とある守護者の追憶 第五話『掴んだ気持ちと交わす剣』




















「私、天海陽司との傭兵契約を―――解約して頂きたい」

 跪きそう言い放った陽司を、祐一は静かに見つめた。

 その瞳に迷いや後ろめたさは存在せず、虚偽の混じっていないことは一目瞭然だ。

「理由を聞こう」

 当初からずっと、しっかりと働いてくれていただけに、この申し出は不可解だった。

 全体的に戦力が低下しており、エアやクラナドとも緊迫した状況である現在、個人戦力の脱退は避けたい。

 給金や待遇に不満があるというのなら交渉次第でどうとでもなる。人間関係の問題なら改善に努めよう。

 しかし、この国の在り方……『全種族共存』を受け入れられないというのなら、悲しいがそれはどうにもならない。

 そう考える祐一に対し、陽司は答えを返した。

「今は、言えません」

「……なるほど」

 この戦況で、突然の契約解除の申し出。しかも理由を答えないときた。

 普通ならその一言で激昂してもおかしくないが、祐一は得心して頷いた。

「要求は何だ?」

「……流石は相沢さんですね」

 陽司は口元を少し緩めた。

「お前は『今は』言えないと答えたな。

 このところ色々と考えていた様子だった上にそんな格好をしてきたのだから、決心が出来ていないということは無い。だから時間の問題ではない。

 ならば何かしらの条件を満たせば話す、と。そういうことだろう?」

「お見事。正解です」

 期待通り、と陽司は笑う。

「俺の頼みを一つ、聞いて欲しいんです。

 何、難しいことじゃありません。今日中に終わることです」

「それが済むまでは言えないと?」

「はい。そして、それを達成する為にはカノンに雇われる傭兵ではいられないのです。

 ……あくまで俺にとっては、ですがね」

「……ふむ」

 祐一は椅子に身体を預け、思考する。

 陽司の戦闘力は、突出したものこそ少ないが安定して高い。伸びしろも多少見えている。

 旅の傭兵ならではの豊富な戦闘経験も、今のカノンには必要なものだ。

「二つ聞こう」

「それで叶えて貰えるというのなら、幾つでも」

「一つ目。お前は願いが叶った後、カノンの傭兵に戻るつもりはあるか?」

「否。カノンの傭兵に戻るつもりはありません」

「……二つ目。『願いが叶ったらお前はカノンを去るか?』」

 その質問に陽司は目を見開く。

 かと思うと顔を伏せ、肩を震わせた。

 震えは徐々に大きくなり、限界に達したと同時に陽司は天井を仰いだ。

 その表情は、大口を開けた笑顔。

「ははははははっ! 凄いですね相沢さんは! 何でもお見通しじゃないですか!」

「何でも、というわけじゃないさ。お前の言動から想像できることだ」

「く……くくっ……それが凄いと言ってるんですよ」

 笑いを収めると陽司は立ち上がり、笑い過ぎて目の端に浮いた涙の粒を拭った。

「それでは、聞こう。お前の望みを」

「二つ目の質問には答えなくていいんですか?」

「もう十分に応えただろう?」

「くくっ、違いありません」

 陽司はそのまま数歩進み、背中から自身の一部にして相棒たる永遠神剣『第五位・無心』を抜き放って祐一に突きつけた。



「相沢祐一さん。―――俺と一勝負して頂きたい」






















 陽司と祐一の会話から半刻後、二人は闘技場のステージに立っていた。

『それじゃ結界を張るの』

 宙に浮かんだ文字と共に闘技場を澪の展開した結界が包む。

 陽司は近距離型であり、祐一も覚醒状態でなければ必要は無いのだが、念の為であった。

 審判や非常時の防護・治療も考えての澪である。

「魔力使用や魔術の制限は無し。降参を宣言した方が負け。それでいいな?」

「ええ、それで構いません」

 向かい合い、それぞれの得物を構える。

『準備は良いの?』

「ああ」

「万端です」

『それじゃ―――』

 澪の手元から小さな紙の切れ端が舞い上がる。小さな文字列が刻まれたそれは淡く発光し、

『試合開始、なの』

 パァン、という破裂音と共に弾けた。

 試合開始の合図だ。

「ふっ!」

 音と同時、陽司は魔力を迸らせて床を蹴る。

 対する祐一はその場で剣を構えて動かない。互いにこれが初戦闘だ。様子を見る気なのだろうか。

 肉薄する陽司は、メイスを振り下ろした。

 祐一はそれを剣で受け止めようとして―――

「!」 

 素早く、横へと逸らす。

 軌道を変えられたメイスはそのまま地面へと激突し、轟音を響かせた。

