王都カノンへと歩く軍勢。
クラナドのカノン侵攻軍を辛くも退けたカノン軍だ。
自分で歩けぬ者も多く、それを運ぶ者もほとんどが負傷し、色濃い疲労を顔に浮かべている。
しかし一応の勝利と近づく王都に皆安堵が見えていた。
その最後尾を歩く陽司は時折周囲を警戒していた。
防御力が高く対多戦闘に向き、怪我と疲労の程度が比較的低い陽司は殿に配置され、緊急時には敵の足止め、可能ならば撃退を努める手筈だった。
とはいえクラナド軍追撃の可能性は限りなく低く、水菜によって王都周辺に人を襲う魔物はほぼ居なくなっている。
だから陽司は警戒もそこそこに考え事をしていた。
考えることは、先程見たバーサーカーの戦闘についてだ。
「あの戦闘スタイル……俺にも出来るか?」
生半な攻撃は高い防御力で無視し、威力を重視した一撃で薙ぎ払う。
程度の違いがあり、陽司は防御にワンアクションが必要なものの、それは陽司のスタイルに似ていた。
単純な打撃での一点突破。特化されたそれは魔術による結界でも容易には防げず、また打撃に過ぎないので連撃にも繋げられる。
肉体的な強度はそう上げられるものではない為に魔力なりオーラなり、または防具で代用することになるが、再現は可能だろう。
しかし、陽司は魔術に疎い。オーラも常時展開するには消費が激し過ぎる。具体的な方法は調べる必要がありそうだ。
そう結論付けたところで、
「王都が見えたぞぉー!」
列の前方から聞こえた声に顔を上げる。すると、地平線の彼方に王都の城壁が見えた。
軍勢が俄かに活気付く。
しかし近づくにつれ、戸惑いの声が漏れ始めた。
城の一部が、壊れている。
報告ではカノンの防衛には成功したとのことだ。だから落とされてはいない筈。
一抹の不安を覚えつつ、ペースの上がった軍勢に合わせて陽司は足を早めるのだった。
とある守護者の追憶 第四話『見えたモノと決めたコト』
「……これは酷いな」
城の中、通路を歩きながら陽司は呟いた。
建物に大きな影響がある様子は無いが、所々が壊れたり、皹が入ったりしている。
ここに来るまでに歩いてきた街中には被害が無かったところを見ると、城を目的に攻め込んできたのだろう。
しかし城のいたるところが戦場となったようで、広い範囲に戦闘の残滓があった。
様子を見ながら作戦会議室へと続く道を一人歩いていると、反対側から息を切らして銀髪の少女が走ってきた。
「はっ、はっ……あ、えと……天海さん、ですよね?」
「こんにちは。あー……雨宮亜衣さん、だっけ?」
小柄な少女だが、これでも神殺しの所持者で相当な実力者と聞き一度手合わせをしたことがあった。
すると、これがまた強いこと。身体能力と戦闘経験に大きな差があるので勝てはしたが、これからも勝ち続けられるかは危ういほどだった。
カノン軍に打撃武器の使い手は少ないので、その対策を教える意味でも再度の模擬戦の約束をしたのだ。
その印象が強かったので、人の名前が中々覚わらない陽司でも思い出せた。
そんなことを考えていると、亜衣は立ち止まってキョロキョロとしており落ち着かない様子だ。
「どうかしました?」
「あの……時谷さん、知りませんか?」
心配そうな瞳。
それを見て、陽司は思い出す。斉藤時谷という魔族に随分と懐いていたことを。
いや、既にあれは懐いているというよりも……。
それ故にこの幼い少女に事実をそのまま伝えるのは憚られた。
追撃を掛けようとするクラナド軍に単身足止めを行い、捕らえられてクラナドへと連行されたというその事実を。
「……俺は知らないな。同じ対クラナド部隊だけど、相当な激戦だったから」
「そう、ですか」
目に見えてしょんぼりとする姿に、
「でもあの人だったらきっと無事だと思うよ」
思わずフォローを口走ってしまった。
だが、本心だ。実力と度胸を兼ね備えた彼は、窮地でもきっと生き残ることを諦めはしない。
策を企てて帰還するか、助けに行くまで必ずや生存していることだろう。
そう言うと、ぱっと顔を上げた。
「そう、ですよね。時谷さんならきっと……。
すみません、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて、走り去って行った。
その健気な様子を見て呟く。
「死んだら承知しませんからね……斉藤さん」
