―――夢を見ていた。


 夢の中で、自分は別の人間になっていた。

 明晰夢、というものだろうか?

 視界は主観的で自分の姿は見えなかったが、頭皮を引っ張る重い髪の感触が短髪の自分とは違うことを教えてくれた。

 そして何より、目の前の光景。

 荒野の真ん中で多種多様な剣を持った敵と相対するなんて、そんな経験は自分には無かったからだ。

 感覚はあれど身体は勝手に動き、飛来する火炎弾を軽やかに回避していく。

 その時、視界が上を向いた。

 そこには翼を持つ青髪の少女が赤髪の少女を抱えて飛んでいた。

 抱えられた赤髪の少女は双剣を構え、魔術を唱える。

「『フレイムシャワー』!」

 火炎の雨が降り注ぐ。

 攻撃範囲はこちらの背後まで広範囲に渡っており、後ろに下がっても逃れられはしまい。

 それに対し、『自分』は手に持っていたものを正面に構えた。

(―――盾?)

 視界に映ったそれは、片手用と思われる凝った装飾の施された盾だった。

 しかし逆の手は無手だ。武器も何も持たず、ただ盾のみを持っていたのだろうか?

 そんな疑問には応えず、『自分』は敵の攻撃を見据えた。

 応じるように持つ盾が淡い光を放ち始める。

「『―――』」

 小さく何事かを呟いた瞬間、見上げた視界の『ほぼ全て』に渡って魔法陣が展開し、火炎の雨を一粒残らず受け止めた。

(―――なっ!?)

 複数の魔法陣ではなく、ただ一つの術が火炎の雨を防いで尚余りある程の大きさ。

 それを盾を構えて僅か数秒で展開してのけた。

 そして防御をした『自分』と入れ替わるようにして、後ろから各々の武器を持った複数の人間が前へと駆けていく。

 緑色の魔法陣に照らし出される荒野で敵と交戦を始める者達。

 続けて幾つもの魔法陣を同時展開してそれらを援護する『自分』の視界を驚きと共に見続ける。

 その中にあるものを見つけて、陽司は更に驚愕した。

 これまた装飾のされた剣を持ち、火の魔術を用いて敵を倒していく一人の女性。

 燃えるような赤い長髪に巧みな火の魔術。何より時折垣間見える横顔は―――






































          とある守護者の追憶 第六話『目覚めた心と目覚めた意思』





































「奈緒!?」

「きゃっ!?」

 陽司はその背中を掴まえようと手を伸ばしながら飛び起きた。

 ……起きた?

「……えーと……?」

 状況が上手く掴めず、周りをきょろきょろと見回す。

 白いベッドで寝ていたのを、夢のままに上半身を起こしてしまったようだ。

 清潔そうな白いシーツに淡い色のカーテン、白い壁。

「診療所?」

「ええ。ここはカノンの診療所ですよ、陽司さん」

 呼ばれて振り向くと、服を軽く払いながら立ち上がる少女の姿。

 何故か少し涙目でこちらを睨んでいる。

「えぇと……美坂、栞さんでしたっけ?」

「……そうですけど、その前に何か言うことは無いんですか?」

 色々と頭が混乱しつつも、何か粗相したろうかと記憶を遡る。

 ……そういえば、起きた時に小さな悲鳴のようなものが聞こえたような。

 驚いて尻餅を突いた?

「……驚かせて、すみません?」

「何故疑問形ですかっ」

 当たりだったらしい。

「……驚かせて御免なさい」

 軽く頭を下げて謝る。

 そんな陽司に対して栞は偉そうにふんぞり返った。

「よろしい」

 少し子供っぽいそんな動作に笑みが溢れる。

 口元を歪めたその時、頭の中をズキンと痛みが走った。

「―――った」

 顔を顰めて頭に手を当てたのを見て、栞が慌てて近寄ってくる。

 こちらの肩を押さえ、ゆっくりと寝かせてくれる。

「安静にしてて下さい。身体にまだダメージが残ってるんですから」

「ダメー、ジ……?」

 確かに身体が重いし、節々に違和感を感じるが……。

 疑問に思って、ふと混乱していた頭に記憶が甦った。

(そうだ。祐一さんと戦って、全力を尽くして……)

