便利なものだ。

 マナー通りに両手を合わせ、

「頂きます」

 慣れた手つきで箸を取り、まずは椀を持ってスープをすする。

 数種の材料を用いたと思われるダシと中核となるミソの風味が口に広がり、香りが鼻を通る。

 このミソの風味が好かないと言う者も多いというが、陽司は苦味にも似た独特な味を好んでいた。

「……うん、美味い」

 今まで飲んだ中でも一、二を争う味だ。素直に感想が出た。

 椀を置いて丼を持ち、次に白飯を一口。

 ふっくらと炊かれた米は噛むほどにほのかな甘味を感じる。

 良い米を仕入れ、こだわって炊いているのだろう。

 丼を持ったまま、次は漬物へと箸を伸ばす。

 黄色くなるまで漬けられ半月に切られた野菜を噛むと、ぽりぽりと小気味良い音が響く。

 濃縮された野菜の味を楽しむ。

 これとスープだけでも丼一杯の白飯を平らげられそうだが、今回の目的は別だ。

 暖かい茶を啜り、メインである煮魚に箸をのばす。

 箸先を入れると一欠片がぽろりと取れた。

 つまみ上げると意外にしっかりとした感触が返ってくる。

 煮汁が染み込んで茶色になった白身を口に含む。

 形を保っていた身が、噛むまでもなくほろりと崩れた。

 口全体に広がる味は白身の甘みと煮汁の複雑な風味。

「ほぅ……」

 じっくりと口の中で味を転がし、飲み下す。

 確かにこれは、美咲が敵わないというのも分かる気がする。

 陽司自身もある程度料理は出来るが、どうすればこんな味が出せるのか全く予想がつかない。

 今度は白飯と共に咀嚼する。これもまた違う味わいがある。

 組み合わせを変え、その違いを楽しんでいる内に全てを食べ終えてしまっていた。

 箸を置き、両手を合わせる。

「ご馳走様でした」

 空になった皿を眺めて席を立つ。

 また来よう。今度は別の料理を食べてみるのも良い。

 これだけのものを出す店なら、きっと他の料理も美味しいだろう。

 会計を済ませ、礼を言って店を出る。

「……さぁ、次は何処へ入ろう」






























「本日開店! 美味しいパスタは如何ですかぁーっ!?」

 多くの人が行き交う繁華街で、少年は客引きを行なっていた。

 父親が長年の修行の末に開いた店の、記念すべき初日だ。熱も入るというもの。

 家族で経営する小さい店ながら、万全の準備をして激戦区であるこの繁華街に飛び込んだ。

 今のところ客入りは上々。「美味しかったよ」と言ってくれるお客さんもいて、息子として誇らしい限りだ。

 そんな少年は、現在少し気になることがあった。

 通りを挟んで向かいにも飲食店が立ち並んでいるのだが、先程から一人の男が店をハシゴしている。

 満足げに出てきては隣の店へと入っていく。

 それをもう、

 ―――五回は繰り返してないか……?

 視線の先、六店目から出てきた男がこちらを見た。

 顎を軽く摩り、入店を決めたのか歩み寄ってくる。

 腰に鈍器を下げているのが特徴的だ。軍の関係者だろうか。

「いらっしゃいませー!」

 営業スマイルで声を掛けると、口に笑みを浮かべて一礼を返してくれた。

「席、空いてますか?」

「一名様ですか?」

「はい」

 小さく後ろを振り返り、店内の様子を窺う。

 昼時が近いということもありそれなりに混雑しているが、一人客なら問題は無い。

「はい、空いております! 店内へどうぞ!」

 席へ案内したら、あとは中の人間の仕事だ。

 外で再び客引きを行う。

 一段落した頃、少し気になって先程の男性客を探した。

 二人用のテーブルに座っていて、丁度料理が運ばれてきたところだった。

 ランチメニューだ。簡単な前菜とパスタ、食後のデザートとドリンクがセットになって少しお得になっている。

 フォークを手に取って食べる姿は背筋が伸びており、手の動きも丁寧だ。

 育ちが良いのだろうか。

 外見は無骨な武人といったところだが、所作が丁寧なおかげで騎士のようにも見える。

 軽い休憩がてら少し見ていると、違和感を覚えた。

 一口は普通の量。スピードもそれほどではない。しかし手と口の動きが、とにかく止まらない。

 それだけならたまに見かける光景なのだが、彼は自分が把握しているだけで七店目の筈だ。

 これまでの店を、あんなスピードで食べていたのか? 