そして陽司もまた、会議室へと歩き出したのだった。
―――――――――――――――――
作戦会議室に集まった面々により、各方面の状況報告が行われた。
エア側は概ね成功と言って良いが、芳野さくらと水瀬名雪が負傷。
さくらは敵将の呪具により深手を負い、生命維持の為に封印魔術による封印。
名雪は大技を使って魔術回路にダメージを受け、未だ眠ったまま。負傷は完治しており生命の危険は無いが当分は行動不能となった。
クラナド側は辛勝。イリヤの助けが無かったら惨敗だったろう。
時谷はクラナドに捕らえられたが、『対軍鮮帝』一ノ瀬ことみの魔力を魔術によって封印して生命の保証はさせたという。
しかしクラナド王国は反魔族派。封印を解かせる為、死なない範囲での拷問が加えられることは想像に難くない。
今クラナドと事を構える余裕は無いからと祐一は保留とした。亜衣には少し可哀想だが、あれで聡い子だ。どうにか耐えてくれれば良いのだが。
そしてカノン王城での一件。
エアの人形遣い、国崎往人による単身での侵入ということだが、大量の人形を使役したとのことで残留の守備隊は大きな被害を受けた。
幸い優秀な将が残っていた為に撃退には成功したらしいが、一般兵には多くの死者が出ている。全体的に戦力が低下している現状、手痛い被害だ。
以上が戦闘の結果で、様々な理由によりカノン軍に数人が参加することになった。
クラナド側はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。バーサーカーを使役する魔術師。
エア側はワンの深山雪見と上月澪。深山雪見についてはよく知らないが、上月澪は有名だ。世界的な文字魔術の権威である。
更にカノンでは、結界を壊して侵入したという桜塚恋と鷺ノ宮藍。『秩序』とやらの騒ぎや蜘蛛の比良坂初音が関わる複雑な事情があるようだが、カノン軍属となることで落ち着いたようだ。
報告が終わり、当分は戦力の立て直しと破損した城の修繕ということになった。
各々の役割を果たす為に、面々は部屋を出て行く。
多分に漏れず陽司も歩き出すが、役職も無い傭兵の陽司は特に仕事が無い。
とりあえず休息を取ろうかと与えられた部屋に歩き出すと、
「……?」
廊下の先が騒がしい。
警備の兵が動き回っているようだ。連絡水晶と取り出す者や大声で指示を出す者などがいる。
戦闘後で手薄になったところを狙って賊でも侵入したのだろうか?
念のために神剣を手に取る。
そのまま様子を窺っていると、走る警備兵の合間を縫って一人の男が駆けてきた。
かなりのスピードだ。魔族も他種族と比べて身体能力が高い方だが、それよりもずっと速い。気配と外見からして獣人族かと思うが、どこか違和感もある。
追いかけられている以上は侵入者だろう、と考えて構えを取り―――そこで、男が何かを抱えていることに気付いた。
赤い髪の幼い少女。気配は特徴的で、恐らくはスピリット。そして、ぐったりとしていた。
相手の男もメイスを構えるこちらに気付き、実力者である気配を感じて顔を強張らせ……しかし、一際強く前へと地を踏んだ。
「どいてくれ……!早く、早くカノン王に会わなければならないのだ!」
幼い少女を大事そうに抱え、走る男。
見るからに訳有りだが、それ以上にその顔が陽司の心を揺さぶった。
護らなければならない。護りたい。強い意志が感じ取れるその瞳。
覚えてはいないが、奈緒を抱えて診療所に駆け込んだ時……自分はこんな顔をしていたのだろうか。
気付けば―――陽司は『無心』を下げ、口を開いていた。
「カノン王はこのすぐ先、大きな扉の部屋にいる。……急げ」
男が目を見開く。しかし足を止めずに横を駆け抜け、
「すまん……恩に着る!」
通り抜け様に感謝の言葉を置いていった。
自分でも何をやっているのかと思う。訳有りとはいえ侵入者を素通りさせ、あまつさえ助言までするとは。
それでも後悔は無かった。
「……やれやれ」
振り向き、先ほど出たばかりの部屋へと歩き出した。
吹き飛ばされた扉から覗いた部屋では、先ほどの男が祐一に対して頭を下げていた。
身体は極度の疲労でガクガクと震え、今にも倒れ込みそうだ。
しかし一杯の意思を詰め込んだ懇願をカノンの王に行っていた。
「―――遠野隊長はその兵士たちを殺してしまったのです。そして、エアを抜ける決意をなさいました。