「……負けて、気を失って……」

「模擬戦で倒れたから様子を見てくれ、なんて突然言われたからビックリしましたよ。

 一通り診ましたけど大きな外傷や骨折は無いみたいですから心配ありません。軽い怪我はもう魔術で治しておきましたし」

 そこまで話して、しかし大きな溜め息を吐いた。

「でも、魔術回路に結構ダメージがありましたよ? どれだけ無茶をしたんですか全く」

「それはまぁ……自分の全力がどれだけ通じるのか試してみたかったといいますか……。

 あのくらいしないと祐一さんも全力で応じてくれなかっただろうし」

 正直な話、負けるのは最初から予想がついていた。

 カノン軍の人達から相沢祐一という人物に関して色々と聞いていたし、実際に見た時の戦い振りは相当なものだった。

 技量で勝てず、策で勝てず、手数で勝てない。残った火力も、戦ってみたら相手の方が遥かに上を行っていた。

 あれでもまだ本気ではなかったということだろう。

 結果論になってしまうが、最初から勝ち目など無かったのだ。

「全力って……祐一さん、まさか『アレ』使ったんじゃ……」

「あぁ、多分想像通りだと思いますよ」

 『アレ』とは、きっと覚醒のことだろう。

 肯定を返すと、また大きな溜め息が返ってきた。

「何やったんですか陽司さん……いや、答えなくていいです。

 とにかく、それだけ無理をしたんですから回復するまでは安静ですっ!」

「えー……」

 幾つかやりたいことがあったのだが。

 技や道具の改良や消耗品の補充、閃いた新アイデアの実験、何より祐一とも話す事がある。 

 エアやクラナドと戦争状態にある現在、好きに動ける時間は少ない。

 時間は有効活用しなければいけないのに、安静になんてしていられない。

 そんなことを語ったら青筋立てて怒られた。

「……美咲さんに頼んで封印してもらいましょうか? 二日間と言わず一ヶ月くらい」

「ご、ごめんなさいそれは勘弁して……って二日間?」

「ええ。二日間も目を覚まさなかったんですよ、陽司さんは」



「………………え?」































 陽司は大人しくベッドに寝ていた。

 カーテンから差す陽光は今が昼下がりの時刻であることを示す。

 栞は二日間何も食べていない陽司の為に食事を用意してくれるらしく、

『誰かさんみたいに脱走するんじゃありませんよっ!』

 と言い残して部屋を出ていった。

 誰のことだか分からないが、以前脱走した病人がいたらしい。迷惑な患者もいたものだ。

 とにかく出来ることも無く、白いシーツの上に寝転がって考えるのは先程の夢のことだ。

 目覚めてしばらく経った今では記憶も薄れ、詳細には思い出せない。

 それでも単なる夢と断ずるには少々引っかかるところがあった。

 そう、まるで他人の記憶を覗いているかのような……。

「何なんだろうなぁ……記憶喪失とか流石に無いだろうし」

『そんなに気にしなくても良いんじゃない?』

「それでも気になるものは気になるよ」

 考え始めたら頭から離れないのが性分だ。言われてすぐに直るものでは―――

(……あれ?)