 あっという間に食べ終え、店員を捕まえて何かを言う。

 デザートを頼んだのだろう。

 しばらく待ち、運ばれてきたデザートも味わいつつ止まらない。すぐに腹へと収まっていった。

 紅茶を飲み切り一息吐くと、すぐに立ち上がって会計へと歩いていく。

 間も無く外へと出てきた。

 こちらを見つけると満足げに微笑んで、

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 横を通り抜けて行く。

「ありがとうございましたー!」

 慌てて振り向き、送り出す言葉を捻り出す。

 その視線の先で隣の店へと入っていく男性客を見て、少年は今度こそ戦慄した。


 ―――世の中には、想像も付かない胃袋を持つ人間が存在する。




























「……ん?」

 十二店目でカレーを食べ終えた時、懐で光るものに気が付いた。

 携帯用の連絡水晶だ。

 何だろう、と思いながら繋ぐ。

「はい、こちら天海陽司です」

『あ、隊長! 休日に済みませんが、急いで戻ってきて下さい!』

 直属の部下、その一人だ。今日は警備に入っていた筈。

 慌てた様子に口調を引き締める。

「どうした、何かあったか?」

『国王陛下による緊急招集です』

 このタイミングでの招集、それも緊急。それはつまり、

「エアかクラナド、もしくは両方がカノンへ進軍を始めたか」

『いえ、あの……動いたのはエア・クラナド両軍、そのほぼ全てですが……』

 困惑しているのを水晶越しに感じる。

『進軍先は―――ワンです』

「……なるほど」

 元凶であるカノンより先に、陰ながらそれを援護するワンを潰してしまおうということか。

 四国中、ワンは兵力で大きく劣る。カノンも先の激突で消耗してはいるが、一度撃退したのが効いているのだろう。

 ほぼ全軍での侵攻ということは国内はガラ空きだろうが、占領したところでワンを滅ぼした二国軍相手に分散したカノン軍での迎撃は厳しい。

 かといってこれを傍観していてはワンの敗北は必至。ワンを占領した二国はその全軍をカノンへと向けるだろう。

 となれば選択は一つしかない。

「カノンから出せるだけの援軍を出し、ワンと共にエア・クラナド軍を迎撃。そうだな?」

『―――! はい』

「分かった、すぐに向かう。部隊の皆で固まっていてくれ。出来る限り情報の把握も頼む」

『了解!』

 通話が切れる。

 口元を拭い、席を立つ。

『陽司、戦うの?』

(ああ。今の俺はカノン軍の兵士だからな)

 会計を済ませ店を出て、駆け出す。

『大事な戦い?』

(そうだ。これに負けたらこの国は恐らく滅ぶ)

 人を避け、最短ルートで城へと向かう。幸いにも最寄りの城門から陽司の部屋が近い。

『滅んでも、陽司は死なないでしょう?』

 ふと『無心』の静かな口調に違和感を覚える。

 子供らしい無邪気で、しかし残酷な意見ではなく、悠久の時を生きた仙人のような達観すら感じる口調だ。

 なんだろう、と思いつつも陽司は想いのままに答えた。

(それでも俺はこの国を護りたい。それが俺の望みだ)

『なら力を貸すよ。守護の力を。

 陽司が護りたいものを、救いたいものを、その手の届く限り』

(ああ。頼むぞ、相棒)