……そしていま、共に逃げた我々をカノンに辿り着かせるため単身、追撃部隊を足止めしております」
頭を床に擦りつけ、頼れるのはもう貴方しかいないのだと、必死に語る。
「……どうかお助けください! 我らが隊長を! そして仲間たちを、どうか、どうか……!」
詳しい事情は分からないが、この男はエア軍所属で、その部隊が何らかの事情によって国から逃亡し、その隊長が追撃部隊を足止めしている。
エアの遠野と言えば、遠野美凪のことだろう。五大剣士『鳳凰の遠野』の末裔で、相当な実力者と聞いている。
その実力はエアが一番良く分かっている筈で、追撃部隊も相応の数と質が揃ったものに違いない。
それが大国エアならば、一軍を相手にするに等しい。
今のカノンでは介入する戦力に乏しいが、どうするのか。
様子を見る陽司の前で、祐一が口を開く。
そう、このお人好しの王様ならばきっと―――
「……場所はどこだ」
「え……?」
「遠野美凪が足止めしている場所はどこかと聞いている」
―――救える全ての者を、救おうとする。
「……アゼナ連峰の、エア側ふもと、です……」
「追撃部隊の規模は?」
「およそ二千と隊長が……」
「そうか、わかった。……ご苦労だったな」
祐一はそう言い、男の肩を叩いて労った。
「任せろ。遠野美凪は、絶対に助ける」
力強いその言葉に、獣人族の男は安堵の表情を見せた後、ゆっくりと崩れ落ちた。
疲労がピークに達したのだろう。エアから人一人を抱えて駆け抜けてきたのだ。無理もない。
男の願いと想いを受け取った祐一は、すぐに周りへ指示を飛ばし始める。
その姿を見て、陽司は思う。
「相沢祐一……やはり貴方は……」
踵を返す。そして自分に与えられた寝室へと歩き出した。
カノン王城の城門前。そこには美凪救出作戦のメンバーが揃っていた。
国王たる祐一、移動を担当する美汐、飛行ができるヘリオン、真琴にあゆ、遠距離攻撃が得意な鈴菜にリリス。
美汐の空間跳躍は大人数の移動が出来ないので、ポイントを押さえたメンバー構成と言える。
そして何故か……
「……陽司、お前は呼んでないぞ」
「ちょっと思うところがありまして。連れていってもらえませんか?
それに、足止めなら得意ですよ。対空戦も出来ないことはありません」
ニコニコと答えつつ、理由はぼかす。
しかしこれは、陽司にとって大事なことなのだ。
それにエア・クラナド迎撃戦では空戦が苦手だとは言ったが、出来ないわけではない。一般兵の相手くらいなら十分にこなせる。
祐一が横目で美汐を見ると、美汐は嘆息した。
「……一人増えるくらいなら大差はありません。
天海さんが戦力になるのは分かっていますから、問題無いでしょう」
「……分かった」
引く様子の無い陽司を見て何かを察したのか、早々に話を切り上げて皆へと向き直った。
「突然集めてすまなかった。今から状況を説明する。
―――現在、アゼナ連峰の麓でエア軍第四部隊長、遠野美凪がエア兵二千と戦闘を行っている。俺達はこれに介入し、遠野美凪を救出する。これが今回の作戦だ」
明かされた内容に、既に事情を聞いている陽司とあゆ、そして表情の変わらないリリスを除く全員が驚きを浮かべた。
「あ、あのさ」
混乱しつつも手を挙げたのは、鈴菜だ。
「なんで遠野美凪とエアが戦ってるの? 同じ国の仲間でしょ?」
「……まさか、反逆ですか?」
美汐が推測の結果を口にする。その言葉に祐一が頷いた。
「端的に言えばそうだ。経緯は今は省略するが、遠野美凪はアクシデントで神族兵を殺した後に部隊ごとカノンへの亡命を図ったらしい。
しかし第四部隊は混血ばかりで飛べない者が多い。アゼナ連峰で追い付かれると踏んで遠野美凪が単身足止めを行った。こんなところだろう」
遠野美凪はかなりの手練だが、二千人を一人で相手にできるものではない。それでも単身決死の戦へ挑んだのは、
「只、仲間を想う心故に、か……」
陽司は小さく呟く。
「神族と他種族との混血である遠野美凪とその部隊が、全種族共存を掲げるカノンに亡命を希望したんだ。これを見殺しにすることは、できない」
そもそも祐一自身も遠野美凪がカノンへと来ることを望んでいた。躊躇う理由は一つも無かった。
「ふふっ、祐一くんらしいね」
「リリスはパパと一緒に行く」
「真琴も祐一についていくだけだもの」