 ふと周りを見回す。

 この部屋は六つベッドが並んでいる大部屋だが、間仕切りは畳まれており他全てのベッドは空になっている。

 栞が去った今、ここには陽司一人しかいないはずだが……声が聞こえたような。

『あ、マズ』

 また聞こえた。

 自分の頭に響くようで、しかし出処が分かるような不思議な声。

 年の頃は幼い少女といったところだろうか。聞いたことが無い……と思うが何故か頭に引っかかる。

 とりあえず方向は分かるのでそちらに顔を向けてみる。

 そこにはベッドに立てかけられた陽司の相棒、永遠神剣『第五位・無心』があるのみ。

 他の装備が無いところを見ると、気を失っている間に城内の部屋へと運んでくれたのだろうか。

 高価な品も多いので出来れば手元に置いておきたいのだが。

 とはいえ『無心』を運んでくれただけ有難い。

「近くにないと落ち着かないんだよなぁ……」

『やだもう近くに居ないと寂しいなんて恥ずかしいっ』

「…………」

 いや、まさか。

 確かに高位の永遠神剣は自我を持ち主人と言葉を交わすと聞いたことがあるが、『無心』は今まで一度も話さなかったじゃないか。

 自己流の詠唱や魔力には普通に反応したので、そういう神剣なんだろうと思っていた。

 名前は持った時に自然と頭に浮かんでいた。

 というか仮に話したとして、こんな軽い筈は……。

「えい」

 『無心』の柄を握り、しげしげと眺める。

 こうして見ると、違いは一目瞭然だ。今までは何らかの力を使った時しか反応しなかったのに、今は普通に淡い光を放っている。

 ちょっと試してみるか。

「山」

『川! ……はっ!?』

 ……実は結構な阿呆なのだろうか。

 まぁ、それはともかく―――

「この声は……『無心』、なのか?」

『う……うん』

「えーと……」

 突然の事で、何を言うべきか考えが纏まらない。

 初めまして、は今更な感じがする。今までありがとう、では何かお別れのような感じがして縁起が悪い。

 しばらくの沈黙の後、

「―――おはよう」

『―――! うん、おはようヨージ!』

 さて、話せるならば聞きたいことが山積みだ。

 何からにしようか……と考えていると、

「陽司さん? 何を一人で喋ってるんですか?」

 栞が部屋の入り口からひょっこりと顔を覗かせた。

 神剣の声は基本的に主人にしか聞こえないのだろう。傍目には独り言の多いおかしな人に見えても仕方あるまい。

「いや、色々と考えることがありまして。

 それより、食事の用意が出来たんですか?」

「あ、はい。今から運びますからもうちょっと待って下さいね」

 そう言って、ぱたぱたと去って行った。

『言葉に出さなくても、頭で考えてくれれば会話できるよ?』

(そういうことは先に言ってくれ)

『そうそう、そんな感じ』

(……で、色々と聞きたいことがあるんだがいいか?)

『うーん……まだ起きたばっかりで今どうなってるのかよく分からないけど、答えられることなら答えるよ』

(助かる。じゃあまずは―――)

「陽司さーん、お待たせしましたー」

 その時、ガラガラとキャスター付の小さなテーブルを押して栞が戻ってきた。

 白いトレイの上には湯気立つ作り立ての食事が並んでいる。

 病人向けの質素なメニューではあるが、陽司がしばらく食べていないことも考えてか多めの量が用意されていた。

(まずは飯だ)

『えー、話しながらでいいじゃん』

(食事をする時は食事に集中するのが俺のポリシーなんだ)

『ボクは食事したことないから分かんないよ……』

(とにかく俺は飯を食う)

 美味しい食事を美味しく食べないのは料理に対する冒涜だと陽司は考えている。

「足りなかったら言ってくださいね。でも胃が弱ってる可能性もありますから無理はしないで下さいよ?」

「ありがとう」

 お礼を言って、陽司は目の前の食事に手を合わせた。

「頂きます」



















「おかわりお願いできますか?」

「ま、まだ食べるんですかっ。もう三回目ですよ!?」

「それが何か?」

『うわ、素で返した』




















「……ふぅ。ご馳走様でした」

「……はい、お粗末さまでした」

「とても美味しかったですよ」

「ありがとうございます……うぅ、嬉しいけど複雑な気分です……」

「?」

 何故か微妙な表情をしている栞に、陽司は首を傾げる。

 美味しかったので五回ほどおかわりしてしまったが、何か問題でもあったのだろうか?

『こういうの何て言うんだっけ。底無し?』

(失礼な。人よりちょっとは食える方だがちゃんと底はあるぞ)

『ちょっとって感じじゃないけどね、この人の反応見てると……』

「じゃあ陽司さん、ちゃんと身体を休めていて下さいね。

 ……えぅー……晩御飯が……」

 テーブルを押しながらがっくりと肩を落として去っていく栞。

 何だか分からないが、まぁ腹が膨れたので満足だ。

 寝転がるとそのまま寝てしまいそうなので、身体を起こしたまま傍らの『無心』に声をかける。

「お待たせ」

『見てて面白かったからいいよー。で、何から聞きたいの?』

「まずは……何で今まで一言も喋らなかったんだ?」

『んーとね……何て言ったらいいのかな……。

 ……寝てた?』

「……はぁ?」

『そ、そんな疑わしい眼で見ないでよっ』

 今まで何年間も共に在り、戦ってきて、その間ずっと寝ていたというのだ。

 疑問に思っても仕方が無いというものだろう。

「契約して今まで、ずっとぐーすか寝ていたと?」

『ぐーすか……正確には、夢を見ていたような感覚、かな?』

「寝起きでぼけっとしていたと」

『……もしかして、怒ってる?』

 おずおずと聞いてくる『無心』に、溜め息を返した。

「怒っているというより呆れてるというか……あぁいや、怒ってはいないから怯えないでくれ」

『ご、ごめんね? あんまり長く眠ってたから、中々動いてたのに気が付かなくって』

「……?」

 長く眠っていた、というがどれほどの間なのだろうかとふと気になった。

 陽司が『無心』と出会ってから十年近い。それを『中々』と形容するほどの間、眠りに就いていたのだろうか?