『―――うん!』

 その返事は、いつも通りの明るいものだった。



































 陽司は大勢の兵士達と共にアストラス街道を進軍していた。

 到着はワンとエア・クラナド合同軍の接敵から二、三時間後だと伝えられている。

 兵力の差を考えれば到着した頃に既に全滅していてもおかしくはない。

 それでも進軍するのは間に合う事を期待しているのか―――持ち堪えると確信しているのか。

 どちらにしても到着したらすぐに戦闘。それを考え、陽司は歩きながら装備を改めて確認する。

 カノンの紋章が描かれた鎧は、正式に入隊してから与えられたものだ。

 陽司が頼んで特別に用意して貰ったそれは、通常のものより装甲が薄く小さいが動き易い。

 防御に優れる陽司にはあまり重装備の必要が無いからだ。

 特に今となっては鎧自体が不要とも思っているが、軍勢として布服姿が混じっていては格好がつかないので一応着用していた。

 腰に下げたいつもの道具袋には、特性の煙幕弾や炸裂弾、回復用のポーションに傷薬など様々な道具を補充してある。

 鎧の背に自分で付けたアタッチメントには『無心』が固定されている。

 そして首から下げているのは、笛。高く大きな音が出る警笛だ。

 部隊行動として必要になり、用意したもの。呪いも何の仕掛けも無い単なる笛だがこれが重要なのだ。

 外に垂らし、次に念話のチャンネルを部隊員に合わせる。

『こちら天海。聞こえているか?』

『良好です、隊長』

 最初に返事を返したのは随伴する伝令役だ。

 続いてまばらに応答が来る。

『点呼を取るぞ。番号、始め』

 予め割り振った番号通りに数字が連なっていく。

 全員の応答を確認し、陽司は心中で頷いた。

『よし、全員いるな。では作戦を再度確認する。

 ―――伝令。カノン軍としての目的を言え』

『はっ。エア・クラナド合同軍の侵攻を受けるワン軍の援護です。

 アゼナ連邦と国境線の森の境目である僅かな平野を進軍するエア・クラナド合同軍を、

 その先の広い平野での交戦は不利と見るワン軍が迎撃する形になっていると思われます』

『良好だ。しかしそれでも兵力差があまりにも大きい。

 カノン軍が到着するのは両軍の交戦開始から約三時間後。平野部にかなり押されていると考えるべきだろうな』

 普通に考えれば壊滅している、とは言わない。

 無駄な焦りは精神的な疲労に繋がる。

 ワンとカノンを合わせても兵力はあちらが圧倒的に上だ。万全の態勢で挑む必要がある。

『だからカノン軍の目的は、ワン軍の壊滅前に敵軍へダメージを与え、撤退させることだ。

 あわよくば逆に壊滅させてやりたいところだが、流石に数の差が大きい』

 これは最終決戦ではない。カノン軍が幾ら敵軍へ打撃を与えたところで、ワンが壊滅しては意味が無い。

 目的はあくまで援軍なのだ。

『我々の部隊の役割は、可能な限り敵軍を引き付けることだ。

 最初の陣形は攻撃型の基本陣形。一撃を入れた後、二番へ。以降は状況を見て指示する。

 ―――俺達の初陣だ! 気合入れて行くぞ!』

 威勢の良い返事が揃って届き、思わず口元が緩む。

 待機指示を出して念話を切った。

(さぁ頑張るか、『無心』)

『がってん!』


























 目的地が近付く。

 気配察知がそれなりに広い陽司は戦場の様子が概ね分かった。

 両軍、ほぼ一箇所に固まっている。

 統制の取れた動きはあまり見られない。大規模な乱戦となっているようだ。

 つまりそれはワン軍が分断されているということで、それは非常に拙い。

 だが、なんとか間に合った。

 ブォー、と独特の低音が遠くまで響く。

 カノン軍が吹いた角笛。

 曇り空に雄々しくはためくカノンの軍旗。

 そしてその先頭に立つ―――カノン国王、相沢祐一。

 剣を抜き放ち、高らかに宣言した。

「我こそはカノン国国王、相沢祐一である!」

 驚きに染まる両軍。どうやらワン軍もカノンの援軍のことは知らされていなかったようだ。

「我らカノン軍、ワン軍を援護するために参上した!!」

 応じるように、先頭で戦っていたワンの人間と思われる一人の男が声を挙げる。

「おい、聞いたかお前達!!