「祐一様と戦った、あの居合いの人……優しい瞳をしていました」
各人バラバラの、しかし一様に賛同の意思を示す。
それを聞いた祐一は一つ頷き、
「美汐。準備は良いか?」
「はい、主様。
まずはアゼナ連峰手前まで跳び、その次でエア側麓まで跳躍します。
皆様は私の近くへ」
美汐を中心に、全員が円を描くように密集する。
「では行くぞ。―――遠野美凪を迎えにな」
空中から、突如として幾つもの人影が現れる。
それは美汐の空間跳躍によって移動した美凪救出作戦のメンバーだ。
二度の跳躍によりアゼナ連峰のエア側麓へと転移した面々は、いきなり敵部隊と遭遇することを想定して打ち合わせ通り素早く散開する。
しかし見渡す範囲にはエア軍どころか人っ子一人いない。代わりに、
「何だ、これ……?」
目の前に、大きな『何か』があった。
その『何か』は、まるでこの世界に存在すること自体が不自然であるかのように、強烈な違和感を放っている。
それを見た祐一が目を見開いた。
「これはまさか……固有結界か?」
「固有結界!?」
その言葉に、今度は陽司が驚愕した。
固有結界。
術者の心象世界を展開して実世界を塗り替える、禁呪中の禁呪。
術者によって効果は大きく異なるものの、その内部は術者のルールに支配され、絶対の力を示すという。
使える者は極めて少なく、陽司も使える者を見たのすら初めてだ。
「この状況で固有結界を使うのは、遠野美凪しかいないか……本当に全力、ということだな。
しかしこれでは俺達も中に入れん」
その通り。固有結果内は言葉通りの別世界。侵入も脱出も不可能に近い。
魔法に限りなく近いとはいえ魔術の一種なので、相応の威力があれば消し飛ばすことも出来るのだろうが……。
「美汐。空間跳躍の準備をしろ。
俺が遠野美凪を回収したら、すぐに逃げられるようにな」
「御意」
美汐にそう指示すると、祐一は一歩進み出た。
何をするのか、と訝しく思って見ていると、
―――ドクン。
不意に、空間が軋みを挙げた。
恐れ、慄くように空気が震える。
発生源は、目の前の祐一だ。全身に力が入り、感じたことのない気配を纏わせて立っていた。
渦巻く気配が凝縮していき、
「おおおぉぉっ!」
気合と共に、莫大な魔力が吹き荒れ、祐一の背中に純白と漆黒の翼が出現した。
「な……!」
なんだこれ、と言おうとしたが、身体が震えて上手く声が出なかった。
胸の中に生まれた感情の正体が分からず戸惑う。
少し探って、その正体を掴んだ。随分と久しぶりで、忘れていた。
これは『恐怖』だ。『畏怖』といった方が近いかもしれない。少なくとも、目の前の対象に感じる怖れだ。
こちらに敵意を向ける必要すらない。それは絶対的強者に感じるものだった。
そんな身動きの取れない陽司を、横で白い翼を羽ばたかせるあゆが見て苦笑を浮かべた。
「そっか。陽司くんは祐一くんの『これ』を見るのは初めてなんだよね」
「は、はい……何なんですか、『これ』は?」
その問いにあゆは、んー、と考えて、
「祐一くんの奥の手、かな。詳しいことはよく分からないんだけど、対消滅の力を使って能力を上げるものなんだって。
無理矢理やってることだから、続けられる時間は短いんだけどね。
祐一くんは『覚醒』って呼んでるんだ」
対消滅、ということは光と闇の属性を使ったものなのか。
仕組みはどうあれ、とんでもない力が存在するものだ。
「固有結界内には大量のエア兵がいる筈だ。何かの拍子に結界が解除された場合、そのまま乱戦になる可能性がある。警戒を怠るな」
そう言い残して、祐一は飛び上がった。
同時に詠唱を始める。
「『陰陽の剣』!」
魔術名だろうか。そう叫ぶと、その手に不可視の剣が発生する。空間が歪んでいるので何とか分かるといった感じだ。
『陰陽の剣』を振りかぶり、固有結界を斬り付けようと―――
「……え?」
振り下ろす寸前、違和感が弾けるように消えた。
そして代わりに大量のエア兵が空中に現れ、落下を始める。
エア兵達は慌てたように飛翔を始めるが、半数近くはそのまま地面へと落下していった。
見れば、ピクリとも動かず息絶えたと思しき者が多数いる。斬られた者、焼けた者、そして何故か外傷も無い者まで落ちていく。