「はぁっ!」

 そこで動きを止めず、反動で今度は振り上げるように祐一を襲う。

 これも受け流されるが、陽司は時に流れるように、時に強引に『無心』を操り、眼前の相手を叩き潰さんと連撃を繰り出す。

 それらを全てかわし、逸らしながら祐一は感心したように息を吐いた。

「ほう……留美と同じようなパワータイプと聞いていたが、完全に力任せというわけでもないようだな」

「大振りな攻撃ばっかりじゃ隙だらけですから……ねっ!」

 基本的に片手持ちのメイスはその重さに振り回され易い。実際、陽司もそこは苦労したところだ。

 両手持ちにした時期もあったが、威力はともかくあまりに大振りで役に立たなかった。

 だから反動を使い、身体を回し、とにかく止まらないように。

 結果として出来上がったのは、連続で繰り出される重い一撃という、接近戦では無類の長所だった。

「だが……その程度では、俺を倒すことは出来ないぞ!」

 陽司は知らないことだが、祐一は不可視に近い斬撃でも対処が出来るほどの剣術の使い手だ。

 この程度の速度なら大したことはないだろう。

 今まで受けに回っていた祐一が、反撃の剣を突き出した。

「これで倒せるなんて思ってません、よっ!」

 迫る剣閃を、陽司は逆の手で払い除けた。

 グローブの甲に付けられた小さな盾が金属音を響かせる。

 返す刀で回したメイスは、しかし容易く避けられた。

 互いに受け、避け、放ち、舞踏は止まらない。

 そんな攻撃の交換を続けながら、陽司は記憶を掘り返す。

 相沢は魔族七大名家の一つで、バランスの良い能力を持つと言われている。

 その血を継ぐ祐一は多分に漏れず身体能力・魔力共に高い。

 だが、身体能力なら神剣所有者の陽司も強化されており、魔力もかなり多い部類だ。そこにアドバンテージは存在しない。

 ならば祐一が余裕を持ってこちらの攻撃に対処できるのは、単純に技量が高いからだ。

 このまま打ち合ったところで勝ち目は無い。

 そう判断した陽司は、上へと弾かれた『無心』の柄を両手で握り締めた。

「!」

 それを見た祐一が、素早く下がろうとする。

 しかしそれよりも早く、陽司の一撃が放たれた。

「ぬぁぁっ!」

 これまで以上の勢いをもって地面を抉る。

 祐一はギリギリで避けたが、発した衝撃に煽られる。後方に転がり、受身を取ってそのまま距離を離した。

 小さなクレーターの中心で、陽司は振り落とした『無心』を片手で握り直す。

 やはり、一筋縄ではいかない。久々の感覚に心が躍る。

 思わず顔が綻ぶ陽司に対し、祐一が動いた。

「『闇の弾丸』」

 魔術での攻撃。無詠唱で、しかも下級魔術の割に相当量の魔力が込められている。その威力は中級魔術にも届くかもしれない。

「破っ!」

 しかし、陽司ならその程度は問題にならない。

 放たれた祐一の魔術は、オーラを纏った『無心』の一振りで霧散した。

 予想していたのか、祐一はその間に詠唱を済ませている。

「『闇羅』」

 続けて闇の矢が放たれる。数は二十。弧を描くようにして陽司に迫る。

 一発の威力は先程より劣るが、これは流石に迎撃し切れない。

 だが追撃が来ることくらいはこちらも想定済みだ。

「オーラフォトンブロック!」

 球形に展開されたオーラの壁に闇の矢が全て阻まれた。

 その隙に接近しようと走り出すが、

「『漆黒の戦火』」

 魔術の暗雲が発生し、多数の暗黒の弾丸が降り注いだ。

 上下の対処は陽司の苦手とするところだ。接近を止めて左右に身を振り、直撃しそうなものだけを『無心』で迎撃する。

 そうして足を止めたところを、

「『覇王の黒竜』!」

 祐一の両手から放たれた闇の上級魔術が襲った。

「うおっ!?」

 これは流石に防御するには厳しい。

 強く地を蹴り、横へ身を転がすことで回避。

 三回転した後、石畳へ掌を叩きつけてそのままの勢いで起き上がる。

 やはり魔術で攻められては反撃に転じられない。どうするべきか、と考えたところで―――

 ガクン、と縫いつけられたように身体が止まった。

「な……?」

 何が、と思い足元を見れば、自分の影に剣が刺さっていて、そこから伸びる触手が絡みついて陽司を束縛していた。

 闇属性魔術"影縫い"だ。相手の影に剣などの刃物を刺すことで相手の動きを封じる束縛系魔術。

 しかし祐一が持っていたのは手元にあった剣一本。刺さっているのもそれだ。

 いつ投げた、と記憶を掘り返して陽司は愕然とした。

 先ほど"覇王の黒竜"を放った時、既に祐一は無手ではなかったか?