 何の関係もないカノンが俺達の危機に駆けつけてくれたぞ!!」

 隣国からの援軍。

 諦めが漂い始めていたワン軍の顔が希望に輝いた。

 本当に知らされていなかったらしい。だがそれは、この状況において全てプラスに働く。

 士気の跳ね上がったワン軍は突然の援軍に戸惑うエア・クラナド軍を押し返し始めた。

 先程の男―――この戦場を引っ張る男が更に背中を押す。

「さぁ野郎ども、底力を見せてやれ! 援軍に来てくれたカノンと協力し、一気にこいつらを叩く!」

 カノンの援軍、を強調する言い方。

 助けがあるという事実はこれほどまでに人を奮い立たせるものなのか。

「ここが正念場だッ! 目に物見せろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 兵を率いて突撃する男の姿は、とても『王』らしく見えるものだった。


























「あゆ、ヘリオン、真琴、美汐はエアの部隊を! 美咲、栞、鈴菜、ミチル、亜沙はその支援! 神耶と一弥、時谷と亜衣は後退するワンの援護!

 兵を率いてイリヤと俺と浩一は左翼! 水菜と恋、藍は右翼! シャルと美凪とリディアは中央から敵戦力の殲滅を計る! 行くぞッ!!」

 祐一の指揮の下、各員は戦闘を開始した。

 陽司たちはワンの援護だ。

 崩れた陣形を埋めるように、陽司は先陣を切って最前線へと飛び込んだ。

「くそ……カノンめ!」

 顔を怒りに染めるクラナド兵が剣を振り下ろしてくる。

 あと一歩、というところで援軍が来たのだ。憎い気持ちも分からないではないが、

「悪いが―――お前らに言われる筋合いも無いな!」

 その剣を軽く避け、兵士の胸倉を掴む。

「おらぁっ!」

 そのまま片腕で兵士を振り回し、クラナド兵の密集している辺りに投げ込んだ。

 突如として仲間が飛ばされてきたことに驚いた兵達はこちらに注意を向ける。

 だが、遅い。

「第一波、撃てぇっ!」

 既に詠唱を完了していた後衛が魔術を放った。

 威力重視の魔術群が前線に穴を空ける。

 それを見た敵軍の魔術部隊は素早く詠唱を始める。

 魔術使用後の隙を狙って下級魔術中心で放つのだろう。数は十から十五。

 こちらの前衛も陽司を追い抜き前進を開始しているが、ギリギリ間に合わない。

 だから陽司は、

「『護法・一式』!」

『術式展開!』

 陽司の眼前に暗い魔法陣が現れる。

 それに手を当て、魔力を流す。翠光が走り、一瞬で魔法陣は輝きで満たされた。

 同時、敵軍から行く手を阻むように魔術が放たれる。

 やはり全て速度重視。威力はほどほどだが無視出来るようなものではない。

 だが、天海部隊の前衛は見向きもせず突撃をかける。

 訓練通りだ。

 だから陽司も信頼に応じた。

「『展開、十二』!」

 突如として空中に出現した結界が、魔術と激突した。

 威力の無い魔術群は全て阻まれ、消滅する。

 それを確認して、陽司は結界を解除した。

 天海部隊の前衛が、攻撃直後の魔術部隊を駆逐する。

 辛うじて逃れた一人が声を挙げた。

「馬鹿な! ―――遠距離に、しかも複数同時展開だと!?」

「そういう神剣魔術なんですよ。……まぁ、種も仕掛けもない、というわけにはいかないんですけどね」

 当の陽司は涼しい顔だ。


 結界とは、基本的に自分の手元に展開するものだ。

 それは自分の守る盾だからというのもあるが、何より制御や魔力の上乗せが容易だからということが大きい。

 だが陽司と『無心』はその常識を無視する。

 防御系神剣魔術"護法・一式"は、元々複数・遠距離発動を想定した神剣魔術なのだ。

 一面結界であり、一枚一枚は小さく硬度もそれなりだが、数十枚単位での同時展開が可能な前衛支援向きの防御魔術。

 しかし魔術の同時発動は非常に難しい。それは神剣魔術も同様だ。
、、、、、、、、、、、、、、、
 だから複数の結界を展開する一つの魔術を構成し、座標を逐次指定する。