そしてそれらに紛れて一人、両腰に刀を差した少女が落下していく。祐一はそちらへ向かって飛び、庇うようにして、少女へと襲い掛かる女性が握る血色の刃をその背の翼で受け止めた。
驚愕の表情を浮かべる女性に対して、祐一は指を向けて魔術を放つ。
「『覇王の黒竜』」
無詠唱。しかも上級魔術だ。至近距離で防御も回避も出来ず、その女性は落ちていった。
それを見て美凪を抱えた祐一はこちらへと戻ってこようとするが、その間にエア兵達が殺到する。
しかし準備が出来たのは此方も同じことだった。
「祐一は早く戻って!」
鈴菜とリリスが闇の矢と魔力の弾丸を放ち、祐一へと襲い掛かろうとする兵士達を撃ち落としていく。
そして翼を持つあゆとヘリオン、炎の翼を展開した真琴が前へと出て行った。
陽司もそれに続くが、最前線ではなく半ばで止まる。
エア兵はそのほとんどが飛んでいる。高空にいる者も少なくない。飛べず、遠距離攻撃の不得意な陽司は抜けてくる相手を迎撃することが最善と判断した。
その間に祐一は美汐の近くへと着地した。翼が消えて圧力も弱まったところを見ると、あの状態は数分が限度というところだろうか。
美汐の準備に時間がかかりそうな様子を確認すると、前を向いた。
そこへ、何人ものエア兵が飛翔してくる。カノンの王が目の前にいるのだ。狙うに決まっている。
「ま、そんなことはさせませんがね」
陽司は『無心』を右手に持ったまま、左手を地面に押し当てる。
周囲の地面に魔力を浸透させ、目を閉じ集中する。
「ふっ!」
短い呼気を発すると同時、地面から数本の石柱が現れた。
一抱えもありそうな太さのその石の塊は、真っ直ぐと上へ上へ伸びていく。
見上げる程の高さになると、伸長を止めた。
しかしすぐに別の柱が伸び始める。
"岩壁"のような、地面を使った形成だ。全てを魔力操作で行う為に魔力消費も精神的な疲労もあるが、操作を終えて魔力を抜いてもしっかりと屹立するので事後の操作は必要ない。
これは、陽司が作り出す即席のフィールドだった。
幾度も石柱の出現を繰り返し、一帯はさながら石の樹による林のようになっていた。
「……はぁ、苦手なんだよな細かい操作って」
腰の道具袋から小瓶を取り出し、一息に煽る。魔力回復用のポーションだ。空になった瓶を地面に投げ捨てた頃には、近くまでエア兵が来ていた。
突如として現れた石林を不審に思っているようだが、飛行する自分達を妨げるものではないと判断したのか真上を通過しようとする。実際、邪魔にはなるまい。
だがその下には陽司がいる。
陽司は地面に左手を付くと、今度は自分の足元に石柱を出現させた。
今までと違い急速に伸びるそれは、すぐに他の石柱と同じ高さに達する。
「はっ!」
陽司は足元の柱を蹴り、真っ直ぐに飛行するエア兵達へと突っ込んだ。
いきなり至近へと現れた敵にエア兵は反応出来ず、一人が『無心』の一撃を受けて吹き飛ばされ、地面へと墜落していった。
慌てふためくエア兵達を通り抜け様にもう二人落とすと、他の柱へと着地した。
これは陽司のフィールド。飛ぶ相手に近接戦を挑む為の陣地だった。
足に力を込め、一跳び。足に強化を施したその跳躍はさながら弾丸のように兵の群れへと突っ込む。
しかし二発目は回避する者も多く、防御しようとした一人を防御の上から叩き落したのみだった。
飛行しているわけでもない陽司は空中での方向転換ができない。予め分かっていれば避けるのは難しくないだろう。
それを悟ったエア兵達はこちらを馬鹿にした顔で見て、幾人かが槍を構えて突撃してきた。
足場が狭い為、回避は難しい。だが迫る槍の穂先に対し、陽司は笑った。
「俺が、そんな弱点をそのままにしておくわけがないでしょう?」
陽司の胸を貫こうとした穂先は、しかしその頭上を通り抜けた。
そして擦れ違い様に陽司はメイスを一閃。まとめて三人を吹き飛ばした。
何が、と振り向いたエア兵達は見た。
陽司の足場の石柱が、その突端が潰れたように広がっているのを。
「広げれば足場は確保できる。広がった分だけ高さは下がるけど、こういう場合は便利ですよね?」
石柱を操作することによって回避した陽司は、三度跳び出した。
一見馬鹿の一つ覚えだ。エア兵達も容易く回避できるとばかりにゆっくり翼をはためかせた。
だが、彼らは気付かない。陽司の口が小さく動いていることを。
「神剣の主、陽司が命ずる。マナよ、オーラとなりて爆発を生み出せ」