 つまりは、

「避けること、その方向、距離まで……全て予測されていた?」

「その通りだ」

 陽二のすぐ近くに立ち、光の剣を突きつけた祐一が答えた。

「『漆黒の戦火』を放った後に投げたんだが、上に気を取られて気付かなかったようだな。

 ……お前は力も速さも技術もあるが、少し注意が足りないな。攻撃だけに気を取られていては足元を掬われるぞ」

 まさに足元を掬われた、というわけだ。

「どうする?まだやるか?」

 陽司は身動きが取れない。祐一は剣を一度振れば陽司の首でも飛ばせる。

 勝敗は明らかだ。だが、

「……もう少しだけお付き合い願いたい」

 同時、『無心』にオーラが収束する。

「エクスプロージョン!」

 陽司を中心に爆発が発生した。

 自爆までは予想出来なかったのか、不意の一撃に祐一が吹き飛ばされる。

 立ち篭める粉塵の中、陽司はゆっくりと立ち上がる。

 その全身からは、陽炎のように魔力が吹き出していた。

 傷一つない手で抜けた剣を拾い、祐一へと放り投げる。

「そうだ……勝たなきゃいけないんだ、戦いってのは」

 陽司は、ぽつりと呟いた。

「負けなければいいんじゃない……勝たなきゃ、護れない」

 長く続いた傭兵生活で、大事なことを忘れていた。

 傭兵は、雇われていても基本的に一人だ。自分が生き残れば問題は無い。そういう世界だ。

 だから自分を襲う攻撃だけにしか目が行かなくなっていた。

 だが、それでは『負けないこと』しかできない。対処するだけでは勝てないのだ。

 相手をよく見て、何を狙ってるか判断し、隙を見つけて突く。そうしなければ勝てない。

 自分の背中を自分で守らなければいけない日々に、忘れていた。


 ―――全力を尽くして相手を倒す。その意識を。


「祐一さん」

 明らかになってきた視界の中、剣をキャッチした祐一と向かい合い、その目を見つめる。

 そして手を正面に突き出した。

 親指、人差し指、中指。三本の指が立てられた手を。

「……三分。あと三分お付き合い願いたい」

 そう言い放ち、『無心』を背中に収めた。

 代わりというように腰の道具袋から一本の棒を取り出す。

 いや、それは奇妙な作りのメイスだった。握りまでもが全て同じ素材で作られ、不思議な色の反射光を放っている。

 以前発注していたもので、数日前に完成したものだ。

 取り出した後、道具袋は闘技場の入口へと放り捨てた。ここからは邪魔になる。

「呪具『大魔棍』。効果はとても単純です」

 それを地面に突き立て、

「―――大きくなる―――」

 込められた呪いを唱えた。

 するとメイスはみるみる内に大きくなり、陽司の背丈ほどになった。

 小牧姉妹の作った杏の『大黒庵』ほど効果は大きくないが、陽司にとっては十分だ。それにこの武器の本領は大きさではない。

 次に陽司は胸当てに掌を当てた。

「―――形は壱へと移る―――」

 呪いを読み上げると、光と共に胸当ての輪郭が歪み、徐々に広がっていく。