 それこそ暴挙だが、術式構築から発動準備までを『無心』が行い、発動・維持を陽司が行う分業によってそれを叶えた。


 続くクラナド側の第二波、威力を上げた魔術群も、

「『護法・一式―――展開・十一』」

 全てが阻まれる。

 中級魔術でも威力の低いものなら防げる強度だ。下級魔術では相当な魔力の上乗せをされない限り破られることはない。

「この……!」

 空に展開する魔術部隊、その中核を為すと思われる男が詠唱を開始する。

 一小節、二小節。更に三小節目の詠唱。超魔術を扱える実力者とは思えないから、上級魔術。

 狙いは陽司。厄介な魔術を行使する相手を片付けようという魂胆だろう。

 上級魔術相手は流石に"一式"では厳しい。

 陽司は首から下げた警笛を取り、思い切り吹いた。

 甲高い長音が戦場に響く。

 それを聞いた天海部隊の前衛が、一斉に下がった。

 後衛も防御を固める。

 動きを確認し、陽司はその場に片膝を突いた。

「『護法・二式』―――」

「『猛る閃光』!」

 光の上級魔術が放たれる。

 速度重視の光の一撃は一瞬で着弾し、舞い上がった粉塵が辺りを包み込む。

 明らかに回避の間に合わなかった攻撃。

「やった……!?」

 歓声の上がる寸前、

「最近知ったんですけど、それ何処かの界隈では『フラグ』って呼ぶらしいですね。

 こういう場合だと―――「やったか!?」系は実は全く効いてない展開だとか」

『それ自分で言ったら駄目なんじゃない?』

「そう言うなよ」

 粉塵の収まった着弾地点には、翠の球状結界に包まれた無傷の陽司が蹲っていた。

 いや、蹲っているのではない。両手の五指は開いて地に着き、膝は力を溜め込んで、姿勢は大きく前傾。

 それは、今にも飛び出そうとする獣の姿勢。

 体勢をそのままに、陽司は魔力を編み込む。

 神剣魔術とは異なる、しかし一般の魔術とも違うその術式。

「創作魔術連携―――」

 両足が魔力光を帯びる。

 圧縮された魔力が両の足裏を一際強く輝かせた。

 その輝きが頂点に達した瞬間、

「―――『獅子吶喊』!」

 陽司が球状の結界を纏ったまま、足元の爆発と共に弾丸の如く飛び出した。

 発射と言っても過言ではない豪速は、予想外の攻撃に対応出来なかったクラナド兵の密集地帯に飛び込み、

「うぉらぁっ!」

 兵の群れが飛沫を上げた。


 "護法・二式"。

 『無心』が持つ防御系神剣魔術の二つ目、指定した対象を中心に展開する球状の防護結界。

 結界としてはスタンダードなものだが、これは防御に特化している『無心』の神剣魔術だ。普通である筈が無い。

 "一式"と異なり複数発動は考えられていない代わりに硬度は"一式"とは比べ物にならず、加えて一つの特性がある。

 それは対象を指定して発動するが故、対象の動きに応じて結界が移動するというもの。

 そして陽司のオリジナル魔術、"獅子吶喊(ビースト・チャージ)"。

 足裏に凝縮させた魔力を一気に開放することで、まさに爆発的な移動を実現する魔術。

 脚の保護に魔力を割く必要があり、加速は一度の発動で一回。だが突撃においては十分な効果を発揮する。

 これら二つを重ねた連携こそが、名前そのままに『獅子吶喊』。

 結界"護法・二式"を張ったまま、"獅子吶喊"で自身を砲弾にして発射する突破技。