神剣魔術の詠唱。しかし、いつもこの神剣魔術で輝きを見せる『無心』には何の変化も無い。
「エクスプロージョン!」
そう唱えた瞬間、『固まって動いていたエア兵達』の間でいきなり爆発が発生した。
全く予想出来なかった場所からの攻撃に、巻き込まれた兵達がまた数人落ちていく。
驚きで動きを止めたエア兵達を見て、陽司は笑う。
「貴方達、ちょっと想像力が足りませんよ。
自分達が気付いた弱点にそれを使う人間が気付いてないなんて、そんなことあるはずないでしょう?」
また他の石柱に着地し、その突端を魔力操作で平らな足場にする。
「それともう一つ。予想できない事態に対して動きを止めるのは自殺行為ですよ」
その言葉にハッとした様子で慌てて散開しようとする。だが遅い。既に詠唱は終わっている。
「エクスプロージョン!」
また、エア兵達を爆発が呑み込む。しかも先程より規模が大きい。
「エクスプロージョン! エクスプロージョン!」
そのまま何発か放ち、爆発の度に兵が幾人も落ちていく。
正体の分からない攻撃を警戒してか、エア兵達が散開して若干下がる。
その様子を見て、陽司は心中で苦笑した。
(……もう隠し種なんて無いんだけどなぁ)
空に足場を作る戦法と奇抜な回避、爆発の神剣魔術は確かに陽司のオリジナルで驚かせる為のものだ。
だが、もうそんな奇策は無い。にも関わらず、エア兵達はじりじりと下がりつつ様子を窺うのみだ。
何故かと言えば、彼らは恐れているのだ。『更に予想外の攻撃を行ってくるのではないか』と。
実際はもう何も無い。工夫を凝らしてここまで戦っているだけで、飛べない陽司はやはり空戦が不得意なのだ。
だが今はそれで十分。今回の目的は敵を殲滅することではないのだから。
「退くぞ! 戻れ!」
祐一の声が響く。撤退の合図だ。
「それでは皆さん。ごきげんよう」
芝居がかった動作で振り向き、跳躍して地面へと降り立つ。そのまま走り、石の林を抜けると、
「ぬ、おお!」
渾身の一撃をもって、手近な柱を打撃した。
土の塊でしかないそれは容易く折れ、他の柱を巻き込んで倒壊していく。
大きな音を立てて崩れていく石柱の数々は、追撃を阻むのに十分なものだった。
それほど距離が離れていなかった為、陽司はすぐに祐一の近くへと戻る。
他の仲間達も、エア兵達を牽制しつつ戻りつつあった。
その時、
「っ!」
殺気を感じ、思わず振り向いた。
その方向から祐一へと光の矢が飛来する。
祐一は即座に障壁を展開して矢を防いだが、同時に障壁も破壊された。それだけ威力が高いのか、特殊な何かが込められているのか。
驚愕の表情で祐一はそちらを見上げた。
その視線の先には、瞳に憎悪の炎を燃え上がらせて弓を構える一人の神族の少女がいた。
「神尾……二葉!?」
「相沢……祐一ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
神尾二葉と呼ばれた少女は、腿の布飾りに手を触れ呪いを紡ぐ。
「―――魔力は矢と化す―――!」
その呪い通り二葉の手元に矢が生まれ、素早く放った。かなりの高速だ。
しかしそれを、鈴菜が迎撃した。
「どいて、祐一!」
「鈴菜!?」
「いまはそんなことしてる場合じゃないでしょ! あの子とどんな関係か知らないけど、いまは逃げることが先決よ!」
光の矢と闇の矢が空中で激突し、相殺する。二葉はすぐに第二射を放とうとするが、それよりも早く鈴菜が動いた。
「連黒射!」
複数の矢を形成し、一気に放つ。その数、十五本。
二葉は迎撃の手段が無いのか、迫り来る矢を睨みつけるのみ。
しかしその時、横から割り込んだ者によって全ての矢が消された。
「そんな!?」
「……!」
一度に消されるとは思っていなかったのか驚く鈴菜に対し、祐一は割り込んだその人物に顔を強張らせた。
神族としても大きな一対の翼。腰まで届く艶やかな黒髪。戦場にはそぐわない衣装。
そして何より、この強大な存在感。
「……神奈」
「祐一……」
神奈、というその名前。ではあれが今代のエア王国女王、神尾神奈なのか。
神族の中でも異常な魔力量を持ち、吸血鬼や蜘蛛といった人を辞めた存在にすら勝るとも劣らないという。
見つめ合うその表情は、敵対する二国のトップがするにしては奇妙なものだった。
面識でもあるのだろうか?