 肩を覆い、腕へ伸び、脚を包み……全身が光に包まれると、光は収まっていった。

 そうして現れたのは、陽司の全身をくまなく覆う鎧姿。

 頭の天辺から爪先までが金属で覆われ、しかし身体を動かすのに邪魔にならないよう関節には工夫が施されている。

 呪具『戦鎧』。特定の形を記憶し、呪いによって形を切り替えられる。ただそれだけの呪具。

 『大魔棍』と一緒に手配したもので、これもまたメイスと同じ素材で出来ていた。

 ガシャリ、と金属音を立てながら目の前の『大魔棍』を片手で握る。

 反対の手で『無心』を抜いた。

 だがこれで終わりではない。

「ぬ、おおぉぉぉぉぉ!」

 咆哮と共に、陽司の身体から更なる魔力が湧き出す。

 陽司は魔力のコントロールが苦手だ。術式の理解は悪くないと思っているが、とにかく繊細な作業となると上手くいかない。

 だから、考えた。

 細かい操作が出来ないならば、大雑把な操作でも扱える手段があればいいのだと。

「はああぁぁぁ!」

 その大量の魔力が、『大魔棍』へと集まっていく。

 術式による形成ではない。ただひたすらに詰め込んで詰め込んで、固めていっているだけ。

 魔導の扱いに慣れたものならば、馬鹿だと嘲笑するだろう。ただ固めただけの魔力など消費に対して威力の効率が悪すぎる。

 だからこその術式であり、魔術なのだ。

 それでも陽司は注ぎ、凝縮させ、固める。

 特殊な鉱石で作られたメイスにも収まりきらない魔力が表面に浮かび始め、その輪郭が膨れ上がっていく。

「ああああああぁぁぁぁぁ!」

 詰め込む。詰め込む。詰め込む。

 効率が悪くてもいい。自分で扱える手段なら問題ない。

 陽司の魔力量はかなり多い。さくらや祐一には及ばないだろうが、量だけならカノン軍でも上位に食い込む。

 それでも魔術が扱えず、魔力自体の扱いも苦手だった為に使い道が無かった。

 しかし戦いの日々が、ヒントをくれた。

 宝の持ち腐れとならないよう、作り上げたこの武装。


 内包魔力の半分をただひたすらに凝縮させたこれこそが、陽司の切り札。


「……これが、俺の全力」

 その輪郭が二倍近くなった『大魔棍』を大きく振るう。

 『戦鎧』にも相当量の魔力が注ぎ込まれ、陽司の身体を二割増しで大きく見せていた。

 それはさながら、魔力で形作られた光の巨人のようだった。

「あまり長くは保ちません。手早く―――参ります!」

 正面へ、ゴッ、と一歩を踏み込んだ。

 先程とは加速が比べ物にならない。身体強化にも多くの魔力を使っている。

「『暗黒の走破』!」

 祐一から迎撃の魔術が放たれる。

 速い攻撃だ。中級魔術といったところか。

「ふん!」

 陽司は、それを額で弾いた。

 祐一が僅かに目を見開く。だが陽司にとっては当然のことだった。

 中級以下の魔術では、この防御を抜くことは叶わない。

 最大の武装たる『大魔棍』どころか『無心』を振るう必要すらない。