 強固な防護は突撃によって打撃力へと変換され、発動前に止めようとしても結界に阻まれる。

 神剣魔術は『無心』の協力もあり陽司は維持だけに力を割けば良いが、オリジナル魔術は陽司単独での発動。

 同時発動ほどではないが、それでも難度の高いこの技を実現出来たのは、ひとえに澪の教示と陽司の特訓があってこそだ。

 流石に澪や佐祐理、さくらといった世界でも有数の魔術師と比べては足元にも及ばないが、

 それでもそこらの魔術師並かそれ以上の技術を物にしていた。


「ぬん!」

 クラナド兵を跳ね飛ばして敵軍の中心に飛び込んだ陽司は、ここで初めて『無心』を抜き、独楽のように回転して周囲の兵を吹き飛ばす。

 包囲したのを好機と見て攻撃を仕掛けようとした部隊はそれに動きを止め、

「あのね―――戦場で躊躇ったら、死にますよ?」

 天海部隊の魔術師達が放った魔術が直撃し、更に大きな穴が空く。

 そこに前衛が飛び込み、混乱する敵軍を駆逐していく。

 続くカノン軍の別部隊やワン軍が、分断されたエア・クラナド軍を押し潰す。


 止まらない。

 進撃が、止まらない。

 陽司が相手の攻撃を防いでカウンターで前線を乱し、後衛が詠唱の長い威力重視の魔術で穴を空け、前衛が穴を広げる。

 単純だがエア・クラナド軍が対応し切れないのは、テンポが速いからだ。

 魔術を陽司が防御した後、結界の展開すら間に合わない内に中級魔術が飛んでくる。

 隙を晒した魔術部隊の前を埋めない内に前衛が飛び込んでくる。

 そこを包囲するより早く笛が響いて後退され、陽司が強力な打撃で更に進撃する。

 この連携は互いの信頼と積み重ねた訓練の賜物。

 敵の攻撃が飛んできても、陽司が防ぐことを信じて魔術師達は詠唱に集中し。

 魔術師達がその魔術で敵部隊を崩してくれることを信じて前衛は前進を止めず。

 前衛が隙を作ってくれることを信じて陽司は突撃の準備を行う。

 そして飛び込んだ陽司は魔術師達が追撃をかけてくれることを信じ、敵を一手に引き受けるのだ。

 また、乱した敵を後続部隊が駆逐してくれることも作戦の内。

 これが天海部隊、攻撃陣形の二番。

 殺到する敵軍の中をその圧倒的突破力で貫く突撃陣形だ。

「!」

 前衛が下がり、陽司が突撃するタイミング。

 強力な魔力の波動を感じ、陽司は瞬間的な判断で"二式"を解除。急ぎ魔力を編む。

 選ぶ手札は、

「『防護・一式』!」

(『無心』、角度調整任せる!)

『まっかせてー!』

 割れた兵の壁の間から、炎の槍が飛翔してくる。

 規模は上級魔術かそれ以上。超魔術級ではないが、攻撃力に優れる火属性だ。"二式"の防御力では厳しい。

「『重層展開・十五』!」

 手を差し出した陽司の前方、先程のように散らばるのではなく一直線に翠の円が並ぶ。

 それは僅かに角度が傾いており、

「くっ!」

 一枚目に炎の槍が激突し、一瞬で砕け散った。

 二枚目、三枚目も同様に食い破られ、破砕音が連続する。

 全ての結界を貫通し、少し小さくなった炎の槍は、しかしその軌道をずらされて空へと飛んでいき、爆発して消え去った。

 その光景を見て、陽司は疑問を持った。

 ―――炎の槍を作り出す上級魔術はあったが、果たして爆発までしただろうか?