どちらからともなく視線を外し、互いに踵を返す。
此処では戦わない。少なくともそれだけは読み取れた。
「美汐、跳ぶぞ」
既に美汐の『溜め』は済んでいるらしい。あとは跳ぶだけだ。
「御意」
「させないと言いました!」
それを阻止するため、二葉が矢を番える。
だが、それを制したのは横に並ぶ神奈だった。
「神奈姉様!?」
「もう止せ。どの道間に合わぬ」
その通りだ。美汐を中心にした一行はエア兵達の前から消え、
次の瞬間にはアゼナ連峰を挟んで反対側にいた。
一瞬の浮遊感の後、足を踏みしめる。
今回の戦法では、少々魔力を使い過ぎた。現時点ではあれしか無かったとはいえ、再考の余地はあるかもしれない。
「アゼナ連峰、越えました」
「気配もないです。なんとか逃げられましたね、祐一さ――ま?」
周囲の気配を探っていたヘリオンが安堵の表情で祐一を振り返り……戸惑いの声を上げた。
それを不審に思って陽司も祐一の方を向いた。
祐一は、完全な無表情だった。何の感情も読み取れない。
「あの……祐一様?」
「ヘリオンさん」
様子を窺おうとするヘリオンを、美汐が制止した。そのまま祐一の傍を離れ、カノンへと戻る為の『溜め』に入る。
大方、先ほどの二葉と神奈との遭遇が原因だろうと当たりを付けるが、だからといって掛けられる言葉は無い。この場の誰よりも、陽司は祐一のことを知らないのだから。
鈴菜や真琴と共に祐一から離れた。
「パパ?」
「えと、リリスさん。私たちもあっちに行きましょう」
「どうして?」
「え、えーと、えと……その、えーとなんと言いますかぁ〜」
「……パパといる」
「あぁわわわ、り、リリスさんお願いですからこっちに来てください。祐一様のためですから!」
理解が出来ないリリスはその場に留まろうとして、ヘリオンが慌てて引き離した。
そして残ったのは、気を失って祐一に抱えられたままの美凪と、誰よりも祐一と長く接してきたあゆ。
盗み聞く気も起きず、陽司は座り込んだ。
「天海さん? どうかしました?」
リリスを抱えるようにしていたヘリオンが、そんな陽司を見て話しかけてきた。
「ああ、いや……ちょっと魔力を使い過ぎたみたいで。疲れちゃいました」
元々魔力操作が下手な陽司だ。大量の石柱の形成と繊細な操作が必要な神剣魔術の連続使用で精神的な疲労も溜まっていた。
「だ、大丈夫なんですか?」
「そんな心配するほどのもんじゃないですよ。ちょっと疲れただけです。それに……」
腰の道具袋を手に取り、見えるように軽く振ってみせる。
「薬も何種類か持ち歩いてます。大丈夫ですよ」
「ほえー……」
感心した様子のヘリオン。だが、ふと気付いたように首を傾げた。
「でも、その袋結構小さいですよね? そんな幾つも入るものなんですか?」
「その点も心配ありません。実はこれ、呪具なんですよ。
収容量が増えるタイプの呪いを、みっちり刻んであるんです」
ほら、と見せ付けるように中身を幾つか取り出してみせる。基本的には小さいものばかりだが、大きめの容器なども入れてあった。
いざとなれば腰に下げた『無心』も入らないことはない。作るまで随分お金と手間がかかってしまったが、中々便利な品物だ。
「わぁ……」
目を輝かせて見ている様子は、子供のようだ。先ほどエア兵達を相手に圧倒していた剣士とは思えない。
その姿に苦笑しつつ、栄養補給用のドリンクを煽った。体力回復用のポーションもあるが、何だかんだで身体に負担がかかるので時間があるならこちらの方が良かったりする。
そんなことを話している間に、祐一の話は終わったようだ。あゆと共にこちらへと歩み寄ってくる。