 ―――まぁ、本人(本剣?)もはっきりと覚えていなさそうだから後でいいか。

「で、何で今になって目が覚めたんだ?」

『えっとね、今までもちょっとは目が覚めてたんだよ? ほらなんかやって欲しそうだったら、えいやー、って』

 今までそんなぞんざいに扱われてたのだろうか、自分は。

 にっこり笑顔で聞き直してやった。

「な・ん・で・め・が・さ・め・た・ん・だ?」

『お、怒らないでよぅ。

 えーと、なんかヨージの方から強い力がどばーっと流れ込んできて、びっくりして起きたんだ』

「強い力?」

 最近で強い力というと……一番は、やはり祐一との模擬戦となる。

 その他は小出しというか、あれほどの魔力を一度に大量に使用したのは随分と久しぶりのことだったから。

 ……というか、もしかして初めてではなかったか?

 何せ、まとめて使う手段が無かったのだから。だからこそ作り上げた武装だったのだ。

『それと、ちょっと前にも一度少し起きた気がするよ』

「え、どのくらい前だ?」

『……えぇと、ちょっと前? ヨージと会ってからだと思うなぁ。

 少なくともこうなってからなのは間違いないよ』

 こうなって、というのは陽司と契約してからということだろうか?

 時間の感覚が根本的に違うので、形容されても分からない。『ちょっと』が年単位の可能性もある。

「……それはもういいや」

 大体の事情は分かった。

「聞きたいことは今んとここんなもんだ」

『……え? これだけ?』

「何だ、聞いて欲しいのか?」

『いやそういうわけじゃないけど……』

 実際、気になることはある。

 何故ずっと眠っていたのか。神剣の意思が弱いならともかく、契約後も眠っているなど聞いた事がない。

 それに、神剣の性質。『無心』はそれなりに高位の神剣だが、何か有用な能力はないのか。それはきっとこの先の戦いに役に立つ。

 だが、今言うべきは―――

「―――ありがとうな。一緒にいてくれて。

 お前が俺の手にあってくれたおかげで、俺は今まで戦うことが出来た」

『……え?』 

「俺の身を守れて、周りの皆を守ることが出来た。

 それは眠っていても力を貸してくれたお前のおかげだ」

『それは……ボクがヨージと一緒なのは当然の……』

「出会った理由が偶然だろうと必然だろうと、お前のおかげなんだ。

 これまでありがとう。

 ―――そして、これからも宜しくな。『無心』」

『……! そうだね、覚えていなくても……。

 うん、これからも頑張ろう、ヨージっ!』

 『無心』が、きらりと輝いた。































『で、これから何するのヨージ?』

「そうだな、まずは―――」

『まずは?』

「寝る」

『……え?』

「飯食って、良い日差しが入ってるんだ。眠らないと失礼だ」

『誰に?』

「誰でもいいだろう。とにかく俺は寝る」

 腹が膨れたのもそうだが、思ったより体力や魔力が戻っていない。

 ここはしっかり休息を摂る必要がありそうだ。

『えー、折角やる気が出てきたのにー』

「なんでもいいから俺は寝る。やる気があるなら戦闘に関することでも思い出しておいてくれ。

 ……近く、大きな戦いがあるからな。期待してるぞ」

『はーい』

 返事を確認して、ベッドに身を預けて目を閉じる。

 眠りはほどなくして訪れた。











『……思い出してるよ。戦うことも―――前のこともね』

 主人にしか聞こえぬ声は、眠る主人に聞こえることなくぽつりと消えた。








































 あとがき

 こんにちは。最近割と好調に書いている月陰です。

 今回は戦闘後のシーンということで、割とまったり。一区切りのため分量も少なめです。

 ……おかしいなぁ。当初だと第六話あたりは既にエア・クラナド戦が終わってる予定だった筈なのに……。


 で、内容に関してですが。遂に登場です、『無心』の意思。

 ボクっ娘です。ひゃっほぅ! イメージ的には十代前半くらい?実際は(ゲフンゲフン

 神剣って全体的に喋り方が堅いイメージあったので(『求め』とか『謳歌』とか)、無邪気なのがいてもいいじゃない、と思ったのがきっかけ。


 陽司が自分を見つめ直し、『無心』が目覚め、徐々に物語が動き始めます。

 ここからが本番。気合入れていきます。お楽しみに。


 それではまた次話にて。


 H23.10.9 最近空が綺麗になってきたなぁと思う秋の昼