 しかし考えている暇は無い。

 今の魔術を放った魔術師の方へと視線を戻す。

 昔は身近にあり、最近ではクラナド迎撃戦でも遭遇した気配の持ち主。

 燃えるような長髪を靡かせたその姿。

「―――やった、と思ったんだけどね。この前の様子を考えると。

 やっぱり陽司は侮れないなぁ」

「……奈緒……」

 クラナドの紋章が刻まれた軽鎧を着て、宝石を嵌め込んだ剣を携えた少女。

 陽司が知る中でも有数の火魔術の才を持つ幼馴染。

 いつも活発だった彼女。しかし今はどこか疲れたような眼をしていた。

 構えを取ってはいないものの濃密な魔力を感じる。

 攻撃を仕掛けてきた以上、見逃してはくれないだろう。

 陽司は視線を外さない。

「『援護・一式』」

 右手側に出現した魔法陣に触れ魔力を通すと、同じ模様の大きな魔法陣が地面に描かれた。

 展開が止まったと思うと、範囲内の天海部隊を始めとするワン・カノン軍の者達に翠光が吸い込まれていく。

 防御力を高める支援系神剣魔術だ。『自動障壁 TYPEーC』に相当する防御力を味方に付与する。

 発動を確認した後、首元の警笛を口に運んだ。

 ピッピッピッ、と連続で短音を鳴らした後、大きく長音を響かせた。

 それを聞いた天海部隊の面々が下がっていく。

 後退して他部隊に合流、の合図だ。

 エア・クラナド軍の者達も巻き込まれることを恐れてか距離を置いている。

 だから陽司も警戒を残したまま構えを解き、語りかけた。

「……久し振りだな、奈緒」

「そうだね。この前は時間が無くて何も話せなかったから。

 ―――久し振り、陽司。今はカノンの軍属になったのね」

「お前もクラナドの軍属になったんだな」

「必要になって、ね。……やっぱり知らないんだ」

 似合わない沈んだ口調に眉を潜める。

「どうした? 何かあったのか?」

「教えない。でも、他のことを一つだけ教えてあげるわ」

 そして片手で剣を構えた。

 敵部隊が大きく下がっていく。

 それを見て、陽司もカノン・ワン軍に下がるようサインを示す。

 ぽっかりと開いた空間の中、対峙して構える。

 奈緒は剣の宝石に手を当て、詠唱を始めた。

「"踊れ踊れ、世界に満ちる大いなる熱よ"―――」

 詠唱、だと思う。

 だが陽司が今まで聞いたどんな詠唱文とも様子が違う。

「"我が意に従い、彼の者を囲う檻となれ"」

「! まさか……!」

 聞いたことのない詠唱、見たことのない効果。

 それは二種類しかない。使う者が非常に少ない魔術か―――

「……オリジナル魔術!?」

「私はね! あの事故以来、あんたがククドの村を出て行って以来!

 ―――普通の魔術が使えなくなったのよ!」

 火のマナが踊る。

 躍動する魔力は広範囲に広がっていき、

「取り囲め、『炎熱の鳥籠』!」

 対峙する二人を周りから切り離すように炎が立ち昇った。





























 あとがき


 こんにちは、月陰です。

 ようやくまともに戦闘。陽司の神剣の本当の力、その片鱗です。

 メイスだけど防御型。色々と理由はあるのですが、それは追々。

 流石にバーサーカーの打撃すら受け付けない理絵ほどではないですが、こと防御に関しては他の追随を許しません。

 また防御限定ではありますが、距離や数を選ばないオールラウンダーでもあります。そこが理絵とは違うところですかね。

 そして陽司自身の才能も開花。魔術が苦手なのではなく、使う機会が無かっただけのこと。

 「だいたいこんな感じ」で非効率ながら創作魔術を開発する。発想力がモノを言う才能ですね。

 ちなみに作中で使ってるオリジナル魔術は、陽司が構築した後に澪や佐祐理が効率化してます。

 『獅子吶喊』も最初は脚を防護する術式を入れていなくて、使う度に靴がボロボロになる仕様だったとか何とか。

 一万七千倍加速……!


 今回は初の部隊戦闘でもあります。

 複数対象の防御や能力上昇系の支援が行えるようになった陽司の場合、個としてよりも集団としての戦闘が一番効率良いんですよね。

 相変わらず他の隊長格と比べて瞬間的な火力に劣るので、前線で突出すると防戦一方になってしまうという問題もあります。

 ……ま、その『防戦』で負けることはまずないのですが。


 そしてお待たせ致しました。ヒロイン……だと思います、奈緒さん登場。

 遭遇は第二話以来、回想入れても第三話以来。多分忘れられていたでしょう。

 さぁその実力の程は……?


 それではまた後編にて。




 H24.1.15 氷結果汁って意外と美味しいのね、と缶を傾ける静かな夜