すっきりとした顔をしているところを見ると、悩みはひとまず解決したのだろうか。
丁度良く美汐の『溜め』も終わったようで、皆が一箇所に固まった。
「では、カノンへ戻るぞ。美汐」
「御意」
その言葉の直後に視界が切り替わる。
正面には王都カノンの北門。無事に戻って来られたようだ。
「では、各自解散とする。美汐は一緒に来てくれ。エアの元・第四部隊に関する件を纏めなきゃならない」
「御意」
そう言い、祐一は美汐を連れて城へと歩き出した。
陽司はその大きな背中を見つめながら、とある決心をしていた。
遠野美凪救出戦から数日後。
元・エア第四部隊の受け入れも一段落した頃、陽司はある場所に向かって城の廊下を歩いていた。
城を歩いているのは住んでいる関係上当たり前のことだが、その服装は少々奇妙だった。
常の陽司はゆったりとした服を身に着けて暮らしているが、今は丈夫そうな革の服にピッタリと身体に張り付き伸縮性のあるズボン。
更に奇妙なことに、金属製の胸当て、皮製のグローブに編み上げのブーツまで着けていた。
背中には相棒たる『無心』、腰には愛用の道具袋。
まるで戦に赴くかのようなその姿に擦れ違う誰もが振り向くが、陽司は気にも留めない。
そうしてゆっくりと歩みを進める陽司は、やがて一つの扉の前に止まる。
コンコン、と小さくノック。
『入れ』
扉越しのくぐもった認許の声を聞き、扉を開けて中へと入る。
「失礼します。天海陽司、入ります」
執務室で仕事を片付けていた祐一は見ていた書類から顔を上げると、驚きの表情を浮かべた。
それは陽司の場違いな格好故か……それとも陽司が今までに無いほど真剣な顔をしていたからか。
しかしそれも一瞬の事で、すぐに祐一も表情を引き締めた。
「どうした。何か用か?」
「はい。大事なお話と……頼みが」
陽司はそのまま歩を進め、部屋の中央近くまで至ると厳かに片膝を着いた。
「カノン王、相沢祐一様―――」
強い意思を秘めた言葉を放つ。
「私、天海陽司との傭兵契約を―――解約して頂きたい」
あとがき
第四話。美凪救出戦、そして陽司の突然の申し出まで。
本編では美凪救出戦に明記されたメンバー以外がいる様子はありませんでしたが、あれだけしかいない、とは書いて無かったように見えたので無理矢理ブチ込みました。
陽司君、戦闘もかなりムリヤリです。一般魔術が使えれば『地の柱・〜裂』で済みそうなものを。
効率も術式も関係ナシのゴリ押し。書いててちょっとアホの子に思えてきた。
あ、以前も出てきた『エクスプロージョン』ですが、実はこっちが本来の効果です。
設定した座標にオーラフォトンを凝縮させて破裂。でも何も無い空中に爆発を起こすのは難しいので、いつもは座標を『無心』頭部に設定して打撃と同時に爆発させてます。
神剣は自身の一部のようなものなので、操作がかなり簡単になって威力向上も望めて陽司君ご満悦。
射程それなり(離れるほど操作が難しい)、威力中々と便利な神剣魔術です。
『無心』は特殊な能力も無く、攻撃系はこれだけ。なんか神剣魔術でなくても再現出来てしまいそうな効果ですが。
そして陽司のアイテム、道具袋。四次元ポケットとお呼び下さい(ぉ
既出の煙幕弾や各種ポーションにドリンク、傷薬、果ては非常食まで入ってる便利グッズです。
道具袋とは言ってますがポーチに近い、身体に固定できる形です。
能力的に力押ししか出来ない陽司を支える道具達。
これからも色々と登場する予定です。お楽しみに。
最後に出てきた陽司の発言。裏とかありません。言葉通り、契約解除の申請です。
この後どうなるのかは次話にて。
それでは次にもお会いできますよう。
H23.8.30 行間とか試してみたくなった夏の日