 その間にも距離は詰まる。

「『暗落の断崖』!」

 祐一の前面に闇の壁が聳え立つ。一面型の結界だ。

 しかし陽司は構わず『大魔棍』を振り下ろした。

「おおっ!」

 ゴガァン! と激突する。

 上級魔術の防護だけあって貫通には至らないが、


 ミシリ


 軋む音と共に、結界に皹が走った。

「らぁぁぁ!」

 渾身の力で押し込まれる『大魔棍』に、皹が広がっていく。

「!」

 慌てて下がる祐一の前で、"暗落の断崖"が砕け散った。

 その間、僅か三秒。

「……小細工じゃ、俺の本気は止まりません」

 地面に大穴を開けた『大魔棍』を引き抜きながら、陽司は意思を送る。

「見せて下さいよ。祐一さんの本気で、俺の本気と戦って下さい」


 ―――そして、俺を―――


「……分かった」

 言葉と共に、祐一の背中に純白と漆黒の翼が顕現する。

 同時、身震いするほどの魔力の波動が放たれた。

「『陰陽の剣』」

 祐一の手に対消滅の刃が現れ、こちらへと向けて突きつけられる。

「俺のこの状態は、一、二分で解除しないと反動が大きいが……お前のその状態も同じようなものだろう?」

「ええ。保ってあと二分といったところです」

 魔力を用いれば、更に短くなる。とはいえ現状魔力を留めておくのに手一杯で神剣魔術など使えないのだが。

「全力全開、本当の本気。いざ尋常に―――」

「―――勝負!」

 再度の激突が行われる。

















「ふっ!」

「ぬぉぁぁ!」

 巨大なメイスと対消滅の剣がぶつかり合い、魔力を散らす。

 祐一の"陰陽の剣"はその性質から、陽司の『大魔棍』相手でもそうそう壊れはしない。

 対する『大魔棍』は単なる魔力の塊のため、ぶつければ食い込み、弾けば削られる。しかし高密度であるから断ち切られはせず、魔力を加えればまた戻る。

 メインを『大魔棍』、サブを『無心』と据えて陽司はひたすらに前へと踏み込む。

 幾ら防御を固めたところで、相手の武器は強力無比。だから『大魔棍』で受けるしかない。

 『無心』で攻めたいが、"陰陽の剣"は対消滅の力を利用した剣。永遠神剣とて無傷では済まない可能性もあった。

 そのために攻めきれない。

 そうして迷っていれば、攻撃にも迷いが出る。

「うおっ!?」

 防御が間に合わなかった一撃が鼻先を掠める。

 鎧がまるで豆腐のように削り取られ、背筋が凍った。

 覚醒状態の祐一は身体能力も上がっており、肉体的スペックは同格。だが魔力と戦闘センスは圧倒的にあちらが上。

 手数も火力も、応用力でも負けている。

 ここで必要なのは策だ。頭の切れる祐一を出し抜く、必殺の一手が。

 仰け反った勢いで一歩を後ろに跳ぶと同時、眼球を回して周囲を確認する。


(石畳の広いステージ。そこから離れて闘技場を囲う内壁。ステージ上に俺と相沢祐一、入口近くに上月澪。

 闘技場全体を囲う多重結界。プラス上月澪を守る小さな二重結界―――)


 結界が増えているのは、戦闘の激化を見て澪が追加したのだろう。確かにこの状態ならば、闘技場の壁を貫通して被害が出る可能性もある。

 周囲を確認すると、反動で一気に前へと踏み込んだ。

 祐一の剣の腕は相当だが、その本領は魔術にこそある。距離を取らせるわけにはいかなかった。

 大小のメイスを時間差で振り回し、祐一の反撃の隙を奪うべく畳み掛ける。

 致命傷にはならずとも、『無心』の打撃力は健在どころか先程より増している。無視できるものではない。

 祐一の動きを良く見て、隙あらば右へ左へ、足元どころか上まで視線を向ける。

 状況を確認するのが目的だが、狙いを隠す為の攪乱でもある。

 しかしそんな状況下で、陽司を襲うものがあった。

 祐一の背後から回り込むように飛来する、光の矢。

 その数、三十以上。それも一発一発にかなりの魔力が込められている。

「無言発動!?」

 手は剣を操っているまま。完全なノーモーションだ。

「出来ないとでも思っていたか?」 

 剣戟を繰り出しながら事も無げにそう言い放つ祐一。

 そうしている内にも"陰陽の剣"による攻撃は続く。対応し、下がらないようにするので精一杯だ。

 回避は不可能。

 激突する。

「くっ……!」

 鎧の防御を抜くには到らないものの、各所で魔力が削られる。

 次々に襲い来る光の矢の衝突で身体の動きが妨害され、ついに防御が間に合わず、

「ぐぁ!」

 回避しきれなかった一撃が易々と鎧を断ち切り、脇腹を裂いた。

 焼けるような痛みと共に鮮血が散る。

 祐一が更に追撃しようとしてるのを見て、やむなく後ろに大きく飛び退いた。

 距離を取って睨み合いながら、素早く鎧の裂け目に触れる。

 切り口はそう大きくない。しかし傷が小さくともこれは対消滅による攻撃だ。普通の傷とは訳が違う。

 そうこうしてる間にも祐一の周囲で幾つも魔術が形成され、放たれる。

 回避し、打ち払いながら陽司は思考する。

(魔力が残り少ないな……『大魔棍』の補充分に限ってもあと僅か。防御に振ることを考えたらもう無いも同然か。

 脇腹の傷も、出血が思ったより多い。体力も削られるとなると時間が無い)

 そうなれば、導き出される結論は一つ。

(最大の一撃で……勝つ!)

 覚悟を決め、陽司は殴りつけるような軌道で走り出した。

 幾つもの魔術が迫るが、防御力任せで突っ切る。

 距離が詰まる。

 祐一が迎撃の剣を構えたところを確認して―――陽司は跳んだ。

 放物線を描くように祐一へと向かう軌道。

 そして、

「『無心』の主、陽司が命ずる。マナよ、オーラとなりて全てを阻む壁となれ」

 神剣魔術の詠唱。

「プロテクション!」

 防護の力を持つ壁が三枚重ねで展開する。

 祐一を中心に、半球状へと。

「これは……?」

 訝しげに、オーラの壁を見る祐一。

「おおおぉぉぉっ!」

 そこへ『無心』を腰に収め『大魔棍』を両手で握り締めた陽司が、落下の勢いを込めて渾身の一撃を放った。

 祐一は"陰陽の剣"で受け止めるが、

「くっ……!?」

 その足元が、陥没する。

 呪いによって巨大化した『大魔棍』は単なる重量だけでも相当なものだ。

 そこへ陽司が渾身の力でもって両手で、しかも落下の加速度まで加えて放った一撃。

 いかに覚醒状態の祐一の身体能力が高くとも、容易に受け止められるものではない。

 もう少しで押し切れるところで―――


 陽司は、『大魔棍』を握り締めていた両手を手放した。


「……俺は不器用でしてね。魔力の精密な操作なんて出来ません。それが複数なら尚更です」

 祐一が驚きに目を見開いているのを横目に、陽司は反動で後ろへと跳ぶ。

 必殺の一手。その締めを行う。

「だから、結界を展開する為に―――」

 残りの魔力を全て鎧に注ぎ込む。

 身体を丸め、腕を交差させ、防御の姿勢を取った。

 ピシリ。と『大魔棍』を覆う魔力が揺れた。



「もう、魔力の制御なんてしてないんですよ?」



 次の瞬間、『大魔棍』に詰め込まれていた魔力が逃げ場を求めて暴発した。

 限界まで凝縮されていた力は、爆発をもって周囲へと放出された。

 しかしある位置をもってその爆圧は押し止められる。

 陽司が展開した障壁。

 内外両面へと作用する防護の結界にぶつかった魔力の爆発は、結界に罅を作りながらも内部で荒れ狂う。

 圧力を増しながら、しかし耐えられなくなった結界は罅を広げていき、

 周囲へ爆風を撒き散らしながら弾け飛んだ。

「―――がっ!」

 爆圧に吹き飛ばされ、闘技場の壁へと叩きつけられる。

 強く背中を打ち、息が詰まる。

 手を突いてかろうじて倒れるのは防いだ。

 ここで倒れるわけにはいかない。

 まだ、勝負は終わっていない。

(『アレ』は……どこだ……?)

 揺らぐ視界で探すと、目当ての物は手の届くほど近くにあった。

 それに気づくと同時、パタパタと近寄ってくる足音。

 澪だ。どうやら自分は入口まで吹き飛ばされたらしい。

 治療を行おうとする澪を、震える手で制止した。

「まだ……まだ勝負は終わってません……」

 驚く澪を横目に、拾い上げた道具袋から目当ての物を取り出す。

 手にすっぽりと収まる『それ』を握り締め、渾身の力でもって大きく振りかぶって投げた。

 方向は、吹き飛ばされてきた爆心地。

 緩く放物線を描いた『それ』は狙い違わず飛んで行き、


 ―――落下するや否や、大爆発を起こした。


「ぐぅ……!」

 再度の爆風に倒れそうになるが、『大魔棍』を杖にして耐えた。

 どうにか持ち堪え、『大魔棍』を道具袋に仕舞い込む。魔力が無ければこれは単なる鈍器でしかない。

「―――形は弍へと移る―――」

 『戦鎧』も元の胸当てへと戻し、投げ捨てた。通常時では重くて使えたものではない。防御力も通常時では並の板金鎧にすら劣る。

 辛うじて戦闘態勢を取る陽司。

 晴れる視界の先には……

「―――流石に、驚いたぞ」

 純白と漆黒の翼を雄々しく広げ、黄金の双眸を輝かせて立つ祐一の姿があった。

 二度の大爆発を受けて尚、無傷とはいかないようだが戦闘に支障があるようにも見えない。

「自爆覚悟の魔力の暴発に……あれは、火マナの結晶体か?」

「制限無しだから……ルールとしては、問題、無いでしょう?

 ……それより、まだ終わってないですよ。続きを、しましょうよ」

 足を引き摺るように前へと進む。

 魔力はほぼ空っぽ。全身は傷だらけで、しかも強く打ったせいか身体が重い。

 しかし、それが何だという。

 手には武器があり、視線の先には敵が居り、胸には未だ戦意がある。

 両手で『無心』を振り上げ―――

「……ありゃ」

 膝から崩れ落ちた。

 やはり身体が付いてこなかったか、と朦朧とする頭で考える。

 倒れ込む寸前、ふっと笑いが込み上げてきて、



「やっぱり―――俺の、負けでしたねぇ」



 どさりと地面に倒れ込む寸前、意識が闇に染まった。



























 あとがき


 おはこんばんちは。前話からそれほど経たずに書き上げることが出来ました。月陰です。

 一戦で丸々一話使ってしまいました。

 陽司、敗北。いや祐一に勝っちゃったらそれはそれでどうかと思うわけですが。

 陽司の本格的な戦闘はこれが初めてになりますかね?

 対多数戦が得意な陽司ではありますが、対単体戦だとまた違った戦法になります。

 色々と道具を使ったりしてるわけですが、実はそんなに頭を使うタイプじゃありません。そして器用でもない。

 全力で相手にぶつかる為の手段として道具を使ってるわけです。

 策とか手数とか時間とかどうでもいいから全部正面から叩き潰す。それが陽司の対単体戦におけるスタイル。

 単純で、それ故に対抗手段が限られます。

 回る頭が無いからとりあえず何も考えずに押し切ればいいよ! って発想です。


 ……なんだろう、言ってて悲しくなってきた。陽司の戦闘についてはこんなところにします。質問があればまたどうぞ。

 呪具の『大魔棍』、『戦鎧』について。ネーミングは夜中に考えたので突っ込まないで下さい。

 魔力を蓄積し易い素材で出来たアイテムです。

 呪具としての効果はあくまでついでで、メインの目的は魔力を注ぎ込む武器と防具。

 実を言うと、『大魔棍』の方には元ネタ、というか発想元があったりします。

 月刊少年ガンガンで連載中の『スカイブルー』に出てくる凝縮剣ルビー。

 エネルギーを固めて固めて剣の形にしただけ、という単純な物なのですが、斬るどころか触れただけで対象を消し飛ばすようなトンデモ武装です。

 性質的には対消滅以上とも思える描写だったので流石にそのままは使えませんでしたが、面白かったので使わせて頂きました。

 王道展開が非常に面白い作品です。興味を持たれたら是非。


 長くなってしまいましたが、今回のあとがきはこのくらいで。

 それではまた次話にてー。


 H23.9.26 これ以上積めなくなってきた本をどうしようかと悩む初秋の夜長